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 学園祭実行委員とは、実によく招集される委員なのだと、実行委員を召集する放送を聞いていて思ってしまう。

 放課後のみでなく、昼休みも呼び出しが掛るし。噂によると、早朝に来て集まったりもしているらしい。

 ――ならなくて、本当に良かった。

 学園祭実行委員に宛てた放送を耳にしながら、胸を撫で下ろし、アルサルミンはホッとしてしまう。

 本来というか、ホームルームを活用し組で会議を行って学園祭実行委員を選出した場合、大抵は、男子2人に女子2人の合計4人という組み合わせで、学園祭実行委員となる。しかし、アルサルミンの組は、ネーヴェの取り巻きの乙女でもある下位貴族の女生徒4人が学園祭実行委員を請け負うことになった。組の担任へ報告する必要があったため、形式的には、自ら立候補して委員になったことになっている。

 けれども実際のところは、ネーヴェの取り巻きの乙女たちの中の下位貴族である4人が、出し抜けにアルサルミンに食って掛かってきたことを切っ掛けに、自ら起こしたひと悶着の末に、学園祭実行委員にならざるを得なくなってしまったのであった。そして、同組の多くの生徒がその悶着を見ていて内容を知っていた上に、日ごろ温厚なネーヴェまで怒らせてしまったことは、組の生徒たちの判断材料に絶大な影響を与えていて、誰もが彼女らの自業自得として、やるというならやってもらおうという話しでまとまり、そのまま4人に任せることになったのである。

 これが、サイレースやネーヴェのフォローが得られない状態で、訳も分からない状態の中アルサルミンだけで対応しなければならなかったら、もしかしなくても、ネーヴェの取り巻きの乙女たちが手を組むなりして、多勢に無勢で、アルサルミンに無理矢理にでも押し付けてみせただろうと思うと、ゾッとしてしまう。

 持つべきものは、日ごろから仲良くしている心強い友達である。

 今回の出来事は、そういう存在を作ることを怠った、高熱を出す前のアルサルミンの失態である。

 ――自分のことながら、情けない。

 そう思いながら、アルサルミンはそっと心の中で溜め息を吐く。

 ――それにしても、お手並み拝見だよねぇ。

 学園祭まで残すところ三週間となっていたことで、午後のホームルームは学園祭の出し物についての話し合いがされることになっていると、聞かされていた。

 クラスの総意をまとめるのは、意外と大変なのである。しかも、ひとつの組だけがそれをやりたいというのならば問題はないのだが、人気のある出し物などは複数の組が希望を出すため、下級生の立場で、それを実行委員で通させるのは更に大変だったりする。

 それを知っているのは、目立ちたがり屋で仕切るのが大好きであったアルサルミンが一年二年と学園祭実行委員だったからである。しかも勝手にリーダーぶって、委員仲間まで仕切っていたのだから、恥ずかしすぎる。見事な汚点であった。

 そして、思わず両手で顔を隠してしまったら、隣から不思議そうな声があがった。

「どうしました、アルサルミン」

「どうせ、過去の汚点でも思い出してんだろ」

 思わず『鋭すぎる』とサイレースに心で拍手しながらも、それには答えず、スルーさせてもらうことにする。自らこの話題を持ち出すなんて愚かなことはしたくないのだ。

 ちなみに、試験の順位発表があった日以来、両側を陣取るようにして、ネーヴェとサイレースが座ってくれているのだ。

 更には、本日は、アルサルミンの正面となる席にアタラックスとレクサブロが座ってくれていた。

 こちらはメンバーを変えつつ、常に1人か2人が付き合ってくれている感じである。

 ついでに、今の時間は昼休み。場所は食堂。

 本来ならば、出会いの場は他となる2人が、アルサルミンのために食後も食堂に残ってくれているのだ。

 付け加えるならば、本当なら自慢の種である、組内外を問わず学年の壁まで乗り越えて人気大沸騰中のネーヴェを、アルサルミンに取られた格好となってしまっている、ネーヴェの取り巻きの乙女たちは、中心となるネーヴェがいない現状でもいつもの場所に留まり、とても不機嫌そうにこちらを。特にアルサルミンを睨み付けていた。

 ――あれはあれで、怖いんだけどね。

 先日の一件で、ネーヴェの中での優先順位が、取り巻きの乙女たちと昼休みを過ごすよりも、アルサルミンを守ることの方が上になってしまったようである。

 取り巻きの乙女たちを統率できるのはネーヴェだけなので、傍にいてくれて心強くはあるし。アルサルミンのことを思ってくれてのことなので、とても嬉しいことなのだけれども、乙女たちから投げつけられてくる視線の槍がぶすぶす刺さってきて痛いのだ。

 そのせいで。いや、正確には過去の自分を思い出してなのだが、食事が遅れがちになっていたことで、周囲が心配してくれていた。

 食いっぷりには自信があるのだ。男性の前でも、それは変わらないことで、夏休みの間、ずっと一緒に過ごしていたみんなは、アルサルミンの食が細くないことも、食べるのが遅くないことも、良く知っているのである。もちろん、成長期である男性陣には激しく負けるが。でも、成長期の男子に勝てたら、それはちょっと公爵令嬢として。否。女性として、かなり問題がある気もするので、それでいいのだろうが。けれども、負けること自体は、ちょっと悔しく思えてしまう。

「今日は、本当に、どうかしたんですか?」

「体調が悪いなら、保健室に連れて行ってやるぞ」

 アタラックスとレクサブロが優しく声を掛けてくれるのに対し、サイレースは笑うように突っ込んでくる。

「どうせ、過去の恥を思い出して身悶えてんだろ」

「うるさいなぁ。今は違うからね!」

「じゃあ、やっぱさっきのはそうだったんだ」

「ぐっ……」

 勝利宣言でもするように、サイレースはにやりと笑いつつアルサルミンを見てきたことで、負けを認めるように言葉を詰まらせる。

「アルサルミン。あなたの過去がどうであろうと。私は、今のあなたを信じます。あまり気に病まないでください」

「ネーヴェ……」

 本当に優しすぎる。とアルサルミンは感動してしまう。そして、さすがはヒロインと言いたくなってしまうのだ。

 ――モテて当然だよねぇ。天使のような心の広さは、魅力の数値の恩恵だけじゃないよ。これはもう、特殊技能だよ。

 そんなことを思いつつ、ネーヴェに抱きつこうとしたら、それをサイレースに止められた。

「どうでもいいから、飯食え。飯」

「ネーヴェとの逢瀬を邪魔しないでよ」

「なにが逢瀬だ。ネーヴェファンに殺されるぞ」

「うっ」

 そういえば、取り巻きの乙女たちが、アルサルミンのことを視線で殺しかねないくらいに、真剣に睨みを利かせているのだった。アルサルミンから抱きつこうものなら、どんな鋭い目線の槍が飛んでくるやら。

 そう思い、ネーヴェに抱きつくのは諦め、素直にパンに手を伸ばす。

 それを見ていたアタラックスが小さく噴き出した。

「クレストールが妬く訳ですよね。サイレースとのやり取りを見ていると、クレストールの気持ちが少しわかりますね」

「へ? そう?」

「ええ。俺でもちょっと妬けてきますから」

 にっこり微笑みこともなげにさらりと告げてくるアタラックスに、アルサルミンはパンに伸ばした手を止める。

 ――んん? 今なにげに、不穏なことを言いませんでしたか? アタラックスさんてば。

 冗談だよね。と思いつつ、ニコニコしていたら、サイレースに足を蹴飛ばされてしまった。

 ――痛い。

 なんで蹴られなくちゃいけないのだろうと、サイレースをみると、不機嫌そうな顔をしていた。

 ――おーい、サイレース様。先ほどまでの機嫌の良さはどこ行った?

 本当に気分屋なんだからと、しかたないなぁと思いながら、アルサルミンは止まっていた手を動かして、パンを摘まむと口へと運ぶ。

 それを見て、ネーヴェも食事を再開した。

 ネーヴェは女の子らしく、食事の量も普通だし、食べ方の速さも普通といった感じである。

 そんなネーヴェを見るたびに、これぞ女の子だよね。とアルサルミンは思うのだ。そして、お手本にしなくてはと思うのだが、それを実践するのはなかなか難しいことが、夏休み中に何度かチャレンジしてよくわかったことである。

 そんなことを思いながら、スプーンを手に取り、スープを飲む。

 その後、フォークを手に取り、本日のメインとなる鳥肉を焼いたものに焼き野菜が添えてある一品に手を出した。鳥は食べやすいように切られていて、アルサルミンはそれをそのままフォークで一突きすると、口へと運ぶ。だが、一口では食べられないサイズだったので、なんとか噛み切り、二口三口と噛みしめていく。

 そんなアルサルミンを見て、サイレースがため息を洩らした。

「女なら、ナイフを遣えよ」

「えー、切られてるじゃん」

「口の周りがすごいぞ」

 呆れたように告げ、サイレースがアルサルミンの口元へ手を伸ばしかけてきたが、ふとなにを思ったのか、手を引っ込めてしまった。

 ――ん?

 どうしたんだろう。と、思いながら、指摘をされてしまった以上は汚れを落とさなければと、トレイの上のナプキンを遣って口を拭う。

 ――おおっと。

 この汚れ方からするとさぞ口の周りがすごかったことだろう。ちょっと反省するべきかもしれないと思って、ネーヴェを見たら、ちゃんと一口大にナイフで切ってから鶏肉を口に入れていた。

 そして、ネーヴェの食べ方に見惚れていたら、アタラックスがおかしそうに笑い出した。

「アルサルミンの豪快な食べ方、嫌いじゃないですよ。気にせず、食事を続けてください。口が汚れたら拭けばいいんですから」

「だよね!」

「えぇ。そのためのナプキンなんですし」

「おい。こいつを調子づかせるなよな。アタラックス」

 優しく和らかい笑みで告げてくるアタラックスに、アルサルミンは大きく同意したのだが、サイレースが止めてくれとばかりに口を挟んできた。

「これでも、こいつ、公爵令嬢なんだからよ。マナーがなってないと恥をかくのはこいつなんだからさ」

「食べ方のひとつくらいで、公爵令嬢が失格になったりなんてしませんよ」

「そりゃそうかもしれねぇけどさ」

 アタラックスの台詞に、サイレースは渋々同意する。

 どうも、今日のサイレースはアタラックスにいちゃもんをつけたがっているように見えてしまう。

 ――いつもだったら、私の食べ方にケチなんて付けたりしないのに。

 どうしたんだろうと思いながら、ネーヴェを真似てナイフを使ってみるが、日ごろ使っていないせいか、鶏肉が巧く切れずに皮だけがべろんと残ってしまう。

 しかも、小口でもそもそ食べるのは、性に合わず。肉にはがぶりと齧り付きたい派であるアルサルミンは、美味しくないなぁと思いながらも食事を続けるが、ついには気が乗らなくなってしまい途中で手が止まってしまった。

「アルサルミン、どうかしたんですか?」

「ううん。なんでもな――」

 いよ。と続けようとしたところで、ネーヴェの取り巻きの内の数名が、ネーヴェの後ろへ近づいてきたことに気が付いた。

「ネーヴェ様、是非こちらで一緒にお食事をしませんか? 私たち寂しくて、食事が喉を通らないのですが」

「え? でも……」

「ここには男性がたくさんいらっしゃって、繊細なネーヴェ様にはこの場は向いておりません」

「どうか、いつものように、私たちと共にお過ごしになってください」

 焦れに焦れて、ついに取り巻きの乙女たちの代表者が、ネーヴェを迎えに来たようである。

 ――別荘からの帰りに、男7人の中で平然と眠っていたこととか知ったら、取り巻きの乙女たちってばどんな反応をするんだろう。

 ちょっと好奇心が湧いてきてしまう。

 もちろん、絶対に口にはしないが。

 そんなことを思い、ネーヴェと取り巻きの乙女たちのやり取りを眺めていたら、突然にキッと睨みつけられてしまった。

「アルサルミン様。ネーヴェ様を独り占めするなんて卑怯ですよ。どうか、お返しください。あなたには、ここにたくさんの男性がいらっしゃるじゃありませんか」

「ご人気のある男性を3方も引き連れて、さぞご自慢でしょうね。それだけいらっしゃればご満足でしょ。ネーヴェ様は返していただきますからね」

「え? ちょ――」

 ネーヴェの意思は完全無視らしい。ネーヴェの手を取り、椅子から引っ張り上げると、そのままネーヴェを、食べ途中だった食事が載っているトレイと共に連れて行ってしまった。

 ――止めるべきだったのかなぁ?

 ちょっと判断がしにくい状況であったことで、アルサルミンは考え込んでしまう。

 ――それにしても、ネーヴェの魅力が倍加でもしたような対応だな。

 他の学年や他の組に、ネーヴェの魅力が通用するようになって、人気がうなぎ登りになっているのが影響しているのか、取り巻きの乙女たちのネーヴェに対する固執の仕方がすごいことになってしまったような気がしてしまう。

 ――やりすぎだったかな。

 これでは、ネーヴェに迷惑がかかってしまうのではないかと、アルサルミンは不安になってきた。

「すごいモテ方ですね。強制連行だなんて」

「ありゃ、行きすぎだ」

「ネーヴェも困っているようですね」

 感心するよりも呆れた口調で洩らしたアタラックスに、サイレースが吐き捨てるように言い切ると、レクサブロがネーヴェに同情してみせる。

「今のって、引き止めてあげるべきだったかな?」

「バカか。お前がんなことやったら、余計に向こうが燃え上がるだろ」

「そうですよ。アルサルミンはそうでなくても、魔力合戦で思いの外目立ってしまい。その上、宣言をアルサルミンに押し付けたことで、更に悪目立ちさせてしまって。決して好ましい状況にいる訳ではないのですから、これ以上危ないことは止めてください」

「引き止めるんだったら、それは俺たちの役だったんだ。アルサルミンが気に病む必要はないんだ」

 それぞれに慰めてくれるのだが、向こうからまるで助けを求めるみたいに、ネーヴェがこちらをちらちら見ていることに、アルサルミンの中に罪悪感が芽生えてきてしまう。

 ――そもそも、こっちは平気だからって、最初から向こうにいるようにしておくべきだったのかもしれないよね。

 うまくいかないなぁ。と、アルサルミンは嘆息する。

「お前、今のことはもう考えるな。ネーヴェの件はなんとかすっから」

「うーん」

「お前と違って、ネーヴェの場合、好感を持たれてのことなんだし、危害は加えられないから。そこまで心配しなくても大丈夫だって」

「刺激したら、却って危険ですよ」

「ああ。しばらくは様子を見ておいた方がいいかもな。向こうとしてはネーヴェを取り上げられるのを恐れているって感じがする」

 サイレースに、アタラックス、レクサブロが、アルサルミンを気遣って色々と言ってくれるのは嬉しいのだが。

 ――ネーヴェを取られて悔しいのは、私も同じなんだよー。

 これが本音であった。

 まさか、アルサルミンが魔力合戦を利用して、やろうとしていたことを実践したことで、自分が嫌われ者になるなんて思っていなかったし。ネーヴェの強さをひけらかす予定が、それに留まらず、ネーヴェが秘め持つ鬼畜な高さの魅力の効果が一気に周囲に広がったという感じである。その上、同組内では、元から効果のあったネーヴェの魅力が異様なほどアップしている感じなのだ。

 ネーヴェの魅力の効果の範囲が限定的なものだと分かったときから、同組だけでなく、他の組。更には他の学年にも、ネーヴェの魅力を分かって欲しいとは思っていたのだが、いざそれが実現されたら、効果が覿面すぎて、想定外もここまでくるとお手上げである。

「サイレース、どうしよう」

「だから、お前はもう考えるなって言っただろ」

「でも、でもさぁ」

「あーもう。平気だっつってんだろ。お前ってば最近心配性気味だぞ」

 いつもであったら躊躇うことなく疾うに実行してるところであったが、自分以外の男性の目。それもライバルと思われる人物たちの目がある中で行動を取るのは止めておくべきだろうと、アルサルミンとの接触を控えていたサイレースであったが、こうなってしまっては仕方ないとばかりに、アルサルミンの頭へ手を回すと、自身の胸に引き寄せた。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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