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訪れた放課後。
クレストールに「もう、生徒会には顔を出さないのではなかったんじゃないですか?」等々の嫌味を言われながらも、「うるせぇな。こっちにもいろいろ事情があったんだよ」とその度に言い訳がましく返事をしながらサイレースも一緒に、生徒会室へ向かう。
ちょっとばかり、意地悪された仕返しだと思い、その間、アルサルミンはサイレースを庇うようなことをしなかったが、なんとか丸く収まったようである。
生徒会室の前に着くころには、クレストールの嫌味も終わっていた。
ノックをし、挨拶をしながら扉を開くと、中にはいつも通り、生徒会長の机にセチロが座って作業をしていた。
「やぁ、いらっしゃい」
にこやかに出迎えてくれるセチロに、アルサルミンはにこやかに笑って返す。
「セチロは、いつも早いね」
ちょっとした、心境の変化とでもいうべきか。おそらくサイレースの一件のせいで、セチロの取った行動はアルサルミン的にいただけなかったが、告白してくる際に振り絞ってくれたであろう勇気を認め、アルサルミンはセチロの希望をひとつ叶えることにしてみたのである。
「――ッ」
一瞬ビックリしたように、セチロがアルサルミンを見た後、笑みを深めて照れてみせた。
「やることがいっぱいあるので」
会話をしながら、アルサルミンは棚の鍵を開け、中からネーヴェとサイレースがまとめてくれたイベント用のノートを取り出す。
「今日は、試験の順位発表も終わったことだし、イベントについて話し合おうと思うんだ。夏休みも目前に近づいてきているからさ。夏休みに入る前日に行われるイベントの準備をそろそろ始めないとまずいでしょ」
そう言いながら、アルサルミンは席に着く。
「人気があるのは、やっぱりダンスパーティみたいなんだよね。パラパラっとだけど、見た感じから言うと」
ノートを広げつつ、ネーヴェとサイレースにまとめてもらった内容からアルサルミンが受け取った感想をそのまま口にした。
ついでに、アルサルミンが過去12歳から14歳の一・二学年の間に経験してきたイベントは、完全なる参加者側の立場であったのだが、両方ともダンスパーティだった。
だから、他のことをやるのもありだとは思うのだが。
――主催側って、こんなに大変だったんだ。
この場に来て、より実感してしまう。
ゲームで、ヒロインとしてのネーヴェを操作して、セチロを落とした時に、生徒会の役員となった四学年、五学年、六学年の三回ほど生徒会のひとりとして主催者側にまわった経験をしてはいたが、ゲームのストーリー上、試験の順位発表のイベントが済んだ後に現在同様に生徒会主催のイベントの会議が開かれるのだが、そこはご都合主義である。イベントの内容はゲームのストーリー上固定されていたので、そこら辺は文字を追うだけの作業であった。だから、意見を述べる必要もなければ、率先してなにかをしなければならない訳でもなかったので、なんの問題もなく、あっけなく生徒会主催のイベントの当日を迎えてしまっていた。
だが、現実は違っていた。アルサルミンたちが動かなければ、なにも決まらないのである。
そんなことを実感しながら、アルサルミンがダンスパーティが良いか悪いか考えている最中、助言をしてくれるように、イベント自体が初となるネーヴェが、資料から調べ出した情報を淡々と語りだした。
「私とサイレースがこれまでのイベントをまとめていて感じたことなのですが。ダンスパーティの他に、たまにですが変わり種として、日中にバーベキューとか、オリエンテーリングとか、夜にキャンプファイヤーとか、肝試しとかもやったことがあるようなのですが、生徒会に対して提出された感想はどれもいまいちといった反応ばかりでした」
「うん。生徒の割合からいうと、貴族の方が圧倒的に多いからね。自分でなにかするっていうのに慣れていないから、どうしてもそういうものは敬遠されちゃって、自分は楽しむだけの側にいて、他は人任せにできるものの方が、貴族たちの評価はどうしても上がっちゃうよね」
ネーヴェの台詞に、アルサルミンは頷くようにして言葉を続ける。
「こうなると、やっぱり、ありきたりだけど、無難なダンスパーティが一番いいのかな」
「まぁ、貴族としては、社交界入りの練習にも一応はなりますからね。イベントとはいえ、飾りつけや演奏。それにビュッフェの食事や飲み物などは本格的ですし」
アルサルミンの意見を、後押しするようにクレストールが言葉を重ねる。
生徒会主催のダンスパーティに使われる場所は、学園の自慢のひとつである大きな体育館の4階にある、卒業パーティにも使われている、授業用に用意された実践により近いものであるように作られている、周囲に休憩用の椅子が並べられ、部屋の一角にビュッフェ形式の軽食を摂れる場所や飲み物を作る場所が確保され、中央にはダンスを踊れる場所もちゃんとあり、休憩場所のひとつにもなるバルコニーもついている大ホールの他に、貴族の嗜み用となる個室もちゃんと設置されているので、会場に関しては費用面の心配は必要ない。とはいってもパーティ用の飾りつけは必要だが。
お金と準備の面での問題は、ダンス用の曲を奏でる演奏者の用意と、ビュッフェの料理を用意してくれる人たちに。飲み物を作ってくれる人たち。そのそれぞれの材料費。それに、飲み物を配り回収してくれる人たち。それから、会場をパーティ用に装飾してくれる人たちだろうか。
それ以外の問題となるのは、小さいころからワインに親しんできている貴族たちを相手に、お酒を出すか出さないかである。
ただし、これまでのダンスパーティのイベントの詳細がまとめられた部分を見ると、演奏者は学園側にお願いすると、お金はかかるが、毎年行われる卒業パーティのときに演奏してくれる奏者を紹介してもらえるらしいし、装飾に関しても同様で、卒業パーティのときに利用している店を紹介してもらえるそうだ。それから、ビュッフェの料理や飲み物の作成も特別手当を出すことで、男女の上位爵位用の食堂のシェフたちや男女の下位爵位用の食堂のシェフたちが用意してくれるらしい。食材に関しても費用はこっち持ちなのは当然として、シェフたちとメニューを考える必要はあるが、それさえ決まれば、シェフたちが用意してくれるらしい。
それと、飲み物の配布役などは、貴族たちが各々連れてきているメイドや使用人、執事などが、引き受けてくれているようだ。各自の連れて来た自慢のメイドや使用人、執事などの有能さを披露できる場にもなるので、貴族の生徒たちが喜んで提供してくれるという。
となると、残りの問題は。お酒である。出しているときの方が評判はいいが、喧嘩などの騒動や、絡まれる被害者も多いとある。
それを考えると、評判だけでは決めかねるところがあった。
「お酒なんだけど、セチロはどう思う?」
生徒会長の席でこちらの話を聞いていたセチロに、アルサルミンは聞いてみる。
仮に決めるのがアルサルミンたちだとして、それに実行許可の印を押すのは生徒会長であるセチロなのである。
「そうですねぇ。お酒を出す場合は、荒事などが増えるだけでなく。カクテルなどの材料費も加わりますしね。悩めるところはありますが、ワインなどでアルコールには慣れている人が多いのも事実ですからね」
「そうなんだよねぇ、評判としてもその方がいいし」
「ワイン以外のアルコールを口にできる機会は、僕たちの年齢では機会が少ないですからね。好奇心もあるのでしょう」
「そうかもしれませんが、12歳や13歳や14歳の成人前の子供たちもいるのですし。平民は成人していても貴族ほどにはアルコールに慣れていませんし。できれば、お茶やコーヒーをホットでなくアイスに変えたりもして、アルコール抜きにした方が安全なような気がします」
貴族故か、アルコールありきに傾きかけていた、アルサルミンやクレストールの意見に、ネーヴェが反論するように告げてきた。
「俺は、アルコールある方が嬉しいけどな」
素直に自分の好みを主張するサイレースに、ネーヴェが軽く睨み付けた。
――今のは、私を泣かせたことの恨みも含まれているんだろうな。
そう思ってしまったのは、アルサルミンの勘でしかないが、おそらく間違えてはいないだろう。ネーヴェとはそういう優しい人なのだと、アルサルミンはこれまでの付き合いから、察していた。
――たった一人かもしれない。でも、今世でも手に入れたよ、大事な親友を。
前世で、唯一無二の親友となってくれた子に向け、アルサルミンはそっと心で報告する。
前世の記憶を取り戻すことなく、今のネーヴェに出会っていたら、どうなったんだろう。そのとき、アルサルミンは今のようにネーヴェと付き合えたのだろうか。
おそらくきっと、無理だったであろう。そう思うと。
――孤独に耐えられずにいただろうな。
取り巻きの乙女たちはすべて奪われ、そのことで周りから嘲笑され。元乙女たちからも陰口を叩かれ。更には、クラスのリーダーの座も奪われ、セチロからはネーヴェを生徒会に勧誘して欲しいと頼まれ。
クレストールは、現在のアルサルミンに接するときのような甘さはなく、どこか常に一線を引いた距離に立っていて。婚約者としての特別待遇は望めず。サイレースも、同じ公爵の子供としてアルサルミンとそれなりに接してくれていたが、今みたいに気軽に頻繁に接してくることはなかった。
それに、セチロが仮にアルサルミンに告白をしたところで、以前のアルサルミンにとっては、王族の婚約者であることが最優先であったから、見向きもしなかったことだろう。といより、他者に告白させるような隙など作らなかったように思われる。
そんな中に身を置いた場合、自身の持つ気位の高さと我が儘な性格により、心がきっと荒み切ってしまったことだろう。その結果、ゲームのように、ヒロインをいじめる悪役のライバルキャラのように、ネーヴェに敵対心を燃やす悪役令嬢となり果ててしまっていたかもしれない。
――頑張り屋なのに、とても寂しい人だったんだよね。私って、本来なら。
それを変えてくれた、前世の記憶。
この世界に関する情報の入手もだが、なによりも考え方が一転してくれたことが大きかったと思うのだ。そこには、風雅にとってとても大切な親友の存在が大きく影響を及ぼしていた。彼女がいなかったらと思うと――。
「私も、ネーヴェに賛成かな。子供がいるし。お酒なら今年から参加できる卒業パーティで飲めるじゃん。それにサイレースは公爵なんだから、夏休み中に一つや二つ。三つや四つ、パーティへのお誘いがかかる可能性が高いでしょ」
卒業パーティは、15歳から参加できるのである。つまり、子供の参加は許可されていないのだ。
ついでに、パーティを開くのは、貴族のステータスのひとつ。お金や手間はかかるが、自分が主催となるパーティを開きたがる貴族は多い。そんなパーティに最高位の公爵を招いたとなると、顔の広さを示したようなもので、自慢のひとつになるというものである。
そう考えると、サイレースの意見は却下でいいと、アルサルミンは考えた。
「それなら、イベントの方は子供に合わせてあげた方がいいじゃん」
「そうですね。それに低学年の生徒にお酒は禁止と言っても、完璧な監視などできないのですから、飲む子は人目を盗んででも飲んでしまうでしょうし。間違って飲んでしまう子もいるでしょうから、俺もお酒はなしに賛成です」
アルサルミンの意見に、セチロも賛成してくれたようである。
これで、たとえクレストールがお酒を出すのに賛成しても、人数的に3対2となり、お酒なしの方が有利となる。そのため、満足げに笑うアルサルミンだったが、クレストールが想定外の質問をしてきたことで、気持ちが一気に切り替わる。
「お酒はなしの方向で僕も賛成ですが、個室の使用の方はどうしますか?」
クレストールに指摘されて、アルサルミンはその問題を思い出す。
――そうだ、それもあったんだった。しかも、ある意味難題である。
貴族の嗜みとして用意されている、個室。授業で習う用途は休憩場所とされているが、噂で聞く使用目的は、紳士淑女の一夜の交遊場所とされていた。
まさか、学校のイベントでそんなことに使う人はいないと思うアルサルミンではあったが、我が校には。というか、同組にはチャラ男とゲーム仲間内では呼ばれていた、女を食いまくっているという設定を持つ男。アレジオンが存在していることを思い出す。
「休憩用には、大ホールの周りにイスを用意するし……」
個室は使うのをやめようか。と、提案しようとしたのだが、個室の用途を授業通りに捕らえているらしいネーヴェが、使用に賛成する方向で意見を述べてきた。
「私たち平民は、人前でくつろぐことに慣れていますから椅子で適当に休憩をとれますが、貴族の中には。特に上位貴族の中には、人前では休憩を思うように取れない方も多いと思います。それに、大ホールの椅子では、慣れない靴を履いて、靴擦れを起こしたとしても、貴族の方たちは脱ぎたくても脱げないでしょうから。そういう方のためにも個室は用意しておいた方がよくはありませんか?」
「そういうのをすべてひっくるめて我慢するのが、上位貴族っていうか、貴族全般の嗜みなんだけどね」
とほほ。と思いながらも、アルサルミンは厳しい現実を口にする。
「そうなんですか? アルサルミン」
「残念ながら、そういうものなんだ。貴族って生き物は」
無用な見栄の塊で出来ているのが、貴族なのである。今のアルサルミンにとっては、本当に困ったことに。
「大変なんですね」
「分かってくれる? さすがネーヴェ、嬉しいなぁ」
「そこで喜んでちゃ、全然嗜んでねぇだろ。他の貴族の見本となるべき最高位の公爵なんだぞお前は、今度のイベント、本当にパーティでいいのか?」
なんだか心配になってきた。と、公爵仲間のサイレースが頭を抱える。
「大丈夫ですよ、その辺のフォローはきちんと僕がさせていただきますから」
サイレースを挑発するよう、クレストールがにっこり微笑む。
「このおおらかさが、アルサルミンの魅力のひとつなのですから。貴族の嗜みなどに縛られて、身動きを取れなくしてしまうなんて勿体ないでしょう」
「そんなこと、いちいち言われなくても――」
最後の方は、言葉を飲み込み、音にしてくれなかったけれども。続く言葉が『分かっている』といったものだったとしたら。そうだったら、どんなに嬉しいことだろう。
そんなことを考えていたら、アルサルミンは自然と頬が緩んできてしまった。
そんな中、ネーヴェの中では、疑問が生じ始めているようである。小さく呟き始めていた。
「でもそれじゃあ、個室って……」
「いいこと! ネーヴェ。知らない。いえ、知っている男性でも、誘われたからって個室に入っては絶対にダメだからね! これは噂だけど、パーティにおける個室って、一夜の紳士淑女の交遊の場と言われているんだから。おいしいこと言われても、ひょいひょいついて行ったら、本当に絶対にダメだからね! なにされちゃうか分からないんだから」
「え?」
思いもしていなかったのだろう。アルサルミンの台詞を耳にして、ネーヴェが珍しく両頬をピンクに上気させ、それを隠すように軽く両手を頬に宛てる。
「そうだったんですか。私ったら、そういうことに疎くて」
「ていうか、アルサルミン。お前だって同じだぞ。人に注意するからには、自分も気を付けろよ」
「あら、私は大丈夫よ。そんな心配いらないもん。ネーヴェ違って、誘ってくれるような人、いないから」
みんなの人気者な魅力あふれるネーヴェならいざ知らず、元が嫌われ者の上に、今ではネジが一本飛んでしまったと、遠巻きにされてしまっているアルサルミンである。声がかかるわけがない。
そんな自信の表れから、アルサルミンは笑みを深くし、自信満々に答えてみせた。
が、それはいいとして。
「って、つまり個室って使用することになったの?」
「ネーヴェの意見も一理あるし。それが本来の使われ方だから、いざというときのために個室は使えるようにしておいた方がいいと、俺も思うよ」
「そうかぁ。セチロがそう言うんじゃあ、個室は解放の方向で……」
それならば、ネーヴェの貞操は、アルサルミンが守ってみせると決意を固め。メモに決まったことを書き出していく。
「今できることは、これくらいですね。あとは、学園側と交渉して許可を貰ったり、紹介してもらったり。後は、シェフたちにお願いに行ったり、貴族の方々にメイドや使用人、執事を貸してもらえるよう頼むことでしょうか」
「そうだね。そんな感じかな」
セチロが今後の予定を口にしたことで、現実味を増してきた生徒会主催のイベントに対し、アルサルミンも大きく頷く。
「じゃあ、夏休み前日のイベントはダンスパーティで決まり、でいいですね」
「あぁ。長々と話し合っている時間もないし、上級生の生徒会役員がいない今の俺たちにはできることが限られているからね。せめて、みんなが楽しめるパーティにしましょう」
クレストールが断定するように告げると、セチロは同意してみせる。そんなやり取りを目の前にして、アルサルミンとしては、ずっと気になっていたイベントの方向性がかなり固まったことで、ホッとしていた。
「ネーヴェ、サイレース。この資料、とても見やすくて、助かったよ」
「お役に立てて、嬉しいです」
「ほとんど、ネーヴェにやってもらったようなんだけどな。お前の役に立ったっていうなら、よかったぜ」
穏やかに和わらかく笑うネーヴェと。いつも通りの態度に戻ってくれたサイレース。アルサルミンはそれが嬉しくて、2人が作ってくれたノートを両手で抱きしめながら、これは宝物にしようと、心に決めた。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




