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放課後になり、アルサルミンはネーヴェとラミクタールとサイレースとクレストール。それに戸惑うイオンを連れて、生徒会室へ向かっていた。
そして、生徒会室前に着くと、ノックをして「失礼します」と告げると、逃げようとするイオンを捕まえて、生徒会室の中へ入って行く。
「あぁ、やっぱり連れてきたんですね。アルサルミンのことだから、即実行とは思っていましたが」
「セチロの許可をちゃんととってなかったけど、これから取ろうと思って」
アルサルミンはみんながそれぞれの席について行く中、イオンを連れて、セチロの前に寄っていく。途端に、イオンがかしこまりおとなしくなる。
――おぉ。さすが恋している女の子って可愛い。
アルサルミンは、ぐっと、イオンを抱きしめたくなるのをこらえて、セチロとイオンのことで簡単にやり取りしていく。
「いいですよ。今日から、生徒会の助っ人として受け入れましょう。元から、俺が入れるって言っていたことですから」
「ありがとう、セチロ」
アルサルミンが笑みを零してセチロにお礼を告げると、セチロも穏やかな笑みを返してくる。
「いいえ。生徒会長の権限を使わずに入れられると一番いいのですが……」
セチロがそう言っていると、イオンの助っ人入りを反対するだろうマイスリーとハルシオンが、生徒会室に入って来た。そして「今日もよろしくお願いします」と挨拶をしている途中で、生徒会長の席の前にイオンがいることに気が付き、2人が固まってしまった。
「ちょうどいいところに来てくれた。今日から生徒会の助っ人をしてくれる、シュクレ公爵家のご息女であるイオン様だ。といっても、生徒会は敬称を省略する決まりだから、今日から、イオンと呼ばせてもらうことになりますが」
「よろしくお願いします」
イオンが丁寧に2人に挨拶するが、2人は目を尖らせて、怒った顔を作り出す。
「彼女は、学園の公約を守るつもりはないのでしょう? なんでそんな人を入れる必要があるんですか?」
「そもそも、助っ人を増やす必要なんてないはずです」
「ここまで人数がいたら、1人増えたところで変わらないだろ。それに、違う意見の者を受け入れる度量くらいなければ、公約の浸透なんてできないと思ってね」
セチロが絶対拒否の姿勢を作り出す2人に向けて、イオンの助っ人入会を決めた理由を説明している間に、アルサルミンは2人の後ろに回り込む。そして、2人の肩に手を回し、背後から抱き着いた。
「男でしょ。細かいことにこだわらないの。それに、可愛い女の子が増えるんだから喜ぶくらいしたらどう? 生徒会の男女比的に、ひとりくらい女子が増えてもいいと思うんだよね」
「アルサルミン、そういう問題じゃないだろ。考え方の問題を言っているんだ」
「っていうか、くっつきすぎです。女性ならもっと恥じらいを持ってください」
ハルシオンとマイスリーがそれぞれ告げてくる台詞に、アルサルミンがちょっと考え込む。
「ハルシオン、ちょっとまってね」
アルサルミンはそう告げると、ハルシオンを解放して、マイスリーに抱きつき直す。
「あたしなんかに抱きつかれても、つまらないでしょ? 同じ照れるなら、もっと可愛い子に抱きつかれたときにするべきだと思うけどな。ネーヴェとか超お勧めだよ。白くてキメの細かい肌が間近で拝めるし。細身なのにふんわりしてて、柔らかいし。仄かに漂って来る石鹸のやさしい匂いが、もうなんとも言えない可愛さと艶っぽさが同居しているかんじなの。それにね、それにね――」
いかにネーヴェがお勧め物件化を語りつつ、マイスリーに抱きついていたら、クレストールが急に立ち上がってきて、アルサルミンの肩を掴んできた。
「淑女のすることじゃありませんよ、アルサルミン。嫌がっている男性に抱きつくのは、嫌がっている女性に男性が抱きつくのと同じくらい迷惑なことなんですから」
「あー、そうだよね。ごめんね、マイスリー。ネーヴェをお勧めしときながら、私なんかが抱きついちゃってて」
アルサルミンはちょっぴりしょぼんとしながら、謝罪する。けれどもすくに気を取り直して、ハルシオンと向き直る。
「イオンは入れるよ。ハルシオンとマイスリーが反対するのは分かっていたけど。セチロと話していて、違う意見の持ち主の意見も聞きつつ、学園の公約を浸透させて行こうってなったの」
「それじゃ、足並みが乱れてしまいます」
「足並みって意味じゃ、すでに乱れているから。貴族と平民が仲良くする必要はないって思っているところは、ハルシオンとマイスリーとイオンは同意見だよ」
「――ッ」
「ラミクタールのいれてくれる、仕事前のお茶や、ラミクタールが手作りしてくれているお茶菓子を食べたくないくらい、貴族が嫌いなんでしょ。そういう意味じゃ、私なんて最高に嫌われちゃってるんだろうね。最上位の公爵令嬢だもん」
「べつに。そんな。それに、アルサルミンは平民のことをとても大事にしてくれていますし、嫌っているつもりはありません」
「マイスリー。フォローしてくれてありがとう。でもね、私が平民のことを大事にしたいなって思ったのは、平民のみんなが私を助けてくれたからなんだよ。そしてね、イオンは、貴族の中で、初めて私を助けてくれたひとなの。私にとって彼女は恩人なの。だから、考え方は違うけど、それでも彼女のことも大事にしたいなって思うの。繋がりってそういうもんじゃないかな」
「……」
「彼女を入れちゃ、ダメかな?」
「好きにしてください。どうせ俺は、平民ですし。一役員に過ぎませんから」
「平民かどうかなんて関係ないよ。生徒会の中では、基本はみんな平等だよ。どうしても、仕事上、役員にしかできないことがあったりするから、そういうときは別だけど。だから、イオンの助っ人入りの件は、ハルシオンとマイスリーが生徒会のメンバーだから、2人の許可が必要だから、こうしてお願いしているんだよ」
アルサルミンはそう告げると、一度背筋を伸ばし。ハルシオンとマイスリーに向けて頭を下げた。
「イオンを生徒会の助っ人にすることを認めてください。お願いします」
「ア、アルサルミン」
「貴族が頭を、それも公爵令嬢が頭を下げるなんて……」
「アルサルミンは、そういうことにこだわりを持っていなんだよ。譲れない矜持の箇所が俺たち普通の貴族とは違うんだろ」
サイレースが頬杖をつきながら、ぼそりと呟いた。
「ていうか、女にそこまでさせて、まだ貴族だ平民だにこだわるつもりか?」
「わ、分かったよ。分かったから、アルサルミン、とにかく顔を上ろよ。女に頭を下げさせるなんて、男のこっちの方が悪いことしているみたいじゃねぇか」
「アルサルミンは、ご自身の価値を分かっていません。そんなに簡単に頭を下げないでください。イオンの件は、僕も認めますので。どうか、顔を上げてください」
「ありがとう、2人とも」
アルサルミンは嬉しそうに顔を起こすと、2人を見つめる。
「あのね、みんな色々と考え方があると思うの。だからね、私にとってはお願いするときに頭を下げるとは普通のことなの。それに、私の価値なんてちっぽけなものだよ。過大評価しないで」
アルサルミンはそう告げると、2人に再び「ありがとう」と言いながら軽く抱きつくと、セチロが座っている席の方へ戻って行った。
――セチロにも、生徒会会長の権限を使わせずに済んだし。イオンも無事に助っ人にすることができたし。
にっこり笑ってセチロを見ると、セチロが困った人だと言いたげにアルサルミンを見つめてきた。
「無茶はしないでくださいね」
「全然。今のは普通にお願いしただけ。ハルシオンとマイスリーがそれを受け止めてくれたんだよ。だから、イオンもちゃんと2人に応えてあげて。この生徒会で、イオンは『貴族だから、平民だから』っていう枠をなくしてくれると嬉しいな」
アルサルミンはそう告げると、戸惑うイオンの返事を待つことなく、余っている体育部長と文化部部長の席を詰めてもらうようお願いして、ラミクタールの隣でクレストールと角隣りとなる場所へ座らせる。
そして、資料を渡して、まとめ方を指示すると、アルサルミンは自分の席について、自分の仕事を開始する。
そのころには、マイスリーもハルシオンも落ち着きを取り戻していた。また、騒動中に訪れたアレジオンやレクサブロなどは、アルサルミンたちのやり取りを聞いて大まかな事情を察すると、『アルサルミンがまたなにかしでかしたな』程度の認識を持っただけで、『詳しいことはセチロに任せた』というノリで話しに加わることなく仕事を始めてしまい、生徒会室内は静寂の中、ペンが走る音だけが響き渡った。
「お疲れさまでした。それじゃ、また、明日ね」
みんなが出て行くのを見送り、今日はメイドとお菓子作りをするからとラミクタールも先に帰って行ったことで、最後に残ったのはいつもの6人のメンバーとイオンであった。そして、セチロに生徒会室の鍵を掛けてもらい、寮の場所の都合上男子と女子が別れる場所となる中央玄関のところまでみんな揃って向かって行く。
そこで不意に、イオンがセチロの腕をつかんだ。
「あ、あの。生徒会の助っ人にしてくださいましてありがとうございます」
「イオンを生徒会の助っ人にしたくて頑張ってたのは、アルサルミンだよ。お礼なら、彼女へ言った方がいいんじゃないかな」
「いえ。私の力が消えてなくなる前から、私のことを生徒会の助っ人として迎え入れてくれようとしていたと、アルサルミンから教えてもらったので」
「それは、表面上の綺麗な部分の話しだよ。俺は、君の力を危惧して、生徒会に置いて監視しようとしていたんだから」
セチロは正直にイオンに告げると、イオンは頭を横に振る。
「私も、自分の力をなんとかしなければと思っていたところでした。監視していただけるのでしたら、それは私にとっても都合のいいことだったと思います。運よく、あの力がなくなり、こうして不安のない時間を送れるようになりましたが」
「うん。それは俺も良かったと思っているよ。イオンのことを普通の助っ人として迎え入れられたからね」
「それで、セチロ」
「はい。なんでしょうか」
「私が、生徒会の助っ人になりたかったのは、セチロのことが好きになってしまったからなんです。動機としては不純かもしれませんが、どうしてもあなたの傍にいたくて……」
馬鹿正直にここで言ってしまうのか。と、アルサルミンが慌ててしまうのに構わず、イオンは言葉を続ける。
「本音を言えば、生徒会が目的としている公約の浸透や順守には興味ありません。それどころか、学園の公約は、学園が寄付好きの貴族から資金を集めるためのおためごかしだと思っています。まして、生活がまったく異なる貴族と平民が相容れることなんてないと思っています。これは、平民が嫌いとか好きとかいう以前の話しです。個人的には、平民の方になにかされた訳でもないので、なんとも思っていないというのが真実です」
「貴族と平民に関する云々は人それぞれ見解があるから、俺はここで君に対してなにかを主張しようとは思いません。でも、学園の公約に関しては、実際のところは、イオンの言う通りだと俺も思うよ。だとしても、俺は、そんな公約を現実のものにしたいずっと思ってきたし。アルサルミンの願いをかなえてあげたいとも思っている」
「はい。よく知っています。セチロが、アルサルミンのことを好きだということも」
「そうですか。なら、説明が省けてよかった」
「それでも、諦めなくてもいいですか? セチロがアルサルミンを諦めないように、私もセチロのことを諦めることをしなくて、いいでしょうか?」
イオンはこれが聞きたかったようである。『否』と応えられたらどうする気なのだろうと思いながら。振られたら、新たな恋へと邁進するタイプだと思っていたのだが、思いの外セチロに本気だったということなのか。
真面目な表情でセチロに問いかけるイオンに、セチロはちょっと困った表情を浮かべてみせる。
「難しい質問をしてきますね。そして、痛いところをついてくる」
「一目惚れなんです。こんなに他人に惹かれたことなどありませんでした」
「それは、これまでのイオンの世界が狭かったからではないでしょうか? ほとんど家に閉じ込められて育てられてきたと聞いています」
「えぇ。両親に兄弟。メイドに使用人に執事にシェフ。それに庭師、日替わりで外の世界から来る家庭教師も、私に対して家の外の話しをすることを両親に禁じられていましたから、とても閉じられた世界でこれまで生きてきました」
「では、あなたの人生はようやく始まったところですね。本当の恋を知るのもこれからなのではないでしょうか? 今の僕に対する強い思いは、生まれて初めて自分の意思で自由に選べた相手であったことによる、衝撃によるものだと思いますよ」
セチロはあっさり告げると、にっこりと笑う。
アルサルミンは、それをとても残酷なことだと感じていた。
つまり、新たな恋を探してください。と、思い続けられることは迷惑だと言っているようなものである。
「そうですか。セチロはそう解釈なされるのですね。ありがとうございます」
イオンはそう告げると、セチロのことを真っ直ぐ見据えた。
「とても、好きです。いえ。好きでした。セチロのご迷惑になることはしたくありません。明日からは、生徒会のために頑張ってまいります」
「分かっていただけて、ありがとうございます。明日からのイオンのご活躍。とても楽しみにしていますね」
「はい。では、今日はこれで失礼します」
イオンはそう告げると、踵を返して歩き出す。その歩調はとても速く、アルサルミンは刹那的にセチロを睨みつけ、イオンの後ろをネーヴェと共に追いかけていった。
「イオン!」
「大丈夫よ、アルサルミン。私は嘘が下手だから、最初にこの儀式をしておかないと後々セチロに迷惑をかけてしまうと思ったの。だから、平気。分かっていたことだもの」
寮に着く少し前、イオンはくるりと振り返り、アルサルミンの方を見つめてくる。
「セチロはああ言っていたけど、私の気持ちは本物よ。それくらい、いくら小さな箱に閉じ込められて育ってきた私にだって分かるわ。でも、セチロがそれを偽物だと言うなら、偽物にしてみせる。今よりも、もっと激しい恋をしてみせるわ。そして、今度こそ両想いになってみせる」
不意に涙をボロボロと零しながら、イオンは楽し気に笑いながら言葉を続ける。
「とても短い恋だったけど、楽しかった。そして、苦しかった」
「イオン……」
「ねぇ。あんな力なんてなかったら、もっと違っていたかしら? ううん。ごめんなさい、可能性の話しなんてしても仕方ないわよね」
「……」
「人に振られるって、こういうことなのね。それを知ることができただけでも、よかったわ。こんなに苦しいなんて知らなかったもの。私は、それを手玉に取っていたのよね、メイドを使って。実験と称して」
後悔するようにイオンは告げると「今日の夕食はきっとご一緒できないと思うから、明日の朝からまたよろしくお誘いお願いね」と言葉を残して、イオンは寮の中へと走り去って行ってしまった。
「ネーヴェ、どうしよう。まさか、セチロがあんな風に出るなんて」
「セチロもいっぱいいっぱいだったと思いますよ。大好きなアルサルミンの前で告白されてしまい、真摯に応えなければならなかったのですから」
「そうなのかなぁ」
「はい。ですから、双方を見守るしかないと思います」
アルサルミンはネーヴェに抱きしめてもらいながら、ゆっくりとした口調でネーヴェに語り掛けてもらう。
「イオンは、気持ちを隠せない人ですから。きっとああするしかなかったのだと思います」
「うん。私もそう思う」
「ですが、強い方でもあります。あの5人に再び挑んでいく勇気を持っている人です。だから、明日、カラ元気であろうともいつもの彼女に戻っていることを祈りましょう。偽りも、続けていればいつか真実になります。失恋の傷も癒されていくはずです」
「うん、そうだよね。私たち、見守るしかできないんだもんね」
「はい。私たちにでいるのはイオンやセチロを見守ることと、イオンの新しい恋を祈ることです」
ネーヴェの台詞に、アルサルミンは大きく頷く。
――私に用意されたライバルは、とても可愛い人だったよ。
最初の恋は終わってしまったかもしれない。それでも次の恋に向かって突き進む勇気のある人で、どんな風にアルサルミンの恋の邪魔をしてくれるのか、ちょっと楽しみにしたくなるような、そんな可憐さのある女性であることに、イオンをアルサルミンのライバルにしてくれた運営に、ちょっと感謝したくなっていた。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




