表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/194

[22]

[22]


 ダンスパーティが終わって二日目。

 本当ならば、セチロとアルサルミンの2人で、学園の外の用事は回るはずだったのだが、アルサルミンが校庭の端を歩いていた昨日、急に飛び出してきたレクサブロにぶつかってしまい、思い切り飛ばされるという貴重な経験をしてしまったため、怪我をひどくしてしまったことで、足首の腫れが余計にひどくなってしまい、なんとか歩けはするが……という怪我の具合から、留守番を言い渡されてしまっていた。しかし、セチロひとりに任せるには心許ないところがあったので、みんなに付いて行ってもらうことになり、アルサルミンを残した他のみんなで、お店への支払いや、演奏者たちへの謝礼金を渡しに町に出て行った。

 そんなみんなが戻ってきたのは、お昼を少し過ぎたころであった。

 そのことにすぐには気づけずに、ひとり、昨夜の出来事を思い出すようにして、自室のバルコニーで余韻に浸っていたアルサルミンの姿を見つけたネーヴェが、下から声を掛けてくる。

「アルサルミン、ただいま帰ってきました。お昼、買ってきましたよ」

「あ、おかえりなさい。私の分まで仕事をさせちゃって、ごめんなさい。疲れたでしょう」

 耳に届いた声に慌てて、アルサルミンは我に返ると、みんなに向けて返事をする。

「みんなに付いて来てもらい心強かったですし、店側も演奏者の方々も慣れていて、すんなり用件が済みました。ですから、なんの問題もありませんでしたよ」

「それより、アルサルミン。外でみんなで昼食を摂りましょう。天気もいいですし、風も心地よいですよ」

 申し訳なさそうに謝罪するアルサルミンへ、セチロが気にしないでくださいとばかりに簡単に説明してくれ、それを遮るようにクレストールが話し掛けてきた。

 瞬間、アルサルミンは戸惑ったように返事を詰まらせた。

 そんなアルサルミンの反応を敏感に察したネーヴェは、更に声を掛けてきた。

「今日こそは、ちゃんと食べてもらいますよ。アルサルミンの好きそうな、美味しそうなものを買ってきたんですから。なんでしたら、迎えに行きましょうか? 私、アルサルミンなら抱けると思うんです」

 腕を曲げ、力拳を作りながら告げてくるネーヴェは、本気で実行しそうな勢いがあった。

 さすがにそれは遠慮しなくてはと思い、アルサルミンは慌ててネーヴェに声を掛ける。

「それって、危険だと思うから。ネーヴェまで足を怪我したら大変でしょ!」

「こうみえて、私って力があるんですよ」

 だから、大丈夫。任せてください。と、寮の方へ入ってくる気満々のネーヴェは、ステータス的には力持ちであった。あったのだが、そこはやはり見た目も中身も愛くるしい女性なのである。そんなネーヴェに変なあだ名でもついたら。否。ネーヴェへの周囲からの好感度を考えると、それはなく笑い話で済むかもしれないのだが、それでもやはり止めなくてはと思い、必死にネーヴェを呼び止める。

「危ないから。それに、分かったから。私が下りて行くから」

「アルサルミンの怪我が、昨日人とぶつかって悪くなったそうじゃないですか。気にしないでください、私がちゃんと抱きかかえて下りてあげますから!」

「ネーヴェ……」

 どうすればいいのだろうかと、嘆息を洩らすアルサルミンに、不意を衝くようにしてクレストールが話しかけてきた。

「今回の元凶であるトラムセット・シュクレですが、二学期から、礼儀作法に厳しい隣国へ、留学することが決まりました。父親のシュクレ公爵も、息子の教育方法に問題があると見なされ、特に女性に対するマナーについての研修を兼ね隣国との交流活動の一環で、一緒に向かってもらうことになっています」

「えっ?」

 それって。もしかしてと思いつつ、クレストールを見下ろしていたら、クレストールが笑みを深めてアルサルミンを見返してきた。

「あなたの受けた苦しみに対して、今の僕ではなにを言って差し上げても、癒してはあげられそうにないので。別の方法にて、あなたの悔しさを晴らす手伝いをさせていただきました。もちろん、留学も出向も永遠ではありませんし、今後また同じ公爵の地位にて顔を合わせなければならないこともあるでしょう。ですが、今回のことで、アルサルミンを侮辱するようなことがあれば、婚約者である王族の僕がどう出るかということは、身をもって思い知ったことでしょう」

 それはもうにこやかに晴れ晴れとした表情で、アルサルミンへ向けて当然の報復ですよと告げてくるクレストールには、微塵のためらいもないのだが。

「いや。その。クレストール……」

「なんでしょう?」

「それって、やりすぎじゃない?」

「どうしてですか。だって、今もこうして、アルサルミンが苦しんでいるんですよ。僕にできることをして、なにか問題でもありますか?」

 けろりとした表情でさらっと怖いことを言うクレストールへ、アルサルミンは言葉を失う。

 ――こんなんじゃ、下手に落ち込めないじゃん!

 アルサルミンは、改めて腹黒王子の恐ろしさを実感してしまう。

「もう! 分かったから。食べればいいんでしょ! 食べれば」

「まぁ、アルサルミン。やっとその気になってくれたんですね。ここ最近全然食べていなかったのですから、たくさん食べてくださいね」

 嬉しそうに、寮の入口へ向かっていた足を止め、クレストールの話を聞いていたネーヴェが感動するように呟く。

 そして、クレストールの行動力に負けて折れたアルサルミンを見て、クレストールも満足したらしい。

「どうやら、頑張って父上を説得した甲斐がありました。これからも、あなたのことは僕が守ってみせますから、安心してくださいね」

「だから、やりすぎだっていっているでしょ。って、そういえば下りて行くまでに時間かかるから、どうしようか」

 ひょこひょこと痛む足を引きずりながら歩くアルサルミンの速度は、赤ちゃん以下かもしれない。

「あぁ、そうか。先に食べていて。後からちゃんとそっちへ行くから」

 これが最善策だというように、アルサルミンが告げたのだが、それは無視されてしまったようである。

「しかたありませんね。ちょっと許可を取ってから、迎えに行きますので。部屋の入り口で待っていてください」

 クレストールはそう言うと、呼び止める間もなく、ネーヴェを連れて、寮の入り口の方へ向かって行ってしまった。

 いかな理由があろうとも、男性が女子用の寮へ入って来るのは禁止されているのに。それを口先で言いくるめて許可をもらうつもりであるらしいクレストールの兼ね備えた想像以上の行動力に、もしかしてネーヴェ並の行動力があるのだろうか? と考えながら、そう考えたら空恐ろしくなり、アルサルミンは半ば唖然としつつも、有言実行するだろうクレストールのことを思い、とにかく部屋の入口までは行かないとと。ゆっくりゆっくり慎重に一歩ずつ扉めがけて歩いて行った。



 上位爵位用の寮の前にある綺麗に整備された庭に並べられた、テーブルと椅子。すでにそこへサイレースとセチロとアタラックスが腰を落として待っているところへ、ネーヴェの誘導で、クレストールに抱かれたアルサルミンが姿を現した。

「アルサルミンは、ここへ」

「わかりました」

 椅子を引き、空間を確保することで、クレストールがその椅子にアルサルミンを腰かけさせる。そして、椅子をテーブルに付くよう位置を正すと、アルサルミンを挟むような形で、クレストールとネーヴェが椅子に座った。

「今日は、ハンバーガーにポテト。サラダにフライドチキンにデザートのワッフル。それに飲み物を数種類買ってきたの」

「アルサルミンなら、これくらい訳なく食べられるでしょうから。ちゃんと食べてくださいね。そうでなければ、留学期間が延びる一方ですから」

「えっ!」

 楽し気に説明するネーヴェに、脅しをかけてくるクレストール。

 そんな2人に囲まれながら、戸惑いをみせるアルサルミンをよそに、みんなは手にしていた紙袋から、それぞれの食べ物や飲み物を取り出すと、みんなに紙コップと紙皿とプラスチック製のフォーク。それと紙ナプキンを数枚ずつ配ると、食事の準備を終わらせる。

「じゃあ、食べましょう。アルサルミンの気持ちが変わる前に」

「だな。ようやくアルサルミンも食事の場に顔を出してくれたことだし。本当に心配してたんだからな」

「そうですよ。でも、ようやく元気を取り戻してくれたようですし。クレストールのおかげですかね」

 ネーヴェの台詞に、サイレースが同意し。セチロが笑みを零す。

「じゃあ、俺は遠慮なくいただくとするか」

 アタラックスがそう言うと、それが切っ掛けとなり、みんながそれぞれ料理に手を伸ばし始める。

「アルサルミンは、このハンバーガーを食べてみてください。すごくおいしそうだったんですよ」

「ずいぶんと、大きいんだけど」

「これまでのアルサルミンでしたら、楽勝のサイズですよ。頑張って食べてください。私、アルサルミンが食事をちゃんとしているところを見たいんです」

 ネーヴェに力強く告げられて、アルサルミンは圧されるようにして、ハンバーガーに手を掛ける。そして一口頬張った瞬間、口の中に広がる味に感動していた。

「美味しい……」

「でしょ。みんなで食べるとより一層、美味しく感じられるんですよ」

「うん」

 胸のつかえが落ちていく感じがして、ネーヴェの台詞にアルサルミンは素直に頷く。

 デブと言われ、重いと言われ、それで周囲に嘲笑された現実は、やはり忘れることはできなかったし、自身の自慢であったスタイルに自信がなくなっているのも事実ではあるが。それでもこんなにアルサルミンのことを心配してくれる人がいるのだと思ったら、嬉しさの方が上回り。勇気を出してハンバーガーを頬張ったら、その美味しさに、お腹が空いてきたような気がした。

「ありがとう。みんな」

 もう、大丈夫だと思えた。食べたら、その分運動をすればいいのだ。

 アルサルミンは、アルサルミンであるために頑張ることに対しては、前向きでなければならないのだ。なんといっても、本来アルサルミンであったはずの人格を、前世の記憶を取り戻したことで、打ち消してしまったのだから。

 そう思いながら、ハンバーガーにぱくついていたら、クレストールが横から、顎を掬いとるようにして指をかけてくると、親指のはらで、アルサルミンのタレで汚れた口元を拭い取るようにきれいにすると、その手をそのまま自身の口元へ持っていき、親指に付いているタレを舌で舐めとった。

「クレストール!」

「アルサルミンが食べているハンバーガーの方が、美味しそうだったので。つい」

 にっこりと笑いながら応じるクレストールに、アルサルミンは真っ赤になっていく。

 口を汚しながら食べていたことも恥ではあるが、汚れた口を他人に拭われ舐めとられてしまうなんて、子供そのものではないか。と、アルサルミンはショックを受けていた。

「どうせ、私は子供ですよ……」

「なに、拗ねているんですか?」

「公爵令嬢にあるまじき、大口を開けて口を汚して、人に汚れを取ってもらうなんて。子供以外のなんだっていうのよ」

「なるほど……」

 屈辱だ。と、クレストールに訴えたアルサルミンへ、クレストールは妙に納得いったというような表情を浮かべてみせる。

「そう言われてみれば、そうでしたね」

「じゃないわよ。無意識に子ども扱いしてた訳ね」

 余計に失礼しちゃう。と、怒りながらも、アルサルミンはハンバーガーを頬張り続けると、ぺろりと食べてしまった。

 そしてその後、もらっていたペーパーナプキンで口を拭いとる。

 ――おぉ、こりゃ確かに汚れまくっていたかも。

 紙ナプキンに付いた、ハンバーガーのタレを見て、少しばかり反省する。

「アルサルミン、フライドチキンはどうしますか? ポテトもありますよ」

「んー、さすがにお腹いっぱいかも。大きかったからね。ありがとう、ネーヴェ」

「いいえ。アルサルミンに食欲が戻ってくれて、すごくうれしいです」

 そう言いながら、アルサルミンがぺろりと食べてしまったハンバーガーと同じものを食べているのに、まだ半分は軽く残っているバーガーに、ネーヴェは小口でかぶりつく。そして、その都度に口元をペーパーナプキンで拭ってみせていた。

 ――そうか。こういうのが、女の子のあるべき姿ってやつか。

 これは、アルサルミンの失敗だったと、今度からネーヴェを真似ようと思ってしまう。

 いくらかっこよく立ち回っても、ネーヴェはやはり見た目も中身も立派な女の子で、女子力も高いようである。

 ――もしかして、隠しステータスに『女子力』なんてものもあるのかな。

 そしたら、自分はゼロに近そうだと、心の中でショックを受けつつ、再度反省してしまう。

 でも、無駄にスペックの高かった、美貌とスタイルが自慢のアルサルミンに女子力がなかったとは思えないのだ。それを考えたら、これは、前世の記憶を取り戻して風雅と記憶や思考が交じり合ってしまった結果によるものではないだろうかと思われてきた。

 ――ここは風雅に女子力がなかった、ってことにしておくか。

 やはりこういう場合は、他人のせいにしてしまうのが一番である。と、アルサルミンは都合のいいことを考える。

 そして、カップにお茶を注ぐと、アルサルミンはお茶を飲み始めた。

「そういえば、アルサルミン。明日からのことですが」

「ん? もちろん家に帰る予定だけど」

「いえ、そうではなく。僕の別荘へ招待したいと思いまして。もちろん、アルサルミンのご両親にも了解を既に貰っているので」

「って? え?」

 それって2人きりってこと。まぁ、メイドや使用人、執事たちがいるのだろうが、それは数に入れるべきではないだろう。そう思い、それはちょっと無理だと引き気味になったアルサルミンに気づき、クレストールが、言い訳をするように言葉を付け足した。

「もちろん、ここにいるみなさんもご一緒にどうぞ。と、思っています。それに、その他にも僕の知り合いも来ますし。兄やその友人も別荘へ来るみたいなことを言っていましたので……」

「ネーヴェは、どうなの?」

 助けを求めるようにして、ネーヴェを見つめると、ネーヴェが優しく微笑んだ。

「それでは、お言葉に甘えて。私もご一緒させてください」

「俺も当然行くからな」

 2人きりにさせてたまるか。と、そんな口調で手を上げるサイレースに、負けることなくセチロが手を上げる。

「俺も、ぜひ連れて行ってください」

 そんなみんなの反応を見ていたアタラックスも、手を上げる。

「では、俺も便乗させてもらおうかな」

「わかりました。全員参加ということで、みんなで行きましょう。馬車も丁度六人乗りですし」

「私、御者席でもいいよ。一度乗って見たかったんだよね」

「アルサルミン、公爵令嬢が乗るような場所ではありませんよ」

「そ、そうかもだけど……」

 好奇心に負け、告げた提案は、クレストールにあっさり却下されてしまった。

「でも、クレストールの別荘って行くの初めてだな。近くになにがあるの?」

「海が目の前にありますよ。もちろんプライベートビーチなので、他に人はいませんので、のんびり楽しめます」

「そうなんだ。じゃあ、水着がいるね」

「ないのでしたら、店の者を呼びましょう。アルサルミンやネーヴェに似合いそうなものを持ってくるように伝えておきます」

「俺たちのも頼めるか?」

「えぇ、もちろん。それでは男子用の水着も持ってくるように言っておきます」

 クレストールはそう言うと、にっこり笑う。

「では、食事もそろそろ終わりそうですし。食事が終わったら、明日の準備もあるでしょうから、今日は解散ということにしませんか?」

「だな」

「はい、わかりました」

 二つ返事で了解するサイレースに、同意を示すネーヴェは、一応食事を終わらせたようである。といっても、ネーヴェには量が多かったのか、少しだがハンバーガーを残したようである。

 そして、それからさらにみんなでお茶を飲んだ後、片付けを終えて、解散することになったのであった。

 この日は、サイレースとはそれほど会話をできなかったが、機嫌が悪そうな様子もなく。クレストールのではあるが、別荘に行って海で遊べることを楽しみにしていることがよく伝わってきていたし。たまに交わせた会話もおかしなところは特になく、以前みたいにアルサルミンに対する親密度が急下降しているようなことがなかったことに、昨日の態度が正解だったのかどうかは未だ不明だが、それでもサイレースの態度に悪い変化が見られなかったことに、アルサルミンはホッとしていた。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ