6. 追跡とコミュニケーションと私
翌日。
「じゃ、行ってくるよ」 と笑顔で妻に手を振る、リア充ハーレム男こと和樹。
「行ってらっしゃい」 と手を振り返すハルミの笑顔が、単に顔面に貼り付いただけのものとは、全くもって気づいていない。
もちろん、ハルミの胸中に渦巻く巨大な負の思念など全く関知するはずも、なかった。
(うう……私なんて私なんて私なんて……うう…… 友だちが大変なのに、『和樹ちゃんをとらないでよ!』 とか 『もしかして下心があるんじゃないの?』 とか、イヤなことしか思えないイヤな人間なんだぁ…… 生きていてごめんなさいぃぃ…… ミワちゃん…… こんなママでごめんねぇぇぇ……)
あまりの悲しみと自責の念に、その場にしゃがみこんでしまったハルミ。
1時間ほどもさめざめと泣いた後に、発見したのは……。
↑
オ
イ
カ
ケ
ロ
という、何やら黒い点々で描かれた文字と矢印であった。
普段なら、ホラーか単なる幻覚、と思うだろう。
しかし、ハルミはせっぱつまっており、その矢印に導かれるままに、フラフラと歩き出したのである……!
↑
↑
←
↑
↑
……
ハルミが矢印に追い付くと、それはサッと崩れ、ピョンピョン跳ねながら次の矢印を形成していく。
←
↑
↑
……
お腹をさすりながら30分ほども歩いた頃、マンションが現れた。
「……ここ?」
思わず、矢印に話しかけると。
矢印はサッと崩れて、ピョンピョン跳ねながら文字を形作った。
YES
「そう……ここで……和樹ちゃんと麗ちゃんが…… グスッ……」
→
3F
エレベーターで3階へ上がると、黒い点々が再び、ピョンピョン跳ねつつ、数字に変わる。
312
「わかった……ありがと」
ハルミはうなずき、312号室のインターフォンを押した。
ピンポーン
澄んだ音が響き、中から 「あっ……」 という和樹の慌てた声と、 「え? 帰ってきたのかな? そんなはず……和樹くん、ごめん、ちょっと……」 という茅波の声が、かすかに聞こえた。
しばらくして、「はーい」 という和樹の声とともにドアが開く。
「サインでいいですか? ……って、ええっ! ハルミ!? どうして?」
和樹の慌てっぷりに、 「さぁ修羅場か!?」 「ですね……っ♪」 とテレパシーを交わす©*@«とº*≅¿。
『ガンバレ!!』
ハルミの背後で陣形を変えて応援しつつ、ワクワクと成り行きを見守る。
ハルミは、泣きながら和樹に訴えた。
「わ、わ、私…… 和樹ちゃんに、ほかの女のところに行って、ほしくなかったのぉぉ……」
「ほかの……って…… 茅波さんじゃないか。彼氏に戻ってきてもらえる方法一緒に考えてただけだろう?」
ここまできても、まだよく分かっていない、和樹…… 「最低だな」 「ですね」 と、テレパシーを交わし、miniたちは鑑賞を続ける。
「でででも、でも……麗ちゃんって、何でもよくできて、私よりも可愛くて…… 私なんて…… 私なんて……」
「そんなこと……」
「そんなことないよ!」
和樹を押しのけるようにして、出てきたのは茅波 麗その人であった……!
更なる修羅場を期待する、©*@«とº*≅¿だが……
「みて……! これが私の、精一杯なんだから……!」
麗の手に握られていたのは、ヨレヨレの赤ちゃん用スタイ。
「一緒に、大事な人に想いを伝えよう、って、和樹くんに励ましてもらって。教えてもらって…… が、頑張ったんだけど……」
ちゃんと定規使って裁断したはずなのに、ガタガタだし左右の大きさが違うし…… まっすぐ縫っているはずなのに、縫い目曲がりまくっちゃうし……!
彼氏に見てもらえるよう、SNSにupしてみたけど、ヘタすぎるって笑われるだけな気がするの……!
切々と訴える麗に、陰キャに相応しく疑わしい眼差しを向ける、ハルミ。
「それさ…… 私に、相談すればよくない?」
「だって、ハルミちゃん、別れちゃえ、って言うでしょ…… 私、信矢に帰ってきてほしい…… 別れたくないんだよ…… でも、ごめんね。
まさか、ハルミちゃんがそんなに気にするなんて…… 和樹くんから、ハルミちゃんにはちゃんと説明してるから大丈夫ってきいてて、それ信じこんじゃって…… ふたり仲良いから、こっちが疑われたりしないかな、とか思ってて……
気が回らなくて、本当にごめん! 私、必死で全然見えてなかった…… ごめんね!」
深く頭を下げられて、ハルミはしばし、絶句した。
麗の事情は分かったが、そんな風に言われたら、全てハルミと和樹が悪いみたいではないか。
「……和樹ちゃんも。なんで私に言ってくれなかったの……!?」
「だって……! ハルちゃんをびっくりさせて、喜んでもらおうと思ったんだ……!」
おずおずと、絆創膏の目立つ手で差し出されたのは、麗のものよりも、もうちょっとヨレヨレなスタイであった。
刺繍しかけの 『ミ』 の文字も、ガタガタである。
(和樹ちゃん……指……刺し傷だらけだ……)
グズグズと鼻をすすりながら、ハルミは反省した。
(うう…… やっぱり…… 和樹ちゃんのこと信じられなかった、私が悪かったんだぁ…… こんな疑い深い最低の女でごめん…… もう私なんて私なんてぇぇぇ!)
泣きながら、和樹に謝る。
「ごめんね…… 和樹ちゃん…… 私、私…… 疑ったりして……!」
「いいんだよ……」
そっと、傷だらけの指でハルミの頭を撫でる和樹。
――― 「オマエも謝るべきだろ、和樹!」 「ですよね、©*@«様!」
ハルミの背後から、miniたちのツッコミ思念が盛大に入っていることには、全く気づかなかったという。―――
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次回で最終話。午前0時掲載予定です。
宜しくお願いいたします。m(_ _)m




