[50]
[50]
学園祭2日目。本日は、学園外の人々を招待し、みんなで協力して築き上げた学園祭を見て回ってもらう日である。
昨日同様に、着付けに来てもらい、順々に女生徒たちが着物姿になっていく。そして、アルサルミンもネーヴェも、着物に着替えさせてもらった。その後、お互いにエプロンの後ろを結び合う。
今日は、午前中が裏方の日である。
昨日の学園祭終了後に、今日の分の焼き菓子を女生徒全員で協力して作ったので、お客様にいっぱい来てもらわなければと、息巻く生徒が大勢いた。
もちろん、アルサルミンやネーヴェも同様の思いである。
今日も昨日と同じく早い時間に、着付けに来てくれた3人にアルサルミンとネーヴェはお礼を言う。同時に、着物の返品方法を訊ねると、取りに来てくれるという返事がもらえた。頼んだのはこちらなのだから、申し訳なく思ったが、学園祭の片付けもあるので、そこは有難く甘えさせてもらうことにして、返す際の着物のたたみ方や小道具のまとめ方などを説明してもらい、3人に別れを告げる。
そして、それからしばらくすると、男子生徒たちが登校してきた。
見慣れたことで、昨日ほどの反応はなかったが、それでも珍しい服であることと、柄がきれいなことで、女生徒たちを褒める男子生徒がそれなりにいた。
そして、生徒全員が集まった頃、焼き菓子と飲み物を取りに家庭科室へ行き、それを持ってカフェの店舗となる教室へみんなが集合する。
「今日が最終日です。昨日は一日お客様が多く大変だったのでお疲れだと思いますが、みなさん今日も一日楽しみましょう」
ネーヴェが代表して挨拶すると、周りが一気に熱を帯びていく。
鬼畜な高さの魅力の賜物だと、今までずっと思ってきたが、ネーヴェ自体が魅力的なのだと、最近思うようになってきていた。そもそも魅力の高さは、ネーヴェほどではないが、アルサルミンもそれなりに高いのである。その効果があるというのなら、ここまで嫌われ者になったりしないのではないかと、思えてきてもいた。
――ステータスって、何なんだろう。
まったく無関係ではないということは、分かる。ステータスが高ければ高いほど、その恩恵は確かにあるのだ。
しかし、知力で完全に劣っているはずのアルサルミンが一位を取るなどという事態が起こってしまったのである。ステータスがすべてなら、本来絶対にあるはずのないことである。
そのせいもあって、この世界はスマホのアプリゲームのひとつ、乙女ゲームである『Eterrnal Love』の世界を模しているが、それがすべてではないのかもしれない。
――そうはいっても、差がありすぎか。
ネーヴェの魅力と、アルサルミンの魅力の差は、雲泥と言っても過言でないくらいあるのだ。というより、ネーヴェの能力値は風雅のおかげでいずれも鬼畜なほどに高すぎて、アルサルミンと比べると、どれもすべてが雲泥の差と言えた。
いくらアルサルミンが、悪役ライバルキャラ故に、無駄にハイスペックな、高ステータスキャラに作られていたとしても、それは普通の生徒に比べた場合でしかない。
だからネーヴェの魅力と比べても、違いがありすぎて、それ故効果も全然異なるだろうから、それは意味のないことかもしれない。
――ま、考えるだけ無駄か。
昨日は、クレストールにもサイレースにも迷惑をかけてしまったのである。今日は何事も起こりませんように。と、アルサルミンは心から祈る。
そして、本日の午前中の役目である裏方に専念するかと、アルサルミンが自分でもできる飲み物をカップに移すだけの作業の場に立っていたら、後ろから声を掛けられた。
「あの、すみません。教室に忘れ物をしてしまって。鍵を開けてほしいんですが」
同組の平民の子である。大人しくて、基本、争いごとには関わらない生徒だったと、アルサルミンは記憶していた。
「それは大変だね。ちょっと待ってて、鍵はネーヴェが持っているの」
「あ、いえ。ネーヴェ様は裏方に必要な方なので、できればアルサルミン様に付き合っていただければと思っているのですが」
控えめに告げてくる平民の女生徒に、アルサルミンは大きく頷く。
「大丈夫。その辺のことは分かっているから。確か、あなたは午前中はウエイトレス役だったよね。急がないとだね」
アルサルミンは、急いでネーヴェから鍵を受け取ると、女生徒と共に教室へと向かう。
教室のある棟は学園祭では使われないので、シーンと静まり返っていた。その中を急いで早歩きしながら、教室へと向かかっていく。そして、到着するとすぐに鍵を開け、女生徒が駆け込んでいくのを見守った。
「あれ? ない……」
「どうしたの? 大丈夫」
「あるはずなのに、ないんです」
女生徒は困惑するように告げ、一緒に探してくれるようにアルサルミンに頼んできた。
――鍵はすぐ閉めるし、このままでいいか。
鍵穴に差しっぱなしの鍵が気になったが、不安そうに必死に机を上げた下にある物入の中を見回している女生徒の様子が気の毒で、アルサルミンは急いで女生徒の方へ近づいて行った。
「探しているものって、どんなものなの?」
「持ち手の部分が白い、ペンなんです。アルサルミン様からすると安物かもしれませんが、私にとってはとても大事なもので、もしなくしてしまったら……」
今にも泣きそうな顔をして、その付近の机を上げて、棚の中を次々と見ていく。
「それは、大変だね。見つけないと!」
アルサルミンはそう言うと、平民の女生徒が見ている場所とは異なる場所を確認するため、脇の階段を掛け上げり、後ろの方の席から順に、机を上げて、中を覗き見る作業を繰り返し行い始める。
この学園では、形式上席は固定されておらず、好きな場所に座れることになっているのだ。だから、授業ごとに場所を変えることも可能ではあった。ただし、毎日のことなので自然とだいたい誰の席がどこかということが決まってしまうのが普通であった。
だから半ば闇雲であったが、一通り机の下を覗いてみようと、アルサルミンが一番後ろの席を見終えたところで、顔を起こすと、女生徒の姿が消えていることに気が付いた。しかも、嫌な予感から、焦って教室の出入り口の方へ視線を移動させると、戸が閉まっているのが確認できてしまう。
「――ッ」
閉じ込められた、ということらしい。
――こんなことするような子じゃないのに。
平民だからということもあるのだろうが、取り巻きの乙女たちの中に加わることもせず、少人数の平民のグループでまとまっている、本当に大人しい子なのだ。
それなのに。
――なんで?
急いで、脇の階段を駆け下りて、扉の前に行くが、鍵が閉められていて、戸はびくとも動かなかった。
「叫んでも無駄だろうし」
この棟には誰もいないのだ。叫んだところで誰が気づいてくれる訳でもないのだから、無駄に体力を消費するだけである。
だからと、扉に体当たりして開けるなんてことをする訳にもいかないだろう。
壊したりしたら大変だし、それ以前に、貴族用にお金を掛けて作った校舎だけあって、アルサルミンが体当たりしたところで壊れてくれるような柔な作りはしていないのである。
――みんなが戻って来るのは、学園祭が終わってからだから。
時計を見ると、そろそろ学園祭が開始される時間である。
アルサルミンは呆然とする思いで、時計を眺め、チャイムが鳴り響くのを聞いていた。
色々と考えた結果、窓から飛び降りるのが一番手っ取り早いという結論に至る。決意を固めるまで、3階ということもあって、かなり躊躇したのである。
しかし、すでにここに閉じ込められてから1時間半は経過していた。
学園祭の外部来訪者を招き入れる開始時間が10時からだったので、まもなく、交代の時間である。
午後からは、ウエイトレス役なのだ。セチロやレクサブロ、アタラックスが来てくれると言っていた。3人は同じクラスなのだ。
他意はないが、せっかくレンタルまでして着たのである。この着物姿を、みんなにお披露目したいと思ってしまう。
――死には、しないよね。
地上に到着する瞬間、シールド魔法を使えば衝撃がかなり減るはずである。
この部屋の一番低い場所にある窓を開け、アルサルミンは下に人がいないことを確認する。
――誰もいる訳ないか。
この校舎は、関係者以外立入禁止のテープが張られ、学園祭が開催中は基本出入りが禁止されているのである。そんな教室棟の周辺に人がいる訳ないのだ。
「覚悟を決めなさい、アルサルミン!」
自分に対して、ゆっくりと言い放つ。
あの、本当に無害な、おとなしい女性徒にまで嫌われていたのかと思うと、切なすぎて涙が出そうだが、こんなことで泣いてたまるかとも思う。
さすがに、学園祭という大イベントの日に、教室に閉じ込められるようなほど酷いことを、アルサルミンは誰にもしていないのだ。たとえ、人気者のネーヴェや、ヒロインの恋愛対象となる男性陣たちと親しくしているからといっても、それがこのような仕打ちを受けることに値するかというと、そんなこと絶対にないと言いたい。
そして、こうなったらもうやれることをやるしかないと、アルサルミンは開け放った窓に手を掛ける。
――死んだら、今度はなにに転生できるんだろう。
そしたら、風雅が育てたネーヴェになってみたいな。と、思いながら、アルサルミンは窓のさんに足を掛ける。そして、勢いよくもう片方の足を窓のさんに掛け、両足を乗せると、窓をしっかり掴みながら、下を見る。
「うわー、高い。っていうか、高すぎる」
これは本当に死ねちゃうかもしれない。と、アルサルミンは思ってしまう。
「私の寿命って15歳なのかな」
それはかなり寂しいものがあると思いながら、アルサルミンは目を閉じる。
――時間をかけるだけ、無駄だもんね。
さっさと実行してしまおう。と、なにも考えないようにしながら、息を吸い込み、勢いよく飛び降りた。
そこからは、なにが起こったのか、はっきり分からなかった。ただ、妙に浮いているなとは思ったが、それすら怖くて怖くて、いつ地面に辿り着くのか分からず体が固まってしまう中、背後から思い切り抱きしめられていた。
「なにをやっているんですか。死ぬつもりとか言いませんよね」
「え?」
聞き覚えのある声に反応して、後ろへ振り返ると、アタラックスが怖い顔をしてアルサルミンを睨みつけていた。
「助けてくれたの?」
「間に合って良かったです。たまたまここを通ってたら、アルサルミンが飛び降りた瞬間で。なんとか誘導できてたからよかったものの、どうするつもりだったんですか」
「それが、教室に閉じ込められちゃって。仕方がないから窓から飛び降りることにしたの。着地の瞬間、シールドを発動させれば平気かなって思って」
「目を瞑っていて、そんなことできるはずないですよね? なんで飛び降りようなんて考えたんですか」
「だって、怖かったんだもん」
目なんか開けて飛び降りるなんて、あの高さを目の当りにしたら、できなかったのだ。
「それに、教室から抜け出せる方法が他に無かったから」
「とにかく、自殺とかじゃないようで良かったですが」
「そんなことしないよ。せっかく苦労して借りた着物を着てるんだし。まだ見せてない人がいるからね。本当に、他に方法が思いつかなかっただけのことなの」
「避難梯子がありませんでしたか? 各教室に置いてあるはずですが」
「あー! それだ。それがあったっけ」
「あったっけ、じゃないですよ」
吐息をつきつつ、アルサルミンを背後からぎゅっと抱きしめているアタラックスの手が、ふと気づくと胸の位置にあることに気づいた。
「あ、あのね。その。助けてもらっておいてなんなんだけど……手が」
「え? って、すみません!」
思い切り胸を鷲掴みしていた手を、アタラックスは慌てて離していく。
――やばい。今ってノーブラなんだけど。
それをアタラックスも感じたようで、顔を真っ赤にし始めた。
「えっと。悪気があった訳じゃなくて。その、必死だったもので」
「うん。分かってるよ。助けてくれて、本当にありがとう。命の恩人だよ」
「そこは、本当ですよ。心臓に悪いじゃないですか」
アルサルミンの台詞を耳にして、途端に勢いが復活してしまう。
「とにかく、君が無事で本当によかった。大切な人を失うところでしたよ」
「大切、って。オーバーだな」
「オーバーじゃありません。本気で、俺はアルサルミンと個人的にお付き合いしたいと思っています」
「え?」
「俺の傍に、ずっといて欲しいと思えた人に、やっと会えたのですから」
「え? ちょっ……」
待ってほしい。と、思ったのだが、感極まったように、胸の下へ腕を回し背後から抱きしめられてしまう。
「公爵家という地位のある家のご息女でありながら、平民となっている俺と、王族であるクレストールと、分け隔てなく接してくれるような女性なんて、そうはいません。どうか、俺の傍らに一生いてくれませんか?」
耳元で甘く囁かれてしまい、アルサルミンは真っ赤になっていく。
しかし、である。
――アタラックスって、攻略したことないから、対応が分からないんだけど。
どうしよう。と、アルサルミンは焦ってしまう。
噂通りに、イケメンで、ハイスペックで、能力値も高く、隠しステータスも豊富そうで。さすがは隠しキャラといった感じのアタラックスなのだが。出会うのはいつも、サイレースを落としている最中で、サイレースを落とすのが優先となり、アタラックスは後回しになっていたのである。
――1回くらい落としておくんだった。
クレストール同様、攻略方法というか、どう対応するのがこの場では適切なのかが分からないのである。
そもそも、これは告白イベントなのだろうか?
――でも、『好き』とか『愛してる』って単語は出てきてないし。私ってば、背中向けちゃってるし。
告白イベントは、ゲームの画面いっぱいに恋愛対象となる男性の顔が映し出され、『好きだ』『好きです』『愛してる』『愛しています』などの台詞を告げられるのが、基本なのである。
――でも、付き合って欲しいみたいなことは言われたし。
ふむ。と、考え込んでいたら、アタラックスが笑い出した。
「こんなに真剣に告白しているのに、ここまで無反応だったのは初めてですよ」
「え? いや。無反応って訳じゃなくて」
「なんか、みんなが手を出し損ねているのが分かってしまいますね。あなたにはまだ、こういうことはちょっと早いのかもしれません」
勝手に自己完結してくれたアタラックスは、アルサルミンを解放すると、正面からアルサルミンを見つめてきた。
「また改めて、告白させていただきます」
そう言うと、アタラックスはアルサルミンにキスしてくる。
「これは、約束の証ということで。怒らないでくださいね」
「怒りはしないけど。驚きはしたかな」
アルサルミンは、アタラックスが触れて来た唇を意識しながら、微妙にサイレースともクレストールとも感触が違うなと考えていた。
しかし、ここで、はたりと我に帰る。
「時間って分かる?」
「そろそろ12時になるでしょうか」
「うわ、やばい。交代の時間だ」
「どうしたんですか、急に慌てて」
「だって、食べに来てくれるんでしょ? 午後はウエイトレス役なの」
アルサルミンが元気いっぱいに言い切ると、アタラックスがくすくすとおかしそうに笑い出す。
「そうでしたね。3人でお邪魔する約束でした」
「ちゃんと来てね。私先に戻ってるから」
「いえ。でしたら、俺も一緒に行きます。その方がよさそうですから」
アタラックスは急に真顔になると、アルサルミンに付き合うように、カフェの店舗がある教室へと向かって行った。
「ごめんなさい、ちょっと用事があって」
午前中、不在であったことを詫びるよう、中に入って行くと、ネーヴェの取り巻きである女生徒たちがぎょっとした視線でアルサルミンを見つめてきた。
けれども次の瞬間、取り巻きのリーダー格の女生徒が手を振り上げ、「今までサボってどこいってたのよ。しかもウエイトレス役の時間になったら顔を出すなんて、図々しいにもほどがあるわ。信じられない!」と叫び、アルサルミンを殴ろうとしてきた。
それを、背後から手を出してきたアタラックスが、器用に止める。
それを見て、他の女生徒が叫び出す。
「仕事をさぼって、デートしていたわけ? クレストール様という婚約者がいるというのに。不潔だわ」
その声に誘われるにして、控えの場や台所代わりの場所にいた生徒たちの視線が、アルサルミンの方へと向けられてくる。
みんな一様に、冷たい視線を送って来ることで、改めて信用がないのだと感じてしまう。
そして、ここはひとつ謝罪をしとくかと思い、口を開こうかとしたら、背後からアタラックスが出てきて、それなりに大きな声でこの場に居るみんなに問いかけた。
「アルサルミンを教室に閉じ込めたのは、どこのだれですか?」
急にざわつく中、ネーヴェがアルサルミンの方へと寄って来る。
「今の話、本当ですか? ずっといなくて心配してたんです。一緒に行ったカレーラは戻って来たのですが、途中でアルサルミンとは別れたと言うし。鍵も戻ってこないし」
「本当ですよ。そのせいで、危うくアルサルミンは死ぬところでしたからね」
アルサルミンが答えるより先に、アタラックスがネーヴェの問いに答えてしまう。
「彼女は責任感がとても強い人ですから。仕事をこれ以上放棄できないと、教室から飛び降りたんです。俺がいなかったら、今頃ここにはいませんでしたよ。閉じ込めた人のことを、俺を始め、クレストールもサイレースもネーヴェも。少なくとも、生徒会に関わっているメンバー全員、許すことはないでしょう」
話の内容がかなり深刻なものだと分かった生徒たちは、ざわざわと犯人捜しを始める。
そんな中、アルサルミンを閉じ込めた、ネーヴェにカレーラと呼ばれた平民の女生徒が、しゃがみ込み、泣き出した。
「ごめんなさい。私が閉じ込めました。まさか飛び降りるなんて」
「あなたなの? 本当に? ったく。これだから平民は信用できないのよ」
泣きじゃくる女生徒に向け、ネーヴェの取り巻きの1人である、貴族の女生徒が冷たく言葉を落としていく。
その言葉を聞き、アルサルミンは貴族の女生徒の傍に行くと、平手で頬を殴った。
「な、なにするのよ。私は、あなたのためを思って言ってあげたのに」
「信用できないことと、平民は関係ないでしょ。それに、私には、彼女が自分の意思で私を閉じ込めたとは思っていないの。彼女が大事なものだと言って探し物をしていた机は、あなたたちが座っている場所だったんだもの」
アルサルミンは完全に言い切る形で告げると、周囲に向けって問いかけた。
「いま、教室の鍵を持っているのは誰?」
再びざわつく控えの場と台所代わりの場所にいる生徒たち。
それぞれのポケットや懐、袖などを確認した後、誰も持っていないという結論が出る。
もちろん、泣いているカレーラも持っていなかった。
そこで、アルサルミンは勇気を持って、現在アルサルミンの正面に立っているネーヴェの取り巻きのリーダー格の女生徒の袖のたもとを触ってみせた。
「あった!」
隙間から手を差し込み、鍵を手にする。
「わ、私じゃないわよ。誰かが勝手にここへ入れたのよ。そうよ、あの平民が罪を逃れるために入れたんだわ」
叫ぶように告げ、カレーラを指さしていたら、女生徒が不意に泣き止み、自分を犯人だと指さす女生徒を睨みつけた。
「彼女に命令されて、やりました。平民なんだから、言うことを聞けと言われて。私が大事にしているペンを取り上げられてしまい、言うことを聞かざるを得ませんでした」
「なに、嘘言っているのよ。それに、たかがペンくらいで、そんな事する人がいると思って?」
「あれは、亡き兄の形見です。本当にもう、兄の形見はあれしかないの。お願い返してください」
カレーラは、ネーヴェの取り巻きのリーダー格の女性に向けて手を差し出しながら近づいて行く。
「知らないって言ってるでしょ。人のせいにしないでよ」
「本当に、返してください。本当に兄の形見はあれだけなんです。他は焼けてしまってないんです」
女生徒が必死に訴えていると、怒ったように他の取り巻きの女生徒が口を挟んできた。
「あんな汚いペン、いつまでも持っている訳ないでしょ。証拠にもなってしまうんだし」
「うそ! 本当なの? 捨てたの? どこに!」
「もう、焼けちゃって無くなってるわよ。っていうか、本当に実行するなんて馬鹿よね」
「ふざけないで。あれが私にとって、どれだけ大事なものだったか。あなたが価値を決めるんじゃないの。私が価値を決めるものなの」
普段温厚な、喧騒とは無関係だったカレーラが、怒りで満ちていた。そして、ペンを捨てたと告げた女生徒に飛び掛かろうとしたカレーラを、アルサルミンは後ろから抑え込むようにして、抑し留めた。
「放して。お願い!」
「何発も叩いたところで、気は収まらないよ。いつも穏やかで、争いごとが嫌いなあなたをそこまで怒らせた、彼女らは許せないけど。これ以上はあなたが傷つくだけだから」
ね。と告げて、アルサルミンは女生徒を後ろから抱きしめる。
すると、カレーラは子供のように泣き始めてしまった。
それを見ていたネーヴェが、取り巻きの乙女たちの中心となっている数名の女生徒たちの前に立ちはだかった。
「あなたたちは、最低です。私の大事な親友である、アルサルミンを死なせるところだったのよ。その自覚をちゃんと持ってちょうだい。貴族のあなたたちに反論できない平民の生徒を利用して。しかも、大事なものを奪い取り脅しまでして、とても大変なことをしでかしたのよ」
「そんな大袈裟な。そもそも、教室の鍵が開く夕方まで大人しくしていれば良かっただけじゃない。飛び降りようなんて、普通は考えないわよ」
ねぇ。と、他の取り巻きの乙女たちに同意を求めると、みんなが次々に頷いて行く。
それを静かに見つめていたネーヴェがゆっくりと口を開いた。
「あなたたち、アルサルミンの、なにがいけないというの? あなたたちだって、アルサルミンの側にいたことで、美味しい思いをしてきたんでしょ? これ以上、アルサルミンになにを望むというの? 私にかこつけて、アルサルミンを追い詰め、アルサルミンを自分たちの思う通りに遠隔操作しようと思っていたようだけど、そんなことできるわけないでしょ。アルサルミンはあなたたちのおもちゃじゃないの。好きにできないからって、壊すつもりだったの? ふざけないで!」
ネーヴェはきっぱりと言い切ると、取り巻きたちに解散するように宣告した。
「今後一切、私にもアルサルミンにも、そして、関係のない、平穏を愛する平民である彼女たちにも関わらないで。もし、3人以上で固まっているところを見たら、先生に今回の出来事をすべて報告するわ。それから、これは卑怯な手かもしれないけれど、クレストールに協力してもらうわ。アルサルミンが死ぬかもしれない目に遭ったのですもの、お願いすれば、惜しまず協力してくれるはずよ」
「言われなくても、行動を取らせてもらいますよ。僕の大事な婚約者が死に目に遭ったらしいじゃないですか。このまま僕が引き下がるなんて思っていませんよね。威を借るのが得意なあなたたちのことですから、僕がこれまでどういうことをしてきているのか、知っているでしょうから」
にっこり微笑み、クレストールはネーヴェの取り巻きだった女生徒たちに向かって、ゆっくりと言葉を綴る。
瞬間、『私は関係ないわよ』と、ネーヴェの取り巻きの乙女たちのリーダー格の生徒たちから離れていく女生徒たちが続出した。
その様子を冷めた目で見つめていたクレストールが、アルサルミンの方へ寄ってきた。
「なんでそう、君は無茶ばかりするんですか。学園祭が終われば、教室は解放されるんですから、それまで大人しく待っていてる方法だってあったはずですよ」
「だって、せっかくこの衣装を着てるんだよ。クレストールとサイレースが一生懸命に見つけてくれた柄なんだよ。皆に見て欲しいじゃん。それに、セチロやレクサブロやアタラックスが来てくれるって約束だったし」
「本当に、君には負けますよ。でも、3階から飛び降りるなんて、ちょっとやりすぎじゃないですか」
「そこは、ちょっと反省してるよ」
「ちょっと、なんですか? しっかり反省してもらわないと」
「だって、アタラックスが助けてくれたから、問題なしでしょ」
にっこり笑って答えつつ、腕の中で泣いているカレーラの背中をゆっくり擦り続ける。
「とにかく、君は、本当に心臓に優しくない人ですね」
「ごめんなさい」
素直に謝ると、諦めたようにクレストールは嘆息した。
「とにかく、お客さんが驚いているから。店を開いている以上、今はそっちを優先した方がいいのではないでしょうかね」
「うん。ネーヴェ! 始めよう」
「はい!」
「ね。あなたもとてもつらい気持ちは分かるけど、今はお店を開くのを優先しようよ。それが終わったら、焼却炉を覗きに行こう。ペンなら焼け残っている可能性もあるから」
アルサルミンはそう告げると、カレーラの涙をそっと拭いとる。
そして、カレーラといつも一緒にいる平民の友達の元へ引き渡した。
「彼女のこと、お願いね。私なんかより、あなたたちの方が、彼女のことを分かってあげられると思うから。今回は私のせいで、変なことに巻き込んでしまってごめんなさい」
アルサルミンは心の底から謝ると、踵を返して、ネーヴェと共に仕切りを挟んで向こう側にある机とテーブルが並べられている店内へ、にこやかな笑顔と共に「いらっしゃいませ」と言いながら入って行った。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




