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 5月も終わろうとしていたが、淡々と朝の掃除は続けられていた。そして、イオンの取り巻きの乙女である5人を解放する時間でもあった、昼の勉強会も順調に進んでいた。話しに聞くと、イオンの乙女たちはこの時間、図書室で勉強をしてすごしているとのことである

 放課後の生徒会も、未だまだ先が見えるような状態ではなかったのだが、毎日コツコツと、溜めに溜められていた資料のまとめをみんなで行っていた。

 そんなある日の放課後の生徒会室で、活動開始から1時間以上経っていたことで入れられた休憩時間に、イオンとアレジオンが話していた。それだけでも珍しい光景なのだが、話し掛けたのがチャラ男のアレジオンからではなく、イオンからということが、アルサルミンの目を引いてしまう。

 それで耳を傾けていると、なにやら『花』について話しをしているようであった。

「温室の花を、毎日数本ずついただけないでしょうか? もちろん、お礼はします」

「そんなかしこまらなくても、花ならあげるよ。教室に飾るやつが欲しいんだよね?」

 イオンのお願いに、アレジオンは明るい調子で応じてみせる。それに対して、イオンは誠実に接しようとしているようで、花が欲しい理由をアレジオンにきちんと伝えなければと思ったらしい。事情を説明し始めた。

「あ、はい。花を飾っているのは、私の取り巻きの乙女をしている5人の生徒なのです。それで、毎日花を変えているので、花をどうやって用意しているのかと確認したら、毎日交代で花を買いに行っていると言われてしまいました」

 イオンの台詞に、アルサルミンの方が驚いてしまった。

 ――そうだよね。花を用意しないと、飾れないもんね。

 これまで、アルサルミンはそのことに思いが至れていなかったことを恥じつつ、誰に言われることなく自分でそこへ到達したイオンのことを、尊敬してしまう。

 ――本気で、あの5人のリーダーとして頑張っているんだ。イオンってば。

 これまでにも、そのことはよく分かっていたが。改めて、イオンの本気を垣間見れた気がした。

 そんなアルサルミンの感動をよそに、イオンはアレジオンへ説明を続けていた。

「教室に飾る花を、彼女たちだけに負担させるわけにはいきません。ですから、彼女たちのリーダーとして対策を立てる必要があると思いまして。それで思いついたのが温室だったのです」

「うん。そのイオンの気持ちは分かるし。温室に目を付けた事情も分かったけど」

 アレジオンはなにかに引っ掛かりを感じたようで、イオンに話の先をするように促していた。

「分かっていただけて、とても助かります。それで、花をいただきたいのは毎日なので、かなりの量をいただくことになってしまいます。ですので、相応のお礼が必要なのは分かっています。アレジオンからご指示いただければ、お礼はきちんと用意します。花の受け取り方法ももちろん、アレジオンの都合の良い方法にこちらが合わせさせていただきますので、私の乙女たちが受け取りに行きましたら、花を渡していただけないでしょうか」

「つまり、お礼は君が用意するから、彼女たちにはそれを内緒にしておいて欲しいと。その上で、花を無条件で分けてもらっている格好で、彼女らに教壇に飾る花を毎日渡して欲しいということかな」

 アレジオンがイオンの説明を聞き終え、その内容を確認するように、アレジオンが要約するようにしてイオンの言っていたことを繰り返す。

 そして、アレジオンが聞き返してきた事柄を受け止めたイオンは、正直に頷いた。

「有り体に言ってしまうとそうなります」

「それじゃあ、彼女らに変わって、君がひとりで花の代金を負担すると言っているようなものだよね」

 アレジオンが引っ掛かりを感じたのは、この部分だったようである。

 イオンの口から、そのことを引き出したかったのだろう。そして、それを公にすることで、イオンに疑問を持たせたかったようなのだが、それは失敗に終わってしまった。

 すでにその辺の事柄も分かった上で、イオンはすべてを被ろうとしていたらしい。

「花の準備の方法を考えず、彼女たちに教壇の花のことを褒めてしまったのは、私です。ならば、彼女たちが負担に感じることのない状態で、教壇の花を毎日用意できる環境を整えるのも、彼女たちのリーダーである私の務めだと思っています」

「イオン、君は本当に損な性格をしているね」

「そんなことはありません。自分が蒔いた種ですから、その責任をきちんと果たしたいだけです」

 アレジオンの台詞に、アルサルミンも同感であった。

 けれども、真っ直ぐで生真面目なイオンにとっては、それよりも自分に課せた責務を全うする方が優先のようである。

「それで本題に戻させていただきますが、花の件はお願いできるでしょうか?」

「花自体はそれなりにあるし、もう温室以外の花も咲き始めているから。あげることに関しては、問題はないよ」

「アレジオン、ありがとうございます。それで、お礼の件と、受け取り方法となりますが」

「そうだなぁ。デートでもしてもらおうかな」

「アレジオン! イオンは真面目にお願いしているんだから、ちゃんと答えて」

 本当は2人のやり取りである。アルサルミンは口を挟まずにいようと思っていたのだが、真剣なイオンに対して、チャラ男の顔をみせたアレジオンの対応に黙っていられなくなり、アルサルミンはついつい口を挟んでしまった。

「イオンがダメなら、アルサルミンがデートしてくれてもいいよ。俺としては、その方が大歓迎かな」

 アルサルミンが口を挟んでくることを、予測していたかのように、アレジオンは動じることなく、調子を変えることなく、アルサルミンのことをにこりと笑いながら見つめてくる。

 そのことにアルサルミンはイラっとしながら、アレジオンを睨み返していた。

「馬鹿なこと言ってないで、ちゃんとイオンの質問に答えてよ。お礼に関しては、イオンひとりに負担させるつもりはないから。私も協力させてもらうから、花をもらえる条件を教えて」

 アルサルミンは、2人の会話を聞きながら思っていたことを、ようやく言えてすっとする。そしてアレジオンの返事を待っていると、ネーヴェとラミクタールも立ち上がり、話しに加わってくる。

「普段、掃除には協力をできないでいますし。教壇の花に癒されているのも事実です。私も花をいただけるなら、お礼には協力させていただきます。ですので、どうかお礼の内容と、花の受け取り方法をイオンに教えてあげてください」

「あの。私も参加させてください。私も教壇の花に癒されているひとりでしたのに、どうやってあの花を用意しているのか、考えもしていませんでした。花の用意が負担になっては、空気の入れ替えや、机拭きも嫌になってしまいます。そしたら、これまでの彼女たちの努力が水の泡になってしまいます。花をいただくためのお礼に関しては、イオンやアルサルミンやネーヴェと一緒です。私も負担させていただくので、どうかお礼の内容と、花の受け取り方法を教えてください」

「これは、困ったな。可愛らしい女性たちにこうもお願いされてしまったら、断れないじゃないですか」

 アルサルミンに続き、ネーヴェとラミクタールが加わったことで、少々形成が逆転してきたようである。アレジオンは苦笑を零しながら『困ったお嬢さん方だな』と言いたげに、4人からの視線を一身に浴びていた。

 そして、対応を考え中となったアレジオンに向け、アルサルミンが追い打ちを掛けるように口を開く。

「だって、最初に言ってたよね。『花ならあげる』って。それなら、お礼の方法と花の受け取り方を教えてちょうだい」

「最初はね。でも、自己犠牲の精神は、俺の理想に反する気がしてね。でも、イオンひとりに押し付ける訳じゃないと分かったからね。いいよ、それじゃあ交換条件をださせてもらうことにしようか」

 アレジオンはそう告げると、にこやかに笑みを浮かべた。

「花を譲ることに対するお礼だけど、相手は生き物だから、栄養も必要だし、手間も必要なんだよね。俺はそれらをまとめて、愛情って言っているんだけど」

 アレジオンはそう言うと、一度言葉を区切り、アレジオンを見つめる4人と、それぞれ目を合わせていく。そして一通り目を合わせた後、ゆっくりと話しを再開した。

「欲しいお礼は大きくまとめてふたつ。時期が来たら、アルサルミンたちが可愛いと思った花の苗や種を、買ってきて欲しいな。それと、肥料や土の注文もね」

「それが1つ目でいいの?」

 アルサルミンが確認するように問いかけると、アレジオンがゆっくりと頷く。そして、話を続けてくれた。

「君たちは知らないようだけど、温室やその周辺の庭園は、園芸部の管轄なんだ。だからお金の心配はしなくていいよ。部費があるからね。君たちが用意してくれた花の苗や種、肥料や土の代金は、そこから出すことになるから、自腹を切ることは絶対にしないように。誰かが部費以外で園芸部のものを用意したと判明した時点で、この契約は無効とさせてもらうよ。それくらいの覚悟はしてもらわないと」

「うん、わかった。園芸部関連でのお金を使ったら、そのことをアレジオンに報告すればいいんだね?」

「そういうことになるね。事前に分かっていたら、事前に部費から必要経費としてお金を渡すけど。そうじゃない時もあるから、そういう時は、君たちには悪いけど代金を立て替えてもらって、後で請求してもらう形になるね」

「分かりました。必ず守ります」

 真剣に話を聞いていたイオンは、アレジオンの説明に対して真面目に返事をする。

「それで、2つ目を教えて頂けますか?」

「2つ目はね、今は俺と顧問の先生の2人きりで、温室や庭園の管理をしているんだ。長期休暇の時は、研究所に通っている元園芸部の先輩たちが面倒を見てくれているんだけどね。だから、人手が欲しいと思っていたところでね。毎週末の午前中。土曜日か日曜日のどちらか都合のいい方の日だけでいいから、園芸部を手伝ってほしいな」

 それができるのなら、花を譲ろう。と、アレジオンはにこやかに告げてくる。

 それに逸早く飛び付いたのは、イオンであった。

「もちろん、園芸部の活動に協力させてもらいます。花のお世話とかしたことありませんけど、教えて頂ければ頑張ります!」

「でもね、イオン。俺はイオンだけに押し付けるのは嫌なんだ。だから、イオンひとりに押し付けたくないと立候補してきたアルサルミンやネーヴェ。ラミクタールと協力して、俺が受け取りたいと思っているお礼をくれないかな」

 アレジオンがそう言うと、ネーヴェとラミクタールが、我先に手伝いをすることを約束してみせる。

「もちろんです。イオンと一緒に私も園芸部の活動に協力させていただきます。家では花の世話もしていたので、アレジオンの言う愛情が必要なことも知っています。どうか、イオンの望みを叶えてあげてください」

「私も家では花壇の世話をしていたので、アレジオンほどではありませんが、花の世話に関しては多少経験があります。どこまでお役に立てるか分かりませんが、頑張りますので、どうかよろしくお願いします」

 イオンと共に2人が必死にアレジオンへお願いする中、アルサルミンは申し訳なさそうに口を開く。

「ごめん! 園芸部があることは分かってたんだけど、あそこが活動場所だったんだね。私は紙面上の部費の額とか、部費の使用目的の正当性とかばかりチェックしてたから、生き物相手の部活だってことに気づけなかったよ。ダメだよねぇ、もっと部活の内容もちゃんと確認しないと」

 アルサルミンはそう言うと、アレジオンに向けて笑みを浮かべる。

「もちろん、私も協力するよ。ラミクタールやネーヴェみたいに経験者じゃないから、初歩の初歩から色々と教えてもらうようだけど。初心者を誘うってことは、そのくらい覚悟しているんだよね? だったら、頑張るよ。だから、イオンに花の受け渡し方法を教えてあげて」

「4人とも覚悟ができているなら、交渉は成立だね。もちろん、アルサルミンが経験者だなんて思っていないから安心してほしいな。そもそも長期的に手伝ってもらうつもりだから、最初は教えることを楽しませてもらうよ」

「それで、あの……」

 イオンは不安げにアレジオンを見つめると、アレジオンがイオンを笑顔で見つめ返した。

「そうだね、当日の朝。彼女たちが教室へ向かう前に、温室に寄ってくれるように伝えてくれるかな。そうしたら花を渡すよ」

「ありがとうございます。アレジオンの大切な花を切っていただくことになってしまいますが、よろしくお願いします」

「俺や顧問だけでなく、花はみんなに見て欲しがっていると思うからね。教室に飾ってもらう方が嬉しいと思うよ。それと、元気に生きている内は、どこでもいいから飾ってあげておいて欲しいかな」

 アレジオンの最後の言葉を聞いた途端、イオンが突然希望を述べ始める。

「あの。それでは、受け取り方法を変更していいですか?」

「ん? どうしたんだい、イオン。なにか都合が悪いことでも思いついたのかな?」

「いえ、5人に一度教室へ向かってもらって、花の確認をしてもらいます。それで、花が元気な内は、その花を生け続けてもらいます。それで、萎れているようなら、温室へ伺うよう伝えておきます。5人の内代表が伺うと思うので、その時は花を渡してあげてください」

「そういうことなら、歓迎するよ。花も生きている内は大事に飾っていて欲しいだろうからね」

 アレジオンも納得のいく結果となったようで、教室に飾る花の件は無事に解決することになり、イオンはホッと胸を撫で下ろしていた。

 そして、そんなイオンのことを、アルサルミンを始め、ネーヴェやラミクタールが、自慢する気分で見つめてしまう。

 けれども、そんなアルサルミンたちの思いなど気づいていないらしいイオンは、アルサルミンとネーヴェとイオンに向けて、公爵令嬢として有り得ない。特に貴族としてのプライドを高く持つイオンならば決してしないだろう仕草をしてみせた。つまりは、頭を下げてきたのである。お礼付きで。

「3人のおかげで無事にアレジオンから花をいただけることになりました。3人の大事な時間を使わせてしまうことになってしまいましたが、花をもらい続けるのには3人からの協力が欠かせません。どうかよろしくお願いします」

「イオン、そんなに畏まらなくても。というか、イオンはこんなところで頭を下げちゃだめだよ。イオンにはイオンの矜持があるんだから、ここはそこを曲げるところじゃないよ。私たちは自分から名乗り出たんだから」

 アルサルミンは、慌ててイオンの顔をあげさせると、しっかりと言い聞かせる。

 アルサルミンは、風雅の記憶を併せ持つことで、他人に頭を下げることで自分の価値が下がるといった感覚がないのだが、イオンは貴族としての王道的な誇りの在り方を教え込まれてきたのである。しかも、性格的にも一本気で真っ直ぐとしているのだ。それなのに、それを敢えて抑え込んで、頭を下げてきているのである。

 その価値は、アルサルミンが頭を下げたときよりも、何倍もあると思われた。また、その意味もとても深いものだということが伝わってくる。

「イオン、貰えるのはその気持ちだけで十分だから。一緒に花の世話をするのを楽しもうよ」

「そうですよ。私は、このようなことでイオンが頭を下げる姿は見たくありません。イオンのプライドの高さは、私たちの誇りでもあります。なにより、私たちは自分から名乗り出たんです。どこにイオンが私たちに頭を下げる理由があると思われたのですか? 週末の約束ですが、負担になんて思っていません。それに、生き物の世話は大変ですけど、はっきりと分かる形で返ってきます。世話をした花が元気に咲き誇る姿は、とても嬉しいものですよ」

「私もそう思います。イオンにはいつも堂々としていて欲しいです。イオンが凛としている姿は、とても素敵なんですよ。そんなあなたが、このような理由で私たちに頭を下げるなんて、有ってはならないと思います。今のは無かったことにしてしまいましょう。その代り、もし私たちにお礼の気持ちを伝えたいと仰るのでしたら、笑顔をください。私はイオンの笑顔が好きです」

 慌てたアルサルミンに続き、ネーヴェとラミクタールも、想定外のイオンの行動に、とんでもないとばかりに口を挟んでくる。

 それを受けて、イオンは涙ぐみながら、「みんなありがとう」とにっこりと微笑んだ。

 それがとても愛らしく、アルサルミンはそれを独り占めするように、イオンを抱きしめていた。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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