天体衝突と10隻の駆逐艦と170光年の運命の糸
私の名はジルダ。イッタルーナの首都プレネスコにあるテレビ局で、レポーターをしている。歳は26。
この世界に入って4年。今、私は、いや人類は、大きな転機を迎えている。
「現在、小惑星エピドラは、地球から約260万キロのところを、毎秒300キロの速度で向かっております。イッタルーナ政府はこの小惑星の衝突を阻止すべく、核ミサイルの使用を検討しておりますが、この大質量の物体に大気圏ギリギリでの弾道ミサイル使用に対し、その効果を疑問視する専門家も多く、国民の不安はさらに増大しつつあります。なお……」
ひたすら原稿を読む私は、人類滅亡をもたらすかもしれないと言われるこの巨大隕石のニュースを、ただ伝えることしかできない。
この映像を見る人々の多くは、間違いなく悲嘆にくれていることだろう。私の発する言葉に、なんら希望を見いだす言葉が見出せない。自分でもそう思うが、仕事だから仕方がない。
業務を終え、家路につく。私が住むのは一人暮らし用のワンルームアパート。たどり着いても、誰も迎える者などいない。
今、この星に向かっている小惑星エピドラは、直径32キロ、質量50兆トンと推測されている。私の住むプレネスコの西100キロにある海上に衝突する予定。落ちればもちろん、我が街プレネスコ、そしてイッタルーナの国は地殻ごと跡形もなく吹き飛ばされると言われている。
もちろん、我が国より遠くの国も大きな影響を受ける。発生した大津波によって、周辺の数十の国が海に飲み込まれる。そして舞い上がった粉塵によって太陽光が遮られ、この地上では真冬のような状態が数年続くとされる。作物は取れず、人々はわずかな食料を巡って争い、少なくとも今の人口は10分の1以下まで減り、場合によっては滅亡するのではないかと言われている。
もちろん、我々も黙って見ているだけではない。この小惑星の衝突を阻止すべく、様々な試みを行ってきた。
まず、核弾頭を搭載した衛星が数十機打ち上げられた。小惑星にぶつけて、その軌道を変えるためだ。だが多くは目標を外れ、1発のみが着弾。しかし、たった1発ではほとんど効果なく、進路を変えることはかなわなかった。
直接、人が降り立って核弾頭を埋め込む作業をすることも検討されたが、残念ながら宇宙船の建造が間に合わなかった。我々はまだ、地球の重力圏を超える宇宙船を作ったことがない。この小惑星が衝突すると分かったのは、今から3年前のこと。この短期間で宇宙船を完成させるのは、さすがに不可能であった。
ベランダに出て外を見る。人類最後の日が近づいているというのに、街は静かなものだ。ただ、一見静寂なこの街も、裏では犯罪は増加している。スーパーにはたくさんの人が押し寄せ商品の強奪をする事件が頻繁している。おかげでこの1週間ほど、多くの店が閉まったままとなっている。
南の空を見上げる。そこには明るく輝く一つの星が見える。あれが、小惑星エピドラだ。彗星ではないため、4000万キロ以上離れたこの星はまだ点にしか見えない。が、昨日よりも明るさを増し、着実にこちらに近づいていることを思い知らされる。
翌日も、冷静な対応を呼びかけるイッタルーナ政府の声明と、この小惑星騒ぎで引き起こされる犯罪、そして手製の地下シェルターを作るなどなおも生きようとする人々の紹介など、淡々とニュースを読む日が続く。だが、このテレビ局の中は皆仕事に追われていて、明日起こる悲劇にはまるで無関心な様子。ここにいるスタッフの多くは外の事件など、まるで架空のドラマのように感じているようだ。本当に明日、私は死ぬのだろうか?実は私が連日伝えるニュースは、テレビ局が製作したドラマのシナリオではないのか?そんな考えが、脳裏をよぎる。
しかしその日の夕方、空を見上げると現実が姿を現わす。まだ日も沈まないうちに、その悪魔は南天に明るく輝く。昨日よりもさらに明るい。日の光など御構い無しに、そいつは光りつけてくる。紛れもなくあれは、小惑星エピドラだ。
迫りくる滅亡の危機は、どの星よりも明るく美しく輝いている。あれが明日、我々人類に災禍をもたらす悪魔とは、到底思えない。
そして迎えた人類滅亡の日。
衝突点に近い我々は、今さらどうあがいても助かりそうはない。そんな私は、最後の業務を言い渡される。
それは、この都市の上空を通過する巨大隕石を中継すること。この映像は、小惑星が衝突し我々が吹き飛ばされる瞬間まで、世界に向けて発信されることになっている。
最後の瞬間くらい、仕事以外の何かをしていたいと思ったが、思えば私には共に過ごす人もいなければ、するべき何かもない。この仕事を引き受けたなら、もし人類が生き延びたなら小惑星落下の瞬間をレポートし続けた者として名を残せる。そんな思いもあって、私はその最後の仕事を引き受けた。
そしてカメラマンを1人伴い、私はあるビルの屋上に向かう。小惑星エピドラが衝突するのは午後2時43分15秒。その時まで、あと2時間と迫っていた。
南東の空に、その天体はいた。真昼間だというのに、明るく光り輝くその悪魔の天体。カメラマンに頼んで、その天体にカメラを向けてもらう。
「あと2時間後に迫った巨大隕石の落下。衝突の瞬間までレポートさせていただきます、ジルダと申します。今このプレネスコの街からは、小惑星エピドラは南東の空に白っぽく見えており、落下が近いことを伺わせて……」
淡々とレポートする私だが、最初に名前を名乗るのを忘れなかった。これでこの最後のレポーターの名を多くの人々に記憶してくれれば……大して意味はないのだろうが、私の名は歴史に残るかもしれない。そんな野暮な考えで、私は自分の名を語った。しかし、ここはあと2時間後に、衝突した隕石の作り出す衝撃波と津波で、跡形もなく吹き飛ばされることになっている。地上を見ると、たくさんの人がその瞬間を待っている。そんな地上の様子も、私は伝える。
そして、ここにたくさんの人々がいたことを残さんがために、私はなるべく多くの人を上から撮影してもらった。
道路に立ち、呆然とする人、聖書らしきものを片手に何かを説いている人、仲間と話しこんでいる人、様々だ。だが、ここにいる人々には等しく、残酷な運命が訪れることになっている。
ついに衝突まで、あと10分となった。私はふと、東の空を見る。そこにあるものを目にして、私は愕然とする。
もはや点ではない小惑星エピドラの姿が、そこにあった。ごつごつとした形がはっきりと分かる。明らかにあれは巨大な岩の塊だ。私はカメラを向けてもらい、レポートする。
「は、発見者の名を冠した巨大隕石、エピドラは……も、もうまもなく、しょ、衝突します。あ、あの姿がご覧いただけるでしょうか……?」
自分でも、レポートする私の声が、恐怖で震えているのが分かる。それまでは点にしか見えなかった悪魔の姿が、ついに姿を現したのだ。この映像をテレビで見て、同じ恐怖を感じている人々も多いことだろう。
それを、私は生で見ている。圧倒的な威圧感、自然の脅威、そんなものを目の前に突きつけられて、恐怖を感じない方がおかしい。同じ風景が見える地上の人々も、空を仰いで騒ぎ始めている。
ああ、私の命もあと数分……そう覚悟した、その時だった。
突如、ゴーッという大型ジェット機でも飛来したような、そんな音がした。何事かと、私は後ろを振り返る。
そこには、信じられないものが浮かんでいた。
細長く、先端には見たことのない文字が書かれている、まるで高層ビルを横倒ししたようなそんな巨大な灰色の物体が、空に滑り込んできたのが見えた。
しかも1つではない。2、3、4、……全部で10もある。
小惑星の落下寸前に突如、予期しない物体が、このプレネスコ上空に現れた。
「あ……ああ……」
もはや隕石どころではない。突如現れたその灰色の空飛ぶ物体は、ずらりと横一線に並んでいた。
声の出ない私は、カメラマンの肩を叩き、あの物体の方を指差し、カメラを向けてもらう。
「た……たった、今、灰色の摩天楼のような、物体が、突如、このプレネスコの上空に現れました……」
なんとか言葉を振り絞り、その様子をレポートする。だが、予定にも原稿にもない事態。なんと伝えればいいのかわからないが、私はただありのままに話し始める。
全く正体がわからないその物体だが、一つだけはっきり言えることがある。
あれは間違いなく、人工物だ。10個全てが同じ形、同じ色、そして同一直線上に並んでいる。こんな芸当、人の意思によるものに違いない。
一番近い灰色の物体はこのビルのすぐ真上におり、今にも手が届きそうなほど近くに浮かんでいる。だがこれは一体、なんなのか?
その灰色の物体から、キーンという音が鳴り響く。そして先端が青白く光り始める。何をしようとしているのか、もはや小惑星どころではない。この奇妙な物体から、目が離せない。
と、突如、ガガーンという、数十発の雷が一度に落っこちたような大きな音が響く。と同時に、その灰色の物体から、青白い光の筋が放たれる。
その直後、凄まじい爆風が、私とカメラマンに襲いかかる。その衝撃で、私は屋上の出入り口に叩きつけられる。
「……っつう!な、なんなの!?」
もっとも、ビルが吹っ飛ぶほどの衝撃ではない。私は再び空を仰ぐ。すると小惑星エピドラで、大きな爆発が起きているのが見える。
あの爆発、今さっきあの灰色の物体が放った、あの青い光によるものなのか?そうとしか思えない。
だが、その程度の衝撃をもろともせず、エピドラはまだこちらへ迫ってくる。空いっぱいに広がるその不気味で巨大な姿。大気に触れて表面が焼け始めたため、その悪魔は赤く光り始めていた。
やはりダメか、と思ったその瞬間、またキーンという音が響く。私は、カメラマンに向かって叫ぶ。
「に、2発目、くるわ!」
そう叫んだ直後、また雷鳴に似た轟音が響く。今度はある程度、衝撃を予知していたため、屋上の出入り口の建屋にしがみついてやり過ごし、その光の先を見た。カメラマンも同様に、その様子をカメラに収めようとしていた。
光の筋は、まさにあの小惑星エピドラに向けて放たれていた。ほぼ我々の真上付近で激しい爆発が起こる。
その衝撃で、小惑星は2つに分かれた。左右に大小2つ。その2つの小惑星の間に、細かな破片がいくつか散乱するのが見える。
その2つの小惑星は大気スレスレを飛び、大気に触れている下面が真っ赤になる。そして、我々の頭上をものすごい速さで通過する。
それを追うように、大きな灰色の物体はその場で回頭、反転し始める。おそらく第3射を撃とうとしたのだろうが、小惑星はそのまま大気をかすめながら離れていったため、第3射は撃たれることはなかった。
私はその様子を、唖然として見上げていた。カメラマンは本能的に、その様子をカメラに収め続けている。
小惑星が割れた時に生じた破片が、いくつもの筋を作って落下しているのが見える。だが、それはあまりに小さな破片で、大気で焼き尽くされたようだった。
すでに死んでる予定だった私とカメラマン、いや、このプレネスコの人々は、生きのびることができた。
再び空は、穏やかな青色を取り戻している。ただし、10の灰色の摩天楼のような物体を除いて。
この時は、小惑星を弾き飛ばしてくれたあの物体に感謝している余裕などなく、叩きつけられた際の痛みと、強烈な耳鳴りに悩まされていた。
私は、耳から外れたイヤホンをつけ直す。そのイヤホンからは、スタジオから私への呼びかけが続いていたようだ。
だが、耳鳴りのおかげでぼやっとしか聞こえない。ともかく私はマイクを手に取り、話し始めた。
「あの……今の様子はそちらからも見えましたでしょうか?目の前の、灰色の物体から放たれた強烈な光によって、小惑星エピドラは弾き飛ばされた模様です。その際の強烈な音と衝動により、まだ耳がキーンとして……」
もうほとんどうわの空で話している。だが、私はレポートを続ける。
「突如現れたこの灰色の物体から放たれた青白い光により、小惑星エピドラの下面で大きな爆発が発生。その衝撃で小惑星エピドラの軌道が逸れて、衝突することなく離れていったようです……全部で2発、撃たれました……なお、その物体は未だ上空に浮かんでいます。」
このあたりくらいから、ようやく耳が聴力を取り戻し始めた。ぼやっとしか聞こえなかったスタジオからの呼びかけが、やっと聞き取れるようになった。
「ジルダさーん!聞こえますかー!その目の前の灰色の物体が、なんなのかわかりますか!?」
スタジオにいるキャスターの叫び声が聞こえる。私は応える。
「いえ、わ、わかりません。ただ、ものすごい青い光を放って……ええと、人工物だというのは、間違いありません。ご覧の通り、同じ形の物体が、全部で10個、並んでいます。」
「こちらからも見えてます。ジルダさん、それらがどれくらいの大きさか、分かりますか?」
「そうですね……高層ビルと同じくらいか、もう少し大きなものに見えます。ちょうどこの真上あたりにも浮かんでいて……」
そうレポートした途端、ゆっくりとだが、その灰色の物体の一つが高度を下げ始めるのが見えた。
ちょうど私のいるビルの、すぐ斜め上にいる物体が、このビルのすぐ横にある広場に向かって降下し始めている。
「あの!どうやらこの灰色の物体の一つが、地上に降り始めています!我々も、これより地上に向かいます!」
「あっ!ジルダさん!」
私はとっさに、すぐそばにある出入り口の扉を開く。カメラマンも私についてくる。まだ少しぼーっとしているが、未知の物体が気がかりで身体が動く。
階段を降りて、エレベーターにたどり着いた。それに飛び乗り、私とカメラマンは急いで下に降りていく。
エレベーターを降りきり、外に出る。広場の方を見るとすごい人だかりだ。その向こう側には、あの灰色の物体がまさにその広場に降りようとしているところだった。
先端は四角く、後ろに行くにつれて末広がりな形のこの物体。下に出っ張り部分があって、それが私の目の前で地上に設地しようとしているところだった。接触寸前に、下から脚のようなものが出てきて、ズシンという音とともに地上に接する。
私は群衆をかき分け、最前列に出る。灰色の物体が地面に接したところにある扉のようなものが下側に開くのが見えた。
このとき、私は直感で感じた。
これはどう見ても、我々地球のものではない。あれは、宇宙人の乗り物だと。
そして、その出入り口から誰かが出てくるのが見える。あれはきっと、宇宙人だろう。
人類滅亡をもたらすかもしれない小惑星を中継していたら、宇宙人と遭遇する羽目になった。シナリオにも予定にもない事態だ。
ところで、いつぞや私が担当したテレビ特番で、宇宙人の特集を組んだことがある。
宇宙人に出会ったことのある証言者を幾人か取材し、宇宙人の全体像を明らかにしようという内容だった。宇宙人の専門家も呼び、大変盛り上がった番組だったを覚えている。
そこで語られる宇宙人とは、我々人類とは大きく異なる存在。灰色の皮膚に大きな目、背は低く、退化した口。彼らは口ではなく、テレパシーによって語りかけてくるという。
彼らがこの地球に来た理由は、侵略だ。自身の星を滅亡に追いやり、移住先を求めてこの星にたどり着いたのだとのこと。
証言者によれば、彼らは多くの人類を捕らえて、研究材料にしているらしい。彼らの星とこの地球では、大きく環境が異なる。そこで、この星に適合した人類の身体を調べ、自身をこの地球に適合できるように改造するのだという。
彼らの証言から、信じがたい人体実験の実態が語られた。語るもおぞましいほどの凄惨な話しが次々に出てくる。証言者達は、その異星人の施設から逃げ出してきたのだという。
概ね、これが私の知る異星人というものだ。だが、その時の証言にある宇宙船と、目の前にあるこの宇宙船らしきものは、随分と違う。
彼らの証言で出てくる宇宙船とは、 コーヒーカップの受皿のような形をしている。大きさもせいぜい100メートルほど。ところが目の前にあるこの宇宙船は、どう見てもこれはソーサー型ではない。大きさも、ゆうに300メートルほどはある。
それに、どう見てもあの宇宙人は、我々の知る宇宙人とは異なる。
どう見ても、我々と同じ手足、同じ顔、同じ肌を持つ、ごく普通の人間にしか見えない。宇宙船は灰色だが、人間は灰色ではなく、肌色だ。背丈も我々とさほど変わらないようだ。
着ている服は軍服のようだ。独特のデザインではあるが、我々とさほど変わらないようだ。軍帽らしきものをかぶり、スロープを降りてくる。
その映像を見たスタジオが、私に呼びかけてくる。
「こちらスタジオ!人の姿が見えますが……あの、どこの誰なんでしょうか、分かりますか?」
「いや、分かりません。早速、インタビューしてみます!」
私は群衆を掻き分けて、カメラマンと共にその人物の元に向かう。
「おい!レポーターさん!危ねえって!」
その群衆の一部から、私を呼び止める声がする。
「あのーっ、ジルダさん!ちょっと危険ではありませか?もしかすると相手は宇宙人なのではないかと、専門家の方々も……」
スタジオにいるキャスターも、私に慎重な行動をとるよう即しているようだ。だが、予定ならもう死んでる命だ、なにを今さら恐れることがあろうか。構わず私は、その人物に向かって歩いていく。
出入り口に立つその人物は、我々が近づくのに気づく。なにやら驚いた様子でこちらを見るその宇宙人。
近くで見ると、ますます我々と同じ姿だとわかる。しかもこの人、結構イケメンだ。いやいや、そんなことをチェックしている場合ではない。
私は、その宇宙人らしき男性に尋ねる。
「あの、私はイッタルーナ国営放送のジルダと言います!あなたは一体、どこのお方ですか!?」
興奮気味に質問を投げかける私だが、そういえば宇宙人って、言葉が通じるのだろうか?だが、彼は私の質問に応える。
「私は地球389 遠征艦隊所属、駆逐艦8720号艦で作戦参謀をしてます、トーマス中尉と言います。」
なんとこの宇宙人、我々と同じ言葉を話し始めた。言葉が通じる。しかも、明らかに念話ではない。
にしても、今ひとつ不可解な言葉を使う。アースとはなんだ?
「あの、アース389、くちくかんって、何ですか、それは?」
「ああ、地球とは、人が住む星のことです。私の星はその389番目の星ということで、地球389。そして駆逐艦というのは、こいつのことですよ。乗員は100名で、主砲を1門持つ高機動型の航宙戦闘艦でして……」
「はあ。」
「我々が到着するや、小惑星の落下が迫っていることが判明したため、我々は急いで降下して大気圏内であの小惑星に発砲することになったんですよ。」
「はあ。」
「ご覧の通り、10隻の斉射を2発はなったところで、どうにか軌道をそらすことができました。いやあ、間一髪でしたよ。」
「はあ。」
「あの……ジルダさんでしたっけ。大丈夫ですか?」
「えっ!?ああ、大丈夫です……おかげさまで。」
ため息のような返事しかできない。急にいろいろなことが起こりすぎて、私の頭の中はパニックに陥っているようだ。
少し、情報を整理しよう。小惑星エピドラが落下してきた。それを阻止するべく、宇宙人の船が10隻降りてきた。
そして彼らはおそらく、宇宙人なのだろう。
だが、宇宙人には思えないほど、ごく普通の人間だ。自国民と話しているのと、なんら変わりがない。
「あの……一つ確認させてください。」
「はい、よろしいですよ。」
「あなたは……宇宙人ですか?」
私は単刀直入に聞く。この宇宙人は、あっさりと応える。
「はい、宇宙人ですよ。それがなにか?」
それを聞いた私は、職業柄、思わずこう尋ねてしまう。
「あの、宇宙人さん、ぜひ取材させてください!!」
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人類最後の日だったはずのあの日から、1年が経った。
我々地球、いや、今は地球815と呼ばれるこの星の住人は、今も穏やかに暮らしている。
あのとき巨大な小惑星が赤く染めていた空には、たくさんの空飛ぶ船が飛び交うようになった。その多くは宇宙から珍しい物を運んでくる民間の船だが、その中にはあの灰色の軍艦も混じっている。
その様子を、私はベランダから眺めていた。
「ふう。」
洗濯物を干し終えて、私は空を行き交う大小の船を眺めていた。
すでに宇宙船が日常の風景に溶け込んでいる。もはや誰も、空を見上げ驚くものなどいない。
だが、ここまでの道のりは、決して平坦なものではなかった。
小惑星の落下を阻止したあの駆逐艦を、私は取材した。
そこにいたのは、100人を超える宇宙人。だが、灰色の肌や大きな目を持つ小さな宇宙人はいない。皆、私と同じ普通の人間だった。
その日現れたのは10隻の船だが、宇宙には全部で1万隻もの艦艇が待機していることを知る。
だが、彼らの訪問の目的は、我々のこの星を、彼らと同じ連合という勢力に加盟させるためだった。
この宇宙には、わかっているだけでも800を超える人の住む星があるという。
その星々は、連合と連盟という、2つの勢力に分かれて今も争っているという。
小惑星すら吹き飛ばす船を1万隻も率いて、我々と仲良くなりませんかとわざわざ伝えにやってきたのだ。我々が描いていた宇宙人像とは、大きく異なる。
その見返りに、我々よりもはるかに進んだ文化、技術を供与するというその宇宙人の言葉を、私は世界に伝える。
もちろん、世界をひっくり返すほどの論争に発展する。同盟派と抗戦派に分かれたが、そもそもあの小惑星を跳ね除けられなかった我々が、それをたった10隻でやり遂げ、しかもそんな船を1万隻もの連れてきた相手に、かなうわけもない。
それに、彼らはとても友好的だった。
世界で大論争が続く中、私はあの8720号艦という駆逐艦を取材し続ける。彼らの武器、機関、そして生活風景を、私のレポートとともに、カメラに収め続けた。
補給のため宇宙へ戻った時も同行した。トーマス中尉に連れられて、戦艦という船にも乗り込んだ。
だがそこは船というより、街だった。400メートル四方という限られた空間に4層も積み上げられた、2万人の人が住み数百の店がひしめく街が、宇宙の只中に浮かぶ船の中に存在していた。初めてその街に足を踏み入れた時、私はここが宇宙だと、どうしても信じられなかった。
しかし、駆逐艦であれ戦艦であれ、私はどこに行っても歓迎された。そして、いつも私に同行してくれるトーマス中尉が、軍に関するあれこれに彼らの星での生活、そして、この2つの陣営に分かれるに至った、宇宙の歴史についての質問に、快く応えてくれた。
ずっと以前には、我々が抱いていた宇宙人の姿があった。圧倒的な武力で威圧する宇宙人、だがそれが結果として宇宙を2つに分断し、互いの陣営を強化するため新たに発見する星を懐柔する政策に替えていった歴史があることを、我々は知ることとなる。
だが、軍や政治、人々の生活や歴史、挙句にこの宇宙の謎に関するどんな質問にも、トーマス中尉は笑顔で淡々と応えてくれる。
特段優れた話術を持っているわけでもないが、テレビカメラに映る彼の人となりが、我々が抱いていた宇宙人の姿を大きく塗り替えさせる。
そんな彼の姿が、世論を動かした。
同盟派が大勢を占め、我々は連合に加わることとなった。
ところで、そのトーマス中尉だが、今、私のすぐ後ろにいる。
「それじゃあ行こうか、ジルダ。」
「ええ、トーマス。」
今日は休日。近所にある大きなショッピングモールに買い出しに出かける。
私とトーマスは、この星で初めての異星間結婚をしたカップルとなった。
それは、彼と一緒に、我々の星に落ちてくるはずだったエピドラを取材のため訪れた時のことだった。
駆逐艦の砲撃で2つに分かれ、その後宇宙に逆戻りした小惑星エピドラ。
分かれた2つの塊の大きい方に、私は行けることになった。我々を滅ぼそうとしたあの小惑星の姿をぜひカメラに収めたいという私の想いを、トーマス中尉が叶えてくれたのだ。
駆逐艦8720号艦でエピドラに接近する。我々の宇宙船では絶対に到達できないこの深宇宙に、私はやってきた。
このエピドラは軌道を変えられたのち、我々の星から毎秒300キロの速さで遠ざかっている。
そしてそのまま太陽に向かい、いずれ消滅する運命だという。
哨戒機に乗り換え、ゆっくりとその黒い小惑星に接近する。
大気に触れた際に表面が焼けたため、黒っぽくなっているエピドラ。その黒く焼けただれた小惑星の表面にゆっくりと着陸する哨戒機。我々は船外服に身を包み、その小惑星の表面に降りる。
静かな場所だ。空気のない場所だから当たり前だが、私の着ている船外服がこすれる音以外には、何も聞こえない。
トーマス中尉が私に向かって、顎のあたりを指差しながら何かを伝えようとしている。ああ、そうだ。マイクのスイッチを押すんだった。私は顎のあたりにあるマイクのスイッチを押す。
「今、私はエピドラの表面にいます。2ヶ月前に我々の地球を襲ったこの星は、静寂の中を飛び続けています。」
船外服を着たカメラマンが、エピドラのこの黒く殺風景な姿をカメラに収めている。私はトーマス中尉に質問する。
「トーマス中尉さん、あのとき、あなた方はこの小惑星に向かって砲撃し、軌道をそらしたんですよね。」
「そうです。あの星に着いて2時間ほど経った時のことです。30キロほどの大きさの小惑星が、地上に向かっているという報を受けたのです。」
「それで、プレネスコの空へやってきた、と。」
「はい、たまたま降下準備をしていた我々の10隻に、落下阻止命令が出たんです。それで大急ぎで大気圏に突入し、砲撃を加えたんですよ。本当にあのときは、間一髪でしたね。」
「いやあ、すごい偶然でしたね。まさに奇跡!おかげさまで、我々はこうして今も生き残ることができました。」
「はい、奇跡でした。でも、私にとってはこのときもう一つ、奇跡が起きたんです。」
「えっ!?そうなんですか?一体、どんな奇跡が起きたんです?」
「それはですね……あなたに会えたこと、です。」
この時のトーマス中尉は、いつもの朗らかな中尉ではなかった。船外服越しにも分かるくらい、真剣な眼差し。静かなこの宇宙の果ての小さな星の上、自分の心臓の鼓動が聞こえるほど、私の身体が騒がしくなった。
「あの、中尉さん、それはどういう……」
「そのままです。私の理想の人に巡り会えた、そういうことです。」
「で、でも私はただのレポーターですよ!?」
「だが私は、あなたに初めて会った時から、何か運命的なものを感じていたんです。もしかしたら、この小惑星は我々を引き寄せるために、あなたの星めがけて落ちて行ったのではないかと、そう思ったんですよ。」
「はあ。」
「だから、その運命を運んでくれた小惑星の上で告白します!私と、付き合ってはもらえませんか?」
船外服を着たまま、私の手を握るトーマス中尉。私は応える。
「あの……今、答えなくては、いけませんよね。」
「いえ、しばらく考えていただいてからでいいですよ。」
「でもあの、生中継なんですよ、これ。ここで保留したら、視聴者から何を言われてしまうか……」
「……えっ!?」
トーマス中尉ははっとした。そう、この時のトーマス中尉の告白は、よりによって私の星全土に中継されてしまったのだ。
おかげで、私は星に帰るや否や、取材を受ける側になってしまった。連日報道される、トーマス中尉と私。そこらの芸能人よりも有名なカップルになってしまった。
そんな雰囲気で断れるわけもなく、私はトーマス中尉と交際を始める。だが、私はこのトーマスという男を知るにつれて、共に歩むことを決意する。
そしてその4ヶ月後。私達は、結婚する。
今はプレネスコ郊外に作られた宇宙港の街の2階建ての家に、一緒に暮らしている。
「ねえ、トーマス。」
「なんだい?」
「あなた、今でも私と出会えたこと、奇跡だと思っているの?」
「うーん、いや、今はそうは思わない。」
「なによ、それ。」
「今は、必然だったと思ってる。170光年もの運命の糸を辿ったら、巡り会えた人。だから、奇跡なんかじゃない。ずっと昔から、出会うべくして出会えた人。そう思ってるよ。」
いちいち大げさなところが、彼の魅力の一つでもある。
170光年もの距離を結んだ運命の糸。その糸を手繰り寄せるのに、32キロの大きな小惑星まで持ち出した。まったく、私の運命の糸は、危うく人類を滅ぼすところだった。こんなスケールの大きなネタをレポートするのは、もう二度とごめんだわ。