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三の毛


 初夏の風が宵闇の草木をかき分けて、俺の頬を撫でてくる。

 門出の一凪とでもいえばいいのか。ポケットにつっこんだ鍵を探していると、どこからともなくやってきた故郷の香りに妙な愛おしさを感じた。


「……にしても、こんな形で幕引きするとはなぁ」


 俺はもう一度、我が家を見上げる。

 昭和時代に別荘として構えられた二階建ての日本家屋。手入れの手すらしてないから、屋根や庭やそこらへんに蜘蛛ちゃんナメクジちゃんが大量に発生しているが、家の中に侵入してきたことはほとんどなかった。

 古臭いし、利便性もないが、この家にはしっかりと守られてきたということだ。


「マジで、今まで世話になったな」


 俺は玄関口の扉に手を当てて、そう言った。

 この家の守り神には、頭が上がらない。

 なんせ、任猫家本家が焼失してから、俺たちの身の安全を確保してくれた。ここがなけりゃ、あとは俺たちは、野となれ獣となれ。何にも残ってなかったはずだ。


「んじゃな」


 別れを惜しむ気はない。

 でも、その理由はまたいつか出会えるとかいう安価な気持ちからじゃない。

 ゆくゆく死んでしまう老婆に向って、明日も頑張ろうねぇと大声で手を振るやつがいるか? 妹にそんな奴がいたような気がするのは置いておいてだ。

 いわば、追悼の言葉。

 そこに哀愁の念を持ってくるだなんて、無粋も極まりない。

 死にゆくものは、気を楽にさせてやるのが一番浮かばれるというもんだ。


「お~ぃ、兄貴ぃ。もうことちゃん、車、前に持ってきたよぉ。早く荷物もってきてねぇ」


「こちとら布団三丁頭に抱えながら動いてんだ! 少し待ってくれって!」


 返答しながら、俺は玄関の鍵を閉める。

 そして、布団の影に紛れながら、家の鍵をじっと見つめて。

 そっと、呟く。


「ありがとな」


 ———ぱきん。

 真っ二つに割れた金属片を庭の方へ放り投げるのだった。


「今、行くって」


 ▲


「……ランモ、これ、全然、軽油はいってない」


 真っ黒い灰を飾ってある石作の表札を抜け、灰色のコンクリートに足を踏み入れると、そんな声が夜風と一緒に飛んできた。

 そっちの方を見てみると……って。

 あれ、運転席に誰も乗ってない……。

 とか思ってたら、暗闇に浮かぶジト目を見つけた。

 半目で思いっきり夜目を利かしたら、うっすらシルエットが浮かんでくる。運転手席の窓を開け、こちらを覗いているのは言氏だ。

 一丁前に皮の黒手袋を手にはめ、見つめてくる言氏の顔面はまだ煤で真っ黒。おかげで暗闇と同化していて、なんかわかりづらい。


「あー、だったら、暖房用の灯油あるから、それ入れよう。ガス臭くなるけど、一応走るし」


「……それ、犯罪。それに臭いの、やだ」


「いやどっちも、もう手遅れでしょアンタさん……」


 夜逃げするうえに、もう十二分に煙臭い。麻雀なら役満手だぞ。

 車体中央のドアは開けっ放しだった。

 大方荷物の搬入は終わったみたいで、いつもならがらりとしていた薄暗い空間になんかいろんなものが思い思いのままに散乱している。

 そこに頭にのせた布団を投げ入れると、いい加減な手入れを咎めるように大量の埃が舞い上がっていった。


「……どのくらい、放置してた?」


「いや、ゆーて半年なんだけどなぁ……」


 車検もあるし、定期的には面倒を見ているつもりだったんだが、それでもこの有様。運転席からこっちを振り返り見る言氏のジト目に、今回ばかりは向き合えない。いや、申し訳ねえ……。

 いやでも、今回の突拍子もない引っ越しは言氏が原因なんだし! 俺悪くないんだし!

 と開き直り、思いっきり猫目を向けてやろうと運転手席を見るとそこには誰もおらず。


「……しつれい、しゃー」


「のわああッ!?」


 真っ黒い影が俺の股の下を通って、車内へと消えていくのだった。


「……らんも、灯油、どこらへん」


「……お、奥の方、だけど……」


 震える足腰のうえで、必死に声を出す。

 あ、アイツなぁ……。

 でも、特別言氏がなにかしたわけでもねえし。でもでも、この気持ちをどう形容したらいいのかも分かんねえし。

 ああ、もう……。

 俺は仕方なく自分の猫の尻尾をもふもふと撫でるしかない。

 その間に、言氏は窓を開けていった。ほこりが夜風に吹かれて外へと躍り出ていくと、夜目が利く程度に視界が収まってくる。

 ……なんとか、尻尾の疼きも止まってきた。

 ようやく、中に足を踏み入れようとする。と。


「……しつれい、しゃー」


「ぬぐぅぅぅうう!?」


 灯油のタンクを持った言氏の髪の毛が、また俺の尻尾をもさもさしていくのでしたぁぁあああぁぁ………。

 あぁ。

 ……うんぎゅう。

 俺は地面に突っ伏しながら、車内へと転がり込むのだった。

 内装は、少しばっかりオシャンティーなカフェみたいに作られている。

 花の形の可愛らしい照明に、モダンチックなウッドデスク。客席の隣にシンクが並ぶフレンチスタイル———といえば聞こえはいいが、車内が狭すぎるので、そう配置せざるを得なかっただけだ。

 開放感のある窓は、言い換えると反対側から丸見えで、つまりは食事中の風景が路上に露見するわけであって。

 そもそも、レストランでいうホールが車内前方部しかないので、最大で入るお客さんの人数はたったの四人だ。

 極めつけに、価格は、だいたい五千万円。

 そりゃ、総売り上げ車数が三ケタにも及ぶわけがない。こんなん買うくらいなら、普通にカフェ建てた方がいいに決まってる。

 だから、普通じゃない奴が、こんなものを買うのだ。


「……やっぱ親父って、変人なんだな」


 なんだよ、()()()()()って。

 ネコバスみたいに言ったもんじゃないぞ。でも、さすがに電線のうえで奇声をあげたりはしないけど、語呂の良さだけは負けてないな。カフェバス。


「……もう、いい、ランモ?」


 そんなカフェバスに、命の灯をともす合図が聞こえる。

 俺は少し廃墟の方を一瞥してから、ゴーサインをだした。


「我が人生に、一片の悔いなし」


「……猫生、の間違い」


 あまりにも他愛のない会話すぎる。

 でも、船出はこのくらい気楽な方がちょうどいい。


「……しゅっぱぁつ」


 ———ギィッ


「……しんこー」


 鼓動のように、エンジンの振動が車体を伝っていく。

 動き出した証拠といわんばかりに、見上げる車窓の景色がめぐるめく変わってゆく。

 その様子を見て、俺はぐでっと、腕の力を抜くのだった。

 これで、一安心と……。

 一応、メンテナンスとかはしていたけど、やっぱりしっかり動くのかが心配ではあった。だからまあ、安心したというか、爆発せずに済んでよかったというか。

 なんにせよだ。

 俺の杞憂を乗せて、カフェバスは走り出した。

 でも、これから先、どこへ行くのかなんてのは露ほども知らず。



 揺れる車内。

 差し掛かる街灯の光が、ぽーっと窓を眺める俺の顔を照らしつける。

 言氏への情けに乗じてバスに乗り込みはしたけど、ここで得られる安心感なんて一時的なもんだ。突拍子もなく家を飛び出した以上、これからの数か月は波乱万丈マジ上等の度になるだろう。

 やだなぁ……。

 ずっと、このバスにゆらゆら揺られてえ。

 そんな思いを引きずりながらも、言氏に行き先を聞いてみる。


「そんで、ことーじ? 行先とか決めてあるのか?」


「……一応、近畿の中央を目指す、予定」


「あぁ……なるほど」


 つまりは、田舎か。だいたい奈良か和歌山あたりのことを指している。

 まあ確かに、少し熱が冷めるのを待つにはそうした方がいいかもしれない。

 人目を浴びずに、人里離れた土地でこっそり隠居よろしく陰キャ生活。山だったらお金がなくても、わりと自給自足の生活はできるだろう。

 そう考えると、悪くはないな。

 でも、そこでずっと過ごすわけにも行かない。たぶん、一年もそんな暮らしを続けたら、さすがにしんどいだろうし。

 そうしたら、どうするのか。

 またお引越し?

 まあ、それでもいいけど……。

 そうこう考えたら、


「俺たちって、帰るような場所って、ないんだな……」


 ふっと、漏れてしまった。


 ————。


 別に。

 そんな意図していったわけでもないのに。

 帰ってくる静寂が、胸のあたりを冷たくしていく。

 ……いかんいかん。

 こんな旅先直後、景気に一発どかんと酒瓶開けてもいいようなタイミングで空回りするようなこと言っちゃいかん。

 こういうときは、なんだ。

 なんか、適当に解決してくれるやつがいたはずだ。

 ……あ、そうだ!

 あのあほだ! あほに頼ればいい。

 てか、あれ?


「あほ、いなくね?」


 バス車内をぐるっと見渡す。

 確かに、ほとんどの荷物はオーミ関係のものだ。

 ごみ捨て場から拾ってきたボロボロのPCに、何故か集めている入浴剤。それからペケモン人形がいっぱいと、おかしの付録でついてきた風船。そして、オーミが世界でいちばん大切にしているスマートフォン。

 それなのに、肝心のオーミ本人がいない。

 あれ。

 まさか、置いてきた……?


「ま、いっか」


「今、ものすごく、心が傷ついたような気がしたよぉ……?」


 答えは頭上から降ってきた。

 仰向けになって天井を見上げている俺の視線の先から、あほ成分の高い声が聞こえてくる。一枚壁に隔てられていて聞こえてくる声はくぐもっていたが、それでも、この妙に間の抜けた声は、間違いない。

 開けっ放しの窓。

 そこから、首を出して、上を見てみようとしたとき。


「にゃあ」


「ぬぉ!?」


 ごっつんこ。

 あんぐぁ……もう、なんだってんだ。

 頭を抱えてさする俺の前で、愚妹は平然とした顔でこっちを見つめていた。相変わらずの石頭め。


「走行中は危ないから、窓から顔だしちゃいけないって、子供のころに教わらなかったぁ?」


「少なくとも、誰かと正面衝突するからだとは習ってねえよ……」


 てか、ぶつかったら、普通は心霊現象だよ。どうやって時速六十キロの車窓に首突っ込んでくるっていうんだ。

 そんで、ちゃんとぶつかってきたオーミの顔は上下が逆だった。

 つまりは上から、俺の方を覗き込んでいる。


「やっぱり、特等席はいいよぉ。兄貴ぃもどう?」


「トンネルに入るたびに一般席に戻らなきゃいけない特等席なんて、嫌なんですけど」


「まあ、そこはねぇ、慣れだよぉ」


「なれる前に死んじゃうと思うんですけど」


 トンネルにごーんでお陀仏。

 屋根から落ちたら後続車に轢かれてバイバイでお陀仏。

 そんなハラハラドキドキのスリルを味わえるのが、オーミにとっての特等席。つまりはバスの屋根の上だ。

 まあ、たしかに落ちなけりゃ景色もきれいだし、風にあてがれて気持ちいいんだろう。オーミの年代は、少しばっかり背伸びしてみたいお年頃だから、勝手に上っていても俺は文句はいわない。


「でもな、一般人はそこまで背伸びはしないからな。おめーだけだからな、バスの上くらいまで背伸びしてるやつ」


「え、でも、兄貴ぃだって化け猫じゃん。一般人じゃないから、登れると思うよぉ」


「ぐ……ぬぎゃ、いや、俺は限りなく一般人に近い化け猫なんだよ」


「つまり、ことちゃんってことだねぇ」


「え……いや、なんでそうなる?」


「ん。いや、限りなく貧乳に近い微乳だからねぇ」


「そのうち殺されんぞお前」


 ———ずばーん。

 その瞬間。

 大きな衝撃に、一瞬お互いの身体がふんわりと浮く。

 これにはさすがのオーミも窓を覗き込んでいるわけにもいかず、屋根へと引っ込んでいった。おそるべし、言氏千堵世。そう心の中で呟きながら、俺は頭から地面にぶつかるのだった。


「ご、ごめぇん、ことちゃん……殺さないでよぉ、見捨てないでよぉ」


「とのことだ、許してやってくれ、ことーじ」


「あほな、やりとりするまえに、後ろ……見て……!」


 およ?

 今度は、オーミと俺の剽軽な声が同時に宙を舞う。

 なんだ、言氏の仕業じゃないのか。びっくりして損した、と欠伸をかましつつ振り返って、こんどはちゃんと後悔した。

 ————いや、なに、あれ。

 あんまり発達していない街並みを脇に通り過ぎる国道。

 俺たちが走る後方、そう遠くはない数百メートルあたりに、怪しげな影が見える。

 しかも、一台じゃない。


「五台は、あるな……。しかも、ぜんぶ真っ黒だし、なんか不気味だぞ」


「こんな時間に、誰か亡くなったんだねえ……ご愁傷様」


「いや、霊柩車じゃねえよ……。んで、あれなんだ、ことーじ?」


「……借金取りの、車」


「はぇ……こんな時間までやーさん頑張ってんのねぇって、うそぉぉおおッ!?」


「たしかに……ナンバープレート、何台かは張ってないねぇ」


 え、いや、うそうそうそ!?

 なにケツモチ? リアルケツモチだってんのか?

 極道映画を妙に見まくって、得てしまった謎の語彙が脳内に溢れかえる。そんで、こいつらが言うんだ。今なら、オーミに語彙力マウントが取れるぞって。やったあ。


「じゃねえよ! いや、もう闇金って、そういう人が取り立てに来る時代って終わったんじゃあ!?」


「……なわけ。ことーじの、家の屋根、燃やされたよ」


「おもいっくそ犯罪やん。ていうか、屋根だけかよ。逆に凝ってんじゃねえか」


 でも、俺がみたユーチューブの動画じゃあ、今の闇金はブラック企業ばっかだけど、裏社会とのかかわりはほとんどないって……。

 そこのところを言氏に訊くと、『……それだと、私らみたいな夜逃げに、飛ばれまくって、すぐに経営破綻する』と返ってきた。いわれてみればそうだ。闇金なんかに頼るやつなんて、ほとんど返す当てがない連中ばかりだろうし。

 つまり、マジもちゃんと存在するということか。


「でも、本職を相手されちゃったら、ハジキばんばんしてくるでしょお? やばいんじゃないのぉ?」


 と、尋ねつつペケモン人形で遊びはじめるオーミ。なに他人事みたいに呑気に遊んでんだお前。ペケモンは別に、俺たちを助けてくれるパートナーなんかじゃないんだぞ。


「……さすがに、一般道で、そんなことはしない」


「だったら、映画みたいにタイヤに拳銃撃ってきたりとかもしないわけか?」


「しない」


「ああ、なら。まあ少しは、安心だな」


「……似たようなことは、してくるけど———……ッ!」


 え?

 と、俺が口空けて、間抜けな声を出すよりも先に、空気が割れるような音の方が鼓膜に届いた。


 ———ずばーん


 豪快な、破裂音。

 思わず耳をふさいでしまうくらいに強烈だ。音がしてから頭を抱えてもすでに遅く、猫耳の鼓膜にキンキンと突き刺さる耳鳴りが止むのを、うずくまりながら待つしかない。その間も、言氏はしかめっ面のような真顔をしながら、ハンドルを切っている。


「……連中の、仕業、だよ」


「……い、いや、そうはいっても」


 震える俺に静かに語り掛けてきた言氏の言葉に、疑問を覚える。

 だって、今の音は別に、後ろからじゃなかった。聞こえてきたのは———ちょうど俺たちの真下から。

 そんな俺の言わんとしていることを察し、言氏は口を開いた。


「……タイヤが、勝手に、バースト(破裂)してる」


「はぁッ!?」


 要は、この発生源はパンク……!?

 にしても、バーストってか?

 パンクといっても、種類はおおまかに分けると二通りある。明確には少しばっかり違うけど、タイヤが使いものにならなくなる点では一緒だから問題ない。それこそ、ちくわとちくわぶが違うって言ってるような話だ。

 ひとつは、外的要因による普通のパンク。釘とか踏んで、タイヤの空気が抜けたりすることだ。

 そして、もう一つがバースト。

 こっちは、普通のパンクと違って厄介だ。

 なんせ、タイヤが内部から爆発するんだ。原因はタイヤ内部の空気の膨張とか、ゴム繊維の老朽化とかあるけど……。


「につけたって、バーストする道理も糞もないんだが!? タイヤは車検に通るくらいには使えるはずだし!」


「だから! ぁ……たぶん、なんか、細工されてる……!」


「さ、細工ぅ?」


「……ことーじ、借金借りるとき、この車を、担保にしてた。だから、連中が夜逃げ対策のために、したと思う」


 言氏が勝手に、他人様の車を担保にしてるのはともかく置いておいて。

 夜逃げ対策にタイヤにパンクするよう仕組むって……一々、芸が細かくないか最近の裏社会は? 表沙汰にならないように徹底してるんかしらんが、なんにせよ食えない問題にしては度が過ぎる。


「そんじゃあ、どうすりゃいいんだ、ことーじ!?」


「車止めて、タイヤを全部点検する必要が、ある」


「んじゃあ、さっさとしねえと———」


 もう、さっきの音でパンクは二回目。普通の車なら、二回目どころか一回目のパンクで路上に突っ込んでる。

 でも、まだ走っていられるのはカフェバスのタイヤは全部で六輪だからだ。カフェ用に作られてるから、余計な機械いっぱい積んじゃって、安全のためにタイヤが多いらしい。いつもなら、タイヤの買い替えを面倒……とか思ってたけど、今回ばっかりは助けられてる。

 でも、逆に考えれば、あと一輪でこのバスは沈む。


「……でも、後ろから、連中が来てる」


「はぁ……まあ、なるほどな」


「……たぶん、タイヤに摩耗させるような、トラップがついてる。それ全部を外すのに、かかる時間は————」


 ———十分。

 そう、きっぱりと言氏は言い切った。


「つまりぃ、アイツらを止めてこいってことだね、ことちゃん?」


「……オーミ」


 あれ、いつのまに……。

 振り返った頃にはオーミはすでに、フード付きの上着を一枚着こんでいた。さっきまで屋根上でのこのこ遊んでた時は間抜け面をしていたのに、今みせるうつむいた顔はフードの影に隠され、なにも映していない。

 ただ、開けっ放しのチャックの下から覗くしわくちゃの薄いシャツが、少しばっかりにじむ汗を映し出していた。


「オーミ、お前さぁ……」


「え、なに兄貴ぃ? 今世で最後のワンシーンだからって、そんな涙ぐまなくたっていいんだよぉ?」


「ペケモン人形、どうした?」


「おもちゃ箱に直したよぉ」


「泣いた」


「えへへぇ」


 うーん、この。

 ちゃんとおもちゃが片付けられたことに関しては、もう鳥肌もんの感動もんだが、いかんせんずっと褒めてやれる状況でもないので。

 頭をぽんぽんと撫でてやってから、ぎゅっと抱きしめる。


「そんじゃあ、オーミ」


「うん」


「行ってこい」


「……いや、てめーも、行け。ランモ」


「ちっ」


 俺が自然と行かない流れに———ならなかった。

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