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授業の合間の短い休み時間、そんな時間を割いてでも、常ならばアルサルミンの周りは取り巻きの乙女たちが集まり、とても華やかで賑やかだった。
しかし本日はというと、トイレに行くため席を立ったアルサルミンの周囲は、見事に閑古鳥が鳴いていた。
席に着いてからは王子のクレストールを避けるよう、周囲に集まることはなかったものの、席の前を通過する前にうっとりと挨拶していくなど、確実に朝礼前まで存在していた、アルサルミンの取り巻きの乙女たちは、朝礼が済むと共にきれいさっぱり。それこそひとりもいなくなっていたのである。
ただし、記憶は現世の上に前世の記憶が覆い被さっているという感じで、頭の中では前世の記憶の方が前面に立っているといった形になっていた。そのため、現世の過去の記憶を呼び起こすには意識して考えることが必要で、無意識だと前世の記憶の方が優先されてしまうことから、取り巻きの乙女たちがいたということは把握しているアルサルミンであったが、正確に言うならば、そういえばお取り巻きがいたんだっけ? という他人事な気分のところがあった。
なので、親友ができるまでずっと独りきりで大きな猫を背負いながら学園生活を過ごしてきた前世の記憶の方が強い現在のアルサルミンには、休憩時間になるとわざとクレストールの傍から離れ、周囲に取り巻きの乙女たちを侍らせていたアルサルミンの行動は、理解できないというか。実感が湧かないものがあった。
だから、嫉妬というのとはことなると思うのだけれども。
アルサルミンの周りに取り巻きの乙女たちが不在なことは、気にならなかったのだが。他の意味。つまりは、ヒロインキャラのネーヴェが途中入学してくるまで、アルサルミンの取り巻きであった乙女たちが揃って、現在ではネーヴェを取り囲んでいるという現実に、人間の空々しさを感じずにはいられなかった。
――良いんだけど、悪いっていうのかなぁ。
人間の感情は、とてもデリケートで複雑なのだ。
これまでだって、アルサルミンが好かれていた訳ではなく。アルサルミンの父親の地位やクレストールの婚約者という立場がものをいい。それに加えて、アルサルミンが生まれながらに備え持っていた魅力の高さやカリスマの影響で、多くの取り巻きがいたにすぎず。現状は、そんなアルサルミンも、ネーヴェの持つ魅力値とカリスマには勝つことができなかったのだけなのだ、とは頭では分かっているが。
――やりすぎたわぁ。自分でプレイしているときは、悪役ライバルキャラを蹴散らすのも途中で当たり前になっちゃうくらいに、ヒロインのこと育てたもんなぁ。
まさか、それが来世に響くなんて思いもしていなかったものだから、それも徹底的に育ててしまったのである。
それでもって、それが原因で、こんな風にダメージを受ける羽目に陥るなんて、誰が想像できただろうか。
そんなこんなで、キャッキャウフフと、本来ならばアルサルミンの周りで上がる乙女たちの笑い声が、教室の後方の席に座るネーヴェの周囲から聞こえてくることが、ちょっぴり疎ましく思えてしまった休憩時間であった。
そしてそれは、お昼休みだからと変わることはしなかった。
いつもは大勢の乙女を引き連れ、食堂へ足を運ぶアルサルミンであったが、今日はひとりきりでの入場を余儀なくされてしまう。
自然と、他の生徒の視線を集めてしまうのは、これまでのアルサルミンの取ってきた行動を考えると、やむを得ないことなのだろう。
――気にしない。気にしちゃダメ。
自分に言い聞かせるようにして、本日の昼食を受け取るためにトレーを手に取り、並べられたメニューをひとつずつ取っていく。
どこからともなく上がる、クスクスとした笑い声。
それも仕方ないことだろう。今までは、こういう作業は取り巻きの乙女たちが買って出てくれていたのだ。もちろん、頼んだわけではない。が、言わなくても分かっているわよね的な、暗黙の了解といったものだったのだろうとは推察される。
――まぁ、これも自業自得ってやつか。
公爵令嬢という、最上位の爵位に就く父を持つ、貴族の中でも頂点に位置する立場であった故の優越感。更には、王位継承権は第二位であるが、この国の王子であるクレストールの意思により、クレストールから直々にされた結婚の申し込みにより、手に入れた王子の婚約者という立場。純粋に貴族らしく高見を目指していたアルサルミンが、そのことを誇らしく思ってしまっても、それは仕方がないことだろう。
ただ、我が身のことながら、公爵令嬢として培われた我が儘を封印し、クレストールの婚約者という立場を揺るがさないものにするために、クレストールに対しては、それなりに気を使い、逆らうことないように接する努力をしてきた健気さは、認めてあげてほしいと思ってしまうが、他人には関係のないことなのだろうから仕方がないのか。
とはいっても、それらを鼻に掛け。更には、自覚なく、生まれ備わった高い魅力値やカリスマ性を使いまくり、好き放題してきたのである。
諦めるしかない。と、これまでの現世の自分が取ってきた行動を省みて、さすがに有り得ないよなぁ。と、本人でさえ思うのだから、仕方がない。
――まぁ、私にとってはこれからの人生が本番ってことで。
消すことの出来ない過去は、自分の過ちと受け止め。これから先は自分らしく生きていくしかないのだと言い聞かせ。
極力他人に関わらないようにしようと心に刻み付けたアルサルミンは、極力周囲に人のいないテーブルを選び、座る席を決めると、ひとりポツンと食事を開始した。
それから数分置くようにして、賑やかな集団がやってきた。言わずと知れた、ネーヴェとその取り巻きたちである。
移り身が早いのは、貴族として生きていく上では、とても正しく重要な技となる。
それを思えば、アルサルミンからネーヴェに乗り換えた取り巻きたちは、上手に貴族世界を渡り歩いていけることだろう。
そんなことを思いつつ、フォークでサラダを突き刺しながら、それまで静かであった食堂内をキャッキャウフフといった笑い声を響かせる集団を、鬱陶しく感じてしまう。
――今まで、私もこんな風に、周囲から見られてたとか?
そう思ったら、反省する事柄が増えたような気がした。
――まぁ、いいや。文句をわざわざ言うことでもないし。
そもそも、文句を言う資格はないだろう。なんといっても、アルサルミンは尊大であったのだ。取り巻きの乙女たちに笑いかけてはいたが、満足に名前すら憶えてないという体たらく。取り巻きの乙女たちは、あくまでも自らの意思で勝手に集まってきている人たちという認識でしかなく、アルサルミンの友人などとはこれっぽっちも思っていなかったのだ。
そのことは、おそらく取り巻きの乙女たちも気づいていたのではないか。
だからこそ、アルサルミンよりも魅力的でカリスマ性のあるネーヴェが表れたことで、簡単にアルサルミンを切り捨てられたのだろう。
仮に、取り巻きの乙女たちの間に友情というものが存在していたならば、ここまであからさまに離れていくことはなかったかもしれない。
――友情って、大事だよね。
思い出すのは唯一無二の大親友。記憶が途絶えてしまって分からないのだが、彼女は怪我を負わずに済んだだろうか。それが確認できないことだけが心残りである。
そんなことを考えながら、ネーヴェというより、今は取り巻きの乙女たちをだろうか。いずれにしろ、彼女らを視界に入れたくなくて、授業の間の休憩時間はもちろんのこと、食事をしている今も、賑わっている声のする方へ絶対に視線を送ることをしなかったのは、もはや意地からであった。
アルサルミンは『気にしたら負け』を合言葉に、黙々と食事を続ける。
たとえ、耳に入ってくる華やかで賑やかな笑い声の中に、それまでアルサルミンの取り巻きの乙女であった者たちによる、アルサルミンを嘲笑するような声が混じっていたとしても、聞こえない振りを維持し続けた。
――私がネーヴェを操作しているときの、アルサルミンもこんな気持ちだったのかなぁ。
だとしたら、ちょっと、気の毒だったかもしれない。と、アルサルミンはゲームの中のアルサルミンに少々同乗してしまう。
――でもさぁ。
取り巻きを奪うなんてことは、どんなにステータスを上げても、特殊アイテムで隠しステータスを底上げしても、できなかったことである。
――それにさぁ。
テストの順位がネーヴェより下でも、体育の時間や魔術の時間に、結果がネーヴェより悪かったとしても、取り巻きたちはアルサルミンを褒め称え、アルサルミンは「これだから平民は」とか「平民って大変よね」とか言っていた。
アルサルミンとの親密度を上げた場合のみ、「やるわね、平民なのに」「さすがだわ、平民なのに」と誉め言葉に代わっていき、ストーリーの中盤辺りに差し掛かると「あなたが平民だろうとなんだろうと、関係ないわ!」と言って友情を確認し合い、絆を結び関係を高めていき、最後は永遠の友愛を誓い合うという友情エンド。風雅はそれにはあまり興味がなかったために、アルサルミンとネーヴェの親密度を上げることには熱心でなかった。
――2人の親密度を上げておくよう忠告できたら、便利なのに。
ふとそんな弱気なことを考えてしまった自分を恥じ、フォークをトレーの上に置くと、慌てて両手で頬を緩く叩く。
そして、なんでこんな居心地の悪いところに身を置いているのだろう。と、疑問が湧いたところで、タイミングよく、目の前の空席に、昼食のメニューが載せられたトレーが置かれた。
べつに誰がどこに座ろうが、自由である。だから、文句を言うのは筋違いなのだが、周囲一帯が空いているアルサルミンの座る席の真正面の席を選んだ意味が分からず、誰だろうと思い、アルサルミンは顔を起こす。
「お前の取り巻き、すべてもっていかれたな」
揶揄うように告げてきたのは、愛しの一推しキャラである、サイレースであった。
まさかのサイレースの出現に、アルサルミンの心は一気に花開く。
「べつに、元からひとりでいることに慣れているし。あの人たちをもらってくれて、ちょうどよかったわ」
「強がり言っちゃって。これまで独りでいたことなんてねーじゃん」
アルサルミンが、パンをちぎり、口元へ運ぶ途中で手を止め。口からついて出た言葉に、サイレースが茶々を入れる。
――嘘は言っていないんだけどな。
本当に、前世ではひとりの時間ばかりであったのだから。今更、ひとりの時間ができたところで、慣れている。で、合っているはずである。
そう思い、アルサルミンが再び口を開こうとしたところで、賑やかな軍団からひとり抜け出すようにして近づいてきた人物が、アルサルミンの頬を勢いよく叩いた。
「これまで、あなたを慕って、傍にいてくれた人たちに対してなんてことを言うの」
「えっ?」
突然のことでなにがなんだかわからない中、アルサルミンは自分を叩いた人物を確認すべく、視線を上げる。
「ネーヴェ、さん」
「平民相手に、公爵令嬢のあなたが、敬称を付けて呼ぶなんてお嫌でしょうから。私のことはネーヴェで結構」
それよりも。と、詰め寄る形で、ネーヴェの取り巻きとなった者たちを庇うように、ネーヴェはアルサルミンに苦言を呈してきた。
「あそこに居てくださるみなさんは、あなたに譲ってもらったのではなく、みなさんの意思で私の元に来てくれた方ばかりです。訂正してください」
「そうだね。確かに私の言い方が悪かったのは認めるよ」
大勢の前で叩かれ、責められ。しかも、正面の席には愛しのサイレースが腰を落としていることで、羞恥心でここから逃げ出したい心境になりながら、アルサルミンは意識して笑みを浮かべる。
アルサルミンとしても、かもしれないが。公爵令嬢のプライドとして、ここで逃げ出すわけにはいかないのだ。
――それにしても。もしかして……
ネーヴェの隠しステータスに『正義』みたいな項目があるのだろうか? そんなことを考えながら、ネーヴェの反応を確認するようじっとネーヴェを見つめつつ、アルサルミンは言葉を続ける。
「でもね、私を慕ってというのは、ちょっと違うと思うの? 聞こえていないと思ってた? 彼女たちから私のことを嘲笑する声が上がっていたことを。あなたも一緒にわらってたよね? でもね、ちゃんと私の耳に届いていたよ」
「え? それは……」
「それに、あなたが平民だからと敬称をつけて呼ぶのを私が嫌がるなんて情報を、あなたの耳に入れたのは、誰なのかな? なんでそんな情報を教えたんだろうね? 私はこれでも、平民の子だからと敬称を付けずに呼んだことは、ないんだけどな」
嘘は言っていない。
どんなに公爵令嬢だと得意がっていても、幼いころから叩き込まれた礼儀作法からは簡単に抜け出せないものなのだ。
アルサルミン的には、同じ学校に通う同じ立場の生徒であるという条件に置かれた場合に限っていうと、却って位が近しい者に対した場合の方が、気楽に接しられたくらいである。同じ生徒同士であるにも関わらず平民だからと馬鹿にして呼び捨て扱いなどしたら、度量の狭さが浮きだって、公爵令嬢としての立場に傷がつくと、平民の呼称に関しては細心の注意を払っていたくらいである。
「それなのに、なんでそんな話になっているんだろうね?」
「嘘よ。だって……」
「それにね、私はこれまでみんなに向けて、傍にいてくれなんて一度も言っていないんだよね。それでも傍にいてくれたんだから、感謝すべきなのかもしれないけれど。でも、切り替え早いよね。ネーヴェさんが現れた途端、未練なく私の傍にいることをやめて、誰一人私の傍に残ることなく、全員揃ってネーヴェさんのところへ行ったんだから」
責められるのは、私だけなのかな? と、問うようにネーヴェに告げると、瞬間的にネーヴェが赤くなり、戸惑いを見せたあと、大きく頭を下げてきた。
「ごめんなさい。確かにあなたのおっしゃる通りだわ。一方的な話を聞いただけで、あなたを責めてしまうなんて」
「えっ。いや、べつにそこまで大事なことでも……」
ないんじゃないかな。と、大胆に謝罪をしてみせたネーヴェを前に、アルサルミンはあたふたとしてしまう。
そんなアルサルミンの両手を、ネーヴェは顔を起こすと同時に握りしめてきた。
「急に叩いてしまって、ごめんなさい。痛かったでしょう」
急な態度の変化に、最初、なにが起こっているのか分からなかった。
けれども、ネーヴェの耳元で光っているピンク色の丸い形をしたピアスを目にして、アルサルミンはハッとする。
――あれって、アルサルミン対策のピアスだ。
難易度が高めと評されていた乙女ゲームの『Eterrnal Love』。対象キャラを落とすだけで精一杯だという、プレイヤーの嘆きに応えたゲーム会社がイベントの報酬として投じたのが、プレイ時間に相当するアルサルミンとの親密度。ゲームをプレイすればするだけ、自然とアルサルミンとの親密度が上がっていくという一品である。
そして、風雅のプレイ時間を考えれば、軽く100%に到達しているだろう。
つまりは、知らず内に友情エンドを迎えられる、最低限度の下準備はできていたということである。
風雅は友情エンドに興味がなかったので、完全に、その存在を忘れてしまっていたのだ。だから、この目でピアスを見るまで、本当に失念していたのである。
けれども、これで謎がひとつ解けた気がした。
――なるほどねぇ。
急な態度の変化は、アルサルミンとの友情エンドを迎えるためのひとつ目のフラグ。ヒロインの反撃のフラグが立ったからかもしれない。
アルサルミンのひどい台詞に対し、選択肢が出て、その中からヒロインが反論する台詞を選ぶとフラグが立つらしい。というのは、攻略サイトの受け売りだからなのだが。
そして、ヒロインが平民でありながら公爵令嬢に反論したことが問題となり、謝罪することになるのだが。そこで、アルサルミンが初めてヒロインに対して真摯な対応を取るのである。
現状は、それとはかなり異なるが、ヒロインの反撃には違いない。
つまりここで取るべきアルサルミンの行動は。
「いいえ。謝らないで。さっきのは本当に私の言い過ぎが原因だったんだし。よく考えると、あそこで叩かれて当然だったかもね」
ちょっと痛かったけど。と、頬を擦りながら笑顔で応えるアルサルミンに、ネーヴェは瞳を輝かせた。これは隠しステータスの何かが発動しているかもしれない。と、アルサルミンは穿った気持ちで見つめてしまう。
「きっかけは私の失態でしたけど。アルサルミン様と直接話せて、本当によかったです」
「あの、ネーヴェさん。『様』は止めてほしいの。それならいっそ、呼び捨てにされた方が気が楽なくらいで」
「それじゃあ、遠慮なく。アルサルミン。正式にお願いするわ、私と友達になってくれないかしら? もちろん、私のことも呼び捨てにしてちょうだい」
さばさばとした物言いによる、想定外な申し出に、アルサルミンは瞳を丸める。
――早ッ!
いくらなんでも、親密度が100%だからって、フラグひとつ回収しただけで、入学してきたその日に、友達なろうと言われるなんて。しかも、平民のネーヴェからの誘いで。
ほんらいなら、友達になれるのはもっと先のことで。誘いをかけるのもアルサルミンの方からであった。ヒロインのネーヴェは、その誘いに『はい』か『いいえ』を選べただけのはずである。これも、攻略サイトの受け売りなのだが。
――ゲームと違いすぎるよ、これじゃあ。
その原因。というか、理由はなんだろうと考えてみる。
――もしかして、だけど。
アルサルミンが持って生まれた通常よりもかなり高い魅力と、隠れステータスにもかかわらず、公にされていたアルサルミンの高いカリスマ性によるものかもしれない。
ヒロインのネーヴェには遠く及ばないかもしれないが、取り巻きの乙女たちに効いたように、ネーヴェにも効いてしまったのかもしれない。
可能性は低い考え方だが、他に理由は思いつけず。その考えを受け入れたら、ちょっとだけだが、納得がいった。
ちなみに、魅力の高さはアルサルミンとそんなに変わらないが、カリスマ性がアルサルミンなどよりも全然高いとされていたのが、王子のクレストールである。
急転直下の現状について行けない部分はあるが、頭の中の半分は冷静に現状を見定めているといった感じで、アルサルミンは笑みを浮かべて返事を保留する。
がっつくのは、得策ではないと思ったからだ。
しかし、無言を肯定として受け取られてしまったようである。
「嬉しいわ。身分にこだわらず、友達として付き合ってくださるなんて」
「え? あ、いや。うん。こちらこそ」
他にどう返事しろと? という思いで、アルサルミンは引き攣った笑みを浮かべて、喜ぶネーヴェに応じてみせる。
すると、これで一区切りついたことにしたようである。ネーヴェが話題を変えてきた。
「では、昼食も途中なので、今はこれで。ついでに、待っていてくださるみなさんに、事の次第と。ちょっとした誤解の訂正をしておきますね」
最強にすべくアップさせた魅力を惜しげもなく振りまくよう、にっこりと微笑み。それではと、ネーヴェはアルサルミンの前を去っていく。
瞬間に、どっと疲れて、アルサルミンは席に腰を落とした。
「なかなかの強者だね、彼女」
「叩かれたときは、なにが起こったかと思ったよ。友達宣言されたときも、びっくりしたけど」
「お前を制圧できる奴なんて、クレストールくらいだと思っていたが。上手がいるもんだな」
サイレースは楽しがるようにして、食事を頬張りながら、感心しきりに呟く。
――あー。そう言えば、サイレースとの親密度も100%だっけ。
これは、やばいなんてものじゃない。
今の急展開を省みるに、フラグが立った瞬間、サイレースが落とされてしまうと、アルサルミンは警戒心を発揮する。
「サイレースも、ああいう魅力的な子に惹かれちゃうわけ?」
さり気なさを装った問い掛けに、サイレースは予想を反して、不思議そうな表情を浮かべてみせた。
「魅力的だとは、思うよ。頼りがいもありそうかな。でも、恋愛対象としてはどうだろう。ちょっと俺には荷が重すぎるような気がするな」
あけすけと、躊躇うことなく正直に答えてくれるサイレースは、実は意外とアルサルミンのことを信用してくれているのかもしれない。
そのことを喜びながらも、アルサルミンは『あれっ?』と思う。
――親密度100%はどこ行った?
ネーヴェの登場と共にネーヴェにメロメロになっているんじゃないかと思ったら、どうやらそうでもないらしい。クレストールも、ネーヴェが魅力的だと認めてはいたが、心惹かれている素振りはなかった。
クレストールとの親密度はかなり低いが、それでも、ネーヴェの持つ魅力値の高さを思えば魅了されていても不思議はないのだが。それにたしか、特殊装備に魅了のアイテムもあったような気がした。イベントアイテムは課金しまくり根こそぎ奪い取っていたので、大量にあり、どれだったのか、度忘れしてしまったが。
「ねぇ。男として、できすぎる女性って敬遠されてしまうものなの?」
「その心配が、アルサルミンに対してのものだったら心配いらねーぜ。お前って、どっか抜けてっから、自分で思ってるより完璧じゃねーぞ」
「失礼ね」
現世では自分のことなので忘れがちだが、かなりのハイスペックな悪役ライバルキャラとして、ゲームのプレイヤーたちを泣かせてきたのである。課金しまくりだった風雅は別だが。
そこを否定されたような気がして、アルサルミンはちょっぴり拗ねてみせる真似をする。
途端にサイレースは慌てたように訂正してみせた。
「冗談だよ。お前は、超できる女だよ」
「それもなんか、いい加減すぎる気がする」
大好きなサイレースとの会話を楽しみながら、どうやってフラグを立て、それをもぎ取るかを考えながら、アルサルミンは楽し気に瞳を揺らした。
これから忙しくなるぞ。という予感を胸に。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。