異世界への長期出張命令
羽磨けいきです。
本日六回目の投稿は第七話となります。
今回のお話は題名の通りですと言ってしまえばそれで終わりなのですが、
それだけではありませんよ。
前回に引き続き、明かされる天沢一矢の過去。
そして女神様のド天然ぶり。
楽しんでいただけると幸いです。
ひとしきり泣いた後、俺は『ありがとうございました』と感謝を告げ、女神から離れた。
気付けば、心の中にあったモヤモヤとした暗い気持ちが嘘のように消え、晴れやかな気持ちになっていた。
「……どう? 少しはスッキリしましたか?」
「はい。……お見苦しい姿を見せてしまい、申し訳ありませんでした」
100歳を超えた大の大人だというのに、まさかここまで泣いてしまうとは思いもしなかった。
なんだか気恥ずかしくなった俺は女神へ謝罪の言葉を口にした。
その謝罪を聞いた女神は優しく微笑み、頬を朱色に染める。
「良いのですよ。わたくしにとって一矢は、特別な子……ですから」
前から分かっていたことだが、この方は純粋であり、なおかつ天然なのだ。
だからこんな世の男なら誰もが勘違いをしてしまうような言葉を言ってしまうのである。
俺はそれを理解しているため、期待せず聞いてみた。
「……特別ってどういう意味ですか?」
「一矢はわたくしが初めて天使にした人間ですから」
予想通りだった。
本当に容姿端麗な女神様の天然な発言は心臓に悪い。
勘違いしそうになるからできれば控えて貰いたいと思う。
しかし、レイゼ様の勘違いしそうな一言については本当だった。
以前、レイゼ様から聞いた話によると、レイゼ様が人間を天使にしたのは俺が初めてらしい。
天界の歴史的にもこれが史上初であり、元人間の天使は俺以外にいないのだという。
そう考えると、特別と表現するのも分かる気がするのだが、少々、大袈裟ではないだろうかとも思う。
「はぁ……」
「……?」
嘆息しつつ、俺は気持ちを落ち着かせる。
レイゼ様はそんな俺を見て、クエスチョンマークを浮かべていた。
まぁ、そんなところも嫌いではなく、この女神様の美点だろうと思う。
俺は結局、そのことには何も言わずにようやく呼ばれた理由を聞いた。
嫌な予感がするので恐る恐る、だが。
「……レイゼ様。俺が呼ばれた理由は何だったのでしょうか……?」
レイゼ様は『そういえば、忘れてたわ』と言って、笑顔を見せてくれる。
そして、衝撃的なことを告げる。
「下級、天沢一矢。貴方にはこれから、人間界の異世界へ行ってもらいます♪」
最初に呼ばれていた時から、怒られるようなことをした覚えがなかった俺は、そんなことだろうとは気がついていた。
覚悟もだいぶ決めていた。
そのはずだったのだが――――
「お断りします♪」
いざ、その話を聞いた俺は、笑顔で即答していた。
だが――――
「それをお断りします♪」
それをお断りされてしまう。
しかし、ここで引くわけにはいかない。
俺には異世界にいけない正当な理由があるのだから。
「レイゼ様……! 異世界は魔法を使うことができたり、魔物がいるような危険な世界です。弱い下級天使の俺では、知らない異世界という世界で死んでしまうかもしれません……! 俺がそんなことになってしまっていいのですか!?」
そう、俺は上級天使ではなく、下級天使。
天使の中でも下っ端のような存在で戦闘に秀でていないのだ。
これを理由に攻めていけば、この優しい女神様はこの話をやめてくれるはず。
そう思って話をしたのだが、レイゼ様の表情を見たところ、やめてくれるつもりはないようだった。
「一矢、落ち着いてください。わたくしは、出来ない子にそんなことを言いません。一矢だからこそこの仕事を頼むことを決めたのです。それに、一矢には、とっても強い能力も持っているでしょう? あの能力があれば、きっと大丈夫です」
信頼してくださるのはありがたいと素直にそう思う。
だけど俺の能力はたいしたことはないのである。
だから俺はまだ反抗を続ける。
「いえ、俺のような軟弱者が異世界に行ったとしても、誰も救えなんかしません。それに――――」
あまり言いたくはなかったのだが、仕方がない。
本当のことを女神様に話すことが来てしまったようだ。
俺は意を決して、困り顔の女神へと告げた。
「――――異世界に行ったら、レイゼ様に意地悪したり、愛でたりすることができないじゃないですかっ!?」
大真面目に答えたにも関わらず、レイゼ様はプルプルと身体を震わせ、お怒りの様子だった。
「……一矢ったら、わたくしが真剣にお話をしているのに冗談ばっかり言って……!」
「いえ、これは冗談ではないのですが……!?」
「そっちの方が大問題ですからっ! そんな一矢には、お仕置きですっ!」
レイゼ様が可愛く『ふんっ!』と力を入れると、身体が光を放ち始めた。
その光は女神様の身体を覆い、次第に大きくなっていく。
――――これは異世界ではなく、ここで命を落としかねないぞ!?
俺の危険予知センサーが反応し、警鐘を鳴らした。
女神様は手加減を知らないため、過去にお仕置きをされた天使が一ヶ月ほど目を覚まさなくなったことがあったのだ。
今回、そんなことになるのは避けたい。
――――あまり使いたくはないんだが、仕方ない……!
俺は目を閉じ、呼吸を整える。
そして――――想像する。
「材質は木、鉄。形状は槍。柄は樫のように強靱さを誇り、刃は如何なる物も容易く貫く……」
頭の中にはっきりとイメージが湧いた途端、身体が軽くなるような感覚となり、力があふれてくるのを感じた。
その力を一点に掌へ集中するイメージを行い、
俺は――――天使の能力を行使した。
「――――想生ッ!」
次の瞬間、俺の掌に想像通りの槍が握られていた。
「よし、なんとか成功したか……!」
俺は成功に頬を緩ませ、ほっとしつつ、お怒りの女神様へと目を向ける。
すると、利き腕である左腕を挙げていた。
女神様の能力は雷を操るというもので、その雷を落とす時に必ず挙げた腕を振り下ろす。
そこがチャンスとなるはずだ。
俺はそのチャンスを逃さないために女神の左腕に注視する。
そして、そのチャンスはすぐに訪れ、女神は腕を勢いよく振り下ろした。
「天罰ですっ!」
「……今だっ!」
女神が振り下ろしたのと同時に槍を力の限り、壁へと投げ、突き刺す。
すると傷一つなかった神殿を突き破り、轟音を響かせ落ちてきた雷は――――俺ではなく、壁面に刺さった槍へと落ちる。
雷が落ちた場所は黒く焦げ、大きな穴が開いており、その穴から天界の上空から照らしている光が漏れていた。
「……槍を避雷針のように扱うなんて、よくそんなことすぐに思い浮かびましたね」
レイゼ様は素直に驚き、感嘆の声を上げる。
俺はそのお褒めの言葉にお礼を言いつつ、謝罪する。
「お褒めいただき、光栄です。……レイゼ様、申し訳ありませんでした。先程の無礼はこの雷だけで許してもらえないでしょうか?」
「はい、許します。良いものを見せてもらいましたから、これで先程の件はチャラにしてあげます」
命の危機をなんとか回避した俺は怒った顔から一転し、ニコッと笑ってくださったレイゼ様へ『ありがとうございます』と感謝を伝える。
感謝の言葉を聞いたレイゼ様は『どういたしまして』と可愛く言いつつ、俺の能力について話を始めた。
「……やっぱり一矢の能力は凄いです。他の天使とは比べものになりません」
「いえ、それは過大評価ですよ。俺の能力は想像した物を生成できるというだけですから」
天使と女神の体には天から与えられた『天聖力』という力が秘められており、その力によって、天使一人一人が持っている『能力』を発動させることができるのである。
能力や天聖力の量は天使によって異なり、強力な能力な天使ほど、天聖力の量が多いと言われている。
つまり、能力の強さと天聖力の量は比例するということだ。
そして俺の能力は想像したものを生成することができ、名を『想生』という。
良い能力だと思うかもしれないが、実はそうでもない。
構造や材質等、細部まで理解した物でないと生成することができない。
それに俺は天聖力の量が少ないからなのか、生成した物はどんなにイメージしても脆く、すぐに粉々に壊れてしまうのだ。
現に先程、生成した槍は雷に打たれ、跡形も残らなかった。
そんな能力が凄いはずがない。しかし、それでもレイゼ様は退くことはなかった。
「過大評価ではないです。それに一矢はこの100年の間、自分の体を限界まで鍛えていたでしょう? わたくしは知っていますよ、一矢が様々な努力を続けていたことを」
「……それは俺に才能がなくて、そうすることしかできなかっただけですよ。天聖力の量も少ないし、能力も貧相な俺には努力しかなかった。それだけですから」
俺はレイゼ様の言うとおり、100年間努力をしてきたのだ。
天界にある本を読み漁って知識を得たり、毎日、体が悲鳴をあげるくらい自らの体を鍛え抜いた。
こんなにも努力を続けたのは天使になって間もない頃、自分の能力が他の天使に全てが劣っていることに気がついたからだ。
それともう一つの理由は――――
「いいえ、努力をした理由はもう一つありますよね? 一矢は天使になった時、一番最初に言っていたじゃないですか、『誰かを守る力が欲しい』って」
「……覚えていたんですね。そんな100年も前のことなのに」
そう、もう一つの理由とは誰かを守る力が欲しかったから。
天使になって、なぜか一番最初にそう思ったのだ。
それは100年経過した今でも分からない。
それでも、そうしなければならないと思ったのだ。
人間だった頃の天沢一矢がそう言っている気がしたから。
「一矢、あなたはもう十分に守る力を持っています。……お願いです、一矢。異世界に行ってくれませんか……?」
女神様は俺が強いと確信し、頼んでくる。
女神という立場である方が下級天使に、である。
「……なぜ、そこまでして俺に行ってほしいのですか? 他にも適任はいると思うのですが……」
「……言っても怒りませんか?」
不安な顔でこちらを見つめてくるレイゼ様。
そんな顔をされてしまっては、もし怒るようなことを言われたとしても、全く怒る気にはならない。
俺が小さく、頷いた。するとレイゼ様は重い口を開く。
「……わたくし、実はこの間、この場所でみんながきちんと仕事を行っているか確認するため、そこにある、どんなところでも見ることができる湖を覗いて、監視していたんです。そうしたら、たまたま、一矢が働いているのが映ったんです」
「……もしかして、南条幸太さんの時、ですか?」
「その通りです。……あの時、一矢はこう思ったのではないですか? 『何も出来ない自分が情けない』と」
この女神様はエスパーなのだろうかと思うほどに、それは当たっていた。
あの日、自分の無力さを痛感し、何も出来ない自分を嫌悪した。
そんな所をきっと、女神様は見られていたのだろう。
だとすれば、ここは正直に答えるしかない。そう決めた俺は無言で頷いた。
「……そう思ったなら、一矢は異世界に行くべきです。そして、一矢の手で人々を救ってあげなさい。そうすれば理不尽な結末を変えることできるかもしれませんよ?」
女神のその言葉で、全てお見通しなのだと気がついた。
お見通しだからこそ、こんな風に異世界に行きたくなるようなことを言ってくださるのだろう。
だが、それでも俺は決心ができずに迷ってしまう。
俺にできるのだろうか。
何も出来ない下級天使であるこの俺に結末を変えることなんて可能なのだろうかと。
しかし、そんな不安が女神様に伝わってしまったようで、俺を安心させるような言葉をかけてくれる。
「一矢なら、絶対にできます。それは女神のわたくしが保証してあげます」
そう、勇気づけられてしまった。
ここまで言われてしまったなら、覚悟を決めなければ男ではない。
「……分かりました、行きます。……異世界へ」
そう頷いた俺にレイゼ様は『よく、決心してくれましたね』と柔らかな笑みを浮かべた。
そしてすぐに準備に取りかかり始めた。
「さぁ、そうと決まれば、今すぐ行きますよ!」
「い、今すぐですか!? 少し待ってください、まだ何も準備していな……って、痛っ!?」
まさかこんなにすぐだと思っていなかった俺は急いで、荷物を部屋から取りに行こうとした時、頭に大きく堅い何かが落ちてきた。その痛みと衝撃により、俺は倒れてしまう。
「……これは石……か?」
霞む視界の中で、俺の頭に当たった物が石だと言うことが分かった。
どうやら、さっきの落雷で壊れた神殿が崩れて、降ってきたようだ。
俺は今日は無理だと判断し、俺に背を向けているレイゼにお願いする。
「……すいません、レイゼ様。意識が朦朧としてきたので、も、もう少し……待ってください」
「それでは、いきますよ~!」
「全然話聞かないな、この人……!」
そこで限界が来たのか、徐々に視界が暗くなっていった。
体は指一本動かせず、声を発することもできなくなった頃、遠くからレイゼ様の声が聞こえた。
「あれ、一矢ったら、こんなところで寝たら風邪を引きますよ?」
どうすれば頭から血を流して倒れている人を見て、のんびりと寝ているようにみえるのだろうか。
誰かこの天然女神様の思考回路を教えてくれ。
「でも、安心してください。寝ている間に異世界へ送っておきますから。あ、それと、今のうちに翼と天使の輪はしまっておいてくださいね? 人間界で天使だとバレるのはいけませんから」
安心できるわけがない。
それならまだ全裸のように見えて、パンツをはいている芸をしていた人の方が倍くらい安心できる。
もう止めることは不可能だと思った俺は翼と輪をパッと消しておいた。
これは天使になら誰だってできることだが、フラフラの俺にはキツく、いつの間にか口さえも動かせなくなってしまった。
「それでは、一矢、異世界生活を楽しんできてくださいね!」
――――駄目だ、この人、天然すぎるっ!
そう諦めた途端に、視界が完全に何も見えなくなってしまう。とうとう頭も働かなくなってきた。
そんな中で、最後に俺が耳にしたのは。
「――――きっと異世界での出会いにより、一矢の記憶は戻るはずですから」
衝撃的な一言だった。
いかがだったでしょうか。
とうとう、異世界へと行くこととなった天沢一矢。
彼はこれから先、様々な人たちと出会っていくこととなります。
次回のお話ですが、
『出会い』『説教』『戦闘』といった感じですね。
意味が分からないと思いますが、
それはぜひ自分の目で確かめるために、次回のお話を読んでくださいね。
次回の投稿は明日の22時となっております。
ブクマ、評価、感想、レビュー等々。
よろしくお願いいたします。