第捌話 明星はその暁に輝く
空気を震わせて放たれた弾丸は、吸い込まれるように目の前の存在に命中する。
「ぐっ……けど、前のと比べたらはるかに弱いわね、その程度では届かないわね!」
だが、どう見てもダメージが通っているとは思えない。しかし、ここで諦めたところでなにも変わらない。
もちろん相手も、先程私が撃ったのと同時に、こちらにも攻撃してきていたため、……私は被弾した。
「……っっ!!!!」
叫びそうになるのをぐっとこらえる。弾を受けた部位から走り抜ける痛みに、目からは涙があふれた。
だけど、声はあげないし目もそらさない。それは隙にしかならない。時間がないからこそ、全てを利用して勝ちに行くしか、道はない。
私は諦めずに何度も引き金を引く。弾がきれれば、銃を降って薬莢を落とし、弾を込める。……その繰り返し。
ためらっていたのがウソのようだけれど、これはもう、敵意とか悪意とかではない。
……意地。通そうと、目の前の相手を『止める』ために戦い、絶対に勝つという意地でしかなかった。
「当たれ……当たれ……!」
何度も撃つ。半ば当てずっぽうで撃っていたが、5発に3発は当たっているようで、向こうの表情から、あっという間に余裕が消えた。
だけれど、撃たれているのはこちらも同じ。私は、もはや撃たれても痛みがわからなくなるほど被弾していた。
おそらく、私が人のままだったなら、すでに死んでいる。でも、まだ、絶対に斃れない。
斃れるわけにはいかないから。
だが、このまま同じ方法で攻撃し続けるのでは埒が明かなくて時間切れになる気がするし、一刻も早くどうするか考えなければ、絶対に制限時間に間に合わない。
どうする、どうする?思考を回す。くるくるからから、頭の中で論理が回る。
まず一つ目、怪異としての力を使うか?……いやダメだ、どんなリスクがあるかわからない。
二つ目……二つ目……ああ、何があるだろう。
……いや、待てよ、私は何と戦っている?常識で考えるな、ぶっ飛んだ方法でもいい……
……水の精霊を相手しているのだから、もしや。
ガスに撃ち込んで引火させて爆発させれば、もしかしたらその爆風で熱されて、弱体化するのでは?
みんなのことはテオドルさんが守ってくれる。そう考えればこれがベストではないか……?
「……幸運の女神に微笑んでもらうしかないか……。」
私はそう呟いて、猛スピードで逃げながらガス管が埋まっている場所のマークを探した。……見つからない。
しかし、早朝からご苦労なことに、どこかの家のものの付け替えのために業者が持ってきていたのであろう、LPガスの容器、それも蓋が空いているものを載せたトラックが近くに停めてあった。
運転手も乗っておらず、オマケに荷台から煙が上がっている。
ああ、幸運の女神は本当に微笑んでくれたようだ。
仕方がない、あまりよろしくないが、撃ってしまおう。
そう決めると同時に、感覚のない腕を動かしてオバサンの足の横を狙う。
連続でどんどん撃って、そのオバサンを誘導する作戦なのだ。
撃ち続け、撃ち続けると思った方向に逃げてくれる。
ちょうど誘導した方向と重なった瞬間に、きっちりと容器を狙い、弾を2発撃ち込む。
勝った―――そう確信したその時、気づいた。
その爆風が直撃する位置に、テオドルさんとみんなが、ガラスのような壁……おそらくそれが結界なのだろう……に包まれて、いた。
……油断した。相手を甘く見ていた。弱点を気にかけるのは当たり前だというのに、どうして、ガスの方に簡単に誘導されているのがおかしいということに気づけなかったのだろう?
いや、違う。この位置に、これだけ都合のいいように用意されているものが、偶然で片付けられるものであるはずがない。……事前に用意されたもの、としか考えられない。ということは、つまり……。
私は、自分がわかりやすい罠に引っかかってしまったことに、今更気づいた。
「みんなあああああああーーーーーーっっ!!!!」
私の絶叫も虚しく、弾丸はガスの容器に命中して容器を倒して封をぶっ飛ばし、その煙の元にガスが引火し、……爆発した。
私自身も爆風に巻き込まれるが、距離があるからさほど問題は無い。
しかし、向こうは余程とんでもない衝撃がきたのだろう。……あのガラスの壁、いや、結界はなくなっていた。みんなぐったりとして、地面に倒れていた。
そこに1歩ずつ近づくオバサン。私は慌ててイザヨイを出し、引き金を引く。
……弾切れだった。
大慌てで弾を込めようとする。……が、予備の弾薬も、もう既に底をついていた。
そして追い打ちをかけるように、程なくして、イザヨイはもとのスイッチに戻ってしまった。
私は大慌てでスイッチを押す。
しかしそこからは
【弾薬切れにより武器化が解除されました。武器化イザヨイ再使用可能エネルギー値がチャージされるまで残り30分】
という、無機質で無慈悲なアナウンスだけが返ってきた。
───そもそも、今切らした弾薬が出てきた元はどこか、という問いが、私のイザヨイが今スイッチに戻った理由の答えに繋がる。
弾薬が出てきた元は、……私のポケットの中である。もちろん、弾薬なぞ携帯している訳では無い。一般的な女子高生がこんなもの持っていたら物騒すぎる。
……実のところ、この弾薬は「どこからともなく現れる」から、正直私には細かい仕組みが分からない。
このイザヨイという武器は、スイッチを押すと弾が込められた状態で武器が出てきて、予備の弾薬も勝手に作戦服のポケットに出現する、というなんとも不思議な武器なのだ。
構造のしくみなどは説明などされていないため、どうなっているのかは謎でしかない。
とにかく、銃と弾のセットがイザヨイという武器なのである。
それはつまり、どちらか片方が故障するなりなくなるなりすれば武器化を解除する、その理由になるという訳だ。
……そういう仕組みであるために、私のイザヨイは、アナウンスの言うように【弾薬を切らしたため元に戻ってしまった】のである。
どうすればテオドルさんやみんなを助けられるのか、と考え込んでいると、
「「ああああああああぁぁぁ!!??」」
という悲痛な悲鳴が聞こえてきた。
その声の主は、大立と志先輩だった。
考え込むのをやめて向こうを見れば、藤川とテオドルさんがユイちゃんの前に出て彼女を庇っていたようで、ボロボロになって気絶していた。
そして一方では、悲鳴をあげた志先輩と大立の手には、……小さな火炎瓶が握られていた。
さっき大立が腰を抜かしていたように見えたのは、おそらくあの火炎瓶を仕込んでいたのだろう。
そして今ピンチに陥ったため、武器として扱ってもらうために、戦闘能力の高い志先輩にそれを渡していて、見つかってしまったのだろう。
ふたりは、オバサンに首を掴まれていた。ふたりとも苦しそうにしていて、見ていられない。
そしてそのまま、2人ともがっくりと首をたれて、気絶してしまった。
……動けなかった。
2人が直接手を下されても、動けなかった。
武器もないのにどうやって戦う?──否、お前には怪異の力という武器がある。
普通の女子高生なのに?───否、あれだけ戦って普通とは言えないだろう。
私は、自分が助かるために「動かなかった」ことを認めざるをえなかった。
何が「みんなを助ける」だよ、本当に……
ただただ、自分が情けない。
「……さあ、次はアンタだよ! このまま全滅させて、ユイを連れて帰るわ!!!!」
そう言ってオバサンは私に銃口を向ける。
あ、―殺される。
と思ったが、近くにあった柱の影から、何か赤いものが飛んでいった。
それは目の前のオバサンに命中すると、……オバサンが炎に包まれた。
「ああああああああ!!!???やける、あつい、きえる、う、うわあああああ!!!!!!!」
……そう、先程投げられたのは、先程大立が持っていたのと同じ火炎瓶だった。
後ろを振り向くと、さっきから姿が見当たらなかった岩崎が、そこに立っていた。
「岩崎、ナイス!」そう私が声をかけると、
「そんなことはいいから、早く攻撃しろ!!!」と一喝された。
攻撃しようと思った。怪異の力であっても、振るおうと思った。
……だが、その思いもむなしく、力が湧いてくることも、体が温まることも、何も起きない。
そして、一瞬の隙が命取りになった。
気づけば、目の前にいた岩崎が吹っ飛ばされて、遠くの地面に打ち付けられていた。その周りで、赤い液体が広がっていって……
「岩崎っ!!!!」
私は泣きそうになった。このままじゃあ、私は本当にひとりぼっちだ。
「さあ、あんたで最後だよ!!!!」
そう言われ、再び銃を向けられる。オバサンは私から離れた場所に立って、こちらを気持ちの悪い笑みを浮かべながら見つめていた。
だが、私が何も言わずに、動きもせずに立ち尽くしていると、攻撃の手段が残っていないと判断されたのか、こちらにじりじりと歩み寄られ、最終的にその銃口を背中にぴったりとくっつけられた。これでは、外されまい。
そして、こちらの怒りの炎に油をそそぐようなことを、その厭味ったらしい顔で言ってきた。
「……ねえあんた、最後になんか言ってみな?」
……完全になめられている。私の怒りは、少しずつ、次第に増していった。
……そうだ、これしかないだろう。
「き……を、……ないと。り……ないと。」
そうしないと、勝てない。
「聞こえないわね、もっとはっきり言いなさいよ!今がアンタの喋れる最後のチャンスなんだからね!?」というオバサンを前にした私は、最高に怒りながら、かつ冷静に作戦を実行した。
「―黙って、これでも喰らいな!!!」
そう叫びながら、私は、持てる限りの力をもって、振り向きざまにオバサンの腹を殴り飛ばした。
ぶぐぇぇっ、と鶏が絞められたかヒキガエルがつぶれたかしたような呻き声をあげながら、物凄い勢いで、水族館の建物の屋根の下を飛び出し、海岸の砂浜に降りるための階段近くにふっ飛んで行った。
―そう、先ほど述べたその作戦というのは、作戦とはとても呼べないようなものだった。
先程私は、そういえば吸血鬼という怪異の力について聞いていたな、と思い出したのだ。
治癒能力ともう一つ、……圧倒的なパワーを持っている、そう、怪力であることだ。
だから、「相手を破壊しよう」と意識して殴り飛ばせば、あるいは……と思った。
そして、実行した。これは半分は賭けだった。半分は確信していたから、完全に「賭け」とは言い難いけれども。
「う……う……あぁ……?」
訳が分からない、といった感じで、倒れてお腹を抱えたまま動かないオバサンに近づき、私はこう言い放った。
「……距離を詰めないと、理解しないと、って言ったんだよ、さっきはな。さて、さっきのお返しをしないとな。『最後になんか言ってみな』、オバサン?」
私は、自分の人生で一番ひどい、他人を……相手を見下した、最低な野郎のような表情をした。……もちろん演技だ。みんなが目を覚ました時に、全員が彼女に恨まれて質問できないのでは話が進まない。
嫌われ者は、私だけでいいから。
私は彼女を殺そうとはせずに、ただただ、何を質問し、何を聞くかを考えていた。
……この事件は、彼女にことの真相を聞き、全てを明らかにするまでは終わらないのだから。
皆が目を覚ますまで、大人しく待っていよう。
そう思いながら、
先程まで紫一色で真っ暗だった空は、少し赤みがかって、明るくなっていた。
地平線の果てはすっかり赤く染まり、もう夜明けが間近に迫っていることを感じさせられた。
……見上げれば、明けの明星が、夜の終わりを惜しむように、キラキラと輝いていた。