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昼の勉強会と放課後の勉強会を乗り越え、寮に戻ると食事の時間まで勉強し、食事後は自分磨きの時間まで勉強する。そしてお風呂に入り、その後に行ってもらえる、リテラエにとっては1日の締めの仕事となる、洗い立ての湿り気の残る髪へ香油塗りが終わると、お互いに挨拶を交わして、リテラエが隣のメイド室に入って行くのを見送る。その後は、ナイトガウンを羽織って、深夜まで勉強し、ようやくアルサルミンの1日が終わるのだ。
そんな日々を過ごしながら、迎えた週末。アレジオンは気を遣ってくれ、今週はテスト前だから手伝いはしなくてもいいと言ってくれたのだが、相手は生き物である。それに、手伝いの約束をしているアルサルミンたちがサボると、その負担はすべてアレジオンにかかってしまうことから、4人は決めていた通り土曜日の午前中は園芸部のお手伝いをしに、朝も早くから体操着に着替え、首にタオルを巻いて、軍手をはめて、4人は揃って園芸部に向かう。
「無理はしなくていいんだよ? 無理は長続きを遮る、最大の敵だからね」
「無理なんてしてないし、これは花をもらうための約束だもん。それに、花は生き物だからね、試験だからって放置してはいられないでしょ。これは、私たち全員の意見だから、気にしないで今日もばっちり使ってちょうだい」
アレジオンから今週はお休みだと言われた後で、4人で話し合いの場を設けたのだが、そんな場を設ける必要もなく、4人の意見は一致していた。
そのことを伝えると、アレジオンは最高の笑顔を返してくれた。
チャラ男の汚名がぶっ飛ぶような、それはとても爽やかな笑顔であった。
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ。今日は、俺や先生の2人だけでは手が回らない部分の、雑草取りをして欲しいんだ。すぐ目につくところは取っているんだけどね、奥まった場所にある鉢なんかだと、かなり生えてしまっていると思うんだ」
「分かりました。場所は全体でいいのでしょうか?」
「そうだね。だから、今日1日で終わらせようなんて思わず、何回かに分けて行ってくれていいから、丁寧に抜いてあげて欲しいかな」
「では、温室の隅から行って。その後は庭園の方を行いますね。アレジオンが仰る通り、何回かに分けさせていただくことになると思いますが」
確認を取るイオンに対し、アレジオンが説明してくれ、それに対してネーヴェが返事する。
「では、これから始めますね」
「よろしく頼むよ。あぁ、取った雑草はこの入れ物に入れてくれるかな。後で回収するから」
「うん。わかった、じゃあ行ってくるね」
それぞれ雑草入れを受け取り、それを持って温室の隅から雑草取りを開始する。アレジオンが言っていた通り、通路を歩いてすぐ目に留まる範囲は雑草がほとんど生えていないのだが、奥の方に置かれている鉢は世話が行き届かないのだろう。これまで、この広い温室と庭園の世話を2人でやって来たのだから当然である。雑草がそれなりに生えていて、鉢の中で密集して生えているような花や葉に、混じるようにして生えている雑草などは、全部抜き取るのに時間がかかり、思ったよりも進みが遅かった。それでも開始から1時間も過ぎるころになると、徐々にコツをつかんできて少しはペースが上がってくる。これを何週間か続けていたら、雑草取りがかなりうまくなりそうだと、アルサルミンは考えてしまう。
けれども、やはり生き物の相手は気持ちいいものである。雑草を全部抜き取ってあげると、とても愛らしい姿を披露してくれるのだ。
「この鉢は抜き終わりました。時間がかかってしまってすみません」
「お疲れさま。時間は気にしないで、私だってすごい時間がかかってるもん。それより、次を頑張ってね」
「でも、可愛らしい花でしたね。雑草があるのとないのでは、やはり見え方が変わりますね」
「本当に。雑草を抜いた鉢植えを並べた場所を見ると、先ほどまで見えていた姿とは全然違って見えて。やりがいがありますよね」
園芸部なんて、前世でも現世でも、これまで無縁の存在であったのだ。けれども携わってみると、意外と楽しいことが分かってっくる。
そうはいっても、楽な仕事ではないので、1人だったらどのくらい頑張れるか分からなかった。
それを思うと、アレジオンは本当に花が好きなのだと伝わってくる。
――チャラ男とか言われてるのに、こんな一面があったなんてね。
ゲームでも、朝と夕のアレジオンの居場所は温室であり、ヒロインのネーヴェでアレジオンを落とした際、スチール画像のひとつに、ハーブティをもらっているものがあるため、一応公式ではあるのだが、ここまで真面目に入れ込んでいる描写はどこにもなかった。
それよりも、昼間の居場所である中庭のベンチで、いつも違う女性を侍らせていることの方が前面に押し出されていて、それでチャラ男の愛称が付けられたのだが。
――現実って、違うものなんだなぁ。
ショートホームルームはほぼ全部欠席だし、授業も出たり出なかったりで、不良に近いイメージを持っていたのだが、その理由を知ってみると、印象が一転してしまう。
ただし、遊んでいるのも本当なので、Wヒロインの片割れであるラミクタールや、ヒロイン系ライバルであるイオンを、アレジオンとくっ付けたいとは思わないのだが。
もちろん、花に接するときの姿を見ていて、アレジオンがとても優しい人だと分かったことで、心からアレジオンにも幸せになって欲しいとは思う。でもそれは、アルサルミンの知らない誰かという意味で、であった。
そして、みんなで無心になって雑草取りを続けていたら、昼を知らせるチャイムが鳴り響く。それを無視して続けていると、アレジオンが作業の停止を命令してきた。
「約束違反はダメだよ。さぁ、今日はここまでにして、続きは今度やってほしいな」
「分かりました。それでは、今日は残念ですが、ここまでにして終わりにさせてもらいます」
「うん。そうしてくれると助かるよ。といっても、取ってもらった雑草の処理があるからもう少し付き合ってもらうようだけどね」
アレジオンはそう告げると、みんなをひとところに集め、取った雑草の入った入れ物を回収していく。
「この雑草はどうするの?」
「ブルーシートの上でしっかり乾燥させた後、土深くに埋めるんだ。そうすると養分になってくれるからね」
「だったら、そこまで手伝うよ」
アルサルミンが申し出てみたが、アレジオンはあっさりと拒んでくれる。
午前中だけという約束を、徹底して守るつもりのようである。意外と頑固なのかもしれない。
「いや。草の処理は慣れているから、気遣い無用だよ。それより、手を洗ったら、テーブルの上に瓶が載せてあるから。中はハーブティだから、持ち帰ってくれるかな」
「なんか、しょっちゅうもらっているようで悪いよ。それに瓶もいつも可愛いのだし」
「ハーブティのイメージに合わせた瓶に入れたいだけだよ。それに、ブレンドするのが好きでね、つい色々と作ってしまうから、飲んでもらえると嬉しいんだ」
「アレジオンのハーブティは美味しいから、貰えるのはとても嬉しいよ。ありがたく貰っていくね」
「そうしてくれると嬉しいな。じゃあ、俺は雑草の処理をしに庭園の方へ行くから、みんなは適当に帰ってくれるかな」
「それでは、お言葉に甘えて今日はこれで帰らせていただきますね。いつも後始末をお任せする形になってしまって、すみません。ありがとうございます」
ネーヴェは素直にアレジオンの命に従うよう、帰宅する意思をみせつつ、アレジオンにお礼を述べる。
「いや。こんなにとってもらえてとても助かったからね。午後はゆっくり休んでほしいかな。試験前でそうも言っていられないんだろうけどね」
それじゃあ。と、アレジオンは回収した雑草の入った入れ物を持って、温室を出て行き、庭園へ向かって行ってしまった。
「手を洗って、お茶貰って、帰ろうか」
「そうですね。今日はお3時まで起きていられるでしょうか」
「正直、自信がありません。園芸部のお手伝いの後は、眠る癖がついてしまって」
アルサルミンが率先して、軍手を取り、手を綺麗に洗うと、続くようにしてラミクタールやイオン。最後にネーヴェが手を洗う。そしてテーブルの上に置かれた瓶を有難くいただくと、4人は上位爵位用の女子寮へ向かって行った。
寮へ到着し、中に入って2階へ上がると、一度解散して、それぞれ制服に着替える。体操着も違反ではないが、洗わないとならないし、学園で生活する際の正式な服装は制服なのである。そのため、寝る時以外は制服で過ごすことになっていた。そして制服に着替えた後、再びアルサルミンの部屋へ集まり、お泊りしに来てくれたラミクタールと共に4人で昼食を摂り、みんなで勉強をしようか迷った果てに、今日も疲れをとる目的でお茶会をする3時まで昼寝をして過ごしたのであった。
優雅にお茶会を開きつつ、いつもはお菓子作りや乙女トークに花を咲かせる時間を、すべて勉強に当て。夜中までみんなで勉強してから、リテラエが用意してくれた、それぞれ柄の違う4枚の綺麗な装飾がされているかわいい毛布を、みんなで分けて、それを掛けて眠りに落ちる。そんないつもとはちょっと違った週末を、4人は、それでも楽しみながら送っていた。
そして休み明けの月曜日は、アルサルミンの部屋で4人で朝食を取り、一度解散して登校する準備を済ませると、リテラエとマニエータに登校を知らせる挨拶をして、アルサルミンはラミクタールと一緒に廊下へ出て行く。それとほぼ同時に、ネーヴェとイオンもそれぞれの部屋から出てきたことで、4人は再度合流し、上位爵位用の女子寮を後にする。
そこから先は、いつもの平日の過ごし方へ徐々に戻っていく。
そして、教室に入る直前までは、両手に花の状態で幸せを満喫していたアルサルミンが、教室の扉に手を掛けることで、夢の時間は終わり、すべてが解除される。
そこからは、新たな1週間の始まりであった。
しかも、今週の後半にはテストが控えていた。
「随分と有意義な週末を、毎週送っているようですね」
「今回は、勉強三昧だったけどね」
アルサルミンが席に着くと、クレストールが最初から本から視線を外した格好で、話しかけてきたことで、珍しいこともあるものだと思いながら、アルサルミンは苦笑交じりに応じてみせた。
「それより、なにか進展でもあったの?」
「いえ、未だ行動をとるのは早いので、時期を待っているところです」
「だったら、どうかしたの?」
「婚約者として、アルサルミンの身を案じ、あえて言わせていただくことにしたのですが」
クレストールが真面目な表情で、アルサルミンを見つめてくるので、アルサルミンも真面目な顔でクレストールを見返す。
「アルサルミンから見て、どのように映っているのか分かりませんが、自分よりも大きな男性を女性扱いするのは、お勧めしませんよ。しかも、当人がきちんと忠告しているのに、抱きつこうとするなんて以ての外です。触れる程度のキスで済んでいる内はまだいいですが、ハルシオンもマイスリーも君という女性に慣れていないのですから、僕たちを相手にする感覚で付き合っているのでしたら、危険ですよ」
「急にどうしたの? この間はなにも言わなかったのに」
「この間は、あの騒動の渦中に加わりたくなかったので」
アルサルミンの疑問に、クレストールはバッサリ応じる。
容赦のなさは、今日もしっかり健在である。
「それと、これは女性としての嗜みについてですが、胸を触られてけろっとしているのは、かなり問題があると思うのですが。アルサルミンはどう考えているのでしょうか?」
「えっ。そっちも? っていうか、今更?」
「あの場にいた人たちに、サイレースに胸を触られ慣れていると思われても、仕方のない状況ですよ」
「その表現は、さすがにサイレースが気の毒っていうか。なんか痴漢みたいじゃん」
クレストールの物言いに、慌てて訂正を求めるが、クレストールが言いたかったのはそういうことではなかったようである。
「僕が言っているのは、サイレースとアルサルミンが、日ごろから胸を触り合うようなことをしていると、みんなに誤解されても仕方のない状況だったと言っているんです」
「え? 私とサイレースが? そんなことしたことないよ。あんな風に胸を触られたのなんて、この間が初めてだし。っていうか、あれは事故じゃん」
「僕だけが正しく理解していても、他の方が2人がふしだらな関係にあると思い込んでしまったら、意味がないですよね? ですから、あぁいう場ではそれなりの恥じらいを見せる必要があるんですよ。それを面倒臭がって怠るから、誤解される可能性を生むんです。今後は気を付けてくださいね」
「はーい」
最後はなんだか、先生と生徒な気分になりながら、アルサルミンはいい子な返事をして返す。
言われてみれば確かに。と、思わなくもないので、反論する気にもなれず。素直にクレストールの忠告を受け取ることにした。
ただ、やはりこれだけは言いたいと思ってしまう。
――あの場で、注意してくれればいいじゃん。そしたら、誤解される可能性は打ち消されたんだから。
そもそも、あの場にいた人たちの中に、アルサルミンとサイレースの関係がふしだらなものだと憶測するような、そんなような人がいるとは思えなかったのだが。
――にしても、恥じらいかぁ。
一応、女性なので、持ってはいるつもりなのだ。でも、必要性が感じないと、表に出てきてくれないのである。つまり、相手がサイレースであったことで、気を許してしまったことで、恥じらいが発動してくれなかったのだ。
なのだが、どうやら。
――あそこは、恥じらっておくべきポイントだったかぁ。
失敗じったとは思うが、今更である。
それになにより、リテラエにこのことがバレたら、なにか言われそうである。しかも、かなりくどくどと。なので、この話題は封印することにしようと、心に決める。
そんなアルサルミンの心を読んだわけではないのだろうが、終わりをみせたクレストールのお小言であったが、締めは深い溜め息となっていた。
「なんで、溜め息? ちゃんと『はーい』って良い子の返事したじゃん」
「いえ。反省の色が見えない気がしたので」
さらりと告げられた台詞を耳にして、アルサルミンは体をすくませる。
――聡いっていうか、敏感っていうか。
反省をまったくしていない、という訳ではない。訳ではないが、殊更深く反省をしているかと問われれば、否となるのだろう。それがクレストールにバレているようであった。
しかし、アルサルミンは知ってしまったのである。
「クレストールはそう言うけどさ。私の胸を一番堪能しているのって、クレストールなんだけど」
「人聞きの悪いことを言わないでくれませんか? あれは腕を組んだ結果ですよね」
「そうだけど。ネーヴェがあんな風にガッシリと組まなくてもいいって、教えてくれたの。クレストールなら、分かっていたんじゃないの?」
「デート中でしたから、ああいうのもありだと思っただけですよ」
「それって、ずるい。言ってくれたら、直したのに」
恥ずかしいといったら、あのときの方がよっぽど恥ずかしかったのだ。最後は開き直ってきたが。
「なんか、クレストールに弄ばれた気がしてきた」
「僕はアルサルミンのことを弄んだりしませんよ。責任を取れと言うのでしたら、喜んで取らせてもらいますよ。将来的に結婚することを保証されている婚約者でも不安だということでしたら、近日中に結婚しましょうか? 僕の立場上、手続きが少々ややこしいですが、結婚は若い内にすることを望まれていますから、歓迎してもらえますよ」
僕はそれでもかまいませんよ。と、迷いなく告げられてしまい、アルサルミンは再度敗北を味わった。
反撃を試みるには、相手が悪かったとしか言えなかった。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




