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 告白を保留している者が2名。積極的な者が1名。その他熱血な親友が1名。

 そんなことを考えながら、アルサルミンは、生徒会の仕事を1人でしていた。

 試験も終わり、結果の発表も済み、開放感に浸る生徒たちを待ち受けているのは、生徒会主催のイベントである。

 これまでにネーヴェとサイレースにまとめてもらったノートをめくりながら、アルサルミンは考える。

 どうやら、サイレースのルートも、高熱を出す前のアルサルミンが開き、進めていたようだ。

 ――悪役だって言うのに、あなどれないなぁ。

 自分のことながら、感服してしまう。

 ただし、悲しいかな。セチロもサイレースも見つめていたのは、つまりは、高熱を出す前の。前世の記憶を取り戻す前の、アルサルミンだということ。

 ――私じゃないんだよね。

 それが悲しくなってしまう。

 べつに、本音を晒せばセチロルートはどうでもいいのだが。

 ――でもさぁ。これで、ネーヴェに傾かなかった理由がわかっちゃったよね。

 すでに、アルサルミンに落とされていたのだ。ネーヴェに傾倒する訳がない。

 ――でも、これからは違うよね。

 告白をして、自らであるが、引いて行ったのである。つまり、ひとつのイベントがクリアされたようなものだろう。もしかしたら、エンディングを迎えたのと同じかもしれない。それも、アルサルミンが振ったという形で。

 ならば、気持ちが切り替えられる可能性が、十分すぎるほどにあるのだ。

 ――余裕なんて、却って持てなくなっちゃったじゃん。

 告白してもらったというのに、普通に考えれば、おかしな現象である。

 ネーヴェはきっと、自らは進んで立たないけれど、リーダーにとても適している。正義感が強く責任感も強いであろうネーヴェのことである、本人も決して嫌な気はしていないはずだと、アルサルミンは思っている。取り巻きの乙女たちだって、貴族の集団なのに、平民のネーヴェを盛り上げてくれているのだ、嬉しく頼もしく思っているだろう。それに、取り巻きの乙女たちはステータスのひとつだと割り切って付き合っていたアルサルミンとは異なり、ひとりひとりの名を覚え、大切な友達として扱っているのだろうから、形ばかりだったアルサルミンの時とは違い、乙女たちからも心から愛されているに違いない。生徒会の仕事だって、助っ人にもかかわらず、全力投球で、こんなに分かりやすいノートを作ってくれたのである。好感度はすごく高い。そしてなにより、平民だからと、決して卑屈になんてならないところが、ネーヴェの最大の魅力なのだと、アルサルミンは感じていた。

 言いたいことがあるなら、王族のクレストール相手でもひるまない、そんな強さ。気後れしない気高さ。

 ――惹かれる要素、満載じゃん。

 アルサルミンが男だったら、ネーヴェに片想いしていそうだと、思ってしまう。

 ――さて、どうするべきか。

 これからは、ネーヴェとサイレースとの間にフラグが立たないよう、非協力的になるしかないのだろうか。それと、万が一にもネーヴェとサイレースとの間にフラグが立ちそうになったら、強引にでもフラグを折ってしまうという荒業。それにでるしかないのだろうかと、アルサルミンは、肘を机に立て手のひらに顎下を乗せながら、宙を見つめる。

「心、ここにあらずですね」

「え? あぁ、クレストール。どうしたの?」

 今日はセチロに用事が入ったからと、生徒会の活動は休止となっていた。

 そのため、生徒会室にいるのは、アルサルミンだけであったのだ。

「今日はお休みだって、伝えておいたよね?」

「だからですよ。どうせ、君のことだから、ひとりで作業を進める気だろうと思いましてね。来てみたら、やっぱりひとりでいるじゃないですか」

「んー。イベントが控えているからね。気になって」

「その割に、まったく違うことを考えていた様子でしたけど」

「うん。ちょっとね……」

「サイレースにでも、告白されたんですか?」

「は?」

 なんで、あの場に居なかったクレストールが知っているのかが、不思議ではあるが。それ以前に、なんでバレてしまったのかと、アルサルミンは泡を食う。

「やっぱりですか」

「な、なんで?」

「教室に戻ってみれば、2人ともそれぞれの席に座って、上の空でしたからね。もしやと勘が働いた訳です」

 種を明かせば、クレストールの慧眼によるものということか。

「君には、僕という婚約者がいるのに。本当に困ったことですよね」

「ねぇ。最近になって、そのことをよく口にするようになったんだけど、どのくらい本気で言っているの? 単なる繋ぎとして、目的とする女性が現れるまで、他の女性を追い払うのに便利だと思って言っているとかだったりする訳?」

「そんな風に、受け取っていたのですか?」

 アルサルミンが、素直な感想を述べると、心外そうに、クレストールがアルサルミンのことを見つめてきた。

「本気に決まっているじゃないですか? 証拠がほしいですか?」

「証拠って?」

 聞き返すのとほぼ同時に、クレストールの手のひらがアルサルミンの頬を捕らえる。

「今日は、助けてくれる人はいませんよ? それでも、証拠がほしいですか?」

「えっ? ちょ……ッ」

「ですよね。君を泣かせたい訳ではないですし。なにより、君から拒絶の言葉を聞くのが怖いですからね。僕の方は君さえ望めば証拠はいつでもあげられますので、証拠の件はアルサルミンがもう少し成長するまで待っててください」

 にっこりと微笑み、アルサルミンから手を放しながら、クレストールは優しい声で和らかに告げてくる。

 そして、いつものクレストールに戻って行った。

 それを見ていて、アルサルミンは再び思いに耽ってしまう。

 ――クレストールの好きだというアルサルミンは、どっちなんだろう。

 分からなくなってしまった。と、アルサルミンは心の中で頭を抱える。

 ――っていうか、クレストールのルートって、もしかして開いちゃってるのか?

 アルサルミンか、私か。そのどちらかによって。

 ――セチロルートに回避方法があったのと一緒で、他のキャラにも回避方法があったはずだよね。

 失念していたのだが、ふと心を過った事柄。

 一点集中だったから、必要性を感じず、調べたことなどなかったのだが。ひとりにあるなら、他の攻略キャラにもあっていいはずである。

 ――って、なると。サイレースの今回の告白も、もしかして回避用? エンディングとかでなくて。

 ――振ってもいないのに、エンディングを迎えられても困るし。そもそも、エンディングは卒業パーティで迎えるんだもんね。

 ちょっぴり復活してきたと感じた瞬間、それは一瞬の気の迷いだったように、アルサルミンはぺしゃんとなった。

 ――でも、あのサイレースの態度的に、振ったのも同じような気がする。

 そんなつもり微塵もないのに。自己完結して去って行ったサイレースの背中を思い出し、アルサルミンは情けない気持ちになって行く。

 ――サイレースには、一度返事しておこうかな。って、その前に婚約破棄してもらわないとダメなのか?

 行き着くところは、やはりここである。

 ゲームの『Eterrnal Love』では、主人公のヒロインはフリーな身であり、誰を選ぶのも自由であった。婚約者がいるというのに、クレストールなんて、お相手キャラの中でもメインのキャラだった位である。

 それに対して、アルサルミンには初めからクレストールの婚約者という足枷が付いているのだ。どこまで奔放に振舞っていいのかが、悩みどころである。

 ただ、サイレースを落としたいことに変わりないアルサルミンにとって、重要なのはサイレースと迎えるハッピーエンドであることに間違いはない。

 ――もしクレストールのルートに入っちゃっているなら、回避方法があるはずよね。まずは、そこから脱出するためにも、それを発生させな……い、と。って。

 ふと思い至って、アルサルミンは青くなる。

 もしかして、もしかしたら。クレストールが踏み出し損ねている、先ほどの行為の強引な実行こそが、回避イベントのカギとなるのだろうか。

 ――そうなると、強敵じゃん。

 拒まれるのが嫌だと、アルサルミンの心の準備ができるまで、待っているという、長期戦体制のクレストール。

 なにがなんでも、回避させたりしないぞという、そんな強い意志を感じてしまう。

 ゲームの世界だと分かっているのはアルサルミンくらいで、クレストールはそんなこと知っている訳がないのに。

「アルサルミンって、ネジが一本飛んでしまったせいか、色々な表情をするようになりましたね」

「え? そう?」

「えぇ。前はいつも引き締まった表情を保っていましたから。誰にも隙は見せないぞって感じだったんでしょうかね」

「そこまで分かっていて、婚約者なのに、癒しになってあげなかったの?」

「以前の君はひとりで自己完結してましたからね。手助けは不要だと思いまして、敢えてなにもしませんでしたよ」

「そんなことないよ。心細かったに決まってるじゃん」

 常に気を張り、周りに付け込まれないように、必死にあがいていたんじゃないかと、今のアルサルミンには、過去のアルサルミンが頑張っていた目に見えない努力というものが伝わってきていた。

 そんなアルサルミンの発言に、クレストールは意外そうな表情をしてみせた。

「そうなんですか? それなら、これからは、前の分も加えて、君のことを支えてみせますよ」

 甘いくまとわりつくような声音で囁いてくる、睦言のような台詞。

 申し訳ないことに、それが心に届くことをしないのは、目的とするキャラではないからなのだろう。

 そうなのだ。アルサルミンが睦言のように甘くとろけるような声音で囁いて欲しいのは、サイレースただ一人なのである。

 ――もういいや。婚約破棄は後回しにして、サイレースを落としにかかろう。

 もう、本当に、サイレース相手にイチャイチャしたいのだ。デレまくってほしいのだ。

 試験の順位発表の後のときのように。

 そのために、今は頑張ろう。と、アルサルミンは決意する。

 ――そのついでに、ネーヴェにクレストールを落としてもらえたら最高なのに。

 ネーヴェなら、たとえアルサルミンがクレストールのルートに突入してしまっているとしても、なんだかんだとクレストールを落とせる気がするのだ。

 それに、奥の手の魅了だって持っているのだ。問題は発動条件がわからないということなのだが。

 ――でも、それって、ネーヴェにその気がないと、やっぱ悪いよね。

 試験の準備発表の際は、そんなこと言っている余裕がないと思い、なりふり構わず突き進んできたけれど。女の子として、友人として、ちゃんと考えてみると、その気もない相手を無理やり押し付けるのはいかがなものかと、ようやくアルサルミンにも思えてきたのである。

 ――どうみても、その気があるようには思えないよねぇ。

 対等なカリスマ。

 対等な知力。

 夏休み後に控えている魔力合戦だって、強い魔力を持つ王族の血を引いているクレストールが相手でも、鬼畜な高さの魔力を持っているネーヴェならば、対等に競い合うことだろう。

 それらが意味するところは。

 ――いいライバルって感じでしかないよねぇ。互いに高め合うっていうか。

 それで、恋の花も咲くときもあるとは思うのだが。クレストールとネーヴェの間ではどうなのだろうか。

 ――いっそ、ネーヴェと恋話でもするか?

 そこで、さり気にクレストールをプッシュしてみるのもいいかもしれない。

 ――っていうか、初っ端から親密度100%のサイレースを落としにかかるかと思ったんだけど、そうでもないみたいだし。つっても、私がルートを奪っていたんだけどさ。でも、ネーヴェなら、無ければ無いで、その気になったら、自力でルート作り出しちゃいそうだもんね。

 けれども、そんな気配はないように思える。

 最初、サイレースから近い席を選んだときは、狙っているなと思ったのだが。その後の行動を見ていると、そうでもないらしいと思えて来ていた。

 ――なーんか、ピンとこないんだよねぇ。

 今世の無敵ネーヴェなら、ゲームのヒロインの謙虚な落とし方とは違い、最初から押せ押せの一点張り攻撃で、目的とする対象を落としそうだと思ってしまったアルサルミンである。

 ――やっぱり、その辺も確認しないとかぁ。

 ネーヴェが誰に恋しているのか。落とそうとしているのか、その辺を知っておくのはとても重要なことだと、アルサルミンは今さらながらに気が付いたのだ。

 そんなアルサルミンに、クレストールは再び話しかけてきた。

「集中できないなら。せっかく生徒会も休みなんだし、体を休めた方がいいんじゃないかな」

「うん。そうかもね」

「なんなら、僕の部屋に来て、お茶でも飲んでいかないかい?」

「ごめんなさい。クレストールが飲ませてくれるお茶はとても美味しいから、魅力はあるけど、今日はちょっとやりたいことができちゃって」

「そうですか」

 それは残念です。と、言外で告げたクレストールは、そのまま引き下がってくれる気らしい。それ以上誘ってくることはしなかった。

 それをいいことに、半ばクレストールを追い出す形で、生徒会室の戸に鍵を掛けると、アルサルミンは勢いよく廊下をかけ出していた。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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