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 生徒会室の中へ入ると、驚くことに、アレジオンが既にイスに座っていた。

 これは珍しいことだと思い、アルサルミンが見つめてしまうと、アレジオンが視線に気づいて、アルサルミンへ笑顔を向けてきた。

「そんな驚かないでくれるかな。俺だってたまには早く来ることだってありますよ」

「とか言ってますが、噂から逃げてきたそうですよ。お陰で俺は助かってますが、アレジオンは災難でしたね」

 イオンの元想い人として名前が上がっている、アレジオンとセチロが2人で揃って肩をすくませる。

「まぁ、困っている女性を助けるのはやぶさかではありませんが。噂に火をつけてしまったのは、失敗でしたね」

「って、そうだった。イオンが温室の方へ行ったそうなんだけど、アレジオンはイオンに会ったの?」

「えぇ。中庭へ出ようかと思っていたところへ、イオンが飛び込んで来たのでびっくりしましたよ。ひどく興奮しているようでしたので、ハーブティを入れて差し上げたのですが、落ち着いて来たころに貧血を起こして、倒れてしまいまして」

「倒れたって、それでイオンはどうしたの? マイスリーは?」

「俺がいたので、マイスリーは中に入ってこれなかったようですね。ですが、イオンが倒れたことで、驚いて中に飛び込んできましたよ」

「今は、保健室にいるそうです。ここへ来る前にアレジオンが覗いて来たそうですが、マイスリーが付き添ってくれているようなので心配ないと思いますよ」

「それってつまり、もしかして、アレジオンは単体でサボりだったってこと?」

「まぁ、そうなりますね。つい、花の面倒を見始めてしまって。区切りがつかなくなりまして、気づいたら放課後でした」

 にこりと笑い、あっさりと告げられた事実に、ちょっとがっくりきてしまう。

 ケンカした2人を仲裁してくれていると思っていたのだが、そんなことは微塵もしていないらしいことが判明してしまう。

 そのことに呆れていたアルサルミンは、アレジオンが言い足すように口を開く。

「そうそう。保健室の先生の話しでは、精神的ストレスと睡眠不足が原因らしいですよ。気丈に振舞ってはいましが、かなり無理していたようですね」

「そうなんだ……」

 あの取り巻きの乙女たち5人を抱え込んでいるだけでも、かなりのストレスだっただろうに。マイスリーとのことがあったり、セチロの父親に突撃されたり、噂の的になったりして、落ち着けるときがなかったのかもしれない。

「ここずっと、食が細かったからなぁ」

「そうですね。もう少し気を配っておくべきでした」

 ネーヴェも察していたようで、アルサルミンの弁に同意する。

 だからと、後悔ばかりしていてもしかたがないことで、アルサルミンは顔を起こした。

「今はマイスリーが付き添ってくれているなら、問題ないかな。活動時間が終了したら迎えに行くよ。保健室で夜を越させるわけにもいかないし。アレジオン、教えてくれてありがとう」

 報告してくれたアレジオンに感謝の意を示すと、アルサルミンは自分の席に着く。それに倣い、みんなも席に着いたころ、ハルシオンやレクサブロやアタラックスが顔を出す。

 それを受け、ラミクタールは席を立ち、お茶の準備を開始する。

 そんな中、席に腰を落ち着けながら、ハルシオンが口を開いた。

「マイスリーの奴、出たきり戻って来なかったんだけど、行き先は知ってるか?」

「それだったら、私たちも教えてもらったところだよ。保健室で寝ているイオンに、ずっと付き添っているみたい」

「保健室で寝てるって、イオンどうかしたのか?」

「なんか過度のストレスで倒れちゃったみたい」

「あー……、そうういことか。そりゃ、マイスリーとしても責任感じるところだな」

 納得したというようにハルシオンは呟くと、前髪を掻き上げる。

「ところでさ、なんでアレジオンの名前が噂に上ってんだ? セチロの噂が打ち消されてるぞ」

「それは、温室で花の世話に夢中になったアレジオンが、午後の授業を全サボりしたから。イオンとマイスリーの不在と重なっちゃってて……」

 生徒たちが噂に惑わされている最中、教師たちがイオンに関してなにも追及しなかったのは、保健室にいることを知っていたからということらしい。ついでに、アレジオンは時々サボるので、いなくても気に留めることをしていないようだ。

 そんなことをハルシオンに説明をしている間に、お茶を入れ終えたらしいラミクタールが、みんなの前にお茶とお菓子を置いていく。なんとなくその様子を見つめながら、差し出されるままお礼を言いつつ受け取るスプリセルやクレストールの態度から、2人にとってラミクタールは信用できる相手なのだと、今更のように思ってしまう。

 そして、可愛らしい笑顔を添えて、アルサルミンの前にもお茶とお菓子を並べてくれる。

「ありがとう、ラミクタール」

「今日のお菓子は、美味しいと評判のクッキーです。アルサルミンも興味を引かれていたので、マニエータに買ってきてもらったんです。お口に合うといいのですが」

「わー、わざわざ買ってきてくれたの? ありがとう」

 思わず、机が間になかったら、抱きついているところである。本当になんて優しいのだろうと思いつつ、ラミクタールが席に着くのを待って、みんながお茶に手を出すのと同時に、アルサルミンは早速とばかりにクッキーを手に取り口に放り込む。

「んー、美味しい」

 サクサクとした歯ごたえと、口の中に広がるバターの香りをまとった甘い味を堪能しつつ、アルサルミンはお決まりの台詞を口にする。

 続けてお茶を飲み、ひと心地ついた気分で少しまったりしていると、ラミクタールが生徒会長のセチロに向けて話しかけていた。

「あの、ホールボーイの募集に関してなのですが。よろしいでしょうか?」

「どうかしましたか?」

「いえ、それが。ホールボーイを募集している話しをしたところ、私のメイドが、一般生徒の方にお願いするのなら、生徒会役員である私が率先して行動するべきだはと言って、募集に応じたいそうなのですが……」

「そういうことでしたら、大歓迎ですよ。でもそうですね。言われてみれば、俺たちが率先して行動すべきかもしれませんよね。俺も聞いてみることにします」

 ラミクタールの申し出を快く受け止めたセチロは、少し考えるようにして呟く。

 それには、他の生徒会メンバーも同意する部分があったようである。男性陣は断られるのが前提で、声を掛けてみると言い出した。

 執事との力関係が、みんな微妙に怪しいところがあることで、自信がないようである。ただし、上位爵位用の男子寮の2階を陣取っているメンバーの内、1人でも了承が取れれば、他の執事たちも折れるような気がしたのは、なにげにみんな繋がっているように感じたからであった。

 ――まぁ、それはどうでもいいんだけどね。

 問題とするならば、ラミクタールの方である。

 穏やかで、優しくて、とてもか弱く見えるのだが、ヒロインだけあって芯はとても強いようである。夏休み開始前日のダンスパーティに対する姿勢は、今回のホールボーイもだが、ポスターの件も含め、かなり積極的であった。

 ――うかうかしてたら、ラミクタールも自分で幸せを掴みに行きそうで、危険すぎる。

 油断していたら、ネーヴェやイオンの二の舞になりそうな気がしてしまう。

 ――もしかしなくてもだけど、私ってヘタレなのか?

 なんとなく、これまでも疑問を感じなくはなかったのだが、なるべく触れないようにしていた事柄に、ちょっぴり向き合うことにする。

 イオンも、外見はヒロイン系ということもあったし、なにより自分で婚約者を見つけてしまったことで、かなり前向き思考だと思っていたのだが。それは無理していたからで、本当はとても繊細なようである。

 ――ライバルキャラの方がメンタル面で弱いって、それはそれで問題がある気がするんだけど。

 もちろん、悪役ライバルキャラであるアルサルミンも含めてである。

 その辺は、認めなければならないかもしれない。アルサルミンも、イオンの立場だったら、ストレスで押しつぶされるかもしれない。

 ――イオン、気づいてあげられなくてごめん。

 食が細くなっているのに気づいてはいても、イオンなら乗り越えるだろうと思っていたのは、大きな間違いだったようである。もっとちゃんと気にかけておくべきだあった。

 ――そもそも、ネーヴェだってなにげにストレスは溜めているとは思うんだよね。

 平民だったネーヴェが、王太子の婚約者となったのである。特に貴族の女生徒たちからなのだが、妬み嫉みを向けられてはいるのだ。しかも、ヒルドイドの不貞による婚約解消なのは明らかなのだが、真実を都合よく捻じ曲げて、ネーヴェがデルモベートを唆したように語る者もいたりする。

 それでも、ネーヴェは毅然として立ち向かっているのだ。なんらかの行動に出るとかではなくて、精神的な意味でだが。

 ついでに、アルサルミンがネーヴェを溺愛しているのは、知られていることだし。デルモベートの弟であるクレストールも側に控えていることで、直接的な行動に出てくる勇気がある者は、そうそう存在していないので、聞き流し受け流していくしかないことをネーヴェもそれを理解しているようである。

 諦めもあるのだろうが、他人の目を気にして神経をすり減らしてすごすより、アルサルミンと共に学園生活を満喫する方へ、意識を向けてくれているようだった。

 ――ヒロインってすごいよね。

 そのくらい芯が強くないと、ヒロインは演じられないということなのかもしれない。

 しかも、風雅の親友の徹底的な援護があるのだ。ラミクタールも着実に成長しているようである。この間の更新で、ラミクタールはさらに強化されたことだろう。ネーヴェもだが。

 ――これ以上、ネーヴェが無敵化したら、もう手の出しようがない気もするけどさ。

 放っておいたら、配管工のおじさんが主人公をしているゲームの、スターを食べた状態に突入しそうである。

 否。既にそうかもしれない。

 そうなると、同じヒロインであるラミクタールも、いずれはそうなる可能性があるということである。

 ――うわー、そうなったら手も足も出なくなっちゃうじゃん。

 そうなる前に、手を打ちたいところである。

 ――本来のエンディングである、3年後の卒業パーティに照準を合わせたいのに……。

 このままいくと、時間をかけてじっくり攻略する『Eterrnal Love』とは対照的な、気楽に遊べることも売り文句としている、姉妹版の『私の王子様~やさしさに包まれて~』のエンディングに合わせるようになるのだろうか。そうなると、プレイ期間は4年生の1年間だけとなるのだ。

 ――それって予定外もいいところなんだけど。

 これから3年間かけて、ラミクタールの悪役ライバルキャラとして頑張っていく予定が、スプリセルの乱入で大きく崩れてしまったということなのだろう。

「やっぱり殴りたい」

「あ? なに物騒なこと言ってんだよ。ていうか、スプリセルが傷害事件に巻き込まれたら、お前が犯人扱いされるぞ」

「ちょっと待て。まだ、俺に危害を加えようとしてるのか?」

 サイレースが呆れたように呟くのを聞き、スプリセルが慌てたように告げてくる。それに便乗するよう、クレストールが笑顔を浮かべる。

「スプリセルは一度、完全にアルサルミンの機嫌を損ねさせましたからね。身の危険を感じるのでしたら、席移動をお勧めしますよ」

「は? さり気に俺を追い払おうとしてるだろ。残念だろうが、あそこの席から移動するつもりはないぞ。けっこう気に入ってるからな」

「はっきり言って、邪魔でしかないので。早々に移動してください。1人が寂しいのでしたら、サイレースの隣も、ネーヴェの隣も、ラミクタールの隣も空いてますよ」

「ちょっと待て。俺は、あそこにひとりでいるのが好きなんだよ。スプリセルを押し付けないでくれるか? お前の従兄弟だろ。つーか、寄越すならアルサルミンにしてくれ。それなら喜んで引き受けてやるぞ」

「それでしたら、私だって喜んで受け入れさせていただきますよ。アルサルミンとでしたら、いつでも大歓迎です。スプリセルでしたらお断りしますが」

「ネーヴェまで、そういうこと言うか?」

「アルサルミンを侮辱したことを知らないとでも思っているのですか? 好き放題に仰っていたことは、忘れたりしませんよ」

 にっこりと笑い、和らかな物言いをしつつ、スプリセルをしっかり脅すネーヴェは格好良かった。

「なんか、俺っていじめられてないか? 前の学校だと、人気者で引く手あまただったんだけど。この学校って、王族にも容赦ねぇな」

 スプリセルは苦笑を浮かべぼやいてみせる。

「ラミクタールは是とも言ってませんが、否とも言っていませんよ。有り難く隣に座らせてもらったらどうですか?」

「私はそれでもかまいませんけど。ですが、今のスプリセルの席と比べて、なんの得にもならない場所ですが」

「ちょうどみんなが避けそうな場所だよな、あそこって。中途半端で」

「えぇ、そうですね。だからあの席へ移動したと言ってもいいくらいですから。私にとってはとても都合のいい席です」

 スプリセルの毒舌に、ラミクタールはまろい笑みを浮かべて応じる。物言いはとても柔らかいのだが、台詞の内容的には、ひとりで居たいからあの席へ移ったとしか聞こえなかった。

 受け入れると言いつつも、実際は拒んでいるといった感じだろうか。

 ――この2人も拗れてるからなぁ。

 スプリセルが中途半端に決まり文句を口にしたものだから、ラミクタールの警戒度数が限りなくアップしてしまっているのだ。

 そんなことを考えつつ、アルサルミンは最後のクッキーを口へ放り入れ、お茶を飲み干すと、「よいしょ」とわざと声をあげて立ち上がる。それを機に、みんなもお茶を飲み干して、気持ちを入れ替えたようであった。

 なので、話題を提供してしまったお詫びは、これで返したことにする。

「今日は、資料のまとめの方をしちゃっていいのかな?」

「そうですね。ホールボーイの募集の結果はまだ少し先にならないと分かりませんから。今日のところは、いつも通りに資料のまとめをしてください」

 ラミクタールがみんなからカップや皿を回収していくのを視界の隅に留めつつ、アルサルミンはセチロへ確認を取ったことで、後ろの棚から資料とノートを取り出して、仕事の準備を開始した。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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