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 時間の経つのは早いものである。ようやくほっとできると思ったのは、約一週間前のこととなっていた。

 明日は、生徒会主催のダンスパーティ本番の日である。

 やれることはやったつもりだが、いかんせん初めての生徒会役員であり、且つ、先導してくれる先輩がいない中での主催となるイベントなのである。不手際はないか。やり残していることはないか。と、アルサルミンは不安になってきていた。それは、セチロも同じだったようである。

 当日のホールとなる場所で、会場の飾り掛けを依頼した店が派遣してきた人々が動き回る中、アルサルミンとセチロは、半ばおろおろと様子を見守っていた。けれども、もう、2人にはほとんど何も手を出すことはできないのである。できることは、見守るだけ。実際の行動はお店の人に任せるしかないのだ。

 そんな不安いっぱいの2人を心配してくれた、クレストールやサイレース、ネーヴェが付き添うようにして、顔を出してくれていた。

「大丈夫ですよ、アルサルミンにセチロ。これまでに何度も確認してきたじゃないですか。お店の方たちとも、開始前に、最終確認をちゃんとやったのですし」

「そうだよ。俺たちも付き合って、なにか手違いはないか、抜け落ちてるところはないかって、ここ数日何度も確認し合っただろ」

「えぇ、そうですわ。あとは明日を待つだけですよ。アルサルミンもセチロも自信を持ってください。先輩たちの助けが得られない中、これだけ立派なパーティを2人で成し遂げるのだと、胸を張ってください」

 それぞれが優しく、また心強く励ましてくれるのだが、きちんと終わらせるまで、不安とは容易に拭えないものらしい。

 それでも、依頼した通りに、会場となる大ホールは着々と豪華な装いに変貌していっていた。覗けないので分からないが、個室もそれなりに豪華に飾り付けられていることだろう。

 ビュッフェ用の料理置き場や、飲み物を作る場所も、事前にどのような食べ物や飲み物を用意されるか、これまでの卒業パーティや生徒会主催のダンスパーティの情報をもとに、シェフたちが主導してくれる中で話し合って決めていたため、それに合わせたものが設置されていく。椅子やソファーのレンタルも、装飾を依頼した店にお願いしていたので、希望していた形の椅子やソファーが壁に沿うように並べられていく様子が見て取れる。

 そんな感じで、店側も混乱を起こしている様子もなく順調に装飾が進められていることに、今のところ、問題はなにも起こっていないようだとは、見ていて分かるのだ。それなのに不安になるのは、なにぶんにも、未だ2人は15歳なのである。ダンスパーティに出席したことは未だ数回と経験値は浅く、ダンスパーティとはどういうものかということ自体知識がない。というところにも理由はあった。しかも、アルサルミンにとっては、高熱を出してからは初めてのダンスパーティなのである。経験なんてあったとしても、ないも同様であった。

 そんな2人が主催する側に立たなければならないのである、怖くて怖くて仕方がない、というのもある意味当然なのであろう。

「大丈夫ですよ、アルサルミン。私たちもついています。2人きりだなんて思わないでください。私たちも生徒会の一員となって、一緒に考えた企画じゃありませんか。2人で抱え込もうとしないで、私たちにも責任を持たせてください」

 後ろからアルサルミンを抱きしめながら、宥めるように、甘やかすように、ネーヴェが声を掛けてくる。

「ありがとう、ネーヴェ」

「お礼を言われるようなことじゃありませんよ、アルサルミン。当然のことを言っているだけなんですよ、私は」

「そう言われると、甘えたくなっちゃうよ。本当に」

「甘えてください。その方が、私はとても嬉しいです」

 どんどんと完成していくダンスパーティの会場を見つめながら、準備の邪魔にならないような入り口のすぐ側で、ネーヴェが両手をいっぱいいっぱいに広げるようにしてアルサルミンを抱きしめてくれるのを、アルサルミンは幸せな気分で受け止める。

 ――なんてすばらしい友人と巡り合えたのだろう。

 前世の風雅が得た親友ほどに大事に思える存在などと、二度と出会えることなんてないと思っていたのに。特に、前世で夢中になっていた『Eterrnal Love』というゲームの世界に、それもヒロインのライバルキャラに転生してしまった今世では、初っ端から大きな難題を抱えてしまっていたことで、目標はひとつに絞られ、そこに向かってまっしぐらに進む予定でいたために、親友なんて作っている心の余裕なんて存在していなかったのである。それ以前に、悪役キャラの自分に親友ができるとか思ってもいなかったこともある。

 そんなアルサルミンに、こんな優しい。しかも凶悪なステータス等を兼ね備えているネーヴェが友達に。それもこんなに親しい関係になってくれるなんて、夢のような思いであった。

 それなのに、自分のことしか考えていなかったアルサルミンは、なんとしてでもネーヴェにクレストールを押し付けて、婚約破棄に持ち込もうとしていたなんて。恥ずかしくて、これまでにアルサルミンがどんな卑怯なことを考えていたかなんて打ち明けられないくらいである。

 課金で強化しまくった無敵なヒロインを相手にアルサルミンごときが敵うはずもなく、結局あっさりと失敗に終わったのだが。

「明日は、うまくいくといいね」

「うまくいきますよ、きっと。そのためにアルサルミンがどれほど頑張っていたか、ちゃんと私は見てましたから。成功しないはずがありません」

 必死にアルサルミンを応援してくれるネーヴェに、アルサルミンは嬉しくなってきてしまい、自然と口元がほころんでくる。それと同時に、緊張もいくばくか解けていくような気がした。

 ――大丈夫、みんなもついていてくれるんだもん。

 徐々にそう思えて来たアルサルミンは、胸下に腕をしっかりと回すように抱きついてくれているネーヴェの手を上から握り込む。

 背に当たっているのは、これまでに何度も感じてきたことで覚えてしまった、ネーヴェのやわらかな胸の感触。それを意識できるくらいまで、アルサルミンは復活していた。



 思ったよりも眠ることができた翌日。つまりは、ダンスパーティを開催する当日を迎えた現在、早朝からリテラエに手伝ってもらい、アルサルミンとネーヴェは、コルセットを嫌というほど絞ってもらい、ダンスパーティに参加するためのドレスに着替え。髪を整えてもらい。お化粧もしっかり行い。準備万端な状況で。対する男性陣もダンスパーティに参加するためのスーツに着替えた状態で、ダンスパーティの会場で集合し、その後は本日の指示と確認で大わらわであった。

 飲み物を配ったり回収したりしてくれる役を引き受けてくれた人は、思っていた以上にいて、正直驚いたくらいである。みんな、いかに自分のところのメイドや使用人、執事たちが優秀かということを知らしめたいようであった。そのような事情で、借りることのできた彼らに、女性用と男性用とそれぞれ統一した衣装を配り、飲み物の配布や回収の係りをやってもらうときは、その衣装を着てもらうようお願いして、ダンスパーティが始まるまで控室で待っていてもらうようお願いして、アルサルミンたちは部屋を出た。

 その後は、料理を作ってくれる手はずになっている、上位爵位用の寮のシェフや、飲み物を用意してくれる手はずになっている、下位爵位用の寮のシェフに、再度お願いと内容の確認を行う。これは相手側が手慣れていたことで、アルサルミンたちの方が指示され教えてもらうような格好になってしまった。けれども、それが却って心強く思え、完全に任せてしまって大丈夫なのだという確信を得た感じであった。

 その後、昼過ぎに訪れて来た、ダンスパーティの音楽を奏でてくれる奏者たちに、挨拶をしに奏者専用の控室に伺うと、本日のお礼と依頼を改めて行い、演奏場所と曲目についてなど詳しく話し合う。しかしこちらも、毎年の卒業パーティに呼ばれている上、生徒会主催のイベントがダンスパーティのときも必ず声がかかるそうで、彼らの方がこの場所に慣れているせいか、心得ていると言った態度で応対され、再び心強く感じてしまった。そのおかげで、話しはスムーズに進み、ダンスパーティが始まるまで、用意されているお茶や軽食を摂りながら時間が訪れるまで、この専用の控室にて休んでいてくれるようお願いして、その部屋も後にした。

 それからは、大ホールや個室の確認に、パーティ会場内を走り回ることになった。

 昨日は、ダンスパーティの会場の装飾を依頼した店から派遣された人たちが、準備に追われ忙しそうに動き回っていたことで、確認できなかった細かな部分を含めチェックし。個室もしっかり装飾されていることを確認し、壁に沿うように並べられている椅子やソファーの配置をチェックしたりと、時間ギリギリまでダンスパーティの会場となる場所をみんなで手分けして動き回っていた。

 そして、開始時間も近くなると、奥から出来上がってきた料理が並べ始められ、飲み物係のシェフたちも配置につき準備を開始し、依頼しておいた服に着替えた飲み物を配ったり回収したりする役を請け負ってくれた者たちも、休憩室から出始めてきた。

 気づくと、演奏者たちもすでにスタンバイしていて、練習も兼ねてか、大ホールに曲が響き流れ始める。

 そんな周囲の様子を見ていたら、開始時間まで、もうあとわずかになっていた。

 扉の向こう側には、すでにダンスパーティに参加する生徒たちの大勢が、着飾った格好で、時間が訪れるのを刻一刻と待っているようである。その様子が、扉を通して、向こう側のざわついた空気から伝わってくる。

「じゃあ、開幕と行きましょう。みんなも、パーティ中はできるだけ楽しんでください。なにかありましたら、会長である俺に連絡ください。だいたい、個室側の辺りにいますので」

 セチロとしては、問題が一番発生しやすい個室の傍にいたいのだろう。

 しかしであった。

「あら、それじゃあセチロが楽しめないじゃん」

「俺はもう、十分楽しんでますよ。お二人のおかげで、目の保養もこれまでにしっかりさせていただきましたし」

 にっこり笑うと、アルサルミンとネーヴェを見つめ、「2人とも、綺麗ですよ」と告げてくる。そして、「さぁ、ダンスパーティをはじめますよ」と宣言すると、クレストールとサイレースを連れて、扉を開きに行ってしまう。

 ほどなくして、開かれた扉。同時に、パーティのために着飾った男女が次々と入ってくる。

 年少者などはパーティの経験がない人も多いようで、授業とは異なり綺麗に室内が飾られていることに、感動の声を上げたりしていた。

「あぁ、はじまったんだぁ」

「ですね。喜んでいらっしゃる方々もいて、こうして見ていると、企画した側としては嬉しいものですね」

 邪魔にならないように、壁際に寄りながら、アルサルミンとネーヴェは、お客様となる生徒たちの姿を眺め見る。

 中にはまっすぐに立食形式のビュッフェに向かって行く生徒もいるが、大半は壁の周りに沿って配置されている椅子やソファーに腰を下ろしたり、その脇で立ったままたむろったりして、会話に花を咲かせている様子であった。

 曲は流れているのだが、始まったばかりということもあり、ダンス用のスペースには人がまだいなかった。

 ――やっぱり、きっかけがないと踊りにくいのかなぁ。

 どうにかしないと。と、思っていたところで、アルサルミンに声が掛った。

「アルサルミン、踊っていただけませんか?」

 傍に来て、アルサルミンへ手を差し出すようにして、軽く頭を下げてきたのは、婚約者であるクレストールであった。

「喜んで」

 躊躇うことなく、にこりと微笑んでその手を取ったのは、儀礼上のことでもあったが、自分たちが踊り始めればそれが切っ掛けとなるのではないかと思ったからである。

 ――これも、主催者の役目だよね。

 本当ならば、一番に踊りたいのはサイレースだったのだが、婚約者がいる身では、そうもいかないのが現実である。

 一曲目は、婚約者がいる場合、その婚約者と踊るのが社交界のルールであった。それを考えると、さすがに、この場で王族でもあるクレストールに恥をかかせる訳にはいかないと、最愛の相手はサイレースと心に決めているアルサルミンでも、さすがに我が儘を言う訳にはいかなかったのである。

 その上、公爵令嬢という立場もある。

「アルサルミンと、こうして踊るのは、いつぶりくらいでしょうかね」

「春のお休みのときに、呼ばれたダンスパーティのとき以来だと思うけど」

 アルサルミンの記憶を頼りに告げたのは、春休みに公爵令嬢としてお呼ばれした、パーティでのこと。

「そうでしたね。そのころの君は、まだ、ネジが一本も外れていない状態でしたね」

 右手をクレストールに預け、背中に回されたクレストールの右腕に身を任せるようにして、左手をクレストールの肩へ添える形で、ゆっくりとステップを踏む。密着度はかなりのもので、これまでよく平気でアルサルミンは男性たちとダンスを踊ってきたなと、感心してしまう。

 正直、今のアルサルミンには、男性への免疫がゼロなので、この密着率はきつかった。

 ただ、ステップや動作はアルサルミンの体に元からしみこんでいたらしいことと。日ごろの『なんの運動なんだろう?』と思っていた、過去のアルサルミンが毎日欠かさず行っていた動きを、真似る形で現在も続けていた効果があったのか、すんなりと体が動いてくれた。そして、あの変な動きはこれのためだったんだと、得心したアルサルミンであった。

 高熱を出す前のアルサルミンは、我が儘で自分中心で自分勝手なお嬢様ではあったが、公爵令嬢として。そして、王族であるクレストールの婚約者として恥ずかしくないよう、常に努力を重ねていたのだと、改めて思い知らされる。

 ――それにしても、踊り辛い。というか、恥ずかしいというか。

 心拍数が確実に上がっているぞと思いながら、クレストールにリードしてもらいながら、ダンスホールの中を自由にステップを踏んで踊っていたら、徐々に人がダンスホール内に踏み込んで来て、踊る人が増えてきている様子を確認する。

「それにしても、今日の君は、かなり緊張しているようだけど……」

「ネジが一本飛んじゃってから、初めてのダンスだもん。踊り方なんて忘れちゃってたんだから、緊張しても仕方ないでしょ」

「ちゃんと綺麗に、いつも通り踊れてますよ」

 まさか、この密着率が原因だとは言えず、適当にはぐらかせば、クレストールが瞳を緩ませながら、アルサルミンのダンスを褒めてくれた。

 お世辞でも、なんでも、とにかく普通には踊れているらしいことは確かなようで、そのことにはアルサルミンとしても安堵する。

 そして、ほどなくして曲が終わり。軽くお辞儀をして、クレストールに促されるままついて行くようにして、ダンスホールから外れた場所へ移動する。

 これでもう、黙っていても、みんな好きなように踊りだすことだろう。そんなことを思いながら、ふとダンス用のホールの方を見ると、ネーヴェが男性とダンスを踊っている姿が目に飛び込んできた。

 ――えっ? 嘘。なんで?

 見覚えのある顔は、人気のあった隠れキャラであったため。平民の、名前はアタラックス・オイノスといい、長身のサイレースと同じくらいの身長がある、超イケメンのハイスペックな。評判では、優しく穏やかでしっかりしている、紳士キャラということであった。

 それはいいとして。

 出現条件のひとつに、ヒロインのお相手となる男性キャラを全員出現させることというのがあった。

 未だ一人、生真面目キャラのレクサブロ・サフロールという男性キャラが出現していない現状で、隠しキャラが出てくるなんて。ゲームでは有り得ないことだと、アルサルミンは心の底から驚きを感じてしまっていた。

 ちなみに、以前家庭科で作った焼き菓子を、ヒロインが失敗してしまった際に、それを食べてくれる役だったのがレクサブロであったことを、今、思い出した。

 イベントが起こらなかったので、レクサブロは、未だに出現する切っ掛けがつかめないというところだろうか。

 ――それにしても、アタラックスかぁ。

 何度かゲーム内で遭遇はしていたし、イケメンのスペックが高いキャラだとは思っていたが、こんな形で遭遇するとは思っていなかったと、アルサルミンはダンスを踊る2人を眺める。

 そこでふと、ネーヴェの来ているドレスに目がいった。

 ――そういえば、今さらだけど。あれって、たしか。プレイヤーが全員参加のイベントの一位の賞品だったんじゃなかったっけ?

 名称は魅惑のドレス。魅力が超アップするドレスで、魅力がすごーく高くないと手にできないスチール画像を手に入れやすくするために、運営が生み出したドレスだったはずである。そんなドレスが無くても鬼畜な高さの魅力を自力で持っているネーヴェには不要の産物であったのだが、一位を取ったので手に入った品であった。

 つまり、今のネーヴェの魅力は究極へと進化したということなのか?

 ピンクの制服を脱いでいる今、カリスマは減っているか無くなっているかしているだろうが、その代わり魅力が人間の枠を超えていると思われる。

 ――こりゃ、ネーヴェ大変だ。ダンス誘われまくりじゃん。きっと。

 そんなことを思って見ていたら、「アルサルミン、ちょっと失礼するよ。ダンスに誘われてしまって」と、申し訳なさそうに断りを入れて来たクレストールを、アルサルミンは快く見送る。

 ダンス用のホールに入って行く際、お相手の女性がこちらを睨み付けてきたことで、アルサルミンは首をかしげる。

 ――あの人って、別のクラスの人じゃなかったっけ?

 侯爵だかとかで、寮が一緒なのため時折目にしたことはあったが、話したことなどはなかったはずである。

 それがなぜ、睨まられなければならないのか。

 ――訳が分からん。

 そう思い、壁の花にでもなっているかと、空いている壁の方へ向かって行こうとしたら、サイレースが寄ってきた。

「もう、クレストールとは踊ったんだよな?」

「うん。誰も踊ってなかったから、誰かが踊らないとだめだろうなと思って。ちょうどいいから、クレストールと踊ってきたよ」

「だったらさ、俺ともう踊れるよな?」

 一応、社交界のルールを気にしていたようだ。サイレースも公爵なのだから、当たり前といえば当たり前となるのだろう。

「アルサルミン、俺と踊っていただけませんか?」

 手を差し出され、軽く頭を下げてみせるサイレースに、アルサルミンは踊る前から緊張してしまう。

 ――あの密着率を、サイレースと再現するわけ?

 嬉しいけど、ちょっと待ったー。と言いたくなるのを、なんとか飲み込み。アルサルミンは笑顔を作って、サイレースの手を取った。そして、さぁホールに入ろうかというところで、ホールの中からネーヴェの小さな悲鳴が響いてきたのであった。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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