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昨夜は結局お泊り会となり、4人一緒にお風呂に入り、アルサルミンの入浴後の一式が終わると、マニエータはリテラエの部屋に泊まることになったようで、2人で隣のメイド室へ戻っていき、その他の2人はそれぞれの部屋へと帰っていった。
そして、本日は平日だったので、日付が変わるまで勉強会を開き、それが終わるとみんなで布団へ横になったのである。
もちろんすぐには寝ることはせず、4人とも寝不足な状態で翌日を迎えた。
けれども、眠いからと言って登校拒否などできるはずもなく、みんなは目を擦りつつ制服に着替えると、髪をそれぞれ整えてもらい、食事を済ませると、登校を開始する。
そして、教室に入る直前で、みんなそれぞれにスイッチが入ったように、目をしっかり覚ました状態となり、教室へと入っていった。
そこからは、個々にすべきことや立場があるので、バラバラとなるのはいつものことである。
そして、それ以降は昼の休憩時間になるまで、4人が集まることはしなかった。
それでも、お昼になるとすぐに食堂へ向かうため、王族専用の個室で食事をするクレストールとスプリセルと別れて、アルサルミンとネーヴェとイオンとラミクタールと、サイレースで集まり、教室を後にする。その後、隣の組の前にアタラックスが待機しているので、アタラックスと合流して、食堂へ向かうのだが、今日はそこへマイスリーが駆け寄ってきた。
反射的に前に出そうになるも、アルサルミンは踏み留まる。そして、ネーヴェに肩を押してもらうようにして、イオンが前へでたことで、マイスリーはイオンを相手に話しを始める。
「ハルシオンが両足を痛めて、松葉杖をついているんです。それで、食堂にお願いして、松葉杖が取れるまで、サンドイッチを作ってもらうことになったので、しばらく食堂へは顔を出せませんので。習慣づいてしまっているので、ちょっと残念ですが、勉強会の方はそれまで不参加に……」
「それだったら、問題ないだろ。生徒会室へ行ってろよ。俺たちもすぐに行くからさ」
イオン相手に説明をしているマイスリーへ、サイレースが脇から口を挟む。
「あぁ、そうでしたね。隙を見て、セチロに昼の勉強会を生徒会室でやりたいとお願いしたら、快く承諾してくれましたよ」
サイレースの言を補足するよう、アタラックスも口を開いた。
「ついでに、サンドイッチも貰ってきてやるから、ハルシオンを連れて先に生徒会室へ行っていてくれるか?」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて、生徒会室へ先に伺わせてもらってます」
マイスリーはサイレースの言葉を受け、お礼を告げると、教室へ戻っていく。それを見送ると、アルサルミンたちは食堂へ向かう。そして、食堂の受け付けで待機しているシェフへ、サンドイッチをアルサルミンとネーヴェとイオンとラミクタールとサイレースとアタラックスの6人分用意して欲しいことを頼み、事前にマイスリーが頼んでおいたサンドイッチ2人分と一緒に受け取る旨を伝える。
そして、これから先1週間ほど生徒会室へサンドイッチを8人分届けてくれるようお願いする。すると、受け付けにいたシェフが、笑みを浮かべた。
「あぁ、君たちも生徒会のメンバーなのか。前年度から引き続き生徒会長をやっている生徒は、とても仕事熱心で感心するよ。生徒会長になってから、毎日サンドイッチひとり分生徒会室へ届けてきたからね」
「そうだったんですか。彼は自慢の生徒会長ですよ。とても頼りにしているんです」
受け付けのシェフに、アルサルミンは笑顔で応じつつ、内心ではセチロの昼食疑惑が解明したことを喜んでいた。
「明日から、一週間と言わずに、ついでだから、いつまででも配達するよ。1人分も9人分も運ぶのは一緒だからさ」
「それじゃあ、延長することになったら、お願いしに来ますね」
「あぁ、そうしてくれ。毎日1人じゃ大変だろうって思って見てきたからね。こうして仲間がちゃんといるってわかって、安心したよ」
それじゃあ、すぐ用意してくるからちょっと待ってくれ。とシェフは奥へ入っていく。そして、バラバラにならないよう紙袋に入れて、作ったばかりのサンドイッチを持って来てくれた。それと一緒に、もうひとつの紙袋を渡される。
「こっちは、サンドイッチを頼んだ生徒用の飲み物だから、紙パックだから食堂へ返す必要はないから、持って行ってくれ。いらないと断る人も多くて、貰ってくれると助かるんだ」
「それじゃあ、ありがたくいただきます。明日からは配達の方よろしくお願いします」
「分かった。8人分追加だね。生徒会長の分と合わせて運ばせてもらうよ」
それでは。と、アルサルミンが笑みを返し、受け付け前に置かれた紙袋を受け取ろうとしたら、サイレースとアタラックスが、素早く立ち回り、それらを手にする。
「じゃあ、生徒会室へいきましょうか」
「重たいでしょ。ありがとう」
「俺たちがいるのに、女に持たせた方が問題だろ」
お礼を告げたアルサルミンへ向け、サイレースが苦笑と共に肩をすくませる。
「そんなことより、生徒会室で待ってるだろうから急ごうぜ」
「そうだね」
うん。と気分良く返事をすると、今度はみんなで生徒会室へ向かって行く。そして到着すると、いつものようにアルサルミンがノックをし、「失礼します」と述べながら、扉を開けて中へ入っていった。
今日は、生徒会室の中に第三者はおらず、アルサルミンはホッとする。
「2人と同じく、私たちもサンドイッチにしちゃった。それから、明日から1週間は、セチロの分と一緒にここまで運んでくれるって」
「ありがとうございます」
「悪かったな、俺のせいで。松葉杖なんて初めてで、あの混雑の中で操る自信がなくてさ。持ってきてくれて助かった」
生徒会室で、昼食が届くのを待っていたマイスリーとハルジオンが、それぞれお礼をいってくる。それを受け、アルサルミンは笑って応じる。
「お礼は、厨房のシェフに言った方が良いよ。それに、セチロのおかげで、生徒会のメンバーだって分かったら、当たりがすごく柔らかくなって。快く引き受けてくれたよ。ついでだしって」
「そうですか。俺は去年からずっとお世話になってますからね。顔も名前もしっかり覚えられてしまったみたいです」
「でも、実はセチロのお昼はどうなっているのか、ずっと疑問だったんだけど、解決しちゃったよ」
アルサルミンは満足そうに笑みを零しつつ、みんなの席の前にサンドイッチとジュースを配ってくれるアタラックスとサイレースに「ありがとう」とお礼を告げておく。
いつもは配布する係りに回るだろうラミクタールは、最初自ら進んで配布係を引き受けようとしたのだが、たまには座って待っていろという感じで、アタラックスとサイレースが持っていた袋の口を開いて、みんなに配布し始めたのである。
そして、いつもの昼食メンバーにサンドイッチが行き届くと、みんなで「いただきます」といって食事を開始した。
「みんなとはちょっと距離ができちゃうけど、ここの方が、今は断然に落ちつけていいね」
「昨日は申し訳ございませんでした。家の中のゴタゴタを生徒会室にまで持ち込んでしまいまして。一応、父にはしっかり注意しておいたので、これ以上はなにもしないとは思いますが、特にイオンにとなりますが、なにか言ってきても無視してください」
仕事の手を止めたセチロが、申し訳なさそうに昨日のことを詫びてくる。
「気にしないでください。もしなにか仰ってきたとして、昨日と同様の態度を取るだけですので」
「そうしてくれると助かります。イオンが毅然と対応してくれたので、それで父も諦めがついたようですし。ただ、少々諦めの悪いところがありますので、1日2日と時間が過ぎていくと、思い付きだけで行動を起こしてしまうところがあって……」
どうやら、これで終わらないかもしれない可能性を、セチロは心配しているようだ。
しかし、イオンの揺らぎない決意は、マイスリーまで動かしたというから、心配ないだろう。
「イオンなら平気だよ。それに、私たちの前でなにかあれば、必ず助けるし」
「ご迷惑おかけします。跡継ぎである兄にも関わってくることになると、本当に周りが見えなくなってしまって」
「その辺は、どの親も似たようなもんだよ。公爵家と関係を持ちたがるのは、ありがちな話しだし」
「でもよ、誰なんだろうな。あんな情報をセチロの父親に流したところで、得する奴なんているのかね」
1つ目のサンドイッチを頬張り終え、2つ目のサンドイッチを取り出そうとしながら、サイレースが不思議そうに呟いた。
それに対して、昼食を受け取るのに時間がかかったこともあって、みんなは未だ食事中だったのだが、早々に生徒会室へ顔を出してきたクレストールが、話しに加わってきた。
「それなんですが。イオンの乙女たちは5人とも、いつもと変わった様子がなかったので、今回は関わっていないようなんですよね。また悪さを始めたのかと思って、朝の掃除のとき、気にしていたのですが」
「クレストールってば、後ろに目があるの? っていうか、あんな小難しそうな本を読んでて、そんなことまで気を回せるって、どんな脳みそしてるわけ?」
「どんな、って。人を化け物みたいに言わないでください、みんなと同じですよ。それに、5人に意識を向けていたせいで、本の進みは悪くなるし、隣ではスプリセルとアルサルミンが仲良く話しているのを、注意もできずにいたんですから」
「は? ちょっと待ってよ、いつ誰が、あんな意地悪男と仲良く話してたのよ? っていうか、誰かスプリセルを引き取ってよ。朝からげんなりするから」
「おい、こら。ちょっと待て、意地悪なんていつした? いつも紳士的に対応してやっているだろ」
「あれのどこが紳士的? 紳士的の意味を調べ直してほしいわね」
アルサルミンの言葉を買うように、スプリセルが反応する。それに対して再度アルサルミンが反応すると、クレストールが溜め息を洩らし、サイレースが笑い出す。
「この通りですよ。時間の問題だと思いませんか? 番狂わせもいいところですよ」
「クレストールが招いたんだから、自分で始末しろよな」
楽し気に告げるサイレースは、自分には関係ないと言った態度で、アルサルミンの方へ向き直ってきた。
「ところで、返してもらい損ねた上着なんだけどよ」
「あ、ごめん。今日、リテラエに頼んで洗濯物に出してもらうようにしておいたから、数日中には返せると思う」
「わざわざんなことしなくて良かったのに」
「袖に折り目つけちゃったからさ。綺麗にして返すから、もうちょっと待って」
想定内のサイレースの返事を受けつつ、アルサルミンは「ごめんね」と謝罪をしておく。
そこで話の区切りがひとつついたと感じたのだろう。ラミクタールがおずおずと、話しに割って入るようで申し訳ございませんと言いながら、夏休み前日に控えているイベントのポスターについて話し始めた。
「レクサブロが中心になってくださって、美術部となんでもやろう部が協力して、ダンスパーティのポスターを作ってくれているのですが。時間があまりないことをお伝えしたら、急いでくださいまして。なんか、徹夜までしてもらったみたいで、第一案が今日か明日にも届くことになっています。それで修正の希望がありましたら、直してくださるそうです。問題なければ、今回持ち込まれてくるポスターで決まりにしたいと思っているんですが……」
「あっ。ポスター、2人に任せっきりだったよね。ごめんね」
「いえ。ポスターが欲しいと言い出したのは、私ですし。お任せいただけたのは、とても嬉しかったので。それに、レクサブロが色々と動いてくださって、とても心強かったです」
ラミクタールはにっこりと本当に嬉しそうに笑う。
――えっ? ここにきて、レクサブロが参戦してくるなんてこと、ないよね?
なんだか、ここ数日のゴタゴタで、アルサルミンの感覚が狂い始めてしまったような気がしてしまう。
「ポスターの件は、了解しました。ラミクタール、ありがとうございます」
内心で、生徒会とは関係ない内容でわたわたしていたアルサルミンに代わり、生徒会長であるセチロが、ラミクタールに返事をし、且つお礼を述べる。
「図案が確定しましたら、俺とアルサルミンとネーヴェと。それから、支払いがありましたから、今期は会計にお任せさせていただきたいので、ハルシオンは怪我で無理そうですので、クレストールに付き合ってもらいたいのですが。問題ありませんでしょうか?」
「僕は問題ありませんよ。学園に入った以上、この学園のルールに従う決まりですし。王族だからと仕事を放棄することはありませんよ」
セチロの質問の意図を汲み、クレストールがあっさり答える。それに続き、ハルシオンが謝罪してきた。
「すみません。これから忙しくなる時期に、自分のことで。しかも、自分のミスで怪我してしまって」
「いえ。原因は俺の父ですから。ハルシオンが謝る必要はありません」
「セチロ。あなたがそこまで気に病む必要はありません。事の発端は、私の軽率な言動が招いたことです。咎があるとしましたら、それは私にこそあるのだと思います。ですので、これ以上は、その件に関してご自身を責めないでください。私はなにがあろうと、揺らぐつもりはありません。ですので、これで話しが終わるのでしたら、良かったと思えばいいことですし。もし次になにか起こったとしても、きちんと真摯に対応していくだけです。そうすれば、いずれ皆さんにも現状をご理解いただけ、騒ぎは沈静するはずですから」
淡々と告げていくイオンは、内心ではなにを考えているのか。実はかなり心細いのではないかと、表情を消すことで自分の感情を覆い隠してしまうイオンに対し、アルサルミンは不安になっていく。同時に、イオンの決意の固さを受け、絶対に支えてみせると決意した。
昼食を終え、仕事をしているセチロの前で申し訳ないが、みんなで勉強会を始める。
集中力は必要かもしれないが、短い時間の割には、身になる時間に思えていた。そして、問題集を解き終えたことで、答え合わせの作業へ移ろうとしたところ、髪に違和感を覚え、なんとなく脇を見たら、サイレースが珍しくアルサルミンの髪を指で絡めるようにして握っていた。
――うおっ。ここ最近、こういうのしてこなかったから油断してた。
そんなことを考えながら、アルサルミンが固まっていたら、サイレースが気づいたようである。にやりと笑って、手にしているアルサルミンの髪を持ち上げ、口元へ運んで行くと、軽く口づけてみせた。
――久々すぎて、ちょっと待って。っていうか、ッサイレース様から髪フェチ設定が削除されたかと思ってたのに。
これはいけないと、アルサルミンは心の中で『平常心』と何度も唱える。
そして、答え合わせをしなければと、気持ちの上ではよろよろと、自分のノートへ視線を戻していくと、サイレースが首を伸ばして、アルサルミンの耳元でそっと囁いてきた。
「生徒会室での勉強会は最高だな。お前のこと、独占できるのなんて久々なんだぜ。気付いてねぇだろ?」
「――ッ」
耳に息を掛けるように囁き、悪戯っぽく微笑むサイレースに、思わずときめいてしまう。
――やばい、サイレース様に対する免疫機能が低下してる。
そうだよね、久々だもんね。動揺したって仕方ないよね。
――じゃなーい。今、勉強中だし。っていうか、サイレース様ってば、笑い方を変えてないか?
悪い意味ではなくて、良い意味でなのだが。それはそれで、悪質に思えてきてしまう。
――まずい。集中ができなくなりそうだ。
混乱し、ノートを前にして固まってしまったアルサルミンをよそに、サイレースは自分の勉強を着々と進めているようだった。
――なんか、ずるい。そもそも、去年、散々弄ばれて身に付いた、無心の境地はどこへいったのよ。
ここで負けてなるかの精神で、それくらいのこと気にしませんという態度を取りたくて、アルサルミンは過去の自分を思い出そうと努力する。そして、開き直るしかないような気がしてきたことで、答え合わせを開始しようとしたら、みんなが勉強道具を片付け始めてしまう。時計を見ると、教室へ戻る時間になっていた。
――負けたぁ。やられた!
さり気に絡め取られていた髪が、自分の方へぱらぱらと戻って来るのを感じつつ、アルサルミンは肩を落とす。とにかく今は、片付けをするのが優先なので、手だけは動かして、勉強道具一式を鞄にしまっていく。
ほんの30、40分の勉強会なのに。なんでこんなに疲れなくちゃならないのか。
原因を思わず睨んだら、素知らぬ様子で笑みを返されてしまった。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




