女神からの呼び出し
羽磨けいきです。
さて、今回のお話ですが、
前回のシリアスなお話とは一転し、ボケます。
とにかくボケてます。
ですが、別にキャラ崩壊という訳ではありません。
これも一矢の一面です。
あれから数日が経ったある日のこと。
仕事を終え、自分の机の書類などを整理し、帰路に就こうとした頃だった。
背後から現れたガブリエルが唐突に――――
「帰ろうとしているところ、悪いのだけど、女神様が呼んでいるわ」
その一言に俺は固まる。
周りにいた俺と同様に仕事終わりの天使達はその言葉を聞いて騒ぎ始めた。
『え、女神様からの呼び出し!?』、『もしかして、なにかやらかしたんじゃねぇか?』などと驚いたり、推測したりしている。
なぜこんなにも周りが騒いでいるかというと、『女神からの呼び出し』というのは、それはそれは恐ろしいことだからだ。
別に上級天使が女神様に呼ばれることはいつものことなのだが、俺は下級天使。
天界の天使達の中で下っ端のような存在である。
そんな存在の俺が呼ばれる理由なんて、決まっている。
間違いなく、アレだろう。
そう勘づいた俺は――――
「そうか。分かった!」
――――俺は笑顔で気持ちの良い返事をして、帰路に就くことに。
「って、こら。帰ろうとしないの!」
が、一瞬でガブリエルに左腕を掴まれる。
しかし、それでも俺は諦めない。
「……くっ! 離せ、ガブリエル! 離せば分かる!」
「話せば分かるみたいに言わないの! というか、それ伝わりにくいから! それに離しても逃げるだけでしょう!?」
「いいツッコミだ、ガブリエル! そうだ、俺と一緒に漫才師にならないか? お前とならきっと、天下を取れる!」
「テキトーに話を逸らそうとするのはやめなさい。 女神様が貴方を待っているんだから!」
グイグイと力強く俺の左腕を引っ張るガブリエル。
女性とはいえ、さすがは上級天使。
少しずつ、俺は女神のいる『女神の間』の方へ引っ張られていく。
「……どうやら、本気を出すしかないみたいだな……!」
「……? 貴方、一体何を? って、きゃっ!?」
可愛く悲鳴を漏らし、驚くガブリエル。
まぁ、驚くのは仕方のないことだ。
先程とは逆に、今度は俺がガブリエルを引っ張り始めたのだから。
「上級天使の私に力で勝つなんて!? 貴方、本当に下級天使なのよね!?」
「言っただろう? 本気を出すと……」
「こんなところで本気を見せないで! というかそのどや顔はイラッとするからやめなさいっ! って、きゃあああっ!」
俺はツッコミを入れているガブリエルの隙を突き、グッと足に力を込め、一気に神殿の出口へ。
出口まで残り約100m付近まで来た、その時。
3人の男と2人の女の天使が現れた。
その顔には見覚えがあった。
確かこいつらはガブリエルの親衛隊を自称している奴らだったはず。
――――ということはまさか……!?
「ガブリエル様に加勢するんだ!」
予想通り、ガブリエルを含めて6人がかりで俺を止めにかかってきた。
さすがに6人だと、動きが止まってしまった。
だが――――
「ここで……諦めるわけにはいかないんだよぉッ!」
「こんなところで主人公感を出さないで! そういう格好いい台詞は今じゃないから! ……って、えぇっ!?」
6対1という圧倒的な不利な状況。
しかし、それでも俺は止まらない。
止まるわけにはいかない……!
「な、なんで!? どこからその力は出てくるの!?」
「舐めてもらっては困るぞ、ガブリエル……。俺は天使になって100年の間、なんとなく必死に鍛えてきたんだよ。……へへっ……どうやら俺の鍛えた力は、今日、この時のためにあったんだな……」
「絶対に今じゃないから!? 力を使うところを完全に間違ってるから! ……というか鍛えてたのって、なんとなくだったの!?」
今じゃないなんてことは自分でも分かっている。
分かってはいるのだが、分かりたくないだけなのだ。
鍛えた理由もそう。
なんてなくなんて嘘であり、こんなことのために日々、体を鍛えていた訳ではない。
俺は必死に抵抗しつつ、歩を進める。
すると、周囲の天使達が俺派とガブリエル派に分かれて応援し始めた。
天界は平和な世界故に少し刺激が足りず、天使達は退屈をしている。
そのためこのような面白そうなことには、すぐに首を突っ込みたがるのだ。
「頑張れ、天沢一矢っ! お前は今、この時のために今まで頑張ってきたんだろっ!? そこで諦めんなぁっ!」
「ガブリエル様~! 負けないで~!」
まるで人間界で行われる運動会のように声を張り上げて俺やガブリエルを応援してくれる。
帰路に就きたい男下級天使と女神様の元へ連れて行きたい女上級天使とその親衛隊達。
冷静かつ客観的にこの状況を見ると100年以上生きている者が何をやっているのだろうかと思うかもしれない。
いや『かも』ではなく、間違いなく思うだろう。
けれど、こんなにも応援してくれるのならば。
「俺は負けるわけにはいかないな……!」
「お願い、止まって! これに勝ち負けとかないから! それにきっと、女神様の話は貴方が思っているより、悪い話ではないはずよ!」
「そんな言葉に騙されるものか! 例え、ガブリエルがどんなことを言っても俺は止まることはないっ!」
「じゃ、じゃあ! 私が一つだけ、何でも言うことを聞いてあげるから!」
――――ピタッ。
俺は一瞬、動きを完全に止めた。そして、再び、前へと進む。
「……約束だぞ、ガブリエル! 何でも言うことを聞いてもらうからな!」
「子供みたいなことをしないの! 100年近く生きている大人がしていいことではないわよ、それ!?」
そんなことを言いつつ、とうとう俺は出口まで残り3mの所までやってきた。
100年という長い間、身体を鍛え抜いたとはいえ、そろそろ限界だ。
息は乱れ、気を抜けばすぐにでも倒れてしまいそうになる。
しかし、ここまできて諦めるという選択をすることは有り得ない。
俺には応援してくれる仲間達がいるのだから。
「よし、これで……! ゴール……っ……だっ!」
最後の一歩、足を踏み出したその瞬間だった。
身体から力が抜け、勢いよく倒れてしまう。
ガブリエルとその親衛隊はようやく動きの止まった俺を逃がさまいとのしかかる。
「うっ……!?」
「はぁ……はぁ……。やっと捕まえたわ……。貴方が身体を鍛えたといっても、やはり6対1では厳しかったようね」
「……そう、みたい、だな……」
もう身体は動かない。
諦めるしかないようだ。
けれど下級天使であり、才能の無い俺にしてはよくやったではないか。
上級天使であるガブリエルとその親衛隊達にここまで抵抗をすることができたのだから。
そうやって俺は自分に言い聞かせて、目をそっと閉じようとした。
その時――――
「ここで諦めていいのかよ」
その声には聞き覚えがあった。
俺はハッとして声の主へと目を向ける。
「あ、貴方は……!? いつも朝、挨拶をしてくれる男の人!?」
「あぁ、そうだ。私はいつも君に朝の挨拶をしている男の人だ」
「関係性薄っ!?」
ガブリエルのツッコミを放置し、俺はいつも朝、挨拶をしてくれる男の人の眼を見つめる。
すると真剣な眼差しのまま、いつも朝、挨拶をしてくれる男の人は再び問いかけてきた。
「本当に諦めていいのかよ」
「俺だって諦めたくはない。……けど、もう身体が動かない」
「……ふっ、その程度で立てなくなるとは、君には失望したよ」
そういっていつも朝、挨拶をしてくれる男の人は鼻で俺のことを笑った。
俺は苛立ちを覚え、いつも朝、挨拶をしてくれる男の人を睨み付ける。
「勝手なことを言うなよ。俺がどれだけ……」
そこで俺の言葉は遮られる。
いつも朝、挨拶をしてくれる男の人の言葉によって。
「あぁ。君は血が滲む程の努力をしてきた。……そうだろ?」
『なぜ、それを?』という言葉は喉から出ることはなかった。
この人はいつも朝、挨拶をしてくれる男の人というだけではなかったことに気が付いたからだ。
「貴方は朝、挨拶をしてくれるだけでなく、遠くから俺の努力を見てくれていた男の人だというのか……!?」
「あぁ、そうだ。君に朝の挨拶をするだけでなく、遠くから君の努力を見ていた男の人だ」
「だから、関係性薄くない? ねぇっ?」
再びガブリエルのツッコミは放っておく。
すると朝の挨拶をするだけでなく、遠くから俺の努力を見てくれていた男の人は俺に問う。
「君は100年という長い間、努力をし続けた。辛くても、苦しくても、努力をし続けたじゃないか……! その努力がようやく花開こうとしているんじゃないかっ、こんな所で諦めていいのかよっ!?」
「……っ!?」
そうだ。
そうだった。
俺はこんな所で挫ける訳にはいかないんだ。
そして、俺の心の中で消えていた闘志の炎がもう一度、燃え上がる。
「……いい目になったじゃないか」
「貴方のおかげだ、ありがとう」
「礼は良い。そんなことより、早く行け。君はこんな所で立ち止まっている暇などないだろう?」
朝の挨拶をするだけでなく、遠くから俺の努力を見てくれていた男の人は安心するように笑みを浮かべる。
俺はそれに応えるように一つ頷くと、無理矢理に身体を動かし始める。
「あ、貴方、まだ身体が動くの……!?」
「もう無理だと思ってたんだけどな……。彼の言葉のおかげでもう一度前に進む力を貰ったんだ」
「あの関係性の薄さでなぜ力を得られたのっ!?」
「そんなこと聞かなくても分かるだろ、ガブリエル。……絆だよ」
「絶対に違うからっ!?」
俺は震えて今にも倒れそうな身体を奮い立たせ、大声を上げる。
そしてのしかかられているまま、這うようにして前へと進む。
「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
まだ抵抗し続ける俺にガブリエルは親衛隊達へ命令を下す。
「お願い、この子を全力で止めてっ!」
「わ、我々も全力を尽くしているのですが……どうしても、止まりませんっ!?」
「ぐぬぬぅ……!? このままじゃ、出口にっ!?」
6人分の全体重を俺の身体に乗せてくるが、俺は止まらない。
あと少しだ。
もう少しでゴールへと手が届く。
「頑張れ、天沢一矢くんっ、君ならできるはずだっ!」
「いけるっ、いけるっ! あなたなら、絶対にゴールできるっ!」
声が聞こえる。
俺を応援してくれる天使達の声が。
絶対に応えてみせる。
「これで、ゴール……だっ……!」
大きく右手を伸ばす。
すると確かに俺の右手は神殿の外へと出ていた。
長い戦いが出口にたどり着いたことで終わりを告げ、神殿内はさっきとは打って変わり、静寂に包まれる。
しかし、それは少しの間だけ。
すぐに動けなくなっていた俺の元へ応援してくれていた天使達が駆けつけてくれた。
「お前、凄ぇな! まさか6人相手に勝っちまうなんてよぉ!」
「久しぶりに良いものを見せてもらったよ。礼を言わせてくれ。ありがとう」
「私、実はあなたのことずっと前から、凄い人なんじゃないかって思ってたの。いやぁ、私の目に狂いはなかった! おかげで儲けさせてもらったわ!」
天使達は俺の健闘を称えてくれた。
まさかこんなことになるなんて思ってもいなかった俺は目頭が熱くなるのを感じる。
「お、お前ら……!」
俺は応援してくれた天使達と抱き締め合う。
ここまで頑張ってきて本当に良かった。
ここまでこれたのは、応援してくれた天使達のおかげだ。
――――でもさっき、誰か、儲けたって言った?
素に戻ったその時、俺の目の前に白く輝きを放つ光の粒が一点に集まり始めた。
これは終わった。
そう思った時にはすでに手遅れ。
光は人間の姿となり、まばゆい光を放った。
あまりの眩しさに思わず、目を閉じる。
そして徐々に目を開けると、そこには美しい一人の女性が俺を見てニッコリと笑みを浮かべて現れた。
その姿が見えた途端、周囲にいた天使達は『よし、帰るか~!』などとわざとらしく言い、まるで何事もなかったかのように散っていく。
俺は『助けてくれ』という気持ちを込めて、視線をガブリエルへと向けた。
が、しかし、『……ばか』と呟くだけで、目も合わせてくれない。
完全に自業自得だった。
俺は全てを諦めて、先程とは異なる覚悟を決めた。
――――長いようで、短い人生だった……。
大きく息を吸った後、キリッとした顔で目の前の女性へと向ける。そして――――
「お先に失礼します! お疲れ様でした!」
深く頭を下げる。そして次の瞬間――――
「お仕置き、です♪」
女神の怒りが籠もった雷が俺に降り注いだ。
いかがだったでしょうか。
今回は『天沢一矢がひたすら女神の呼び出しに抵抗する』という
ただそれだけのお話でした。
まさかそれだけで1話も書いてしまうなんて思いもしませんでしたが。
次回は女神様との対話がメインとなっています。
可愛い女神様を天沢一矢が意地悪をしたり、癒やされたり……というお話です。
ぜひ次回もご覧になってください!