[20]
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何事かと、ダンスホールの方をきょろきょろすると、ネーヴェが隠しキャラのアタラックスにお姫様抱っこされて、ダンスホールの外へ連れ出されていくのを発見する。
――ネーヴェに、なんてことしてくれてるんだ、あの男!
紳士とか言われていたが、とんでもない。と、アルサルミンが、2人の後を追いかけるようにして、サイレースと共に急ぎ足で歩き出す。小さくはあったがネーヴェの悲鳴を聞いて、サイレースもなにが起きたのか、気になっているのだろう。アルサルミンをダンスに誘ったことなど忘れてしまったようである。
そうこうしている内に、アタラックスが、ネーヴェを壁際の椅子にゆっくり座らせているのが見て取れた。そして、まだ少し距離があったが、アルサルミンが見ている前で、ネーヴェの足元に屈みこむと、ネーヴェの履いていた靴を脱がし始めたのである。
――あの、変態野郎! 私の大事な親友に対して、なんて破廉恥なことしてくれてるんだってーの!
一発殴ってやると、怒り心頭状態で、勢い込んで2人の元へ到着すると、アタラックスがアルサルミンの姿を認めたらしく、口を開いた。
「たしか貴女は、アルサルミン様、でしたよね。生徒会の役員の」
「えぇ、そうですが」
それがなにか。と、口調をきつくしながら問い返したら、アタラックスは穏やかな笑みを浮かべながら、ホッとしたように告げてきた。
「ネーヴェさんの足が、どうやら靴擦れを起こしてしまっていたようで。痛そうでしたので、失礼を承知で、ここまで運ばせてもらいました。できれば、治療をしてあげてほしいのですが」
「えっ! 本当に? 靴擦れだなんて。大丈夫なの、ネーヴェ」
アルサルミンがあわてて屈んで傷の具合を見たら、思っていた以上に傷ついているネーヴェのかかとが視界に入ってきた。
「痛かったでしょう、こんなになっちゃって」
「いえ。すみません、アルサルミン。慣れない靴を履いていたもので、こんなことになってしまって。本当に恥ずかしです」
顔を真っ赤にしながら、ネーヴェはアタラックスが嘘を言っていないことを証明する。
「普段、こういう靴なんて履かないもんね。それより、こんなになるまで我慢するなんて、辛かったでしょ」
そう言いながら、ネーヴェの履いていた靴を見たら、再びアルサルミンは硬直してしまう。
――これも、イベントの賞品だよね。
効果は、確か、素早さアップかなんかで、付属効果にダンスを失敗することなく踊れるとかいうのが付いているヤツだったような記憶があった。ただし、これもまた、すでに鬼畜な素早さがあったネーヴェには不要の一品だったし、なにより普段は履かないパーティ用でもあったことから、倉庫にしまい込んでいたものである。
――まぁ、課金とかで得られた効果が引き継がれてるんだから、アイテムもすべて引き継がれていてもおかしくはないもんね。
それをどうやって出し入れしているのかは不明だが、アイテムが存在すること自体はそんなもんだろう。と、この場ではアルサルミンは深く考えるのを止め、先ずは救急箱を取りに行かねばと、その場に断りを入れて、立ち上がろうとしたところで、サイレースに止められた。
「あのなぁ、女が。それも公爵令嬢がドレスをめくり上げるようなことをして、会場内を走り回ってどうするよ」
「だって、ネーヴェが怪我しているのよ! ここで走らずにいつ走れって」
「いや。だから、俺が救急箱を取って来るから、お前はネーヴェの傍にいてやれよ。女性がひとりで椅子に座ってるのとかって心細いだろうし」
呆れたように告げてくるサイレースは、すくっと立つと有言実行するように、救急箱が置かれている控室の方へと走って行ってしまう。
それを見送ると、アルサルミンはネーヴェの足を手に取り、かかとの傷の具合を改めてじっくり見ることにした。
ちょうどかかとの靴の縁が当たる部分が傷ついていて、とても痛そうである。見ているだけで、アルサルミンまで痛くなりそうな気がしてくる。
――それにしても……
気遣い屋で、我慢強いネーヴェが、靴擦れを起こしていたとして、それを簡単に悟らせたりはしないであろう。実際に、最終の確認のために朝からずっと一日一緒に走り回っていたというのに、誰もが気づけずにいたのである。
親友としては、同じ女としては、とても恥ずかしいことではあるが。
「あの、アタラックスさん。ネーヴェの足のことを気づいてくれて、本当にありがとうございます」
先ほどまでの怒りは、どこへ消えてしまったのか。アルサルミンは殊勝にお礼を口にする。
「え? いえ。というより、アルサルミン様、どうか頭を上げてください。俺、平民なんです」
困ったように告げてくるアタラックスを、アルサルミンはまっすぐ見つめる。
「この学園内では、平民も貴族も対等のはずでしょ。親友の怪我に気づいてあげられず、その上、私はネーヴェのことを一日引っ張りまわしてしまったの。ネーヴェは気遣い屋で我慢強いから、靴擦れを起こしていても、根を上げたりしないもの。その分、私が気を配らなければならなかったのに、恥ずかしいことに、それを怠ってしまっていて。そんなネーヴェの足の異常に、あなたが気づいてくれたのよ。感謝しておかしいところがある?」
「いえ。そう言っていただけるのでしたら、謹んでお気持ちを受け取らせてもらいます」
穏やかな笑みでそう告げてくると、アタラックスは、ゆっくりと立ち上がる。
「どうやら、アルサルミン様がいてくだされば、安心できるようですね。怪我の場所が場所ですし、男である俺はここにいない方がよさそうですから」
ドレスを軽く持ち上げた状態の上に、足先とはいえ、外に晒している状態の女性の傍に、男性がいるのは失礼に当たるのではと、アタラックスは判断したらしい。
「アタラックスさん、本当にありがとうございました。ダンスのお誘いをしてくださって、とても嬉しかったです」
「俺の方こそ、急に申し込んでしまって。それなのに、快く受けてくださり、ありがとうございました。ぜひまた機会がありましたら、話し相手にでもなってください。アルサルミン様も、そのときはご一緒させてください」
「ねぇ、アタラックス。その『様』って言うのやめてくれないかな。こそばゆくってダメなんだ、私」
「そんな……」
「無理言っているのは分かっているんだけど、アルサルミンって呼んでくれないかな。親友の恩人でもあるし」
「分かりました。では、アルサルミン、俺のことも呼び捨てでお願いします。ネーヴェさんも、俺のことはアタラックスと呼んでくれたら嬉しいです」
「じゃあ、私のことも『さん』は付けないでくれますか? アタラックス」
「はい。よろこんでネーヴェと呼ばせてもらいます」
――もしかして、放っておいたら2人で世界を作ってくれそうな感じとか?
個人的意見を言わせてもらえば、親友の恋人として、この隠しキャラであるアタラックスは顔もいいし、スペック高いし、親友の恋愛対象として、そっと見守ってあげてもいいかなと思える人物である。
恋をしたことがないという、ネーヴェ。と言っても、アルサルミンだって、風雅のころはゲームの中のキャラが恋愛対象で、現実の人間に惚れたことはなかったのだが。それでも、過去のアルサルミンは、一応クレストールに思いを寄せていたようだし、今のアルサルミンも、前世からの引継ぎではあるし、感覚としても攻略キャラ的イメージが拭えないのだが、愛しのキャラのサイレースに夢中なのである。
ネーヴェにだって、恋をして欲しいと願ってどこがおかしいだろうか。
――ネーヴェの恋の成就のためなら、必要とあらば悪役キャラになってもかまわないからね! って悪役ライバルキャラなんだけどさ。とにかく、必要なら、心を鬼にして私も頑張るから。だから、応援してあげるから、がんばれー。
などと、ひとり先走り、心からネーヴェの恋を応援する体制を整えているアルサルミンの前で、2人は別れを告げ合ったようで、「それでは、アルサルミン。今は、これで失礼します」と頭を下げてアタラックスは離れて行ってしまった。
ここは、弄ってあげるべきところか。それとも、そっとしておいてあげるべきところか。恋愛経験値のないアルサルミンにはまったく判断がつかず、靴擦れが酷いかかとを見つめながら、「ごめんね」と告げるのが今のアルサルミンにとっては精一杯であった。
治療をするなら、人目の少ない個室の方がいいだろうということになり、サイレースにお姫様抱っこをしてもらい、ネーヴェを個室のひとつへ運び込む。
――そういえば、スチール画像にあったよねぇ。ヒロインをお姫様抱っこするサイレースの画像が。手に入った時は本当に嬉しかったんだよねぇ。
ネーヴェの靴と救急箱を持ちながら、しみじみと前世を振り返りつつ、2人の後ろ姿を見つめつつ付いてしまう。
その際、考え事をしていたのが悪かったのかもしれない。隣の部屋から出て来た女性が、アルサルミンと肩をぶつけ合ってしまった。
「あ、ごめんなさい」
「……ッ」
聞こえてきたのは、舌打ち。
確かにぶつかったのは悪かったかもしれないが、アルサルミンだけが悪いのかと、疑問を抱いている最中にも、ウェーブのかかった腰まである紫色の髪を揺らしながら、相手は速足でどんどん遠ざかって行く。
「まぁ、いいか」
怒っていてもしかたがない。と、アルサルミンは気分を切り替える。そして、2人が入って行った小部屋へ入って行く。ちょうど、サイレースが、ネーヴェを二人掛け用のソファーの上に下ろしたところで、それを見た瞬間、先ほどの出来事など忘れ去り、アルサルミンがネーヴェの元へ駆け寄った。
「今、治療してあげるからね」
「ありがとうございます。アルサルミン」
「ううん。そんなことより、消毒薬がちょっとしみるかもしれないけど、我慢してね」
アルサルミンはそう言うと、カット綿に消毒薬を多めにしみ込ませ、ネーヴェのかかとに押し当てる。その後、カットされているガーゼを厚めにして、ネーヴェのかかとに当てて、テープで動かないようにしっかり止める。
怪我の治療などまともにやったことなどなかったことで、かなり適当になってしまったが、なんとかそれなりに治療を終えることができた。
その上で、アルサルミンはひとつの提案を口にする。
「ねぇ、私の靴の方が何度か履いていてかかとが柔らかくなっていると思うの。今だけ、靴の交換しない?」
本当に他意はなかった。アルサルミンなりに考えて、かかとが柔らかいほうが痛みが少ないのではないかという、親切心から申し出たことであった。そんなアルサルミンの思いを察するように、ネーヴェは「それじゃあ、この部屋にいる間だけでも」と有り難くも、アルサルミンの申し出を受け入れてくれたのである。
「どう? 私の方が少し靴が大きいと思うの。かかと、楽じゃない?」
「アルサルミン、靴のサイズはそんな変わらないみたいですよ」
「そうなの? ネーヴェって小柄なイメージがあるから」
「みんな、私の見た目にごまかされてくれるから、たまに困ることもありますが、得することもあったりで。でも、ありがとうございます。アルサルミンの仰られた通り、かかとがこちらの方が柔らかいみたいで、痛みをほとんど感じずに済むみたいです」
「よかったぁ。靴擦れは、痛いものね。こっちも、もっときついかと思ったけど、ぴったりだったみたい」
アルサルミンは、ネーヴェの台詞にホッとしたように手を合わせ、履いたばかりの靴の感想を嬉しそうに笑顔を浮かべながら述べていく。
「あ、そうだ。ジュースを貰ってくるね。3人分でいいかな。2人とも、希望はある?」
「俺はなんでもかまわないぞ。ってより、途中で転ぶなよ。アルサルミンの方だって靴を変えたばかりで履きなれてないんだから」
「私もなんでもかまいません。アルサルミン、気を付けて行って来てね」
飲み物の希望は2人とも特にないということで、アルサルミンは適当なものを選んで持ってくることにして、個室を後にする。
そして、飲み物を探してしばらく歩いていたら、五家ある公爵家の内の、その子供たちの中で同学年に3人いる中の最後のひとりとなる、シュクル公爵家の子息であるトラムセットが、アルサルミンの方へ近づいてきた。印象を言うなら、長身なのだがとてもひょろりとしていて、目がぎょろりとしているといった感じだろうか。要するにガリガリなのだ。そんな彼を、アルサルミンは昔から嫌っていたようだ。現在のアルサルミンとしても、好印象は得られなかった。
それでも、近づいて来るトラムセットを無視する訳にいかず、軽く挨拶だけはしておく。
それが悪かったのかもしれない。
「壁の花かよ、公爵令嬢のくせして。仕方ねぇから、踊ってやるよ」
そう言うと、強引にアルサルミンの手を取り、ダンスホールの方へ引っ張って行く。
「トラムセット様、私はちょっと用事があって」
「嘘言うな。壁の花ごときが口を開くんじゃねぇよ」
「そんな……」
まるで男尊女子の典型みたいな物言いをされたこともあり、なんて傲慢な奴だろう。と、腹を立てている間に、右手を取られ、背中に手を回されてしまい、勝手にステップを踏み始めてしまう。
こうなっては仕方がないと、アルサルミンは、トラムセットの肩へ左手を添えていく。
――なんだろう、この感じ。
クレストールと踊った時は、安心感でいっぱいだったのに、トラムセットのリードが悪いのだろうか。なんだか安定感に欠いていた。
――まぁ、この靴を履いてるとダンスに失敗はないっていうし。
交換しておいてラッキーだったと思った次の瞬間、アルサルミンを支えてくれているはずのトラムセットの手が背中から離れて行ってしまった。途端に崩れたバランスに、アルサルミンは耐えきれず、その場で転ぶことになってしまう。
「いったぁ」
「君が重いのが悪いんだ! だから支え切れなかったんだぞ。もっとダイエットしろよな、このデブ!」
周囲に聞こえるようにわざと張り上げているのではと疑いたくなるほど大きな声で、転んでいるアルサルミンに怒鳴り散らすトラムセットを、アルサルミンは呆然と見上げてしまう。
――デブ、ですって?
悪役ライバルキャラに転生して、喜んだ点と言えば、目がちょっときつめなのが気になったが、整った顔立ちと抜群のスタイルであった。それも、出すぎず引っ込みすぎずで、女性好みな細身であることで、本当に文句のつけようがないと自画自賛する思いでいたというのに。
現実は違っていたのだろうか?
――私って、太ってるのかな?
たとえヒョロヒョロのとはいえ男の人が支えきれないくらいに、重たいのだろうか。
「おい! いつまで座り込んでるんだよ。俺が悪いっていいたいのか? んなことねーよな、デブなお前が悪いんだから」
イライラと、座り込んだままでいるアルサルミンに、文句を落とし続けてくるトラムセットが、アルサルミンの腕を掴み無理矢理立たせようとしたところで、アルサルミンの足首が痛みを発した。
「痛いッ」
「はっ。なに、怪我したわけ? へったくそだったもんなぁ、踊るの。悪りぃけど、お前みたいな重たいデブ、抱いて運ぶなんて無理だから。自力でなん――」
「アルサルミンが太っているなんて、初めて知りました。アルサルミンと先程踊りましたが、上手でしたよ。あなたのリードが悪いんじゃないんですか? トラムセット」
「そんなことあるはずがない! 本当にそいつが重かったんだ!」
「そうですか。アルサルミンほど細い女性を支えられないくらいの力しかないのなら、ダンスを踊ろうなんて思わないことですね。けが人が続出してしまいますから」
座り込んだままのアルサルミンの元へ、いつの間にか、クレストールをはじめ、セチロや、先ほど出会ったばかりのアタラックスまで集まって来てくれていた。
その筆頭に立ってくれているらしいクレストールが、トラムセットの暴言に対し、冷たく言い返してくれているのを、アルサルミンは他人事のように聞いていた。
「とにかく、ここから連れ出してあげるのが先ですよ。クレストール王子」
「そうですね。怪我をしてしまっているみたいですから、抱いて行きましょうか」
そう言うと、セチロがアルサルミンに手を差し出そうとしたところで、それをクレストールが止め。クレストールがアルサルミンのことをお姫様抱っこするようにして、ダンスホールを後にした。
その間、これまでのアルサルミンの悪行故に、嘲笑するような声がところどころから上がっているのが聞こえてくる。
――この靴って、ヒロイン限定なんだ。
そのことに、なんで気づかなかったのだろう。可能性としては、十分有り得ることであったのに。それなのに、考えもせずに靴に頼ってしまった自分のことを、アルサルミンは責めてしまう。
――分かっていたら、あんな不安定なリードに体を預けることなんてしなかったのに。
馬鹿すぎる。と、溢れそうになる涙を必死にこらえる。
今日はダンスパーティのために、化粧をしているのだ。泣けばそれがみっともなく崩れてしまい、更なる笑いものになってしまうと、アルサルミンは今は耐えるしかないのだと、必死になって自分に言い聞かせる。
「アルサルミン、そんな顔をしないでください」
「それより、サイレースとネーヴェはどこにいるんですか?」
「さっき、そこの小部屋に入って行くのをみました。おそらく、その中にいると思います」
アルサルミンを宥めるようクレストールが優しく言葉をかけてくれる一方で、セチロとアタラックスが、向かうべき先を探し始めていた。
そして、クレストールに抱かれた状態のアルサルミンが、2人の待つ個室へ入って行くと、2人ともひどく驚いたように立ち上がり、アルサルミンの方へ寄ってきた。
「飲み物を取りに行ったにしては、時間がかかっていると思ったけど。転んだのか?」
「大丈夫ですか、アルサルミン。足をくじいてしまったのですか?」
「そうみたいです。ちょうど救急箱もあるみたいですし、ネーヴェ。申し訳ありませんが、治療の方をお願いできますか」
「えぇ。もちろん」
ソファーにアルサルミンを下ろす瞬間、クレストールはアルサルミンの額に口づけを落としていく。
「あんな男の言うことを真に受けて、ダイエットなどしないでくださいね。僕としてはもう少し肉がついてもいいと思っているくらいなんですから」
にっこり笑って離れていくクレストールを、アルサルミンはポーっとしたまま見つめてしまったが、靴を脱がして、治療を始めてくれた足元のネーヴェの方へ、すぐに意識を移動させていく。
「なにがあったんだ?」
「それが、俺の見ていた範囲でのことですが、シュクル公爵家のトラムセットが、ダンスを無理やり誘ったみたいで。踊り出したまではいいのですが、リードがうまくいかず、アルサルミンを支えきれずに転ばせてしまったんです。それで、アルサルミンのことを、重たいだ、デブだといいはじめて――」
アタラックスの説明にサイレースの表情が一気に険しくなっていく。
「はぁ? なんだそりゃ」
「君に怒る権利を上げたりしないよ。アルサルミンが助けてほしいと思ったとき、君は駆けつけてあげることができなかったんだからね」
怒りのまま言葉を吐き捨てたサイレースへ、クレストールは近づいて行くと、耳元で、小声で忠告するように呟く。瞬間、サイレースは言葉を失った。
そして、2人の間でしばし沈黙が続いた後、クレストールはアルサルミンの元へ戻って行った。
「とにかく、ネーヴェやアルサルミンにケガをさせてしまって申し訳なく思うけど、それ以外は順調にパーティは進んでいるよ。時間もあともう少しでおわりだし。2人はここで休んでいてくれるかい?」
セチロはそう言うと、他の男性陣の方へ意識を変える。
「せっかっくのパーティ中に悪いけど、これ以上騒ぎが起きないよう、見回りをおねがいしていいかな。俺も当然、見て回るけど」
「分かりました、いいですよ」
「あぁ、これ以上なんかあっちゃこまるからな」
クレストールもサイレースも異存はないと、セチロのお願いを承諾する。
そんな2人の脇で、アタラックスは「それなら、俺はここにいるお姫様2人のガードをしていようかな」と、楽しそうに微笑みながら呟いた。
瞬間、クレストールが当然とばかりに「アタラックスも見回りの手伝いをするに決まっているでしょう。ふざけたことを言わないでください」と、どうも既に顔見知りといった感じの発言をしてみせた。
「仕方ないですね。俺も手伝うとしますか」
「当然ですよ。なに、ひとりで女性を侍らせた状態で、堂々とサボろうとしているんですか」
アタラックスとクレストールは、そう言いながら、小部屋から並んで出て行ってしまい。その後を、セチロとサイレースが続くように出て行った。
それから、どれくらい時間が経っただろうか。
ネーヴェに治療してもらった足がズキズキと痛むのを我慢しながら、アルサルミンは憂鬱な気分で時を過ごしていた。
「アルサルミン、大丈夫ですか?」
「うん。ありがとう。平気だよ」
心配そうにアルサルミンを見つめてくるネーヴェに、笑顔を作り出して応じる。
こんな優しい親友に、これ以上心配をかけてはいけないということくらいは、アルサルミンにも分かっているのだ。
「それより、あとどのくらい時間が残っているんだろうね」
「もう少しだと思いますよ。時計を見てきますね」
ネーヴェはあるアルミンに語り掛けながら、ソファーから腰を上げると、扉の方へ向かって行き。ノブを回して扉を開いた瞬間、動きを止めた。
「えっと。なにか御用でしょうか?」
なにが起きたのかと、ネーヴェの反応を見つめていたら、ぞろぞろと花を一輪手にした男の人の集団が室内に入ってきて、それに気圧されるよう、ネーヴェがゆっくり後退していき、最後は元いたソファーの上に戻ってきた。
「ネーヴェ、俺は君のことを――」
「待った! 俺こそ、ネーヴェのことを――」
「ずるいぞ、先駆けなんて。俺だって、ネーヴェのことを――」
同組の男子たちが好き勝手に、ネーヴェに向かって告白を開始する。
そのすごさに、ネーヴェ本人もだが、脇にいたアルサルミンも気圧されるよう、男子たちの告白会を見つめてしまっていた。
そんな中、こっそりとアルサルミンの方へ寄ってきて、「実は、最近の君の笑顔に惹かれて……」と言って来てくれる者も少数派だが存在した。けれども、数は断然にネーヴェ目的の男子が多く。結局、男子たちで話し合った結果、手にしていた花を受け取ってもらうことで、ここはひとまず終わりにしようということになったようで、ひとりひとり告白を受けつつ、ネーヴェは花を受け取り続ける。
――もてるって、大変なんだなぁ。って、そういえば、今日のネーヴェって魅力大爆発だもんね。だとしても、これは凄すぎだ。
感心するべきか、呆れるべきか、悩みどころだと思いつつ、他の生徒会のメンバーがパーティが終わったことを知らせに戻って来るまで、アルサルミンはネーヴェの困った表情を眺めつづけていたのであった。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




