女神様の温もり
羽磨けいきです。
本日五回目の投稿は第六話となります。
次回の投稿は本日の23時となっておりますので、
今回のお話を見て気になった方はぜひ、次回もご覧になってください。
今回のお話は女神様と天沢一矢との対話がメインです。
そして少しだけ、ほんのすこ~しだけ、イッシの過去が明らかになります。
お楽しみに。
「あ、目を覚ましたんですね! 身体の調子はどうですか?」
「……まさか、やった本人に心配されると思いませんでした」
目を覚ますと、神がかった美しさを誇る女神様の顔が目の前にあり、こちらを見下ろしていた。
少し頭を動かすと、ふにっと柔らかいものが枕となっていた。
そうしてようやく俺は今の状況に気がついた。
俺は女神様に膝枕をしていただいているのだと。
「で、でもそれは一矢が悪いのですよ? わたくしが呼んでいるのを無視するのが悪いんですからね! わたくしは悪くありません!」
頬を子供のように膨らませる女神は正直、可愛いが過ぎる。
俺よりも長く生きているのにその子供のような顔をするのはどうなのかとも思ったが、可愛いのでどうでもいい。
可愛いの前では誰もが頭を垂れてしまうものなのだ。
紹介が遅れたが、俺の目の前にいるのは、女神レイゼ様である。
まるで透き通った水の如き蒼髪。
全てを見通すかのような青眼。女性ならば誰もが羨むような整ったプロポーション。
まさに完全無欠の女性である。
それに性格もどこまでも深い愛情を持っており、少し子供っぽい所もあるのだが、そこもいい。
「……本当に女神様って可愛いですよね」
「きゅ、急に何を言い出すんですか!? 一矢、私の天罰で頭がおかしくなったのですか!?」
わたわたと慌てる女神を見て俺は顔をニヤニヤとさせてしまう。
――――あぁ、心が癒やされる。ずっとこの姿を眺めていたい。
そんなことを思った途端、『はい、起きたのなら、膝枕はこれで終わりです!』と言って、至福の時間が終わりを告げてしまう。
『えぇ……』と非難の声を上げるが、聞いてはもらえなかった。
あまり、わがままを言い過ぎるのは良くないかと思った俺はレイゼ様と同じように立ち上がる。
そしてローブのしわを伸ばし、膝を着き、右膝を立てて女神に頭を垂れた。
「下級、天沢一矢。女神の命に応じ、参上。本日はどのようなご用件でしょうか」
「急に真面目になっても、許してあげません! 一矢、何であんなことをしたのか説明してくれる?」
「いえ、俺のことはどうでも良いではないですか。そんなことよりも、ご用件をおっしゃってください」
「いいえ、呼び出した理由は後で話します。ですから、わたくしの呼び出しに応じなかった理由を答えてください!」
「……チッ」
「もしかして、今、わたくしに舌打ちしました!? 女神であるわたくしに舌打ちしましたか!?」
誤魔化しに失敗した俺は舌打ち。女神はその無礼さに困惑している。
そんな姿も可愛くて癒やされる。
「正直に申し上げますと、嫌な予感がしたからというのが2割。レイゼ様に意地悪をしたかったというのが8割でした。その8割の行動で悪ふざけを始めたのですが、途中から周りの天使達の声援に後押しされ、止めることが出来なくなっていたという…………ね!」
「という…………ね! じゃないです! 貴方も知っているとは思いますが、長く生きている天使達は楽しそうなことに弱いんですから!」
「それを分かった上でやってました!」
「確信犯っ!?」
本音を言うと、あそこで暴れることで大事になることは容易に想像できていた。
更に、その先のレイゼ様に構ってもらえることまで分かっていて、こうしていたのだが、さすがにそれは伏せ、俺はまだ悪ふざけを続ける。
「で、結局、何のようですか。用がないなら、帰りますよ?」
「自分の今の状況、分かってますか!? わたくしが一矢に怒っているんですっ! 一矢は怒られている方なんですからね!?」
「え、今、俺、パワハラ受けてます?」
「違います! ……一矢、そろそろ怒りますよ!」
「申し訳ありませんでした」
怒った顔は天使のように可愛い。
女神だけど。
ついついニヤニヤしてしまう顔を指でつねりつつ、真面目な顔で謝る。
これ以上、ふざけていると、本気で怒られかねないので、全力でつねる。
そんな俺を見て、『何でつねってるの……?』と不思議そうに見てくるのだが、そんな鈍いところも可愛い。
「はぁ……まぁ、いいです。この件はこれで不問とします」
「……よし」
「前言撤回。……お仕置きです♪」
曇りのない笑顔のレイゼ様だが、確実に怒っている。
身の危険を感じた俺は速やかに謝ることに。
「申し訳ありませんでした」
『全く、一矢は言うことを聞いてくれないんだから……』と拗ねるレイゼ様。これはいけない。
俺はレイゼ様にかまってほしいだけであって、悲しませたい訳ではない。
――――ここはどうにかして喜ばせなければ……!
俺は頭をフル回転させ考え、ようやく出てきた台詞を口にした。
「安心してください、レイゼ様。俺が言うことを聞かないのはレイゼ様だけですから!」
「全然、安心できないのだけれど!?」
「えぇ……!?」
驚く俺に更に驚くレイゼ様。なぜ、伝わらないのだろうかと頭を抱える。
そんな俺にレイゼ様は溜息をして、愚痴をこぼす。
「……初めて出会った時の人間だった頃の一矢はとっても優しい子だと思っていたのだけれど、わたくしの気のせいだったのでしょうか……?」
「……人間だった頃の俺と今の俺はそんなに違いますか?」
するとレイゼ様は目を丸くし、わずかな躊躇いを見せた。
この話はあまりしたくはなかった。
俺の過去に関する話となると女神様はいつも決まって迷うような態度を取っていたからだ。
けれど、俺は知りたかった。
自分の過去を。そしてあの『夢』の正体を。
そんな気持ちが通じたかのように、初めてレイゼ様は答えてくれた。
「……いいえ、いじわるな所もあるけれど、一矢は今も記憶がなくなる前も優しいまま」
レイゼ様の笑みには俺を安心させようという配慮を感じられた。
さりげない優しさに触れ、俺は『そうですか』と短く答え、それ以上、なにも聞けなくなった。
聞きたいけど聞けない。
そんな様子に気がついたのか、俺にレイゼ様は質問をした。
「一矢。人間だった頃の記憶、思い出したい?」
「……え?」
俺は驚きを隠すことが出来なかった。
今まで困ったような顔をして誤魔化してきた話を、レイゼ様が自らしてきたからだ。
俺が人間だった頃の記憶を失い、天使になってから100年経過した今、ついに、この話に触れたのだ。
当然、知りたくないと言えば、嘘になる。
だが、レイゼ様の表情は神妙で、やはりいつものように迷っているように見えた。
――――目の前の女性を傷つけるくらいなら、俺は聞きたくない。
だから俺は嘘を吐くことにした。自分の気持ちを押し殺して。
「……いえ、別に」
レイゼ様は短くそう答えた俺を見て、クスッと笑った。
「……やっぱり、一矢は優しい子。一矢を天使にして本当に良かった」
そんな反応をされてしまっては、俺の気持ちを理解してくれているというのが伝わってくる。
しかし、俺は気がつかないフリを続けた。
「……? なぜそんなことを急に?」
「ふふっ……いえ、何でもないの。一矢がそうしたいと思うのならばわたくしは何も言いません。でも、少しだけ言わせてもらえる?」
俺は何も分からないといった顔を作り、レイゼ様を見る。
その俺を見たレイゼ様は俺の右頬に細く小さな手を添えて告げた。
「一矢は優しすぎます。辛いときは辛いって言ってください。わがままを言ってください。一人で背負い込むのではなく、相談してください。……わたくしはいつでも一矢の味方ですから……ね? ……それともう一つだけ……」
女神様は微笑みを浮かべると、俺が今まで抱えていた不安を吹き飛ばす台詞を言ってくれたのだった。
「――――わたくしは、人間だった頃の一矢も天使になった今の一矢も愛おしい。ですから、もうこれ以上、過去の自分と今の自分を比べないでください。……一矢は今も昔も変わらず、わたくしにとって、大切な存在なのですから」
その言葉から女神の思いやりが伝わり、胸の奥に染み渡る。
俺は天使になってからの100年間、様々なことを考えてきた。
人間だった頃の俺はどんな奴だったのだろうか。
今とは全く違う性格だったのか。
気の許せる友達や恋人はいたのか。
しかし、そんな考えはある時期から不安へと変わる。
女神様は過去の『天沢一矢』を気に入って天使にしてくれたのであって、今の俺は必要ないのではないか。
そう思ってしまっていたからだ。
そんな葛藤を100年という長い時の間、背負い続けていた俺にとって、レイゼ様の言葉は胸に響く。心だけでなく、身体まで暖かくなっていくようなそんな感覚に陥る。
そして、女神様の愛情に触れた俺は天使になって初めてのわがままを言わせてもらうことにした。
「……じゃあ、少しだけ。……わがままを言ってもいいですか……?」
「いいですよ。わたくしができることなら、なんでもします」
「……なんでも、ですか……?」
「はい、なんでも、です」
全てを許し、どこまでも深い愛で包んでくれる。
そんな彼女を見て、再認識した。
――――やはり、この人は女神様なのだと。
「では、少しだけ。……胸を貸してくださいませんか」
俺の初めてのわがままに女神様は優しい笑みを浮かべて頷く。そのまま両手と翼を差し出すように広げる。
「一矢、おいで?」
「……っ! ……はい」
俺は導かれるまま、女神様の腕の中へ。
女神の肌と天使の肌が密着した時、女神様は俺の背中へと手を回し、翼で包み込む。
そして、少し強く、しかし心地よいぐらいの強さで抱き締めてくれる。
触れた肌から温もりが伝わり、艶のある蒼髪からは甘い香りが漂う。
そのどれもが心を落ち着かせ、100年分の葛藤によって傷ついていた心が治癒されていくのを感じた。
それから俺は静寂の中、女神様の腕の中で声を上げず、涙を流したのだった。
いかがだったでしょうか。
100年分の痛みを女神に癒やしてもらった天沢一矢。
しかしまだ呼び出された理由は判明していません。
次回、それが明らかになります。
気になった方はぜひご覧になってくださいね!
※次回は本日の23時に投稿となっています。
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