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 いつも通りに4人で登校し、いつも通りに教室へ入る。そこには、いつも通りの光景が広がっていた。

 イオンの取り巻きの乙女である5人は黙々と、火曜日の花瓶に花を挿し、カーテンはタッセルでまとめてフックに引っ掛け、机を拭いていた。イオンとラミクタールはそれを手伝いに行き、アルサルミンとネーヴェはそれを見送り、それぞれの席に別れる。

 席に座る際、侯爵令嬢4人組の姿を探すが、誰の姿も見当たらなかった。

「おはよう、クレストール」

「おはようございます、アルサルミン」

 小難しそうな本から顔を起こし、クレストールはアルサルミンの顔を覗き込んでくる。

「ん? なに?」

「昨日、かなり疲れていたと聞いていたもので」

「もう大丈夫だよ」

 レクサブロが報告したのだろう。真っ直ぐ見つめてくるクレストールへ、アルサルミンは笑みを零す。

 データのダウンロードで眩暈がしていたなんて、言えるはずがあるわけない。

 しかも結果は徒労という。

「それより、なにかあるの?」

「最近、色々と手を広げ過ぎているんじゃありませんか?」

「んー、否定はしないけど。でも、なんとかしたいことばかりなんだよねぇ」

 キャパシティオーバーなのは分かっているが、どれも手が抜けないのである。

「私も情報収集能力を身につけないとダメかなぁ」

「イオンの噂の流出元が知りたいそうですね。お調べしましょうか?」

「頼みたいところだけど、ハルシオンのこと頼んじゃってるから」

「そうでした。そのハルシオンの件ですが、叔母が動き出したみたいです。それで、ヒルドイドの件では温情をかけたようなものですから、責を問われなかったストラナー家が名乗り出てきましてね」

「話しが丸きり見えないんだけど」

「ハルシオンが貴族の生まれみたいだという話しは、以前してましたよね」

「なんか、そんなことを聞いたような」

 2人のことを調べまくっているときに、確かにそんな話題があがっていたことを思い出す。そして、アルサルミンが過去を遡るよう、記憶を掘り起こしている途中で、クレストールは話しを進めてしまう。

「それで、叔母が本格的に調べたところ、ストラナー公爵家の傍系の末端らしいのですが、人が良すぎて没落し、血族からも見放され、1人息子を捨てて夫婦で逃げ出したという家が見つかったそうです。それで、叔母がそのことを調べていることを察したストラナー公爵家が名乗り出てきて、当主の弟夫婦に子供がいないという話題を振ってきたそうです。傍系とはいえ、ストラナー公爵家の血縁ですし。この学園へ入学するだけの才があるのならば、養子として引き取ることもやぶさかでないと」

「なんでそう、話しを大きくするかな。ハルシオンの学力なら、国営の研究所への推薦をもらえるでしょ。だから、養親との養子縁組を解消させてくれて、養親から就職するまでの間に必要だと思われる費用を慰謝料として払ってもらえば、それで済むことじゃん」

 マイスリーの時も感じたのだが、もっと静かにできないものかと。特にハルシオンの養父は金持ちではあるが、平民である。だから、こっそりと養子縁組を解消し、当座の必要経費を養父からふんだくってくれたら、それだけでもう御の字なのだ。

 ハルシオンだって、貴族に戻りたいとは思っていないだろう。多分ではあるが。

 しかし、話しはそういうことじゃないようである。

「ストラナー公爵家としては、王族相手に借りを作った状態のままいたくないということでしょう」

「そういう取り引きって、全然嬉しくないんだけど」

「アルサルミンとしては、そうかもしれません。ですが、当面の生活費の心配は一切なくなりますし、ストラナー公爵家の当主になれとか言っているのではありませんから。それどころか、慈善事業の一環として子供を引き取るという感覚でしょうから、家名に縛られることはせずに済むと思いますよ」

「政略結婚に利用されたりとかは?」

「王族へ作った借りの清算ですから、そういうことにも使われないと思います。叔母が目を光らせるでしょうし、そんなことをして後で発覚したら、王族からの信頼を失うことになります。そうなったら、ストラナー家もお終いですから」

「こともなげに、とんでもないこと言ってくれるなぁ」

 どこもかしこもお家騒動である。それに子供を巻き込まないでほしいと思ってしまう。

「ですから、乱暴な手段だと事前に伝えていたではないですか。とは言いましても、僕としても計算外だったことは認めます。まさか、ハルシオンの出生まで辿るとは思っていませんでしたから」

「なんていうか、甘く見ていたかも」

 奉仕活動好きとはいえ、王族や貴族に救出の依頼をするという意味を、深く考えていなかったのが、間違いのもとであった。

 新たな養子縁組先まで用意するとは、想定外である。

 しかし、クレストールは少し違った見解を持っているようであった。

「甘く見ていたのは同意しますが、僕は、正直これも有りだと思っています。養子縁組を解消し、ハルシオンを孤児に戻して終わりにしてしまったら、貴族の極秘情報を抱えている孤児となりますから」

「え? なに、その物騒な言い方。っていうか、極秘情報って?」

「ハルシオンを捧げ物として要求していた貴族の女性の中には、高位の人も含まれているはずです。ハルシオンが告発すれば不貞がバレてしまい、身の破滅へ追い込まれる女性もいるでしょうし。相手が子供と思い油断して、寝物語で重要なことを話してしまっている方もいると思います。そうなりますと、最悪、命を狙われることになりかねません。ですので、ストラナー公爵家に引き取ってもらえば、それだけで牽制になりますから」

 そこまで話が広がっていくとは思ってもみなかったため、頭が下がる思いがしてしまう。

「そういうことですので、ハルシオンの方も動き出すのは時間の問題かと。ただ、叔母たちが本格始動するときは、万全の状態で行うでしょうから、あっという間に終わってしまうと思いますが」

「お任せします」

 それしか言えずに、アルサルミンはクレストールへ改めてお願いする。

「お任せください。ですが、ハルシオンとしては不本意極まりないでしょうから、少し荒れるかもしれませんね」

「だね」

 しかし、命がどうのというところまで話しが発展されてしまうと、そんなことは言っていられない気がしてしまのだ。

 ――あのガラスのハートボーイめ。

 今更だし、イオンの将来の旦那様なので諦めるしかないが、それでもマイスリーが女性であったらと思ってしまう。

 ――というか、新たに投入されてきた恋愛対象キャラたち、冗談抜きで、設定が重すぎるんだけど。平和をこよなく愛する運営は、急にどこへ行こうとしたんだ?

 とはいえ、スプリセルは風雅が死ぬ前には生まれていたキャラなので、運営としても過去に暗い影を落としている男の子というものに、なんらかの期待を込めていたのかもしれないが。

 そもそも、乙女ゲームであって、救済ゲームではないのだ。アルサルミンたちが取ろうとしている行動は、運営の守備範囲外の事柄となるのだろう。

 ――まぁ、でも。これでハルシオンは目処がつくのか?

 こうなってしまったら、アルサルミンにできることはないので、クレストールの叔母とストラナー公爵家に頑張ってもらうしかないのだろう。

 ――っていうか、ん? あれ?

 思わず、不意に思いつく。

「ってことは、ハルシオンも公爵用の部屋に移動?」

「ですね。話しが順調に進むのでしたら、そうなるでしょうね」

「おー、それはいいかも。マイスリーと一緒になれるじゃん」

 ハルシオンの精神安定剤は、やはりマイスリーだと思うのだ。

 これは、後始末はマイスリーへ託してしまおうと、アルサルミンは考える。

「でも、男子寮の2階が4年生で埋め尽くされていくね」

「女子寮だって2階は4年だけですよね」

「まぁ、そうだけどさ。でも、こっちは3人だし」

 癪ではあるが、ラミクタールにスプリセルを攻略させて、4年生4人というのもいいと思ってしまう。

「でも、うん。クレストールありがとう」

「いえ。約束ですので」

 心から感謝の気持ちを込めてアルサルミンがお礼を述べると、クレストールはあっさりと応えただけで、用事は済んだというように本へ視線を戻してしまった。



 朝のショートホームルームで、昨日職員室の机の上へ置いておいたペーパーが、担任の教師の手から無事に組内の生徒全員に配られたのを受け、肩の荷がひとつ下りていくのをアルサルミンは実感する。

 ポスターの出来栄えの良さから比べると、文字だけが羅列されたペーパーに華など微塵もなかったが、内容がきちんと伝わればいいので、そこに固執することはやめにする。

 ちなみに、ポスターの評判はかなりいい感じの手ごたえであった。ショートホームルームの後の短い休み時間に、わざわざカレーラたちが足を運んで来てくれて、「今年はポスターを作ったのですね。素敵でした」と褒めてくれたのは、とても嬉しかった。ただし、功労者は美術部となんでもやってみよう部とラミクタールとレクサブロだと思うので、その辺のことはきちんと伝えておく。

 ――にしても、わざわざ感想を述べてくれたってことは、それだけダンスパーティが楽しみだったということだよね。

 結果的に、ダンスパーティにしてよかったということだろう。そう思うと、自然に笑みが零れてくる。

 しかも、もちろん中には『今年もかよ』という声があるようだが、全体的にはすんなり受け入れられているようであった。特に女生徒たちは、ダンスパーティに着ていくドレスについて話し始めていた。

 ――うんうん。100%賛成ってことは、無理だからね。これくらいの反応なら、まずまずって感じだよね。

 手ごたえとしては、これくらい感触が良ければ問題ないだろう。そんなことを休み時間の度に思いながら、アルサルミンは午前中を過ごしていった。

 そして昼休みになると、クレストールとスプリセルを見送り、いつものメンバーで生徒会室へ向かって行く。

 ノックをし、「失礼します」の挨拶と共に扉を開けて中へ入ると、セチロとスプリセルとマイスリーがすでに席に座っていた。それぞれの席の前の机の上にサンドイッチとジュースが配り終えられた状態で、準備も万端といった感じである。

「配ってくれてありがとう」

 席に座る際、アルサルミンたちがそれぞれお礼を言うと、マイスリーがセチロの方を示してみせた。

「僕たちが来たときには、セチロがそれぞれの席へ置いてくれていたんです。僕たちとしては一番乗りといった気分で来たのですが」

「あ、そうなんだ。セチロって生徒会室に住んでいるイメージだよね」

「そこまで酷くありませんよ。ちゃんと授業には出ていますし、寮にも帰ってますし」

「そうだよ。セチロもあの侯爵スペースの住人だったっけ」

「あの? って……、あぁ。そう言えば、土曜日の午後に単身で乗り込んで来たそうですね。俺はあの日、父に呼ばれて別邸の方へ戻っていたので、帰ってきてから噂を聞いただけなのですが。かなり話題になってましたよ」

 男子寮と女子寮のギャップを思い出し、つい口から出てしまった言葉を拾い上げるよう、セチロがおかしそうに笑ってみせる。

「いや。だから、誤解なんだけどなぁ」

「日頃の行いだな」

 別にマイスリーの引っ越しを観戦に行ったわけではないというのに、その辺は誰も信じていないようである。唯一そのことを知っているサイレースは、おかしそうに笑いながら、諦めるように言ってきた。

「もう、いいよ。好きに言ってよ。それよりさ、マイスリーの方は、少しは落ち着いた?」

「話題の半分はサイレースが引き受けてくれましたので、週末に比べましたら大夫落ち着いてますよ」

「それもだけど、イオンのところの使用人がお世話してくれているんでしょ? それに、部屋も変わって落ち着かないんじゃないかなって」

「それは、まぁ。正直なことを言ってしまいますと、使用人として用意してもらったのは、とても親切な方なんですが。親切すぎて、僕になにもさせてくれないんですけど、普通、あんな感じなのでしょうか?」

「え? どうしたの」

「あの。使用人の名前をお聞きしてもいいですか?」

 不意に、吐露してきた台詞に、アルサルミンが驚いていると、イオンが慌てて問いかける。それに対して、マイスリーが使用人の名前を口にした。

「えっと。マークスムスさんという方なのですが」

「マークスムスね。それなら、彼に任せておけば大丈夫だと思います。マイスリーに仕えさせるために新たに雇った人ではなく、以前から家で仕えてくれている人です。それに、我が家の使用人の中でも、信用のおける人ですので。過剰なことはしてくれないかもしれませんが、仕える方への対応はきちんと心得てくれています。父も母も、マイスリーのことを歓迎してくれている証だと思ってください」

 名前を聞いて、イオンはほっとするように笑みを零す。

 そのことで、マイスリーが現在受けているらしい、マイスリー的に過剰なお世話は、貴族的には当然といった範疇なのだと察したようである。その話は、一旦は、諦めたようであった。けれども、それだけでは終わらないようである。マイスリーの心の叫びは、先があったようである。少し間を置き、マイスリーは口を開く。

「公爵用の部屋は、侯爵用とかなり違っていて。あの部屋は広すぎるうえに、豪華すぎます。それに、公爵家に迎え入れるからには相応しい格好をして欲しいとか言われまして、土曜日は中央街にある店を何件もはしごしすることになって……」

 ふっ。と、遠い目をしながら呟くマイスリーは、どうやら養子縁組の解消をしに行った帰り、王城から貴族街を通って下りた先にある中央街へ連れ出され、服などを新調しまくったようである。帰宅が遅かった理由は、そこにあったらしいことが、伝わってくる。

 そのことに、イオンが申し訳なさそうに謝っていた。

「マイスリー、すみません。父だけでなく、母まで乗り込んで行ってしまって。しかも、貴重な休日をこちらの都合で引っ張りまわしてしまって」

「いえ。念願でした養子縁組を解消していただけて、感謝しています。ただ、その先に養子縁組先が用意されているようなので、驚いてはいますが」

「まぁ、公爵家の婿に迎えるなら、順当な手続きの範疇だから。その辺は許容範囲にしといてやってくれ」

 マイスリーの弁を受け、サイレースが口を挟む。この辺は、イオンと長いこと親交があったことによる、援護ということだろう。

 言下にサンドイッチの入っていた袋をクシャリと握りつぶしながら紡がれたサイレースの言葉に、マイスリーはちょっと戸惑う表情を浮かべた。

「それなんですが。ここまでしてもらっている上に、大勢の前で聞くのも恐縮なのですが、イオンは本当に僕でいいのでしょうか? 僕などより、イオンに見合った方がいるのではないですか? 爵位の高さもですが、イオンほどの容姿をもっているなら、もっと素敵な男性が現れると思います」

「それは、つまり、マイスリーとしては手放したところで痛くもなんともない、という風に解釈すればよろしいのでしょうか?」

「いえ。そういうことではなく、言葉そのままに受け取ってもらえると嬉しいのですが」

「私が持っているのは、家柄だけだと。自分に魅力が足りていないことは、分かっています。わざわざ誉め言葉を使っていただく必要はありません」

 イオンはそう言いながら、ゆっくりと席を立つ。

「急用を思い出したので、食事中のところ申し訳ございませんが、今日の勉強会は不参加とさせてください」

 無表情になり、淡々と言葉を繋ぐイオンは、「それでは、お先に失礼します」と告げて、すぐ後ろにある扉から出て行ってしまった。

「えっ?」

 なにが起こったんだ? と思いつつ、ここは放置していい場面じゃないだろうと、アルサルミンが席を立とうとしたところで、サイレースが肩を掴んで押し止めてきた。それと同時に、ハルシオンがマイスリーの頭を思い切り引っ叩く。

「お前、さすがに今のはナシだろ。不本意な婚約話だったとして、断り方とかあるだろ」

「僕はただ、本当に思っていたことを言っただけで……」

「じゃねぇだろ。今のはどう見ても、ショック受けてたぞ」

 珍しく大ポカをやらかしてしまったマイスリーへ、ハルシオンが苦言を呈する。そして、マイスリーの座っているイスを無理矢理引き抜こうとした。

「速攻、謝ってこい。今のは、さすがに気の毒すぎだぞ」

「えっ……、そんなつもりじゃ。っていうか、ちょっと行ってきます」

 ハルシオンの反応もだが、周囲の反応が冷ややかな様子を受け、ようやくここでマイスリーが自身の失言に気づいたようである。慌てて言葉を残すと、マイスリーが生徒会室を後にし、廊下を走っていく音が響いてきた。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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