第拾肆話 小さな傭兵団、結成
……人質、というのは名だけで、よくわからない怪物を倒すエージェントの卵をやらされている僕らは、訓練の担当官に呼び出され、会議室に座ること30分。遅い、遅すぎる。
イライラしながらも無言で席に座り、待っていると、ようやく会議室の扉が、重い音を立てて開いた。
「……さて、君たち4人を呼び出したのは他でもない……タカノくん、フジカワくん、オオダテくん、ココロくん、そしてイワサキくん……以上5人が、任務を成功させたことについてだ」
僕たちの訓練の担当者……ロバート・チャーリー・バートンさんは、まるで自分は約束の時間には遅れてなどいない、と言わんばかりの表情をして口を開き、そう僕らに告げた。
彼の同僚は、彼がいつも定時になったら問答無用で帰るからって、去る、という意味のスラングから、「バウンス」ってあだ名をつけている……―帰りの時間は守るくせして、どうしてこういう時間だけは守れないのだろうか?―……のだそうだ。
僕らも、本人が「バウンスさんと呼べ」とか言うので、そう呼んでいる。
「聞いてるか、リョースケ・イイダ!」急に自分の名前を呼ばれ、心臓がはねた。
「はいっ!!」
……ほとんど話を聞かずにぼさっとしていたからか、名指しで怒られたらしい。……ああ、びっくりした。今日こそ本当に心臓が止まるかと思った。
……バウンスさんに怒られると、いつも心臓がキュッとなる。身体が強いとは言えない僕の心臓がいつ止まってしまうかわかったものではない。
バウンスさんは、正直……今思った通り、怒らせると結構、いや、とても怖い。
だけど、基本的にはかなり優しい男なんだよなあ。実際、たまに周囲の反対を押し切って僕らの外出を許可してくれたりしているほどだから。子供にやさしい大人でありたいんだ、と本人はそう語っていた。
「それで、彼らの任務遂行能力の高さから、君たちにも、任務の一つくらい遂行してもらわないとならないって判断が本部で下された。だから、今回……君たちには、少し変わった任務を受けてもらおう。」
あのー、僕らはこれまで、貴方にたくさん変わった訓練を受けさせられているんですが。
そもそも色々おかしいんだよね。
アニメを見るためのテレビを与える相手を体力テストで決めるし。
漫画を買うお小遣いを与える相手を徒競走で決めるし。
高級肉を食べさせる相手を怪異知識テストで決めるし。
ゲームで遊ぶ権利を掃除で決めるし。
……なんなんだろうね、本当……この人……!
思わず叫びそうになるが、ぐっとこらえた。目立つのはまずい、おとなしく座り続けよう。
……色々考えていたが、バウンスさんの話が始まると、慌てて意識を現実にやった。
「……怪異が大量発生するエリアにある学校に、一か月ほど通ってもらいたい。転校関連のややこしいことはこちらで何とかするから気にしなくていいあ、万が一のことがあったら、学校の防衛システムに協力して敵を排除してもらう。増援をそちらにやる準備はしっかりしてあるから、安心してほしい。」
……なんというか、凄そうだな。としか思えなかった。
……その原因は、想像以上の内容に、驚いて頭が追い付いていないということだ。
なんだそのアバウトな内容は。こんなの聞いたら、間違いなく誰だってびっくりする。
「まあ、簡単に言うと……『傭兵をやってくれ』ってこった。報酬は組織から出るし、ついでに俺が高級料理店のフルコースをおまけする、ってのでいいかい?」
「よし、やる気満タンです。やりましょう。」
と、この話に食いついたのは、後輩の佐々木正博くんだった。
……佐々木くんは、ちょくちょく怖いことを言うけれど、間違ったことを口にすることはしない……なんというか、天才くんだ。……誰に似たんだか、少し食い意地が張っている。
青山浩紀……僕らの中では最年長の先輩は、「帰りたい」といった表情で座っている。
唯一の同級生の浅井和樹は、……もはや立ったまま寝ている。
……あれ、人を守ることに対してやる気があるのは僕だけかなー?
「真面目なのは僕だけかな、って考えてるんじゃないですか?ドМ先輩?」
と、佐々木くんは少し僕の趣味についてどついてくる。
……ドМで何が悪いっていうんだ。痛みがさほど苦痛じゃないのはこういう任務で便利じゃないか。
「真面目な顔して言っていますが、そういう問題じゃないんですよ、遼輔先輩。」と、悩ましげな顔をして佐々木くんは言うが……んん、僕には理解できなかった。
そんな僕らの様子を見てイラっときたのであろうバウンスさんは、とうとう大声で叫んだ。
「……お前ら、いい加減やる気を出せえええええ!! 真面目に働けえええ!! さもなくば一週間ずっと外出なし、アァーンド、特別訓練の刑に処すぞおおおおお!!!!!!」
……ガチギレして絶叫するバウンスさんに逆らうものなどいるはずもなく、僕以外の三人は
「イエス、サー!」
と敬礼をきめた。
軍隊じゃないはずなんだけどなあ? と、僕は大きなため息をついたのだった。
「よし、これでお前らも立派なエージェントチーム、いや、傭兵団だな!」と、にこにこしながらバウンスさんが告げるのを聞いて、僕はとうとう倒れてしまった。
僕は倒れている間に、奇妙な光景を見た。
見たといっても、見えているわけではないのだが。脳裏を映像がよぎる、というのが一番近いかもしれない。
とにかく、それは壮絶な光景だった。
辺り一帯が炎に包まれている中、僕は一人だけで立ち尽くしていた。
ふと後ろを振り向くと、そこには、今にも死にそうになっている生徒たちがいた。
その向こうには、生徒を食べようとする不気味な影があって……。
ふ、と目を開くとそこはなんでもない部屋で。
「早く出撃準備をしに行けよ?」
と言うバウンスさんの言葉に、僕は嫌な予感を感じながらも慌てて部屋を飛び出した。
こうして、不本意ながら……小さな、たった四人の傭兵団が結成されたのだ。
***
「初めまして、みなさん!私がこの美嶺学院大学付属高等学校の怪異討伐・防衛システムのエリンです!一か月と、とても短い期間ですが、よろしくお願いいたしますね!」
と、爽やかな笑顔で、柔らかい笑顔を浮かべるデジタルでホログラムな美少女の姿をした防衛システムさんは挨拶をしてくる。
……思わず、頭を下げた。
そして、彼女に驚きの表情を浮かべられてしまった。
しかし、学校の名前が長い。覚えられる自信がない。
大立だったら多分一発だったのに……! と思わず考える。
ああ、僕の悩みが一つ増えたのかもしれない。
「よろしくお願いいたしますね。えーと、とりあえず防衛のための計画と計略を練るために地図を見せてもらって話し合いをしましょう……ええ、なるほど、じゃあ5時にまたお願いいたします。」
爽やかな笑顔を浮かべて、コミュ充の佐々木くんは誰よりも早く好感度を稼いでいる。実際、こういう風に現地でコミュニケーションをとって関係を結ぶのは大事だってバウンスさんが言ってた。
「佐々木くん、君に作戦は任せて、僕らは訓練をしているね」と言うと、エリンは鬼のような表情で
「何を言ってるんですか……みなさんだって学生です、学校内での武器の使用は認められません」と言う。
当たり前の事を言われているのはわかるが、その剣幕で言われるのはさすがに怖い。
「防衛作戦が始まるまで許しませんよ、残念ながらね!」と笑顔でエリンは言うが、訓練をサボって戦闘の腕が落ちては守れる相手も守れない。
「そこをなんとか……!」と僕が必死に頼むと、彼女の口から意外な答えが返ってきた。
「じゃあ、学校の同じクラスのみんなと親睦を深めてくださいね、みなさん。
そのうち訓練なんて忘れちゃいますし、覚えてたら訓練させてあげますから!」
そうくるか、コミュ障の人にそういうことを言っちゃうか。
「じゃあ、みなさん、学校のみんなと仲良くしてくださいね!」
そう告げるエリンの言葉に、僕は嫌な予感を感じていた。
……僕の精神が限界を迎えるまで、あと3分。