表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
168/194

[166]

[166]


 なんのためにボードゲームをしていたのだろう、この男子たちは。

 結局最後までお客をほったらかしにして、ボードゲームを満喫した4人に囲まれ、アルサルミンは女子寮へ送ってもらったのである。

 しかも、男子寮とは別の意味で、女子寮は敏感なのだ。

 自国の王族2人に他国の王族1人。それと、現在唯一の公爵家の子息の4人を引き連れて寮へ戻らなければならないアルサルミンは、頭痛を覚えていた。

 ――これって、どんな羞恥プレイ?

 私はどこの女帝だ? そんな感じで、アルサルミンが途中でどんなに見送りを固辞しても、『いいから、いいから』と押されて、到着してしまった上位爵位用の女子寮。その出入り口。

「じゃあ、どうもありがとう。もう帰っていいから」

「誘っておいて、すみませんでした。つい、うっかり……」

「クレストールもサイレースも中身は一緒だって分かった気がしたから、それはいいんだけどね」

「や。それは全然よくないからな」

「突っ込みもいらないし」

 反省しきりのクレストールへ告げた台詞へ、速攻でサイレースが否定を入れてくる。

 しかし、それもアルサルミンは却下した。

「っていうより、さっさと散る。女子寮は女子寮で色々あるんだから」

「では、今日はこれで引かせていただきますが――」

 歯切れの悪いクレストールへ、アルサルミンは妥協する形を取って、要求を出してみる。

「あー、じゃあ。悪いと思ったんなら、マイスリーがどうなったか。明日教えて」

「アルサルミンはこういうことがあると、どっぷりはまってしまう方なので、余り関わり続けてほしくはないんですけどね。僕の本音を言わせてもらえば、ですが」

「それは、もう無理だから。関わっちゃったし。それに、イオンの婚約者だもん」

「そう言うと思ってました。せめて、前面には出てこないでくださいね」

「必要がなければね。そしたら、前面に出たりしないよ」

「本当に、人の忠告に耳を貸してくれませんね、君という人は」

 わざとらしく、聞こえよがしに溜め息を吐くと、クレストールは諦めたようであった。

「なにか新しいことが分かりましたら、お伝えします。これでいいですか?」

「ありがとう。半日がアルムとのお茶で終わったことは水に流してあげるね」

「それに関しては、後日きちんとお詫びさせていただきますから」

「マイスリーの情報と打ち消しでいいよ。それじゃあ、みんな気を付けてね」

 いつまでもここにいたら、逆に帰ってくれそうにないので、仕方なくアルサルミンの方から立ち去ることにする。

 そして、侯爵スペースに並ぶ室内からはみ出てくる視線を感じつつ、アルサルミンは2階へ戻って来た。

「とんでもない目に遭った気がする……」

「アルサルミン、お帰りなさい」

「クレストールの部屋にお茶へ誘われたとかで、男子寮へ単身乗り込んでいったそうですが、大丈夫でしたか?」

 男子寮と女子寮との差にどっと疲れを覚えたところで、イオンとネーヴェが出迎えてくれる。

 思わずフラフラとネーヴェとイオンに抱きついたとしても、今回は許される気がした。

「やっぱ、こうじゃないと」

「どうしたんですか? なにか疲れていらっしゃいますが」

「男子寮でなにかあったのでしょうか? マイスリーのところへ両親が挨拶へ出向いたらしいことまでは、事前に連絡が入っていたのですが。それ以降、両親からもなにも言ってこなかったので、気になってはいるんですが」

「イオンのご両親は頑張ってたよ。マイスリーの養子縁組を解消させるつもりみたい。手続きの用意もばっちりしていたみたいで、マイスリーはそっちの手続きをしに連れ出されたとかで、私が寮の中へ入ったときにはもういなかったんだ」

 仕入れてきた情報を教えてあげると、ネーヴェだけでなく、自ら訊いてきたイオンも、溜め息を吐いてきた。

「え? なに? なんでその反応?」

「ネーヴェが、アルサルミンなら、マイスリーの情報を掴むために、クレストールを使って男子寮へ侵入しかねないと言い出しまして。まさかと思ってたのですが……」

「えっ。ネーヴェ的に、私ってそんな? これは、本当にたまたまなんだよ。今回に限っては、私は全然悪くないの。偶然の流れでっていうか、私はいいように弄ばれただけなんだよ」

 ネーヴェに抱きついたまま、一生懸命に言い訳するが、ネーヴェもイオンも話の半分も聞いてくれず、「無茶なことはやめてくださいね」と告げてくる。

 ちなみに、アルサルミンがクレストールの部屋へ上がったことは、サイレースの執事が報告しに来たようである。帰りが遅くなることを見越して、事前にその旨を伝えに来てくれたらしい。

 いつの間に、そんな気の利いた指示を執事にしていたのか。サイレースも細やかな芸当をするようになって来たなと、ちょっと感心しそうになってしまう。けれども、即座に、思いを改める。

 ――クレストールと一緒になって、サイレースもボードゲームをしていたんだった。

 ボードゲームで対戦中の真剣な表情は、美形ばかりだったし、目の保養にはなったかもしれない。しかし、ところどころ4人で破顔しながらじゃれ合うノリは、普通にガキの集団であった。

 ――女が4人集まればかしましいって言うけど、男も同じだよね。

 招待された側のアルサルミンが、なぜに疎外感を覚えなければならないのだろうと、ちょっと疑念を感じつつ。けれども、それと引き換えに、マイスリーの情報はなんとか確保できることになったのだから、いいことにした。



 男子寮のことだから。と、甘く思っていたのは事実である。

 夕食の時間になり、ネーヴェとイオンを誘って、アルサルミンたちが食堂へ入ると、まさかという感じの視線が向けられてくる。とはいえ、注目されているのは、アルサルミンではなくてイオンなのだが。

 ひそひそと囁かれる言葉の中に、『公爵令嬢だからって』『人の弱みに付け込むなんて』などなど、イオンの評価を貶めるものが幾つも含まれていた。

 男子寮へ赴いた女生徒はアルサルミンだけなのだ。なのにどこから漏れているのか。

 どうでもいい人の恋話は、必要性を感じれば注意しておくが、基本は個人の自由だろうと思っているので、興味をあまりもっていないのだ。そのため、どこで繋がっているのかわからなかったりするのだけれども、学園のあちこちで密に連絡を取り合っている人たちがいるということなのだろう。

「アルサルミン、ネーヴェ、私は別行動をとった方がよろしいみたいですので」

 不意に表情から感情を消し去り、淡々とした物言いで語ってきたイオンのネームプレートを、ネーヴェのものとアルサルミンのものと一緒に掴み取る。その後、即座に食堂の前へ行き、ナンバープレートに変えてもらう。その間、アルサルミンの意図を汲んだネーヴェが、イオンを連れて先に席を取ってくれていた。

「今は好きに言わせておこう。それより、先ずは食事だよ!」

「えぇ、そうですね。それに、食事を美味しく食べるために、明日からしばらくのあいだ、食事は2階へ運んでもらい、3人で摂りませんか? このような場へ1人で向かうよう頼むのは申し訳ないので、グラナードとリテラエにお願いして、食事を持って来てもらいませんか?」

「それいいね。リテラエなら1人でも平気だよ。負けん気つよいし」

「でも、私のことで巻き込んでは……」

「なんで? 巻き込まれたなんて思っていないよ」

 気を遣いすぎだと、イオンに告げようとしたところで、シェフが「お待たせしました」と、カートを引いて3人の元へ料理を持って来てくれる。

 瞬間、ザワリと空気が騒めき立った。

 なんだろうと思ってそちらの方を見ると、勢いよくこちらに向かって来る女性がいた。その後ろから2人の女性が慌てた様子でついてくる。

「ちょっとあなた。私たちの方が先に食堂へ来たのに、なんで彼女たちの方が先に食事をもらえるのかしら」

 どうやら食事の運ぶ順番にケチを付けたいらしい。けれども、本心としては、イオンが悪者となっている風に乗って、普段は文句を付けられない人を相手に、大きく出てしまったパターンであろう。

 ――うわー。これ、やっちゃいけないことだ。

 しかも、ネーヴェが本気で怒った。理由はもちろん、文句を言ってきた内容とかに関わらず、普段は不満を持っていても、今していることがマナー違反だと理解して黙しているのに、イオンに逆風が吹いているところへ、便乗して攻め込んできた精神が気に入らないのだろう。

 ――デルモベート様をこの場へ召喚したい。

 これは戦わせてはいけないパターンだとアルサルミンは察すると、立ち上がろうとするネーヴェの肩を抑えて、ゆっくりとアルサルミンが立ち上がる。

「オスピタリテさん、そちらのご令嬢たちの方を先に欲しいそうなので、配って差し上げてください。どうやら、お急ぎのようなので。私たちはゆっくりでかまいませんから」

「そのように仰られましても、メニューの内容は似たようなものですが、食材などはそれぞれの爵位ごとに異なってますので。私は、公爵令嬢、またはそれに準ずる待遇を受けることを認められた方専用のシェフとなります。もしご不満がおありでしたら、侯爵令嬢専用のシェフたちの方へ言っていただかないと」

「えっ、そうなの?」

 女子寮内で、唯一男性が立つことを許されている、厨房と食堂。

 名前が自然に出てきたのは、厨房をしょっちゅう借りていることと、アルサルミンたちの面倒をよく見てくれることで、自然と名前を憶えてしまったシェフではあったためである。しかし、公爵家専用のシェフだったことで、お菓子作りなどのとき気にかけていてくれていたのかと、理由を察して、素で驚いてしまう。

「はい。ですから、同じ寮にお暮ししておいででも、同じ学園にお通いいただいていても、学園へお支払いいただいている金額は、公爵家と侯爵家では全然違っております」

「あー、そうなんだ?」

「お知りになっておられなかったのですね。学園生活においては、勉学にいそしむことが目標とされていますので、全生徒が平等であることを前提としております。ですが、寮生活におかれましては、貴族という階級制度の中で将来つつがなく生活できるよう、分をわきまえることを学ぶ場とされています」

 公爵家専用とされているシェフは、アルサルミンたちへにっこりと微笑むと、料理を出す順番に文句を言ってきた女生徒たちの方へ向き直る。

「ご自身の置かれている立場がお判りいただけたでしょうか? それと、このことは学園の方へ知らせる義務がありますので、いずれご両親の耳へ入ることになると思います。もちろん、貴女方3人のお名前は毎日拝見させていただいておりますので、お聞きしなくても分かっておりますので、ご心配には及びません」

 この場で名前を名乗らせて、誰がこんなバカなことをしでかしたのか、周知させるようなことはさすがにしないということらしい。けれども、ライバル意識の強い侯爵令嬢間では、お互いにチェック入れまくっているだろうから、名乗らせなくてもみんな知っているだろうことは、容易に分かることである。

 そのことを、文句を訴え出てきた女生徒も気づいているようであった。

「――ッ」

「そんな、大袈裟すぎます。彼女は、ちょっと逸りすぎただけじゃない」

「たかだか厨房のシェフが偉そうな口を利かないでちょうだい。あなたなんか――」

「お気づきいただけましたか。私を雇っているのは学園です。貴女方のご両親ではありません。私の言動は、学園の規則に則ったものです。ご両親を使って学園へ苦情を述べたとろころで、私をどうすることもできませんよ」

 にっこりとマイルドな笑みを浮かべつつ、受けて立つ気が満々といった様子のシェフは、学園の決まりに添って行動しただけのようだが、結果としてイオンを庇ってくれたようである。

「行きましょう、こんなところにいたくないわ」

「って。ちょっと待ってよ、私たちの方が先に受け付けしたのにって言い出したの、あなたでしょ。私だけに罪を押し付けないでよ」

「それは、小声で言っただけでしょ。それを受けて勝手に動き出したのは、あなたじゃない。私まで巻き込まないでよ」

「そうよ。巻き込まないで。こんな恥ずかしいまね、よくもしてくれたわね」

 3人は口々に文句を言いつつ、逃げるように食堂を後にする。それを見送ると、シェフが頭を下げてきた。

「お騒がせいたしました。冷えてしまいましたね。作り直してきますので」

「しょっちゅう、部屋に持ち帰って食べているから、この程度の時間なら経った内に入らないから、気にしないで。それをちょうだい。ネーヴェもイオンもそれで平気だよね」

「はい、私はそれで問題ありません」

「私も、それをいただけますか」

「では、お言葉に甘えさせていただきます。ごゆっくり召し上がってください」

 ネーヴェとイオンの同意も得たことで、シェフが目の前においてくれた、夕食のメニューが並ぶトレイを見つつ、アルサルミンはこの料理も奥が深かったのだとしみじみ思う。

 そして、去って行くシェフを見送りつつ、アルサルミンたちは「いただきます」と言って、食事を開始した。

「ところでさ、気になったんだけど」

「なんでしょうか?」

「今のって、3人のことを報告するって言ったんだよね?」

「そうなりますね。きちんと3人と仰ってましたから」

「気づいてなかったよね、あの3人」

「立ち去るときの会話からすると、そうなると思います」

「まぁ、名前も知らない人たちだし。いいんだけどさ」

 肉を切りつつ呟いた台詞に、ネーヴェが丁寧に応じてくれる。

 しかし、おそらく学年も違う。5年か6年だと思われる女生徒たちのことを気にしても仕方がないかと、アルサルミンは話しを区切る。

「しかし、素材が違ったとは」

「アルサルミンは知らなかったのですか?」

「って。イオンは知ってたの?」

「はい。学園へ入学する際に説明を受けましたし。それにトラムセットが、この学園の。特に寮の徹底した階級分けが、いかに素晴らしいかを語っていました。それに、2階へ上がるときの優越感は最高だとか、よく自慢話しを聞かされましたので。それで自分を頂点と思い込み、自滅したのですから、自業自得ですが」

「クレストールは、それまで動いたことなかったもんね」

 ははは……。と、アルサルミンは引き攣った笑いを浮かべてしまう。

 それまでのアルサルミンには、なんでもそつなくこなしていたため、付け入られるような隙がなかったから、ということもあるのだろう。去年のダンスパーティで発生したアルサルミン絡みの騒動が、クレストールがアルサルミンのために裏で動いた、初めての騒動であった。だから、婚約者のためにクレストールが動くとは思わず、油断してしまっていたのかもしれない。

「トラムセット、未だ戻って来ないんだ?」

「はい。我が家には、双子の兄のトラムセット以外に、兄が2人いますから。跡継ぎには困っていませんし。王族の不興を買ってしまったうえに、父の方は短期間で済みましたが、父まで巻き込んでの処罰でしたので、生活の援助はしていくつもりのようですが、国内へ戻すつもりはないみたいです」

「そうなんだ」

「トラムセットのことは、気になさらないでください。それどころか、兄妹揃ってご迷惑をおかけしてしまって……」

「や。なんでイオンが謝るの? ていうか、変な話を振ってごめん。食事は楽しくしなくちゃだよね!」

 思わぬ攻撃を受けたことで、ちょっと思考が外れた方へ向かってしまったようである。そのことに気づき、アルサルミンは慌てて修正を入れるよう、明るい方へ気持ちを入れ替えた。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ