第拾壱話 怪異の殺人者
……目が覚めると、俺の足の上に何か重くて温かいものが乗っていた。
何があったか理解できず、恐る恐る目を開けると、そこには背中があった。……背中???
「おはようございます、志先輩。落ち着いたらさっさとトイレに行った方がいいですよ。昨日あったことを思い出して吐き気を催してからじゃ遅いですから。私は脱水一歩手前まで胃をしぼってきましたよ……」
寝起きの俺に、後輩が告げる。……高野だ。
そして、その高野は俺の膝の上に座っている。何でだ?と思ったが、周りを見て理解した。
前を見れば、運転席にはテオドルさん、助手席には……誰だこの美人。
横には藤川と大立。後ろを振り返ると、ユイちゃんは座ったまま爆睡し、その横でオバサンが手足を縛られて寝ていた。あれだけ暴れていたし拘束されているのは仕方ない気もする。
まあ、つまりは席が足りないということだ。後ろにいる怪異と一緒にするのも危険すぎるし、前の人の膝の上はまずいし、かといって藤川は過保護すぎて寝起きに何をするかわからないし、そういうことに耐性がない大立は騒ぐだろうし。
……ああ、これは俺の膝に来るわ。俺が一番マシだわ。納得できないけど理屈は理解できた。
「高野、お前、あれから……一人で?というか昨日って、今は何時なんだ?」
ぼんやりする頭を働かせて、彼女に問いかけると。
「今は夕方五時です。一日経ってますよ。」
だそうで。……ああ、随分とひどい寝坊をしたらしい。
「なあ、あれからなにがあったんだ?」
「めっちゃ怖い思いをして死にかけてもう一回命を狙われて、一周回って冷静になって変に温厚になってその反動と昨日のことを思い出したショックで脱水になるまで……」
こいつが、もう一回命を狙われる?それがこの美人と関係があるとでもいうのだろうか?
でも悠長にトイレにこもって死にかけになれるなら今はおそらく大丈夫だろうな。
……だが、それは詳細を問い詰めない理由にはならねえ。
「……その『もう一回命を狙われて』ってのの詳細は?」
そう尋ねた俺は、予想だにしていない方向から聞こえてきた答えに驚くことになった。
「それについては私が話してもいいかい、……あー……少年。」
「ココロ・ヤマトくんだ、ロゼ。……ココロくん、この人はイタリア支部のリーダー、ロゼッタくんだ。俺の後輩だから、気軽に接してくれよ。」
「あー、ヤマトか。そうかそうか。正直、起きたことを話すと君にコテンパンにされそうなんだが……まあ、仕方ない。自分のやったことのしりぬぐいぐらいはさせてもらおう」
そうして話されたのは、驚くことばかりだった。
テオドルさんと、ロゼッタさんの関係について。
……うん、年齢……ロゼッタさんエージェントになるの早すぎないか?ってかその、21で支部のボスって……うん。
そして、ロゼッタさんが恨んでいる組織の一員だと勘違いし、殺そうと思って高野を撃とうとしたけど結局、急に冷静になってやめたらしい。
……ああ、ウソに決まっている。そんな煮えくり返るほどの怒りを胸に抱いた人間がそう簡単に復讐をやめるとは思えないから。
そうだな、もしかしたらトラウマが蘇ったり、第三者の手出しがあったのかもしれない。
だが、そんな生易しいものだったら、これほど力強いことばを語る人物が動くとは思えないな……。
それこそ、人が死んでしまったタイミングでタイムリープしたとか、よくあるSFのような話とか。
あとは現実の書き換えとか。死んだことがなかったことになったり。
話に聞く状況が本当なら、死んでいるのは高野か。いや、テオドルさんかもしれない。あの人が自分の部下を見捨てることはないだろうから。
全てが予測でしかない以上不安だし、彼女に背中を見せないようにしようと決めた。
「……で、恨んでいる理由ってなんなんですか?そもそもその組織ってなんなんですか!!??」
ここまで下を向いて黙り込んでいた高野が口を開いた。
「……テオドルが、支部を立ち去ってからすぐの時期に受けた任務で、そこの組織に潜入する任務があった。……その、例の組織の名前を、『ストレンジネス・マーダラー』という。怪異をいいように利用し、操って、事件を起こすわ人を殺すわ……。目的がわからない以上、余計に気分の悪い組織なのよね。
そこで、行なわれていた、非人道的実験の数々を見てきた。」
……ロゼッタさんは、暗い表情で下を向いた。
「―生きたままバラバラにされて泣き叫ぶ子供を見た。心神喪失するまで精神負荷をかけられた子供がいた。機械につながれ、液体に沈められていた子供を見た。
一番印象的だったのは、組織本部の中央にある超巨大な装置につながれた少年だった。」
……ひでえ。人間が人間にやることじゃねえ。まるで漫画ってレベルのひどさじゃないか。
「それで、その実験の目的は?」
「……おそらく、人間を意図的に怪異化させる実験だと思う。」
……気持ち悪い。そのためだけに、そのためだけに人の命を道具扱いしているだと……!?
ああ、これはロゼッタさんが怒り狂って憎むのも無理はない。話を聞いているだけの俺さえも憎しみが沸き上がってきているからな。
「そして、私が受けた任務の目標は『依頼主の娘を救出すること』だった。幸い、彼女はさほどひどい実験をうけていなかったらしいので、無事救出成功した。組織にされた実験に関する記憶は、すべて消した。消したが……彼女にはもう、以前の記憶は残っていなかったさ。そいつは、今じゃ私の部下だ。
名前はマリー・テリアーヌ。今年で16になる、かわいい女の子さ。出会った頃はおとなしい子だった。あんな事件に巻き込まれなければ幸せな人生を歩んでいただろう。……ま、今じゃ私の部下らしく勝気で男勝りな子だがね。しかもイザヨイの形がガトリングガンだから余計に物騒な子だし」
怖え。怒らせたらやべえタイプの子だろうなこれ。
「へえ、会ってみたいな。ロゼッタさんの部下なら強そうだ。」
「はは、そう言うと思ったしそもそも一緒に来てるからな、呼び出した場所に向かっているんだよ。和食の店だっけね。」
……『和食』と聞いた瞬間、昨晩から栄養をとっていなかった俺の腹が情けない音を立てて鳴いた。
「あー!!!久々のまともなご飯だあ!!!」
誤魔化すように俺は叫んだ。……となりの高野が白目で見てくる。
「……ぅえ……おはようございます……」
「……おはよ……。」
「……おはようございます……」
大声のショックである種のダメージを受けたのだろう耳をさすりながら、高一男子三人衆は目を覚ました。
慌てて後ろを見るが、オバサンもユイも寝ている。……力を振るって戦ったり、記憶の操作が行われたりしたのだから消耗が激しくて当然だろう。
俺が前を向き、「久々の飯だ、それも和食らしいぞ!」と言うと、さっき起きたばかりの三人が笑顔でハイタッチしていた。
そんな3人の様子に、前の座席のテオドルさんとロゼッタさんが、一瞬だけだったが顔を合わせて微笑んでいるのが見えた。
何だかんだいって、こんなめちゃくちゃなことに巻き込まれても、めちゃくちゃなりの幸せがあるもんだな、と思いながら……到着までもう少し休むため、俺は再び目を閉じた。