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 2人の帰りが遅いことに、アルサルミンが迎えに行くと言ったら、化粧室へ行きたいと言ってきたラミクタールと共に、休憩所の方へ向かう。

「しかたないなぁ。どこで道草を食っているんだか」

「なにか面白いものでも見つけたのでしょうか」

 ラミクタールが笑いながら、扉を開き中へ入って行く。それに続きアルサルミンが入って行くと、中にいるのは男子生徒ばかりで、ラミクタールが一身に視線を集めている状況を目にする。

 ――あー。ナンパ避けに誰か連れてくるべきだったかも。

 ラミクタールの目的の場所が化粧室と聞き、アルサルミンも男性陣に声を掛けるのをやめ。また、男性陣も同行するのを遠慮したようである。

 ここはさっさとラミクタールを化粧室へ入れてしまうのが正解だと思い、休憩所の片隅に設置してある出入り口へ向かう。その途中、裏側へと続く扉の先に、スプリセルとサイレースが、女性を相手になにか話しているのが見えた。

 声が届かないため、会話の内容はわからなかったが、雰囲気的には逆ナンパされている様子にみえる。

 ――あっちもか。

 面倒臭いことになったなと思いつつ、ラミクタールを化粧室へ入れてしまう。

 爵位も重要なのだとは思う。しかし、それ以上に見た目がとても良い人がフリーだと、こういうことになるのかと、アルサルミンは頭を抱える。

 ――こういう時は、クレストールの威光が便利だよね。

 意図して組んだ腕の左手の人差し指には、王族の紋章入りのペアリングが光っている。ついでに、きつめの目を利用し周囲を威嚇し、近づいてくるなよオーラを身に纏って、ナンパ禁止の空気を張り巡らせていく。

 視界の端では、うだうだと話しを長引かせているらしい女生徒を相手に、サイレースは不機嫌そうに。スプリセルは困ったように、対応しているようである。

 ――にしてもあの女生徒って、たしかこの間、喫茶店で中途半端に絡んで来た同組の侯爵令嬢4人組の内の1人だったよね。

 名前は確か、エリーテンだっただろうか。

 ――火の消し忘れかぁ。

 現状では、サイレースとアルサルミンの関係はものすごく不確かで、アルサルミンに絡んで来られても対処のしようがないから、本人に直談判してもらうのが一番適切ではある気はする。

 ――ここで、婚約なんかしないでって言えたら楽かもしれないけど……。

 それを言える立場でないため、それを口にすることはできなかった。それにサイレースだって、そんなことを言われたら、困るだけだろう。アルサルミンのことを重く感じるようになってしまうかもしれない。

 ――嫌われることはしたくないからなぁ。

 なんとか2人で解決をしてくれないかと見守っているところへ、ラミクタールが化粧室から出てきた。

「どうかしたのです……、2人は女性の方に捕まっていたのですね」

 疑問形にしようとしたところで、自然と外へ目が行ったという感じで、ラミクタールが小さく呟く。その横顔を見て、アルサルミンは疑問を感じる。

 ――ん? あれ?

 ラミクタールって、スプリセルのことを振ったんだよね? 自分の方から。

 スプリセルがそんなことを言っていたはずである。

 けれども、窓ガラスを通してスプリセルを見つめるラミクタールの目は、振った相手に向けるものではなかった。

 ――ちょっと、まさか、ラミクタールってばそっち側のルートに入っちゃうの?

 攻略方法をプリーズと、本気で思う。

 風雅の徹底したプレイスタイルは、アルサルミン的に嫌いではない。というか、魂は一緒なので、それで当然なのかもしれないのだが。ただし、本当にサイレース一本釣りだったことで、ゲームのプレイ達成度はかなり低かった。β版の試験プレイから参戦していたことで、サイレースに関して取りこぼしなくすべてのイベントを網羅してきたのだが、それ以外の恋愛対象キャラとなるとからっきしである。

 しかも、同じ世界を使った姉妹版とはいえ、他のゲームになってしまうと、噂程度にしか情報は持っていなかった。

 知っているのは、メインストーリの簡単な内容。それと、宣伝されるたびに目や耳にしてきた、スプリセルの決まり文句。

 ――あぁ、そう言われてみれば、宣伝の映像でスプリセルを見てたかも。

 その脇に、営業部長であるクレストールが、さり気に顔を出していた。

 クレストールの方は見知った馴染みあるキャラだったので、印象に強く残っていたのである。しかし、スプリセルは本当にどうでもいいと思っていたので、注視したことがなく、今の今まで見た記憶があることを忘れていた。

「なんだ、性格は全然違うんだな」

「えっ?」

「スプリセルとしばらく2人で歩いていたら、彼はそう言ったんです」

「で、その先は?」

「いえ。それだけです」

 困ったように笑うラミクタールへ、アルサルミンが慌てて問いかけると、ちょっと寂し気にラミクタールが応えて来た。

 ――ちょい待て、スプリセル! 決まり文句なら、最後まで言えよ!

 ヒロイン相手に、スプリセルは『なんだ、性格は全然違うんだな』と言うらしい。というか宣伝では、甘く囁くような声でその台詞を述べるのだ。でも、それには続きがあって『でも、それも悪くないかもな』と言うはずなのだが。

 ――うわー、なにその最悪な状況って。

 それってつまり――。

「それってつまり、比べる方がいらっしゃるということですよね。どのような関係の方かわかりませんが。スプリセルの胸の中には、すでに、私と似た女性が存在しているんですよね」

 アルサルミンが思っていたことをそのまま口にしたラミクタールは、先ほどまでの寂し気な笑みを消し、普段の和らかな表情を浮かべていた。

 ――やってくれたな、スプリセル。私の大事なヒロインの心を奪うだけでなく、傷までつけてくれちゃって。

 これでは、ラミクタールがスプリセルを振ってしまうわけである。

 しかしラミクタールの様子からすると、経路的には『Eterrnal Love』ではなくて『私の王子様~やさしさに包まれて~』の方に入り込んでしまっているようである。

 ――はい。守備範囲外ですね。すみません。

 だからって、諦めきれるかバカヤロー! と口汚いことを思ってしまいつつ、アルサルミンは心の中で吐息を洩らす。

 ――いいよ、それならそっちの土俵で、ラミクタールをちゃんとハッピーエンドにしてみせるから!

 こうなってくると、悪役ライバルキャラの意地である。

 張り切って勇んでいたのだが、ネーヴェとイオンは自力で婚約者を手に入れてしまい、涙を飲む結末だったのである。これでラミクタールの役にも立てなかったら、なんのための悪役ライバルキャラだというのだろうか。

 悪役ライバルキャラとは、ヒロインがハッピーエンドに辿り着くための、道具のひとつなのである。

 ――スプリセルの方が先にこっちの土俵へ乗り込んで来たんだから、最後まで責任を取ってもらわないとね。

 正直なところ、こんな可愛らしいヒロインを、腹黒で毒吐きな王族の一員であるスプリセルに渡すのは、ものすごく癪なのだが。

 ――ラミクタールが、スプリセルが良いって言うのだから、私が折れるしかないもんねぇ。

 嫌だけど。ものすごく嫌なんだけど。

 っていうよりも。

 ――ちくしょう。私の算段はやっぱりなしか? なしなのか?

 クレストールに幸せになってもらい。且つ、穏便に婚約解消をしてもらい。その上でサイレースに走る予定でいるのだが、うまくいかないようである。

 しかし、これ以上は考えても仕方ないと思い、意識を浮上されると、いつの間にかラミクタールの前に男子生徒が数名近づいて来ていた。

「あの。午後から一緒に遊びませんか? たまには違うメンバーで遊ぶのも楽しいですよ」

 にこにこと笑いながら声を掛けているが、誘いを掛けている男子が引き連れている友達は、全員が男性のようである。女子はひとりもいないと見受けられる。というか、女子が含まれていたらナンパなんてしてこないだろう。

 その中へ、平然と女性を引き込もうなんて、どういう神経をしているのだろうと、アルサルミンは見てしまう。

「いえ。今日は一緒に来ている友達がいますので……」

「だったら、今度の週末なんかどうですか? 俺たち、度々ここへ遊びにきているんです」

「引き際が悪いのは、女性に嫌われるよ。その辺のこと、分かっている?」

 身長は男子生徒たちの方が高いが、悪役顔の効果で威圧感をアップさせ、ラミクタールの前に出ていく。

「俺たちは、ラミクタールさんへ声を掛けているんです。邪魔をしないでもらえますか?」

「目の前で友達が悪質な方々に声を掛けられていたら、助けるのが普通でしょ」

「悪質って、俺たちはただ遊びに誘っているだけですよ」

「男性が5人も6人も揃っている中へ、それもこのような監視の緩い場所で、女性が単身で飛び込んでいくと、本気で思っているの? そんな認識を持っているんだったら、教育し直してもらうべきじゃない。一応は貴族なんでしょ?」

 嫌味を織り交ぜ、早く散っていけと願いながら、アルサルミンが虚勢を張ってみせる。

 しかし、嫌味が変な風に作用してしまったようであった。

 ――あー。去年の夏休みも、ネーヴェが変な男に絡まれたよね。

 あれも嫌な思い出だと思いつつ、アルサルミンが男子生徒を睨み付けていたら、後ろに立っていた他の男子生徒が前に出てきた。

「公爵家の令嬢だか、王族の婚約者だかしりませんが。随分とお高くとまっているんですね。俺たちは、ラミクタールさんを普通に遊びへ誘っているだけじゃないですか。邪推ばかりするあなたの方こそ、教育を受け直した方がいいんじゃないですか? あなたの言動は、女性としての品性を疑うようなところがあるようですから」

 にっこりと笑いながら告げてくる男子生徒を見つめつつ、アルサルミンは内心で頭を抱える。

 ――嫌なタイプが出てきた。

 これはねちっこいタイプだと分類し、長期戦は避けたい気分になっていく。

 しかも、日ごろのアルサルミンの行動を、しっかりチェックしているタイプのように思えてしまう。

「それに、ラミクタールさんだけを寄越すのが心配でしたら、アルサルミン様もご一緒にいらしてくださってもよろしいんですよ」

「ラミクタールは断ったでしょ」

「それは、今日の誘いに対してです。次の週末に関しては、アルサルミン様が邪魔をされたので、返事を未だ伺っておりません」

「次の週末を断ったら、その次の週末ってなるんでしょ? ラミクタールがやんわりと断っているのに乗じているだけじゃない」

 内心で泣きながら、一生懸命に対応をしていているのだが、埒が明かない状況に陥ってしまう。それを背後で見兼ねてくれたラミクタールが、声を少し大きくしてきっぱりと断ってくれた。

「すみません、はっきりとお断りしなくて。申し訳ございませんが、お誘いを受ける意思は一切ありません」

 アルサルミンのビーチウェアの背中の部分を握り込みながら、ラミクタールが断言すると、それまでアルサルミンに絡んでいた男が急に豹変する。

「侯爵家の俺に盾突く気かよ。お前は伯爵家だろ。喜んで尻尾振って寄ってくるべき立場じゃねぇのか」

 語気荒く言い放った台詞は、結構大きな声であった。

 しかも、公爵家や王族であることを鼻にかけていると、アルサルミンを非難してきたその口で、平然と侯爵家を名乗り。且つ、伯爵家であるラミクタールを侮蔑する発言を平然としてくるとは、いい度胸だと思ってしまう。

 その上、温厚そうな風と装ってはいたが、実は気性も荒いようだ。

 誘いを拒んだラミクタールへ掴みかかろうとしてきたことで、アルサルミンが慌ててラミクタールを背後に隠す。それと並行するように、男子生徒の友人たちが、顔を真っ赤にしている男子生徒を抑え込んでいた。

「すみません、こいつちょっと短気なんです。今の発言は聞かなかったことにしてください」

「それは無理じゃないでしょうか。扉の外まで響いてましたから、僕の耳にもしっかり入れさせてもらいました」

「俺もしっかり聞かせてもらったぜ。こっちの連れを勝手に引き抜こうとした上に、乱暴を働こうなんていい根性だな」

 前と後ろから、王族である2人が姿を現したことで、休憩所内が一気に静まる。

「もし次がありましたら、対処させていただきます。理不尽に思われるかもしれませんが、たった今ご自身でも権力を笠に着てましたよね」

 にっこりとブラックな笑みを浮かべつつ、クレストールがラミクタールに絡んでいた男子生徒たちに語り掛けているところで、スプリセルとサイレースが傍に来てくれる。

「お前ら、なに男に絡まれてんだ?」

「そういう自分たちも、さっきまで女性に絡まれてたでしょ」

「見てたのかよ。つうか、声を掛けてくれたら早かったのに」

「そこで、女性を頼ってどうするのよ。こっちだって、人間関係があるんだから」

 スプリセルが呆れた声で告げてきたので、思わず言い返したら、想定外の返事が戻ってきた。

「ていうか、盾になるより、逃げるか助けを呼ぶかしろよ」

「そんな余裕なんてあるわけないでしょ。こっちだっていっぱいいっぱいなんだから」

 サイレースに溜め息を吐かれ、アルサルミンは正直に答える。

「でもまぁ。クレストールが釘を刺してるから、これ以上絡んで来ないだろ。それに、他の奴等もこれで踏みとどまるだろうし。みんなのところへ戻ろうぜ」

「ハンモックみたいなのは借りれたの?」

「あぁ、3つ借りて来た。これが置いてあるのが、後ろの扉を出た先にある倉庫なんだ。そこへ取りに行って戻るところで捕まっちまって」

「じゃあ、戻ろうか? ラミクタール大丈夫?」

「あの。アルサルミン、腕に捕まっていてもいいですか?」

「いいよ。怖かったもんね」

「はい」

 許可を出すと、アルサルミンの腕に手を絡ませてぴとっとくっついてくるラミクタールへ、アルサルミンは笑みを浮かべてしまう。

 ――やばい。可愛すぎる。

 腕に当たる感触を思わず堪能しながら、アルサルミンは平静を装い、クレストールが待っている表の扉の方へ歩いて行く。

「クレストール、ありがとう。助かったよ」

「いえ、戻りが遅かったので。一緒に来るべきでしたね、すみませんでした」

 男性に怒鳴られるような経験をしたことがなかっただろうラミクタールが、怯えきっている様子を受け、安心させるように声を掛けてくれるクレストールであったが、スプリセルとサイレースを目にすると、視線の鋭さが変わっていく。

「それで、君たちはなにをしてたんですか?」

「あー、それが。同組の女子に声を掛けられちまって」

「見合いを断ったのに、諦め悪いっていうか。家での自分の立場をこれ以上悪くするなって言われてもなぁ。それはあっちの都合で、俺は関係ないだろ」

「そうかもしれませんが、見合いの話しが持ち上がるたびにこんなことを繰り返されると、アルサルミンが振り回されて、僕にまで影響が及んでくるんですが」

「あー……、それは問題あるかぁ。放置しとけば、その内に勝手に自滅すると思ってたんだけさ」

「僕が手でも打って差し上げましょうか?」

「いや。お前に貸しなんて、怖くて作れるかよ。面倒臭いけど、なんとかするさ」

 そこで面倒臭がってどうする? と、突っ込みを入れたくなりつつ、クレストールとサイレースのやり取りを聞きながら、左腕にラミクタールを侍らせ、アルサルミンはみんなのもとへ戻っていった。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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