伝説と噂
例えばそれは、鉄すら溶かす灼熱の業火。
又は、命さえ凍てつく極寒の大地。
或いは、聖者をも恨む屍の群れ。
一度気を抜けば二の句も継げれず魂を刈られ、自ら死を望む者も立ち入ることを憚る禁忌。
百戦錬磨の剣士もその地に怯え、一騎当千の騎士もその名に震え、絶望と恐怖と終焉が混ざった混沌。
まさしく地獄とよんで差し支えない迷宮。
【スライムの占星館】
そんな名前のダンジョンがこのゲーム《Never End Online》には存在した。
多くのプレイヤーはその存在に畏怖し、恐れを込め、『パッケージ詐欺』と呼び、運営の悪ふざけの産物として踏破することを一種のステータスとしていた。が、その難易度はあまりにも高く現状でのクリアはほぼ不可能とされた。
名だたるプレイヤーも挑戦することを躊躇する程であり、そのダンジョンへのクエストの依頼人を襲う者まで現れる始末だった。
もはや最下層までたどり着くのは無理だとそこら中で囁かれる所まで至っており、果てには攻略されることを設定されていない、と全プレイヤーが共通認識を抱いたのだった。
あの時までは。
きっかけはとても小さな変化、だがそれは、人類が住めれる惑星が見つかったぐらいの……いや、流石にそれは言い過ぎたが、とにかく凄まじい革新が起こっていた。
だが、その事実はすぐに明るみに出ることはない。まぁ、これに関しては誰も責めれないだろう。
何故なら、それは人気の無いマーケットの隅の方にあったから。というか、もう隠すように売っていたので憎むなら性格の悪い販売者にすべきだろう。
逆に発見した者を褒めるのが筋という物だ。
その名誉ある第一発見者のMさんは後にこう語っていた。
「まあ、正直に言えばただの偶然だったすね。いつもの仲間が用事でログイン出来ず、一人で暇だったんで、一回も行ったことないマーケットに行ってみたんすよ、人もまばらにいて、 そこそこ繁盛してんだなって驚いたっすね。で、見て回ったら結構面白かったんで、ちょっと熱中して、それから……
〜中略〜
……で、違和感があったんすよ。おかしいなって、よくよく見たらレア度が違うんすよ。驚いたっすね、今まで見たことない品質だったすから。なんだこれって、ありえないだろって、だから俺の知り合い全員にメッセ送ったんすけど誰も知らなくて、だから、俺は………
〜中略〜
……まあ結局何も分からなかったんすけどね。でも、ここから俺は…えっもう終わりっすか、いやまだ話し足りないんすけど…やっマジでっすか…ちょっ、待っ、この話だけ」
と、この様な話を残して……え、話が長い?
まっ、まあ、その話しは置いておこうではないか。
つまり、彼が言いたかったことは最高品質のスライムの素材が置かれていたということで、それは……ん? さっきの話ではまったく触れられてなかった? 初耳? ……だっ、だってしょうがないじゃないか!! 私に言われても困るし、だいだい私が一番文句を言いた
話は脱線したが、これが示すことはあの悪夢の様なダンジョンを攻略した証明以外の何者でもなく、疑いようのない事実だった。
何故か? ……あれ? 私、言ってなかった?
このダンジョンは死に戻るとそのダンジョンで手に入れたアイテムが全ロストという厳しい縛りがある。理由はただ単純に運営が難易度をバカみたいにあげており、武器や防具の強化を未然に防ぐため、と噂されている。 悪魔で噂だが、それがプレイヤーの総意であり攻略不可能と言われる所以の一つであった。
ちなみに補足だが、先の話にでたマーケットとはプレイヤーが個人で作ったものを販売する場所の一つだ。
遅すぎるなどという意見はきこえないのであしからず。
この一件は一夜にしてNEO内を駆け巡り全プレイヤーに
衝撃を与え、騒然とさせたのであった。様々な憶測が飛び交い交錯して、しまいには運営による自作自演などという素っ頓狂な意見が広まってしまうほど混乱に陥ってしまい〔スライムパニック〕と呼ばれる一大事件が起こったのだった。
ゲーム内は一週間まるまるこの話題でもちきりだったが流石にこの頃になると情報の統一化が進み、プレイヤーのほとんどが、あるクランの話に夢中になっていた。
最初は他と変わらない出どころも詳細も分からないただの噂、のはずだった。 しかし、ある有名な情報屋の「多分、それだよ〜」 発言に噂が一気に広がり、もはや疑う者は居なくなっていた。
結局、サービスが終わる頃には上がり続けていたレベルやプレイヤースキル、更にはダンジョンにおける詳細な情報が出回り始めたお陰で、いくつかのプレイヤーは攻略が可能になっていた。が、 そのクランの伝説は語られ続け多くのプレイヤーは未だ見ぬその者達の姿に思いを馳せ、尊敬と憧れを抱くのであった。
『メビウス』
それが、彼の幻のクランの名だった。
ちなみに、クランとはプレイヤーの連合で成り立つ
組織の様なものである。
……決して忘れていたわけではない。……本当だよ。
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スライムの吐くいきが妙に熱く感じる、気の所為だが。
それに、このダンジョンも長すぎる。
かれこれ二時間は余裕で過ぎているが、まだ終わりが見えて来ない。
半分は過ぎてると思いたいが自信が無くなってくる。
後何度戦闘すれば良いんだ?
このままいけばぶっ倒れる予感、いや確信がある。
それは決して冗談等ではなく、精巧に作られたこのNEOの中には暑さによるダメージがある。
まあ、一応それを防ぐための防具もあるし、ついでに言えば装着もしている。
が、このダンジョン 場所によって気温の寒暖差がとても激しく燃え盛る炎が突然凍える吹雪へと余裕で変貌するので、装備の変更を怠ると耐久値がどんどん減っていく。
そして、気付いたらぼろぼろになってた、なんてことが当たり前に起こり、かくゆう俺もその被害者の一人だ。
今までの挑戦で逝去した防具の数が二桁に達した程。
実際今も耐久値が減って来て、くらうダメージが増えてる。
このままではいずれ壊れるし、そろそろ変え時かと溜息を
吐きながら考えるが、もう予備が残り少ないことを思い出し、更に深い溜息が口から漏れてしまう。辛い。
ちなみにだが、環境による状態異常のには他にもスタミナやステータスの一部を削るものがあるが、それはまた別の機会に話すとしよう。
何て風にずっと一人で取り留めのないこと、考えてる間に周りの敵は消えていた。
「もう! 何でこんなにスライムがいんのよ! 信じられな い!」
「 仕方ないだろ? ここは最難関って言われてんだぞ。これぐらいいても不思議じゃない。しかもこれでもまだ優しい方だろう? なんせ最前線の防衛組なんてこの何倍の数を一手に引き受けてんだぜ? 俺らがこれぐらいで文句を言うのは筋違いってもんだし、だいた「うっさいわね! それぐらい知ってるわよ!」はあ、本当にお前ってそういう所が台無しだよな。」
「何よ! 文句あんの!」
「あるに決まって……なんだ? 先行隊の奴らじゃーー
なんて会話が聞こえてくるが俺も概ね同意見だ。
確かに、ここは遊撃というポジションで、相手を惑わすことが主な目的であり、敵と対峙することは他と比べて極端に少ない。しかし、人数も三人しかいないので……
やっぱり愚痴をこぼしたくなるぐらいめんどくさかった。
これで、第一防衛役なんて務めたらストレスで頭が禿げるんじゃないか?取りあえず、あの勇敢な方々には枕を高くして寝れないな。
使い方違った? まあいいや
「なあ、お前はどう思うよ」
「ん? なにが?」
どうやら、どうでもいいことを考えてた所為で会話を聞き逃していたようだ。何かあったのか?
「話聞いてなかったのか? だから、胸は大きい方がいいか小さい方がいいか、どっちなんだって話だよ。」
何だ? そんな低俗な話をしていたのか?
まあ、一応俺も健全な男子だから大きい方に目が行くのは事実だが。
というか今ここで、こういう話はタブーなんじゃ
「そんな話一言もしてないわよ変態。 というか、あんた今私を見たでしょ? ぶっ殺すわよ?」
どうやら違ったらしい。
それに、見ていたのがバレてしまったようだ。
「ムカつくけど良いわ……で、あんたに聞いたのは変な暗号みたいのが見つかって、その写しを先行隊が持ってきたから、どういう意味か分からない? ってことよ」
「暗号?」
「ああ、壁に右から[前一→騰 前ニ→朱 前三→六 前四→勾 前五→青 天一→貴 後一→天 後二→大 後三→? 後四→大 後五→白 後六→天]て、書かれてたってよ。……しかし、これだけばらばらだとダンジョンの中に答えがあるって言う説が一番有力だろうな? 数字は座標みたいに場所を示しているって考えられるし…ただ、そうだとしたら今からまた戻るのは無謀だって言う意見が大半を占めてるから攻略はまた今度ってことになるみたいだけどな。」
「私もこればっかりは仕方ないと思うわよ。 今から戻った所でHPもMPも少ないから、スライムに襲われるにしろ全く関係ない所で野垂れ死ぬにしろ全滅することには変わりないだろうから。しかし、ここの運営って相当な鬼畜よね、このクソむずいダンジョンで謎解き要求するなんて。一回会ってぶん殴りたくなるわよね?」
「共感得ようとすんなよ、滅茶苦茶怖えよ…」
これってもしかして……
「玄か?」
「「は?」」
「いや、これってあれだろ? 陰陽道における十二天将の奴、安倍晴明が残したって言うあの……」
「「は?」」
(〜説明中〜)
「てっ、ゆうのを知らないか?」
「「知るか!!!」」
あれ? これってそんなに有名じゃないのか?
確かにこれは祖父以外から聞いたことは無かったけど……知らなかったな。というか、若干引かれてない? 気の所為だよね? 聞くのが怖くなってきた。この話はやめよう。
「成る程、試してみる価値はあるな。」
二人と一緒に、クラマスへ先程の推理を聞かせると、聞くやいなや目を輝かせて、早速実行に移っていた。
逡巡すらしないのか。
この人の底知れない好奇心に、何度目か分からない戦慄をしていたら、
ゴゴゴゴゴ
そんな重低音を響かせながら、ドアがせり上がってきた。
「まさかあんなドアが一瞬で出てきたなんて…どうなってんだこのダンジョン?」
「私はそれよりも、あんたの知識の方が不思議よ…」
なんてくだらない会話をしながら扉の中に入って進んでみると、立派な装飾を施された絢爛豪華で荘厳な雰囲気を醸し出す扉の前にたどり着いていた。
「また扉かと言いてえ所だが、これは比べもんになんねぇな。」
「そうね…ねぇ、あんた、ボスがなにか……知らないわよね。」
「流石にな…」
十二天将の話は祖父から何度も聞いたが、誰かの眷属とか
ではなかったはずだし、だとしたら何が来るのだろう?
「おい!お前ら準備はいいか!」
「「「「「おおおおおーーー!!!!」」」」」
考えごとをしている間に皆の準備も整っていたようだ。士気も高い、ゴールが目前なのだから当たり前だろう。泣いている者までいる。
俺も胸が熱くなっていた。 これが最後なんだ。
「行くぞ!!!」
クラマスが万感の思いを背負って、栄光への道を開いた。
そこは何も無い、真っ白の空間。いや、中央にスライムが居るので、何も無くはない。ただ、そのスライムの色は今まで見たことがない純白で、背景と溶け込んでいた。
はずだった。
気づいたら、そこにスライムの影も形もなくなっており、代わりに居たのは一言で表すと絶世の美女。
クレオパトラはこんな見た目だったのかもしれないと、思えてしまうほど美人だった。
容姿端麗 眉目秀麗 才色兼備 褒める言葉が全て当てはまり感嘆の声がそこら中から上がる程だった。
背景とは真反対の漆黒の服に包まれた其の姿は、飽きることなく何年も見続けれる程麗しかった。
その人物の登場に呆気に取られる中それは唐突に起きた。
『我は誰ぞ?』
その見た目では考えられない程低い声で、どこかのポケモンみたいな台詞が頭の中に響いてくる。
「ちっ!!」
動いたと思った刹那、近くにいた奴のHPが弾けていた。
な!!
何が起きた!? まさか、まさか、やられたのか!!
速すぎる!!
このままでは確実に後五分と持たない!
どうすればいい! どうすれば!
開発者もここのクリアをあいつの撃破に設定しないはず、
強すぎるから! だとしたら、可能性はただ一つ! あいつ自身言っていた!!
だが、分からない一体誰何だよ、お前は!?
ヒントはあったはずだ 何処?
俺は見つけている 何時?
だが気付けていない 何故?
この間に何人もやられている。熟考する時間は無い! 早く閃け!!!!
〔 占星館 〕 〔玄〕 〔女性〕 〔漆黒の服〕
あっ
一人いた。
確証は有る。 賭けるには充分だ。
目の前にまで迫っている時間は無い。
叫べ!!
「お前の名は九天玄女だ!!!!!」
今までが嘘だったように、静けさを取り戻したこの空間には、最初とは打って変わって物や彩りで溢れかえっていた。
物が無く広々とした印象の床には、悪趣味なインテリアが散乱し、純白一色のセンスの欠片もない壁面には、赤黒い生々しいペンキが幾何学的な模様を描いていた。
白一色の地味な場所は、赤と白のコントラストへと変化し、別の空間だと錯覚を覚えてしまう程に派手になった。
だが、この光景を見ている彼は不快感を露わにしている。
まぁ、今までの仲間のほとんどが奇抜な装飾へと変貌しているので、当たり前なのだろうが。
この勝利は偶然以外の何者でもないのは、明白だった。
なにせ残った人数は彼を含めて最初の五分の一にも満たしていないのだから。
結局の所、ただ運が良かっただけなのだ。
名を知っていたのも、一度も狙われなかったのも、全て運によるところだろう。
しかし、戦いとは、得てしてそんなものだ。
どんなに念密な作戦や緻密な謀略を練った所で、最後に頼るのは自身の豪運に違いない。
所謂 【運も実力のうち】 という奴だ。
これが、一世を風靡した伝説の全貌であり、顛末だ。拍子抜けかもしれないが事実とはだいたいそんなもので……
噂は悪魔で噂でしかないのだから。