第拾参話 ここは何処の夢幻なるか? ~ τ=10
……俺、藤川は非常に悩ましい問題に直面している。
「何かが足りない」とさっきからぶつぶつ言っている高野の言葉に、俺は心当たりがありすぎて困っているのだ。
……そもそも、高野が“人間ではなくなった”という言葉が未だに呑み込めなかった。
車で大立と先輩が豆腐と吞気に話している間、そのことばかり気にしていた。
最初の任務からこんなことになるとは……。俺たちの身にもかなり危険が迫っていたと思うと恐怖するし、酷い話だが「死にかけるのが俺じゃなくてよかった」とまで思ってしまう。
だが、それどころではない。
冷静になって考えるとおかしなことがある。何もかもおかしい状況でそんなこと思うなと思うかもしれない。だが、本当におかしいのだ。
まず違和感を感じたのは、テオドルさんの「学校では公欠扱い、無料の合宿があると前もって連絡している」という言葉。
そもそも、学校が公欠になる理由がわからない。オカルティストの集団が学校と連携している?それはずいぶんと……おかしな話だ。
また、俺の母親は「無料の合宿がある」と聞けば心配で色々質問しまくったり俺に色々言ってくるタイプだ。そう、いわゆる過保護……いや、考えるのはよそう。悲しい思い出しか思い出せない。
……しかし、なら何故俺はその事実を知らない?まったくもって謎だ。
それに、俺はちょっと変わった人と知りあいだし、社会の闇を知る大人とは何度も話している。ならなぜ、こんな巨大な組織を知らない?
イザヨイなどという銃だって、警察に話をしてどうにかしているなら、この辺りは「あちこちでたまに銃声が聞こえるレベルの治安」と認識されているはず。そんなわけがない。
怪異の存在だって、存在が隠されているにしてもおかしい。妙な行方不明者のウワサぐらい耳にしてもいいはずだ。一度も聞いたことがないなど、いくらなんでもおかしい。
……そして俺は、これらの謎からある一つの仮説を立てた。
「合宿」、「公欠」、そしてパソコン部のメンバーが集まっていたことを考えると、俺たちは「パソコン部」としてここに集められているのだ。部活がうんたらと理由をつけて何かをしているんなら、学校と直接提携しなくても顧問に組織の人間を入れればいいだけだ。
さらに、どう考えてもつじつまが合わない部分を考えると……信じがたいが……
まさか、まさかとは思うが……。
この世界は、俺たち……いや、俺が生きていた世界ではないのではないか?
ここは、異世界。ここに、俺の「本当に帰るべき」帰る場所はない。
恐ろしいが、そう考えると、何もかも説明がついてしまうのだ。
……俺は、気づいてしまった事……いや、真実に恐怖した。
真実に気づいてしまった、自分に怯えた。
震える足と逆流してくる胃液をおさえ、飲み込み、……自分を無理やり落ち着かせた。
そうしてぼんやりしていると、「どうした? 顔が真っ青だぞ?」という志先輩の声で俺の意識は一気に現実に引き戻された。
時計を見ると、時間はわずか2分しか経っていなかった。どれだけ思い詰めていたのかが、よくわかった。……なんとなく、すべてが気に食わない。
あいつらは気づいていないのか?むしろ、あいつらはどちらの世界の人間なのか??俺と本当に同じなのか?誰もこのことに気づいていないのか??……ああ、でも……。
……とにかく、誰が味方で誰が敵なのかわからない以上、あのことは絶対に誰にもしゃべれない。味方だと確定した人物が現れない限りは。
「ああ、大丈夫ですよ。むしろ先輩のほうが消耗してるのに休めてないんじゃないですか?車では膝に豆腐が乗ってたし」
と、先輩に適当に返事をした。
「私は!!! 豆腐じゃねえ!!!!!」という高野の叫びが聞こえてく……いや、聞こえない。ふりをしてやり過ごす。
そして、ある場所を目指して歩き出す。
「ちょ、急にどこに向かうんだ?」……というロゼッタさんの言葉に、……俺は“答えてやった”。
「ああ、少し……気になることがあったから、一番近くにある図書館に、ね」
俺はそこで、絶対に見つけて見せる。
俺たちの本当の家に帰る方法を。
この世界の、真実と現状を……。
・・・。
俺が上着を着た瞬間、肩を誰かに掴まれた。テオドルさんだった。真剣な顔をしているので何かと思ったら、予想外の言葉が口から飛び出してきた。
「待て!!!藤川!!!!抹茶や茶菓子、お前のぶんもあるぞ!!!!!」
……俺は、茶とつく飲み物は全て愛していると言っていいほどのお茶好きだ。
食欲に勝てるわけもなく……俺の決心は、たった一杯の茶によって崩れ去った。
……この後、テオドルさんに物理的に振り回されるとは……この時の俺は知る由もなかった。
***
いつの間にか目を覚ましていた『あなた』は、少年が満面の笑みを浮かべて抹茶を堪能するのを霧の隙間から見続けるが、やがてその隙間はとじてしまう。……あなたが抹茶好きなら、とてもうらやましく思ったのだろう。
『あなた』は、不思議な雲の覗き窓を探すため、辺りをふらふらとさまよっていると、ようやくその隙間を見つけて、駆け寄っていく。
『あなた』は、次は何を見られるだろうか、と期待に胸を躍らせながら、覗き窓に目を近づけた。