第拾弐話 吞気な食卓?
……志先輩の大声で目を覚ました俺は、和食を食えることを聞いて、テンションが上がっていながらもぼんやりする頭が、はっきりするまで外を眺めていた。意識がはっきりして、思考回路がまともに動き始めてからはずっと、ずっと……先の事件のことを考えていた。
……何もできなかった。俺には、何も。
まともに話し合いにも参加できなかった。戦いの時に思いついた策だって失敗して状況を悪化させた。
藤川に怒りをぶつける心の余裕はあったくせに、なにひとつできなかった。
藤川には策を考える頭がある。
高野には人に好かれるカリスマ性がある。
志先輩には他者のために力を振るうことを恐れない勇気がある。
……俺にはない。
無能で、無知で。
勉学は、努力してけるとこまで行っても、藤川と高野を越えられなかった。
運動は、どれだけやってもうまくいかずに、色んな人に後ろ指さされて笑われた。
人間性は、腐りきっていると家族に言われるほどで、どんな悪事をしたって何も思わなかった。
精神力は、どんなに傷ついてもどうしてもつかなくて、他者に責任を押し付けてばかりのままだった。
……これだけのことを知ったら、テオドルさんやロゼッタさんは失望するだろう。
……なんでだろうな、本当に。
俺は絶望していた―
いや、やめよう。今だけは、そう今だけは。
俺は、今は仮面をかぶっていなければ。善人の仮面を。
たとえ内面が悪人でも、表面上の善人『大立葵』を信じてくれている友がいるなら。
俺は、内面に住む『アオイ』を抑え込もう。
……言い方がマジで中二病だな、うん。
―加えて、良くも悪くも、俺は三大欲求のひとつである食欲が全てにおいて勝っているタイプの人間だ。
「おい、飯食うとこについたって言われてんぞ」
という藤川の一言で、ここまで考えたことが全部頭から吹き飛んだ。
・・・。
「うめええ!!!!なんだこの最高にうめえうどぅんは!!??」
「お前、吞気だな。そしてうどぅんってなんだよ。普通にうどんって言えよ」
テオドルさん、ひどい!おいしいからいいじゃないか!
……と、文字通り。俺はノリノリでうどんを食っていた。うまい。一緒についていた漬物含め、うまい。おいしすぎて死にそう。
「ミソシル……ミソシル……」と言うのは死んだ目のロゼッタさん。こんなキャラだったっけ?
「お前、ちょっと俺の味噌汁に手を伸ばすなよ!!!」テオドルさんが味噌汁を奪われかけている。
「一杯ぐらいいいじゃない!!」
「よくねえよ!!!!!」
……夫婦喧嘩かよ!?
カオスでしかない。まあ、あれだけドタバタしてたから随分落ち着いてきたし、いいと思うけどさ。
「今から!おいしい天ぷらを!!踊りながら食べます!!!」
テオドルさんがおかしい。あ、間違いなくあれは味噌汁飲みたさでロゼッタさんが酒を飲ませたやつだ。明らかに真っ赤になって酔っぱらってる。テオドルさん、弱いのか……いや、ロゼッタさんが持ってるやつウォッカだ。どこから持ってきたんだろう。
俺たちは飲まないぞ?お酒は二十歳になってから。にぽーんの法律では。海外では別だけど。
「……そんなに味噌汁好きなら、俺が今度だしとか味噌を持って来てあげましょうか?あ、いっそ味噌をつくります?完成に一年はかかりますけどね。」
わあ、志先輩がロゼッタさんを味噌で買収しようとしてる。人聞きが悪い言い方、いや考え方だけど。
「いいのか!!??味噌もつくれるのか!?」
やっぱり目が輝いている。ヒーローショー見てる子供の目をしている。
「ええ、まあ。やったことがあるからですね。」
「ありがとう!!私な、パスタの次に味噌汁が好きなんだ!!!!」
……ああ、やっぱりパスタが好きなのか。さすがにイタリアの人だな。……現地では、パスタはご飯的なポジションにいるんだっけ?聞いたことがあったようななかったような。間違ってる気もするけど。
……あっ、藤川が酔っぱらってるテオドルさんに振り回されてる。物理的に。かわいそう……と思いつつちょっと笑ってしまっている俺がいる。だめだった。
……そうして皆がワイワイする中、ひとりだけ浮かない顔をする高野。
「どうした高野、おいしい飯は 笑顔で 食べた方が いいぞ!」
少しバカにするように言う。たまには、こいつをいじってやりたくなるもんだ。なんせ、高野は煽りにもノリにもノッてくるし。
「……いや、ちょっとね。正直ロゼッタさんが怪異の性質を抑える薬を持っているとはね、と思ってさ。完封してぬっ殺す気満々じゃない?」
遠い目でそんなことを言うな。俺だってそう思ったさ。あ、ロゼッタさん……怖い目で見ないで……。
というのも、この店に来る時にロゼッタさんが『任務の時のちょっとした道具を使えば心配なく飯が食えるぞー!』というので、高野がその薬を試したところ、本当に元々のように、人として過ごせているのだ。鏡に映ってたし。
「ぬっ殺すって何さ。……まあ、かっこよすぎるよな。」と俺が言うと、彼女は爆笑していた。
……彼女は笑いがおさまると、無表情になり、俺に耳打ちした。
「……あと、違和感がね。わからないけど、なんか、何かが足りない気がするし。」
「……足りない?」
何が足りないというんだ?
「……んー、車が一台。怪異が2人……?で、ユニオンの人が2人。それから、私たち、部活のチームが4人。」
何故か、口に出して確認している。確認するまでもないような。
「そうだな、そうに決まってるだろう?」
「うーん……おかしいな、【部活のチームが4人】、っていうのが凄く気持ち悪くて……なんか、一人足りないような。」
「せっかくおいしいご飯食べてるんだし、気にするなよ。」
「……そうね、余計なこと考えてたらおいしくなくなっちゃうよね。」
無表情だった高野は、俺に「ありがとう」と一言言うと、またご飯をすごい勢いで食べ始めた。
そんな俺たちを、ロゼッタさんが真剣な表情で見つめているのに……俺は、気づくことはなかった。
そして、……俺たちが、既に敵の術中にはまっているということにも、気づいていなかった……。