天使のお仕事 後編
羽磨けいきです。
本日、三回目の投稿は第四話となります。
この話を読んで気に入ってくれた方は、21時に第五話を投稿しますので
ぜひご覧になってくださいね!
さて、今回のお話は、
天使のお仕事 後編ということで
とうとう南条さんは最後の瞬間を迎えます。
その結末は絶望か、それとも……?
「……すみません、天使さん。みっともないところを見せてしまって」
それからしばらくして、俺から離れ、どこか吹っ切れたように笑う南条さん。
だが、まだやり切れない気持ちを隠しきれてはいないように見えた。
その姿を見て、俺は思わず頭を下げる。
「いえ、謝るのはこっちです。申し訳ありませんでした」
俺は相手に気持ちが伝わるように、深々と頭を下げる。
自分が謝罪されるなんて思っていなかった様子の南条さんは『なぜ謝るのですか?』と聞いてきた。
理由はただ俺が謝りたかったからだ。
謝らずにはいられなかったのである。
自分の無力さによって、南城さんに何もしてあげられないのだから。
「私は、天使。南条さんの傷ついた心を完璧に癒やさなければならない立場でありながら、私には何もすることができませんでした……。本当に、すみません」
「天使さん、頭を……上げてください」
言われた通りに俺は頭を上げると、そこには――柔らかく優しい笑みをしている南条さんがいた。
「ボクは貴方に会えて、本当に良かった。おかげで心残りは少しありますけど、心の整理はすることができましたよ。……もう、いつでも大丈夫です」
この人は優しい。優しすぎる。そう思った。
死してなお、彼はその優しさを貫いたのだ。
その人生は自殺という最期を迎え、褒められることではない。
だが、その生き方自体は誰よりも格好いい。
俺は南条さんにつられるように笑みを浮かべ、最終ステップであるステップ4『輪廻転生先の選択』へと移った。
「分かりました……。ではこちらへ――」
そう言って、俺は席を離れ、南条さんとともに奥へと移動した。
救済の間から奥へと進むと、天使の羽のように美しい汚れのない白で彩られた螺旋階段があり、そこを一歩ずつ踏みしめるように進んでいく。
「これは……?」
そして登り切った先で俺達の前に現れたのは赤と青の見上げるほど大きな両扉。
扉は開かれているのだが、その先は光に包まれていて先は見えない。
ここは転生の間と呼ばれる場所。
そしてここが南条幸太さんの最後に見る景色となる。
「ここは転生の間と呼ばれており、その名の通り、転生するための場所となっています。今、南条さんの目の前にある大きな二つの扉。その先は人間界へと繋がっています。赤の扉の先には現実世界と呼ばれ、貴方が生きていた世界へと繋がっており、青の扉の先には異世界と呼ばれたドラゴンがいたり、魔法が使えたりというファンタジーな世界へと繋がっています」
「どちらか、選ぶということでしょうか……?」
「はい、その通りです。どちらかを選んで進んでいただくことになり、扉へ入ることで生まれ変わることができます。以上で私の説明は以上となるのですが、質問はありませんか? 答えられることならお答えしますよ」
しかし、南条さんは俯き、何も答えない。
南条さんは気付いてしまったのだろう。
きっとこれが南条幸太としての本当の最後の瞬間だということを。
その証拠に、彼の足は震えている。
自分が自分でなくなるという恐怖の感情が彼を襲っているのだろう。
ふと周りを見てみると、他の天使達が俺と同じように案内してきた死者の魂達も立ち止まっていた。
中には『嫌だ、私にはまだやり残したことがあるのよ……!』と叫び、暴れる女性や、『……少しだけ時間をください』と言い、頭を抱える男の子がいた。
その言葉を聞いて、周りの死者の魂達も弱気になっていく。
南条さんも影響を受けるのではないかと視線を向けた。
だが、どうやら俺の心配は必要なかったようだ。
「……ボクは赤の扉を選びます」
決意に満ちた表情で彼は覚悟を決めた。
その身体は未だに震えが止まってはいない。
それでも先に進む決意を見せたのだ。
その勇敢な姿は周囲の魂達に影響を与え、どよめきが生まれる。
するとそんな声を聞いた先程まで暴れていた女性が南条さんに詰め寄り、唾を飛ばしながら問う。
「なんで、あんたはそんな簡単にそんな選択ができるのよ!? あんたには心残りがないっていうの!?」
南城さんは答えた。
女性を落ち着かせるように、優しい笑顔で。
「ボクにも心残りはありますよ。やりたかったことなんて山ほどありますし、後悔をし始めたらキリがない。ボクはもう一度バスケがしたかった。……それに、もう一度、父に会いっ……たかった……!」
想いが溢れ、嗚咽がもれる。
しかし、彼は目を閉じ、大きく呼吸をした。
そして目を開けた時にはもう一度、笑顔を見せる。
「だから、ボクはこの扉の先に進みます。いつか必ず、もう一度、バスケをして……そして、もう一度、父さんに会ってみせますっ……!」
決意に満ちている表情とは裏腹に、頬に流れる涙と震える身体。
彼の心は今にも潰されそうだ。
だが、それでも彼は言い切った。
「たとえ、次会えなくても、その次、会ってみせます! 何度生まれ変わってもボクは必ず父さんにあってみせます! 会って、ボクは『ありがとう』って……っ! 絶対に伝えるんですっ!」
それは絶望的な確率。
人の魂の数は膨大で、もし出会えたとしても、お互いに親子だった頃の記憶はない。
そんな状況でお礼を伝えるなんて、夢物語のよう。
それでも彼は、言い切ったのだ。
そして――――
「だから、貴方も諦めないでください。きっと、大丈夫ですから」
――――同じ状況である自分よりも年上の女性を励ましたのだ。
自分よりも年下の学生である南条さんに励まされた女性は、唇を噛み、ごちゃ混ぜになっている気持ちを抑えながら、『……なん、なのよ』と呟いた。
ようやく落ち着いた女性を見て優しく微笑むと南条さんは数歩、赤の扉の方へと進み、俺の方へと振り返る。
「天使さん、ありがとうございました」
「いえ……私は何もできませんでしたから……」
それは俺の本音だった。
もし、南条さんのように心の強い人でなければ、このように円滑に進むことはなかっただろう。
申し訳ない気持ちでいっぱいの俺に南城さんは笑って言った。
「最後に、聞かせてくれませんか?」
小さく頷いた俺に南条さんは最後に不安をこぼした。
「父に……父さんにもう一度会えると思いますか?」
俺は迷った。
さっき言ったとおり、もう一度会えるかなんて全く分からない。
だから無責任なことを言うのは傷つけるだけではないのか。
だが、俺は即座に迷いを捨て、答えた。
「きっと、会えますよ」
俺の言葉を聞いた南条さんは『ありがとうございます』と言い残し、満面の笑みで、扉の先へと進む。
その彼の後ろ姿を見ながら俺は強く願う。
「貴方の新たな人生に幸福があらんことを」
南条さんは光に包まれ、消えていった。
◆ ◇ ◆ ◇
それから1時間ほど神殿内部の休息の間で椅子に腰掛けて休憩をとった。
通常であれば、休憩を行わずに仕事を行っていたのだが、そんな気分にはなれなかったのだ。
100年間、同じ仕事をしてきて、こんなにも頭から離れないのは初めてのこと。
似たような話なら今までにいくらでもあった。
だというのに、なぜこんなにもざわついてしまうのだろうか。
気持ちを静めるために休息の間で売っている温かいコーヒーを口にするが、心が静まることはなかった。
「……なぁ、お前ならどうしてた?」
俺は背後に忍び寄ってくる気配を感じ取り、話しかける。
「……なぁんだ、気付いていたのね。驚かせようと思ってたのに」
予想通り、この女――ガブリエルは俺を驚かせようと迫っていたらしい。
本当に油断も隙もない。
というかどうでもいいことではあるが、この女は本当に働いてるのだろうか。
こいつが働いているところ全然見たことないんだが。
俺は訝しむような目を、笑みを浮かべるガブリエルに向けた。
「どうせ、さっきの見てたんだろ?」
「……何でそう思うの?」
何で、か。
本当のところ、そんな簡単なことは顔を見た瞬間にすぐに分かった。
こいつとの付き合いは100年になる。
そんな俺が分からないはずがない。
「なんとなくだ」
しかし、俺は誤魔化す。
絶対に言いたくないのだ。
『その顔をする時は、心配している時だから』なんて言ったら、こいつは確実に調子に乗るのだから。
「……なんか誤魔化している気配がするのだけど」
背筋が寒くなる感覚がするのを感じながら、俺は『気のせいだろ』と何食わぬ顔で答える。
ガブリエルは納得いかないという顔だったが、『まぁ、いいわ』と言って、俺の問いへと答えてくれた。
「どうすれば……ね。……じゃあ、まず、あの人の人生を見て、聞いて、貴方はどう思ったのかしら?」
「なぜ、それを聞く?」
「なんとなくよ」
ガブリエルはさっきのお返しとばかりに、ニヤリとして俺と同じように答える。
ムッとしたが、先に言ったのは俺だ。
納得はいかないが何も言わずに、俺は答えることにした。
「ただ単純に可哀想だと、そう思った」
俺は彼に同情していたのだ。
一つのことが引き金になって、それが負の連鎖となって、最悪の結末へと至った。
そんな彼の人生が不憫で仕方なかったのだ。
俺の嘘偽りのない答えに対して、ガブリエルは静かに怒りを見せた。
「それは、彼の人生に対して失礼よ」
「……理由を聞かせてくれ」
「だって、貴方は彼の人生を、彼が精一杯生きた結果を『可哀想』、そう言ったのよ」
そのガブリエルの言葉に俺はハッとした。
確かに、その通りだった。
可哀想と思うということは即ち、相手を見下していることに他ならない。
俺は知らず知らずのうちに、彼の人生を侮辱していたのだ。
「私達、天使は人の生きてきた過程とその結果に触れる。その人生がどんなに酷い過程で理不尽な結末だとしても、それはその人が生きてきた道なの。それを間違っていると否定するのは、その人の人生そのものを否定することと同じなのよ」
「……すまない。俺が間違っていた」
「分かれば、いいの。……でもね、私は貴方の全ての行動が間違いではないと思うの」
黙ってガブリエルの話に耳を傾ける俺にガブリエルは優しく微笑み、俺の頭を撫でた。
「貴方の一生懸命に『何かをしてあげよう』と行動する姿は間違いなんかじゃないわ。必ず、南条さんに貴方の気持ちは伝わったはずよ。……だから、いつまでもそんな顔をするのはやめて、前を向きなさい」
いつもなら、恥ずかしいからといって頭の上に乗っている手を払いのけるところなのだが、そんな気にはならなかった。
ただ、励ましてくれるガブリエルにそんなことをするのは失礼だと思ったというのが理由のはずなのだが、少し違う気もする。
そんなことを考えていると、突然、ガブリエルは俺の額に優しくキスをした。
まるで親が子供にするかのように、優しく。
「じゃあ、私はいくわ。お仕事、頑張ってね」
そしてガブリエルは俺に翼が生えた背を向け、休息の間から去っていった。
俺はその姿を何も言わず見送った。
いや、何も言えなかったというのが正しい。
普段の俺なら、『やめろよ』などと言いつつ、抵抗するはずなのだが、さっきと同様、不思議とそんな気にはならなかったのである。
少しの間、ぼーっと考えていたのだが、それとは別のことに気がついた。
ガブリエルのおかげで気持ちが楽になっていたということに。
俺は急いで、ガブリエルを追いかける。
もちろん理由はお礼を言うためだ。
休息の間から出て、すぐにその姿を見つけた。
そこでふと思いついたのだ。
――――少し、反撃してやろうと。
「ガブリエルっ!」
「……どうかしたの? っ……!?」
振り向いたガブリエルに突然、抱き締めた。
「な、きゅ、急にどうしたの……?」
身体を離し、ガブリエルの顔を見ると、珍しく動揺した表情していた。
そんなレアな姿を見れた俺は満足し、本来の目的をとびっきりの笑顔で告げてやる。
「ありがとうな、ガブリエル」
俺は感謝を告げると、ガブリエルの頬には赤みがさし、頬をぷくっと膨らませる。
「……私、そんな子に育てた覚え、ないのだけど……」
「そんな子に育てられた覚えもないから」
そう言って、笑いながら俺は機嫌良く、その場から去る。
「誰の影響かしら……」
そんな言葉が後ろから聞こえてきて、『いつまでそのネタ引っ張るんだよ』と笑みを浮かべながらつぶやき、救済の間へと戻った。
◆ ◇ ◆ ◇
再び机に戻ると、次の死者の魂の履歴書が置かれていた。
俺は気持ちを切り替え、履歴書に目を通すと、思わずまた笑ってしまった。
「次の方、そこにある席へおかけになってください」
俺がそう案内を行うと、40代くらいの小太りだが優しそうな雰囲気をまとった男性が席に座った。
俺はいつものように、けれどいつもの天使の笑顔ではなく、天沢一矢の素の笑顔を浮かべて、聞いた。
「では、本人確認のため、自己紹介をお願いします」
「……はい、私の名前は南条福夫と申します 今年で48歳です」
――――南条さん、どうやら貴方の願いは叶うかもしれませんよ?
そう、心の中で呟き、そして――――
「突然ですが、私は赤の扉を選ぶことをオススメします。……ふふっ。……いえ、訂正します。貴方は赤の扉しか選ぶことはできませんので」
俺は楽しい天使のお仕事を続けていったのだった。
いかがだったでしょうか。
今回は含みのあるような終わり方となりました。
『後は想像にお任せします』という、最近流行の映画のような結末をみなさんはお嫌いでしょうか?
僕は嫌いじゃないです。なぜなら僕は脳内でハッピーエンドにしちゃいますからね(笑)
次回の話は天沢一矢くんが女神から呼び出しをくらうというお話。
ここからはシリアスから一転し、ガッツリ、ギャグ展開になっていきます。
面白いのが好きな方はぜひ、次回もご覧ください。
※次回の投稿は21時となります。
ブクマ、評価、感想、レビュー等々。
よろしくお願いいたします。