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一の毛


「え? 前書きとかかくのぉ? めんどうなんだねぇ、こっち」


「しゃあないだろ、まだまだ無名なんだからよ……下積み期間ってのがあってだな。とりま、なんでもいいから書いとけ愚妹」


「うーん……そうだねぇ。あ、お味噌汁ほしい」


「んじゃ、そう書いとけ」


書いたよぉ。

……読んでほしいなぁ。

まあ、いっか。


 けえ……。


「せっかくこんだけ活きのいい猫がいるんだから、猫カフェでも開けばよかったか」


 と、あえて口に出し、おもむろに視線をそっちの方向に向けてみる。

 それでも、ヤツは表情を何一つ変えない。

 黒い猫は、ただひたすらに畳のうえで魚の開きみたく平べったくなって寝ていた。ようようと黒いひものような尻尾を揺らすさまを俺は目で追いつづける。

 ほんと、もう……飽き飽きしまくった光景だ。

 言葉通り四六時中、腐った木材と黒カビの臭いが充満する畳の上で過ごす日々。やることがないと人は堕落し続けるというのは本当だ。ライトノベルをきっかけに始めたぐーたら生活は半年を回ったあたりから、やめられなくなっている。

 自然と、欠伸が漏れる口に左手を。

 余った右手で懐から手のひらサイズの箱を取り出し、白い棒状のものを口へと運ぶ。吸うようにそれを咥えると、すうっとした感覚が甘みと一緒に口の中に広がっていった。


 嗚呼。これねえと、俺はもうやってけねえんだろうなあ。


 バギバギバリャバギャ……。

 ヨーグルトシュガーレットをかみ砕きながら、古今の思い出の感慨にふける午後十二時。

 とはいっても、この六畳一間には時計がない。おおざっぱな腹時計が、おかしを要求してくるのだった。

 任猫家(にんびょうけ)

 中途半端な都会に位置する古ぼけた一軒家の表札は画用紙で作られている。

 要は俺の自作だ。けっこういい出来だと自負している。

 つっても、昔っからこんなことやってるわけじゃない。もともとは、平安時代から続くようなけっこー由緒正しい一族だ。

 最盛期は大体明治時代あたりで、一族は全員で百三十余名。富国強兵の先駆けになり史学に小さく名前を連ねた親族も少なからずいたりいなかったり。

 それ以前の歴史にまで踏み込もうとすると、もうキリがない。古文書だかなんだかを読み漁れど、どれもこれもライトノベル染みた内容でふわふわした記録しかたどれない。存外に面白いので、趣味程度にかじるならおすすめかもしれないが。

 どっちにしろ、焼き消えちまって、読み直すことはできない。


「なあ、オーミぃ。俺たちって、このままでいいもんなのかね」


 無機質に首をふっている扇風機のもとで、ささやかながらもその毛をなびかせるソイツの名前を呼んでみる。少し縦に長めの猫耳をこちらに向けていた。

 この黒猫の名前だ。それがオーミ。

 しばらく切っていないネコひげが散漫と伸びまくっていたせいか、少しばかり間抜けそうな顔をしていた。


「古びた実家で冴えねえ毎日送り続けてさ。このままでいいもんだと思うか?」


 淡々と俺の愚痴を聞き続けるオーミの表情はいっこうに変わらない。かたくなに眠気で包まれたような甘い表情を崩そうとはせず、俺の気負いな心持とは反対に、可憐に尻尾を左右に振っている。


「なぁ、オーミぃ……。なんか、言ってくれよ」


「んじゃねぇ……今日ねぇソシャゲに一万円課金したんだよぉ」


 うん。

 うん?


 はぁぁぁぁあああああぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああぁぁああああッッッッッ!!!!!????


「お、おまっ、いちまんえんッ!? 一万円も、つっこんじゃったのッ!?」


「うん、なんだけどねぇ、見事に爆死しちゃってぇ」


 ざけんな。

 なんか言えとはいったが、免罪符をやった覚えはねえ。

 愚妹は目をそらし、仕方ないよねと言わんばかりに欠伸をくりかえしている。


()()()()()()()()()


 そう呼ばれはじめたのは江戸中期からだが、任猫家の血筋の祖は平安時代までさかのぼる。化け猫のいたずらが横行するようになったのが近世というだけで、猫自体の日本での歴史はかなり長い。

 もとから化け猫の血が流れていたのか。それとも途中から化け猫とまぐわったのか。正確な記述こそ残ってないが、結果として今、己が身が化け猫として生まれたことを証明していた。

 任猫家次期総領と子供のころに呼ばれ、可愛がられた。

 最近は、無駄に耳の毛並みがいいだけのクズと呼ばれている。

 あと一週間で十六歳になるけど、お祝いムードは一切ない。あー、今年もチャッカマンつけるだけで終わりそう。

 そんな吾輩は任猫ランモ。

 化け猫である。

 んで、あれが任猫オーミ。

 現在十三歳。

 同じく、ごく潰しである。


「でも、私のお金じゃないから、セーフだよねぇ?」


「てめーの金だったらセーフだったんだよ馬鹿! どっからその金持って行った!?」


「テーブルの上においてあったやつだよぉ」


「今週分の食費代じゃねえかよ! アウトだよ、九回裏だよ、撤収だよ、泣け!」


 一か月にかけられる食費は五万円だ。

 それなのに一万円をドブに突っ込んだってコイツなぁ……。

 五千本買えたうまい棒が、四千本しか買えなくなるんだぞって説明をしてやりたいが、引き算はまだオーミには早すぎる。このあほにできる算数といえば、今まで課金してきた総額の足し算くらいだ。


「でも、さらなる貧乏生活を送ることで、兄貴ぃの望む日常の変化が生ずるという可能性もゾウリムシの大きさレベルで存在するよぉ」


「観測不可能なくらいの可能性じゃねえかよ!」


「え、いやぁ、がんばりゃ見えるでしょ?」


「見えたらキモイわ! というか、そーゆー変化は望んでない! もっと堅実的で創造的なだモンをだな!」


「んじゃ兄貴ぃもいっしょにゲームやろぉ? 毎日コツコツログインして、新しいキャラクターをガシャで創造するんだぁ」


「そろそろペットショップに売り飛ばしたろかなコイツ」


 こいつに睡眠薬を飲ませて、猫の姿のままぐーすかしてる状態なら、ブリーダーかペットショップに引き取ってもらえるだろう。一万円で売れたら本望だが、最悪百円でも俺は首を縦に振る。

 俺は猫の姿のオーミのうなじを掴んで、ちゃぶ台の上まで持ってくる。こうやってると、ほんとに猫を飼ってるみたいだが、目の前に座るは実の妹だ。


「そ、そんな怒んないでよぉ……これでも、反省してるんだよぉ?」


「んじゃ、せめて人間の姿にもどって誠意を見せやがれ」


「いやぁ、これはこれで爆死した姿を晒すことで、謝意を表現……」


「もどれ」


「ぎょいぃぃ……」


 ぼふん。

 その瞬間に、白い霧のような煙があたりを包み込んだ。不鮮明な視界に、いつのまにか小さな黒猫のシルエットは消えうせていた。

 そして、その代わりに―――してはサイズがおかしい。明らかに黒猫の質量とは釣り合わない大きさの人影が徐々に浮かび上がってくる。

 黒く長い髪に、すっと曲線を描く美麗な肌。いじらしく顔を俯かせる頭のうえで、猫の時の姿と同様に縦に長いネコミミが微かに揺れ動いている。

 歳は確かに十三だが、見た目は人のものよりも数段も大人らしい。今がちょうど女子高生のような少女はちゃぶ台の上でちょこんと正座で座っている。

 が、いかんせんその頬を少し膨らませ、やりきれない遺憾の意を表していた。


「でも、ちゃんと反省してるのはほんとだもん。じゃないと、兄貴ぃの戯言なんぞに付き合う妹じゃないよぉ?」


「まあ、そりゃわかるが、こういうときはちゃんと言うことあるだろ?」


「うんむぅ……。ごめんなさい、総領さま。たいせつなお金を無駄にしてしまいました」


「うん、分かったらいいよ、もう」


「次は無駄にしないように、ちゃんとSSRを当てます」


「違うね? 詫びてないね?」


 こいつ性懲りもなく―――。

 そう思った矢先。


「———……んも、おーみぃ」


 オーミの発言に息を飲んで、ほんのわずかに静まりかえった一瞬。なにかぼやけた声が夏の夜風に吹かれて聞こえた気がした。


「あ、え? なんだ、外かって、うわぁッ!」


 家の中じゃない、ともなれば外だと思いカーテンを開け放つと。

 めっちゃ黒いやつがいる。


「あ、まっくろくろすけだぁ!」


「マジかよ、たしかにここ街外れだけどさ!? でも、この家、でっかいクスノキなんて生えてねえしなぁ」


「……はよ、あけろ」


「なんか、けっこう自我あるまっくろくろすけだなオイ。幼女みたいな見た目してるし——あ、幼女?」


 窓の向こう側にもぞもぞと揺れ動く黒い影。

 でも、そのふちを薄目でよく見てみると、ちゃんと幼女のようなシルエットをしていた。

 寝癖の方に先に目につくっていう有り様だが。


「って、お前、ことーじかよ?」


「……ファイナル、アンサー?」


 ファイナルファンタジーだと答えつつ窓を開けると、やっぱりそこには見慣れた顔があった。

 言氏(ことうじ)千堵世(ちとせ)———それは、なんとも言いえぬ幼女のような生物。一応、人間。いやまあ、ちゃんと人間なんだけど……。

 形容しがたい理由といえば、寝癖うんぬん年齢かんぬん。初音ミクのレイヤーみたいな恰好しているのに、身長はオーミよりも低い。幼女染みた容姿の割には、しっかり金稼ぎしてるし、我が家の大黒柱となってくれているくらいの心持も持ち合わせていたりする。

 一言でまとめれば、物好きなヤツってことだ。

 そんな言氏は、もともとは任猫家の庭師だった。

 つっても、庭の手入れどころか、掃除さえしたことは一回もない。

 いわゆる、住み込みの芸術家というやつだ。有力な一門の人々が、有名な芸術家を雇って、家に尽くさせるみたいなことは昔からよくあった。


「……さすがに、週八は、吐く」


 ……まあ今は、別の意味で我が家に尽くしてもらっている。

 容姿こそ職務放棄する気満々なんだが、言氏のバイト代で任猫家の生活は成り立っている。お家の総本山がつぶれて、庭師として雇われなくなったのに、元家族のよしみとして俺たちの面倒を見てくれている。


「おかえりぃ、ことちゃん。今日もバイトたいへんだったんだねぇ」


「……おかげで、全身、まっくろくろ」


「いや、どんなバイトすりゃそうなるんだよ……」


「……炭山、石掘り」


「昭和か!?」


「……うそ」


「嘘かよ……」


 とはいっても、言氏に石炭掘ってるって言われても違和感ないけどな。

 なんせ中身がトラック運転手が幼女に転生したみたいなやつだ。幼少期からこいつには世話になっているが、いつになっても正体がわからん。

 とりあえず、立ち話もなんだ。

 言氏とは別居だけど、風呂を貸すくらいの余裕はある。オーミに玄関の鍵を開けさせようとすると、ことーじは首を横に振った。


「……いや、ここで、十分。それより、これ」


「んだよ、遠慮するほど俺んちは綺麗じゃねえってのに。……ってなんだ、これ」


 窓の隙間からことーじが寄越してきたのは、黒いビニール袋だった。


「なにこれ、同人誌でも入ってんのか―———って、………なにこれ?」


「えろげ」

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