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 サイレースとおしゃべりをしながら教室に戻ると、毎度のことだが、いつ食堂で食事を済ませたのか分からない、クレストールが既に席に座って、小難しそうな本を読んでいた。

「それじゃあ、サイレース。またね」

「あぁ。今日は楽しませてもらったよ」

 軽く手を掲げ合い、アルサルミンは一番前の、クレストールの傍らの席へ。サイレースは一番奥の窓際の席へと別れていった。

 ――フラグは、見つからなかったなぁ。

 ヒロインとサイレースの場合は、最初は平民と侮り、成績もよいとはいえないヒロインを馬鹿にしているが、必死に頑張り、魅力も含めてどんどん成長していくヒロインを見直し、けれども努力していることを表に出さない健気さに惹かれていき、この辺りから、本格的な恋愛ルートに突入し、親密度が一定以上あるといつの間にかヒロインが醸し出す魅力にサイレースはすっかり魅了されてしまい。親密度100%の状態で卒業パーティに出席できると、ハッピーエンドを迎えられるという感じであった。

 そんなサイレースルートでの、アルサルミンの役どころは、「これだから、平民は」「平民のくせに、なまいきだわ」といった、取り巻きの乙女たちにちやほやされる中、難癖をつけるといったものである。

 サイレースも最初はアルサルミンに同調していたが、恋愛ルートに突入すると、手のひらを返すようにして、アルサルミンの発言を否定したり、アルサルミンの存在を煙たがったりするようになっていくのだ。

 ちなみに、対象キャラのひとりであるクレストールも、似たような感じで話が進行するとの噂は耳にしていたが、実際にプレイした訳ではないので、正直よくわからないというのが本当のところだったりする。

 いずれにしろ、サイレースのフラグを立てるには、先ずは馬鹿にしてもらわないといけないようだと、アルサルミンは考える。

 ――でも、成績も、魔力も、私の方が上なんだよなぁ。

 ついでに言ってしまうと、女生徒の中では一番成績が良いのだ。その上、日ごろの言動の良さから。といっても、高いカリスマ性が物を言い、取り巻きの乙女たちの推薦によるものなので怪しい面もあるが、公爵令嬢としての立ち居振る舞いを認められ、生徒会の副会長もやっているのである。

 馬鹿にしてもらうのも、結構難しいものだと、アルサルミンは思ってしまう。

 そして、そんなアルサルミンを物思いに耽っていると感じたらしいクレストールは、本を見下ろしたまま、語り掛けてきた。

「取り巻きがいなくなって、ずいぶんと暇を持て余しているみたいですね」

「そんなつもりはないけど……」

 そもそも、暇なんてないって感じなのだ。頭の中は常に作戦会議中なのである。

「そう見えちゃう? 取り巻きの乙女たちに見捨てられた女、みたいな」

「まぁ、君は取り巻きのことを一種のステータスみたいに思っていたようだからね。着飾るものがなくなって、寂しい思いをしているだろうな。とは、思っているかな」

「んー、残念。それほど寂しくは思ってないんだなぁ」

 お昼前までは、ちょっとピリピリしていたかもしれないが、現在は完全に片が付いたような気がしていて、すっきりしているといった方が良い。

 そもそも、噂や恋話が大好きな取り巻きの乙女が常時付きまとっていたら、回収できるフラグも回収できなくなってしまうのだ。そう考えると、取り巻きの乙女たちはいない方がいいくらいである。

「もしかして、クレストールってば、心配してくれちゃってた?」

 冗談半分に告げたら、クレストールが本から目線を外すと、アルサルミンのことを見つめてきた。

「これでも、婚約者ですから。いつもと違う環境に陥ってしまった君のことを、心配くらいしますよ」

「あ、そうなんだ」

 それは、ごめん。と、後頭部へ手を回し頭を掻きつつ、体裁悪げにアルサルミンは謝罪する。

 ――どうにも、読めないんだよなぁ。

 フラグを立てたら非常にまずいし、ネーヴェと恋仲になってもらわないことには話にならないし。

 なのだが、クレストールは存外に真面目に婚約者をしてくれていて、正直困ってしまうのである。申し訳なさも相まって。

 ――でも、ごめんなさい。ブラックキャラは苦手なの。

 裏でなにを考えているのか、なにをしているか、それが読めないところが恐ろしい。と、思ってしまう。

 そして、会話に詰まり、話したいこともないので、クレストールに本を読むようにすすめようとしたアルサルミンへ、クレストールはそっと嘆息した。

「君は本当に、高熱を出し寝込んでいる間に、変わってしまったようだね。ネジが一本抜け落ちてしまったのも、どうやら本当のようだ」

「へ?」

「鬱陶しくはあったが、以前の君は僕の気を引き留めておくために一生懸命だったというのに。今の君はまるで違う。僕の名前も呼び捨てになっているしね」

「あれ?」

 そうだっけ? というか、呼び捨てにしてたっけ? などと今更のように振り返り、いくら婚約者でも王子の名前を呼び捨てにするのはまずかったかもしれない。と、アルサルミンは反省する。

「それはすみませんでした、クレストール王子? それとも、様?」

 前は『様』だったが、本人はどっちがいいのか分からず、確認するように問いかけると、苦笑いされてしまった。

「呼び捨てでかまわない。将来を共にするんだ、いずれは名前で呼び合うことになるのだから。それが早いか遅いかの違いでしかないからね」

「はぁ……」

 半日もネーヴェの魅力を浴びつつ、アルサルミンの取り巻きの乙女たちが一様にネーヴェの元へ移ってしまったことから、彼女ん持つ素晴らしいカリスマも実感しただろうに。なぜに、未だに、アルサルミンに固執できるのか。

 平民ではあるが、魅力もカリスマも強力だし、噂では――ということに、現状はなっているが。現実は風雅がステータスを上げまくったので、本当に頭も良いのだが。いずれにしろ、公の試験が未だ行われていないので、今のところ聞いた話によるとという条件付きではあるが、頭がとても良いとされているのだ。王族の嫁にするには、アルサルミンよりネーヴェだろう。と、そろそろ気持ちが傾いてもいいのではないかと思っていたら、それが伝わってしまったようである。

「君も、諦めが悪いな」

「そういう問題では。というか、私はなにも言ってないんだけど」

「本気でそう思ってるんだ? 君の瞳がすべてを物語っているというのに」

 にっこりと微笑み、アルサルミンの頬へ手を添え指摘してくるクレストールに、アルサルミンは反射的に赤面してしまう。

 こんな風に、男の人に頬を触られたのは、初めてである。

 もちろん、前世においてもだが。今世においても、同様のはずである。一応記憶を遡ぼってみたが、少なくともクレストールにこのように触れられたことはなかったようであった。

「王族のお飾りとしては、十分役に立つと思って選んだだけだったんだけど。ちょっと本気を出したくなってしまうかな」

「本気を、ですか?」

 それはなにを意味しているのだろうか? と、問いかけてみたが、それには答えてもらえず、にこりと鮮やかに笑って返されただけであった。

 ――あんまり、いい予感はしないよねぇ。

 相手が腹黒だけに。

 しかも、お腹の中にしまっておくだけでなく、アルサルミンを目の前に堂々と毒を吐いてくれちゃうのだ。油断できる相手ではない。

「えっと。ちょっと、化粧室へ……」

「女性は団体で行くのが好きなようだから。そうでなくても、これまでは大勢の取り巻きに囲まれて移動していたというのに、今はひとりきりですからね。さぞ心細いことでしょう」

「だから、さっきも言ったように、そんなことないって。ひとりには慣れているし」

 幼稚園から始まって、小学校、中学校。そして、親友に出会うまでの高校でも。ずっとぼっちだったのだ。今更、今世でもぼっちになったところで、なにに戸惑えと言う気だろうかと、アルサルミンは強気に応じる。

 瞬間、アルサルミンの上体がぎゅっと抱かれた。

 ――えっ?

 正面を向き合っているクレストールは席に着いたままである。だとすると、犯人は誰となるのか。そう思い、おそるおそる体の当たる。しかもふくらみを持つ柔らかな部分が思い切り押し当てられるようにしている方向へと、アルサルミンは視線をゆっくり移していく。

 唐突に、アルサルミンの上体を抱きしめてきたのは、ネーヴェであった。

「そんな寂しいことを仰らないでください、アルサルミン。私がご一緒しますわ」

 名前はアルサルミンの希望通り呼び捨てにしてくれたが、発言が丁寧なのは変わらないようである。

 ――まぁ、事前に。平民がこの学校へ入学してくる前の説明会で、しっかりみっちり、言葉使いや仕草に関して言いくるめられるそうだから、仕方がないのかな。

 今世の知識から引き抜いたマメ知識。元々は、ここは貴族のための学校であったこともあるのだろうが。平民の中にも優秀な者がいるため、試験という試練を挟んで、平民にも貴族同様の教育を受ける機会を与えることにしたのは、かなり昔のこと。以来、貴族と平民が一緒の場で、基本校内では同じ立場として、過ごすことになったのである。

 そこで問題となったのが、基準をどこに持っていくかということだったらしい。

 もちろんのこと、貴族が平民に合わせるなんてことがあるはずもなく、自然と平民が貴族に合わせることになったのである。

 以来、入学の決まった平民の生徒を事前に集めて、厳しく指導しているという噂があるのだが、おそらく本当のことだろう。

 って。まぁ、それはいいとして。

 現在問題となるのは、クラスというかこの学校の誰もが、王族に対する畏敬の念から距離を置きたがる、我が国の王子であるクレストールと話している最中のアルサルミンの上体を、いきなり抱き締めてきたことである。

 ――耐性(精神)でも持っているのかな。

 もう、正直なところ、ネーヴェがどんな隠しステータスを持っていたとしても、驚きはしない。持っていると分かったところで、やっぱりね。と、思うだけだろう。

 だが、それはそれとして、物事には節度というものがあるのだ。

「あのね、ネーヴェ」

「はい。化粧室へいきましょう。お付き合いしますわ」

 私は、今。と、現状を伝えようとしたのだが、その上から台詞を覆いかぶせるようにして、ネーヴェがにっこりと微笑んで告げてくる。

 瞳はキラキラ輝いて、備え持つ魅力をいかんなく発揮しているのがよく分かる。

 それに対して、異論を唱えたのはクレストールであった。

「ちょっと待ってください。なぜ、アルサルミンとネーヴェはお互い呼び捨てなのですか?」

「えっと。それは……」

 高慢ちきで、我が儘で、婚約者最優先だった、これまでのアルサルミン。それでも、公爵令嬢の嗜みだからと、平民に対しての呼称だけはなぜか強固に『さん』付けを押し通してきたアルサルミンの、ネーヴェに対する呼び方が気に入らなかったのかもしれない。

 だけでなく、平民が、貴族の頂点である公爵の令嬢のことを呼び捨てにするなんて、本来ならば有ってはならないことである。

 そのことをクレストールが指摘するよう口を挟んできたことに、ネーヴェは挑発的な視線をクレストールへ向けて行った。

「名前の呼び方は、アルサルミンから許可をもらってのことなので。それに、私とアルサルミンは親友になりましたの」

 ねぇ。っと、同意を求めるようにして、ネーヴェはアルサルミンを抱く腕に力を込めていった。

「どういうことですか? アルサルミン」

「どういうって、ほどのことではなくて。ですね」

 友達のはずが、いつ親友に進化したのか。その辺はアルサルミンもネーヴェに問いかけたいところではあるが、それどころではないといった感じである。

 現状に至った理由を訪ねてくるクレストールの目が怖い。

 そんなことを考えながら、必死に現状で最も適切な説明をしようと、思考をフル回転させている最中、ひとつのことに思い至った。

 ――まさか、だけど

 クレストールの高いカリスマ性と、ネーヴェの高いカリスマ性とがぶつかり合って、こんなことになっているとか?

 ――だとすると……。

 互いの高いカリスマ性が、うまく重なり交じり合うのではなく、反発しあって互いに弾き飛ばし合っているとでもいうのだろうか。そう考えたら、現状も頷ける。

 そう。頷けるのだが。

 ――それって、困る!

 アルサルミンの目標は、あくまでも、サイレースとのハッピーエンド。

 そのためにも、なにがなんでもクレストールにはヒロインであるネーヴェと恋仲になってもらい、婚約破棄を言い渡してもらわなければならないのである。

 そのためだったら、ネーヴェのことを、少々ならいじめる真似をする覚悟だってあったのである。ネーヴェの行動力や魅力の効果。それにカリスマ性、その他いくつあるのか分からない隠しステータスを目の当たりにした現在では、既に夢となって朽ち果てそうになってしまっているのだが。それでも、絶対に必要と言うのならば、心を鬼にしてみせる、くらいの覚悟があるような、ないような……。

 いずれにせよ、仲を取り持つはずが、喧嘩の原因になりそうな現状に、アルサルミンは逃げるようにして、ネーヴェの手を引き化粧室に向かって行った。

 非難がましい、クレストールの視線を背にしながら――。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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