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 友情を確認し合った昨夜。起きる時間になるとリテラエに声を掛けられ、アルサルミンはネーヴェと一緒に目を覚ます。そして、2人でキャッキャ言いながら制服へ着替えて髪を整え登校の準備を済ませると、昨夜の夕食と同様に朝食も部屋に運んでもらう形で2人だけで摂り、食後にリテラエにお茶をいれてもらうと、暫しくつろぐ。

「アルサルミン様、ネーヴェ様。そろそろ登校するお時間ですよ」

 いい感じ。と、思っていたところへのリテラエからの報告に、アルサルミンは急いでカップをテーブルに戻すと、椅子から立ち上がる。ネーヴェの方を見ると、アルサルミンの気持ちの準備ができるのを待っていたようで、すでにいつでも登校できる状態だった。

「じゃあ、行ってくるね。リテラエ。さぁ、一緒に行きましょ、ネーヴェ」

「お気をつけて」

「昨晩はお世話になりました。リテラエさん、ありがとうございました。行ってきます」

 頭を下げて、扉を開いてくれるリテラエの前を、アルサルミンに手を引かれるようにしてネーヴェが通り過ぎようとしたとき、ネーヴェはリテラエに頭を下げてお礼を言う。そして、アルサルミンと手を繋いだままネーヴェは共に、学校へ向かって走って行った。

 これまで、余裕を持って登校していたネーヴェは走って学校へ向かったことがなかったのだが、公爵令嬢であるはずのアルサルミンは毎日こんな風に登校しているんだなぁ。と、ネーヴェはおかしくなったようで、笑みを深めながら、先導するアルサルミンについて行く。

 そして、教室に着くと、ほぼ同時にサイレースが入ってきた。

「おはよう、サイレース」

「おはようございます」

「あぁ。おはよう、ネーヴェ」

 ちらりとアルサルミンの方を見たものの、それを無視するように、サイレースがネーヴェの名前のみを口にする。

 瞬間、アルサルミンの頭をよぎったのは嫌な予感であった。

 ――もしかして、回避が成立して、親密度がリセットされたとか?

 でも、ここで引いてたまるかと、アルサルミンは勇気をもって声を掛け続けた。

「ねぇ、サイレース。放課後だけど、今日はイベントのことを話し合いたいと思うの」

「あ? それだけどよ、俺って必要? 面倒くせぇんだけど。お前らだけでやってくんねぇか」

「でも、イベントのことまとめたのって、ネーヴェとサイレースじゃない。いてくれた方が頼もしいなって」

「今、俺が言ったこと、聞こえてなかったのか? 面倒くせぇって言ったよな?」

 取り付く島のない、サイレースの対応。これは親密度がゼロに近い時の、本当に不愛想でそっけない時のものである。

 ゲームで言うと、スタート直後のヒロインに対する言動とよく似ていた。

 ――本当に、リセットされちゃったんだ。っていっても、努力して、サイレースのルートを開いたのは、15歳までのアルサルミンだもんね。私じゃないんだもんね。

 ならば、前世の記憶を取り戻した現在のアルサルミンが、最初からやり直すしかないのだと、覚悟を決める。否。覚悟を決めようとしたのだが、悲しみの方が強くて失敗してしまう。

 瞬間、後ろから顔の上半分を覆うように手のひらが回されてきた。

「アルサルミン。あなたの純粋な涙を、こんな男に見せる必要なんてありません」

「ネーヴェ……」

「素敵な場所があるんです、教えて差し上げますわ」

 ネーヴェはそう言うと、アルサルミンの体を回転させるようにして、一度軽く抱きしめると、ハンカチを取り出してアルサルミンの涙をぬぐい取り、アルサルミンが今朝したようにネーヴェはアルサルミンの手を握り取ると、教室を後にした。

「授業が……」

「さぼったりするの、初めてですね」

「そうだね」

 返事ができるようになった頃には、涙はもう、出ることをしていなかった。

 ショートホームルームを前に、ほとんどの生徒が教室へ入っている中、2人は中庭に出て、そのままそこを突っ切ると、裏庭に到着する。

 そして、更にしばらく歩くと、目の前にはガラス張りの建物の中に広がる植物園が現れ出てきた。

「一人になりたいとき、たまにここへ来るんです。みんな知らないみたいで、私の秘密の場所なんですよ」

 ネーヴェはそう言いながら、入り口がある方へアルサルミンを導いて行く。

「きっと、誰かが面倒をみているのだと思うのですが、その方とはまだ会ったことがなくて。でも、綺麗な花が咲いていたりして、見た目も香りもとてもいいところなんです。心が落ち着きますよ」

「ありがとう」

 にっこりと微笑み、アルサルミンの手を取り中へ導くネーヴェは、とても可愛い見た目に反して、身長はアルサルミンより少し低いのだが、すっと背筋を伸ばした姿勢の影響もあってか、背中から見てるととてもかっこよく思えてしまった。

「そこにイスとテーブルがあるんです。脇には鍵付きの棚も置かれていて、誰かが持ち込んで来て使っているのだと思うのですが」

 ネーヴェの言う通り、そこには小綺麗にされている丸いテーブルと四つの椅子。それと、その脇に置かれた鍵付きの木製の棚が置かれていて、見知らぬ誰かが大切に扱っていることが、見ただけで伝わってくる。

「今はその持ち主もいないみたいだし、ちょっと座らせてもらっちゃおうか」

「えぇ。私もいつもお借りしているんです」

 悪戯っぽく告げたアルサルミンへ、ネーヴェもにこりと笑って応じてみせる。そして、2人揃って、椅子に腰かけた。



 椅子に腰かけた後、しばらくの間、なにも考えられないアルサルミンを気遣い、沈黙を保ってくれているネーヴェに、心から感謝する。

 今は、傍にネーヴェの気配があるだけで、安心できるのだ。けれども、会話はしたくない気分なのである。

 それをちゃんと察して、黙って見守ってくれているネーヴェは、とても優しくて気遣いの上手なすごい人だとアルサルミンは感じていた。

 どこまでが、本物のヒロインのもつ素質なんだろう。

 最初の頃こそ色々と低い数値ばかりだが、毎日毎日頑張ってよいところをどんどん伸ばしていくのが、ヒロインなのである。そして最後は、その努力の成果で、意中の人を手に入れるのである。

 そんなヒロインに、嫉妬して、意地悪をしてしまうのが悪役であるアルサルミンなのだ。醜い感情だが、自分にはできなかった、他人を自分のことのように大切にできるネーヴェが羨ましかったのかもしれない。

 とはいっても、ここはアプリゲームの中ではなく、世界観や存在する人間はゲームと同じではあるが、それでもここは現実であり。存在するのは、ゲームのプレイ期間であった15歳から18歳までの三年間だけではなく、その前もその後もきちんと繋がっている世界なのである。

 だから、なにからなにまで重なっている訳ではないだろう。とは思うのだが、どうしてもゲームと重ねてしまうのは、プレイしていた『Eterrnal Love』にあまりにも酷似している上に、今のネジが一本飛んでしまったと評しているアルサルミンとなったのが、ゲームが開始されるネーヴェの入学してきた時期と重なっていたからだろう。

 しかも、風雅が死ぬ前夜に手に入れたピンクの制服を身に着けての、ネーヴェの登場だったのだ。ゲームと重ねてしまって当然だと言いたい。

 とはいっても、指をくわえてネーヴェに好きな人を奪われていくのを見ている気にはなれず。だから、未来は自分の手で掴み取ろうと、持てる知識をフル活用して、足掻いてみたのだが。

 ――サイレース、ネーヴェに心が傾いちゃうのかな。

 これまでそうならなかった理由が分かった現在。その理由を失い、アルサルミンとの親密度が下がりまくってしまったサイレースとの関係は、ヒロインでプレイした場合の親密度が低い最初のころの態度に戻ってしまっていて、最悪となってしまった。

 こうなると、やはり出番となるであろう親密度100%のサイレースとネーヴェの関係。

 ネーヴェも、友人としてはよい人だと言っていた。その友人が恋人という単語に代わる日も近いのかもしれない。

 ――しかし、私ってば無駄な努力をしてたってことだよね。

 すでにサイレースのルートを開き進めていた、高熱を出す前のアルサルミン。そのことを知らずに、先ずは馬鹿にされないとと、日々足掻いていた、前世の記憶を取り戻した現在のアルサルミン。

 知らなかったとはいえ、本当に意味のないことをしていたのだと、実感してしまう。

 最初から、きちんと考察して、なぜか友好的であったことの意味を、気付くべきだったのだ。

 それなのに――

 ゲームの世界が現実のものとなり、実在する人間としてのサイレースに出会えたことに浮かれまくり、ゲームに重ねて最初から順番にフラグを立て攻略しようと盛り上がってしまっていた、アルサルミンのなんと愚かなことか。

 そう思ったら、再び悲しみが全身を覆ったみたいになってしまい、瞳から流れ落ちる雫を覆った両手ですくい取りながら、漏れ出そうな声を必死に噛み締める。

「アルサルミン……」

 ネーヴェは、すでに、アルサルミンが誰に夢中だったのかを知っていた。そのため、先ほどの出来事で、アルサルミンがどれほど傷ついてしまったかを、汲み取ってくれているようである。

 名前を呼んでくれながら、肩を抱きしめるようにして、寄り添ってくれていた。

 そんな中、温室の扉が開く音が響き、足音がこちらの方へと近づいてくるのに、2人は気づく。

 急いで、涙を止めようと足掻いてはみたが、そう簡単に流れ出てくる雫をそう簡単に止めることが叶わず、アルサルミンは途方に暮れてしまう。

 ――どうしよう。

 こんなみっともなく恥ずかしいところを他人に見られるのは嫌だと思い、体を大きく丸ませると、アルサルミンの意を汲むように、アルサルミンの体をネーヴェの体で覆い隠すように抱きしめてきてくれた。

「これは、可愛いお嬢さんが2人揃って。授業をサボるのなんて、初めてなんじゃないかい?」

 聞こえてきたのは、ゲーム内で少し。それと、先日少しだけ耳にしていた、アレジオンの声であった。そして、なにをどう動いたのか、アルサルミンを覆い隠してくれていたネーヴェを起こすようにして、アルサルミンの存在を明るみにしてしまう。

「大丈夫だよ、ネーヴェ。君はとてもやさしい人だね。怒らないでおくれよ、今、お茶をいれてあげるからさ」

「あの、あなたは?」

「いやだなぁ。これでもそれなりに有名人だって自負してるんだけどなぁ」

 授業をサボりがちなアレジオンのことを、入学してきて未だ日の浅いネーヴェは知らないようであった。

「すみません、ものを知らないもので……」

「いや、かまわないよ。俺はアレジオン。一応は伯爵家の息子なんだけど、堅苦しいこと苦手なんで、アレジオンと呼んでくれ。これでも、君たちと同組なんだ。これからは、よろしくね。ネーヴェ」

 チャラ男の愛称でゲーム内では知られていただけあり、軽めの口調でネーヴェに挨拶しながら、テーブルと椅子が置かれている脇の棚の鍵を開けると、中からティーセットを取り出して、テーブルに並べていく。

 お湯は、手に持っているポットのようなものにすでに入っていたようで、どうやら最初から授業をサボってここでお茶を飲む気でいたらしいことが伺える。

 しかし、顔を覆っているアルサルミンには、そんな情報は一切得られることはなく、ほどなくして清涼感溢れる匂いが漂ってきたのを、鼻を通じて知れたくらいであった。

「アルサルミン。君はよく悲しんでいるね。顔を上げてごらん、以前と違って最近では華のような笑顔をみせるようになったというのに、勿体ないよ」

 うつむき両手で顔を覆っていたアルサルミンに、上から声を落としながら、自然な形で、アルサルミンの顔から両手を離させる。

「ほら、目から大きな雫を流す時間はもう終わりにしよう。美味しいハーブディを用意したから、これからは3人で飲む時間に変えよう」

 優しく告げながら、アルサルミンの両頬を捕らえたまま、アレジオンは親指のはらでアルサルミンの涙をぬぐいとる。

「アレジオン、アルサルミンは純粋な方なの。あまり変な誘惑などしないであげてください」

「女性を口説くのは。特に美しい女性を口説くのは、男性の義務だよ。せっかく目の前に、大輪の花を咲かせるような笑顔を作れる女性がいるのに、泣かせたまま放置できる男なんていないよ。いるとすれば、それは男じゃないね」

 穏やかに、それでもきっぱりと呟くと、アルサルミンから涙が零れなくなるまで、丁寧に丁寧に、アレジオンは親指で涙をぬぐい続けてくれた。

 そして、ようやく涙が出なくなったことを確認したアレジオンは、アルサルミンから両手を離すと、アルサルミンとネーヴェの前にハーブティの入ったカップを置き、自身も空いている椅子に腰を落とすと、自分の前にカップを置き、2人にそれを飲むように勧めててくる。

「まぁ、本当に美味しい」

「香りもすごくいいね」

 さぁ、どうぞ。と、手のひらを上にして、2人に向けて飲むように促すアレジオンに誘われるまま、2人はハーブティを口にする。そして、それが喉を通りすぎると同時に、2人は「ほぅ」っと溜め息を洩らすように、感動してみせた。

「嬉しいなぁ、そんな風に褒めてくれるなんて」

「お世辞などではなく、本当に美味しいと思ったの。アレジオンが作ったのかしら?」

「うん。すごく美味しいし、いい香りだし。すうっと気持ちが軽くなる感じがして」

 ネーヴェとアルサルミンが素直に称賛すると、アレジオンはちょっと照れたように微笑んだ。

「嬉しいね、クラスでも飛びぬけて可愛らしい乙女2人に、そんな風に褒めてもらえるなんて。そうだよ、俺が考えて組み合わせて作ったハーブティなんだ。ここの温室には、ハーブがいっぱいあってね」

「お世話も、あなたが?」

「あぁ、もちろん。ここは人が来ないからね、ひとりで過ごしたいときにはもってこいの場所なんだ。今日みたいに、美しいお嬢さんが突然訪問してきてくれることも、あるみたいだし」

「そうだったの。私も、ここでひとりになりたいときとか、お邪魔させてもらっていたの。素敵な空間ね」

 アレジオンとネーヴェがいい感じに語り合い、それをアルサルミンが傍らで耳を傾け聞いているといった雰囲気になっている状況に、アルサルミンはほんのり胸を高鳴らせていた。

 ――もしかしたら、ネーヴェの恋の始まりかしら。

 アルサルミンの予定としては、かなり狂ってしまうのだが。友人として、親友として、願うのは、ネーヴェの幸せな恋である。

 風雅のおかげで有能すぎるネーヴェには、この世界は少し生きづらいのかもしれない。そんなことを思った昨夜。クレストールと恋に落ち、王家に嫁いでくれたなら、実力的にも見た目的にも申し分ないと思いはするが、それをネーヴェが望んでないと言うならば、ネーヴェの魅力に取り込まれつつあるアルサルミンは悪役になり切れないだろうと、感じていた。

 ――アレジオンのフラグって、どうやったっけ?

 完全放置であったクレストールとは違い、一度はヒロインが落としたことのある相手である。思い出せないはずはない。

 ――私が悪役となって、うまくいくなら。

 ネーヴェに協力してみせる。と、楽し気に語り合う2人を見つめながら、アルサルミンは心に決意を固めてみせた。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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