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 ネーヴェの監視付きで、しっかりと室内まで送り届けられて帰ってきたアルサルミンは、先ずは勉強から開始した。

 夕食の時間まではまだ2時間はあった。とにかくそれまでは勉強に集中することにする。

 そして、夕食の時間が来たことで、ネーヴェを誘い、ネーヴェに呆れられながらも、その後イオンを誘ったが、ネーヴェを見た途端に拒否されてしまう。

「私、随分と嫌われてしまったようですね」

「本能的に、強敵だと分かるんだと思うな」

「強敵?」

「うん。私は10ある内の1を話してもらうと3程度しか理解できないけど。ネーヴェは8くらい簡単に見抜いちゃいそうだし」

「そうでしょうか? そういうのとは違う、野性的な勘によるもののように感じますが」

「そうかな?」

「はい。アルサルミンは猛獣使いみたいなものでしょうか」

 つまり、ネーヴェはイオンを猛獣扱いしているということなのだろうか。

 ――Wヒロインの片割れに、猛獣扱いされちゃうヒロインって。

 気の毒というべきなのだろうか。笑っておくべきなのだろうか。

 ――そういえば、ゲームの方の『Eterrnal Love』はどうなっているんだろう。特にイベントなんて、始まったところだろうから、飛ばしすぎは禁物だけど、第一陣から抜け落ちたら這い上がるのに大変である。

 ついでに全員参加で企画の出した条件をクリアするごとにもらえるアイテムって、今年はなんなんだろう。と思ってしまう。

 ――そういえば、時間のずれとかどうなってんだろう。向こうの世界は5年しか経ってなかったんだっけ。

 それは、時間の流れ方が違うからなのか。それとも、死後の世界は時間に縛られていなくて、前後することができるのかもしれない。

 ――そもそも、ここって違う世界だもんね。

 アルサルミンは楽観的に考えつつ、心の中で勝手に日本は今ゴールデンウィークだと決めつけることにしてしまう。そして、その賞品を楽しみにしていた。

 自分の手に入るわけではないのだが。

「アルサルミンはいつも楽しそうで、私も楽しい気分になれます」

 にっこり微笑んで、テーブルの上にナンバープレートを置きながら、食事を待っている間、不意にネーヴェが嬉しそうに告げてくる。

「こういう状況下でも笑顔を失わずいられるアルサルミンの側にいられること、とても幸せに感じてます」

「大袈裟だって。それに、私が笑っていられるのはね、ネーヴェっていう大親友が傍にいてくれているからだよ!」

 信じられる人が常に傍にいてくれる幸せは、味わってみないと分からないだろう。

 風雅が大親友を得たときの感動を、アルサルミンでも感じることができるとは、正直思っていなかった。

 そして、2人の前へ食事が運ばれてくると、いつものように適当な順番で好きなように食べていく。ネーヴェも、ある程度はマナーに添った順番を守りつつも、食べたいように食べていた。

 この辺は上位爵位用の寮内でも人それぞれで、豪華なトレイの上に一式を並べられた状態で配膳されるため、多くの生徒はマナーの順に前菜から始まりコーヒーで終わる食事の取り方をするのだが、中には基本のマナーはマナーとして、トレイに並べられているのだからと食べたいように食べていく派もそこそこいた。

 そして、2人が食事を終了させると席を立ち、食べ終わった食器はそのままに、食堂を後にする。

 それとすれ違うように、イオンが食堂へ入って行った。

 瞳にはやはりどこか物騒な光が宿っている気がしてしまう。

 ――なにか、企んでるよね。

 けれども、アルサルミンにはそれがどういうものなのかまでは読み取れなかった。

 分かっているのは、イオンは隠しステータスの中に特殊技能を持っていて、その使い方まで分かっているということ。ただ、それも完ぺきではなさそうだということだった。

 ――ラミクタール関係じゃないといいんだけど。

 アルサルミンとネーヴェが話題に上げてしまったこともあるだろうが、アルサルミンとネーヴェを除くと唯一の女性なのである。目を付けられやすい立場には、元からあったのだ。

 だから、2人がラミクタールとセチロの話題を出す前から、下位爵位用の寮生。それも行動的で思い通りになりそうな5人を抱え込んだのではないかと、アルサルミンは見てしまう。

 ――あんな真っ直ぐな子なのに、なんであんな風になっちゃったかな。

 そう思いながら部屋へと向かっていたアルサルミンは、再びネーヴェに室内まで見送られて、自室に辿りつく。

 ――それ以前に、信用がゼロだよ。

 ネーヴェに微塵も、事のこの件に関しては、信用してもらえていないことを実感してしまう。

 そして食後に少し勉強をすると、自分磨きの時間に突入する。毎日やっていることなので、慣れてはきたが、基本面倒臭がりなので、止めていいならすぐにでも止めそうだと思ってしまいつつ、ベッドの上の柔軟から、ダンスのステップ30分。その後意味不明な、頭に本を乗せて室内を歩き回っていると、リテラエからお風呂の準備が完了した知らせが入る。

 ――これよ、これ!

 その一言を待っていましたと、いそいそと本を本棚へ戻すと、アルサルミンはリテラエの待機している脱衣所へ向かって行った。



「それでは、ごゆっくりお休みください。頭を打ったばかりなのですから、あまり無理はなさらぬようにお願いします」

「うん、心配かけてごめんね。もう大丈夫だから。リテラエもゆっくり休んでちょうだい」

「では、失礼します」

 隣のメイド部屋へ入って行ったリテラエを見送り、アルサルミンはうっかりナイトガウンを羽織るのを忘れて、ネグリジェのまま勉強を開始してしまう。そして、どのくらい時間が経った頃だろうか。反射的に時計を見ると時間は未だ12時には至っておらず、扉をたたく音に誘われて、どうせサイレースだろうと思いながらアルサルミンは顔をそちらへ向けていくと、クレストールが笑顔で手を振っていることに気が付き、慌てて扉の方へ駆け寄り、扉を開ける。

 瞬間、クレストールが視線を逸らしながら告げてきた。

「できれば、上になにか羽織ってきて欲しいのですが」

「えっ? あっ! 今のなし!」

 慌てて部屋に戻って、アルサルミンはナイトガウンを羽織り、前をしっかり止めて、再度クレストールの前へ行く。

「これが正解だから」

「まぁ、そう信じましょう。さっきの慌て方から、嘘ではなさそうですし」

「当たり前でしょ! 人前であんな格好、しちゃったけど、出来ないから!」

「見てないことにしておきますよ。ちょっと刺激的すぎましたから。確かに、あの姿でセチロに迫ったら、いくら真面目であっても、男として落ちかねませんからね」

「全然見てなかったことになってない」

 クレストールの台詞に、アルサルミンは苦情を洩らす。

「それよりどうしたの?」

「いえ。君の危機管理能力を確認したくて、来てみたんですが。警戒心ゼロってことが分かりました」

「え? なんで? クレストールが珍しくもこんなところへこんな時間に来たから、なにか用かなって思うのが自然でしょ?」

「では、僕がイオンに操られた状態だったとしたら、どうなっていると思いますか?」

 真顔で問われ、顔を近づけてくるクレストールに対し、返事に窮してしまう。そんあアルサルミンの唇へ、チュっと小さな音を立て口づけてみせると、クレストールは離れていった。

「今のは出張費ということで」

「私、頼んでないし」

「それに、安心してください。誰かに操られて大事なアルサルミンとの初めてを台無しにされる気は、毛頭ありませんので。仮にアルサルミンを襲いに来るとして、それは僕の意思でなされた行動です。イオンなどの出る幕なんてあげませんよ。それに、君以外の女性に手を出すような愚かな真似なんてしませんから。同じ手を出すなら、アルサルミン、君にだけです。それも、自分の意思で」

「それは、分かったから。何度も繰り返さなくても」

 アルサルミンは真っ赤になりながら、クレストールの台詞を聞いていた。

「いえ、重要なことなので。ですが、イオンのフェロモンなるものが関わっているかどうかは別にして、深夜に訪れる男の真意は分かりませんからね、無警戒なのは直した方がいいですよ」

 では。と、アルサルミンの頬へ口づけをおくってくると、さすが魔力の桁が違うだけあるなと思ってしまう。その場からすっと消えてしまったと思ったら、気づくと一階に下りていた。そして、そのままクレストールは透明化してしまい、姿が見えなくなってしまったのである。

 サイレースとは全く異なった退出方法である。

 そして、アルサルミンは初めてのクレストールの訪問に動揺しながら、バルコニーの出入り口となる窓を閉じると、普段はそこのカーテンは開けておくのだが、思わず勢いで閉じてしまう。

「クレストールが変なことを連発するから」

 クレストールの中では、アルサルミンの扱いはどうなっているのか聞きたくなってしまう。既に抱く抱かないの話しとなってしまっているのだろうか。

 気持ち的に、現状サイレースともクレストールともそういう関係になるには至っていなかったことで、ちょっと現実味を帯びた感じで、しばらくアルサルミンは頬を上気させたまま過ごす羽目に陥ってしまった。



 朝が訪れ、ゴールデンウィークの3日目となる本日も生徒会のメンバーは全員揃って資料の整理をし、昼休みが開始される30分ほど前になると、今日は女性3人で昼食の買い出しに出ることになった。

「ラミクタール、その後、寮の方はどう?」

「はい。イオン様のおかげだと思います。彼女の取り巻きの乙女をしてます5人がとてもやさしくて、気を遣っていただいてます。だから、他の寮生からも守っていただく感じになってくださっていて。確かに、アルサルミンへハンカチを渡したことだけでなく、生徒会に入ったことも含めて陰では色々と言われていますが、全然平気です。ご心配くださって本当にありがとうございます」

「それは本当によかったわ。でも、私もアルサルミンも、いつでもあなたの味方ですから。それだけは絶対に忘れないで欲しいのです。どんなことがあっても助けてみせますから、なにかあったら、必ず私たちの寮へ来てください。私の名前でも、アルサルミンの名前でも、あなたの名前を言ってもらえば部屋へ来てもらえるようにしてありますから」

「うん。平和なのが一番だけど。困ったときはお互い様だもん。絶対に私たちが助けてあげるから、私たちのことを忘れずに、私たちのところへ来てちょうだいね」

「はい。ありがとうございます。そんなにお2人に思っていていただけるなんて、幸せです」

 ネーヴェの中にも杞憂するものがあるのだろう。慎重にラミクタールへ告げているのを聞き、あまり重く取られすぎてもと思い、アルサルミンは軽めの口調で告げておく。

 すると、ラミクタールはとても嬉しそうに微笑んだ。

 ――本当に、すごくいい子だよね。

 絶対に、ラミクタールをイオンとのゴタゴタに巻き込んではならない。と、アルサルミンは決意する。そのためには、本当なら、イオンの取り巻きの乙女の5人組とは疎遠になって欲しいのだが、今のラミクタールにとって、彼女らが心の拠り所となっているのだ。それを取り上げる訳にはいかなかった。

 しかし、それの意味するところは、イオンの狙い通りラミクタールとイオンの取り巻きの乙女たちである5人組の親密度が高くなっていく一方であるということである。

 ――難しいなぁ。

 イオンの思惑を伝えずに、イオンの取り巻きの乙女5人とラミクタールを疎遠にする方法なんて、なにひとつ思いつけなかった。

「アルサルミン、お店はどの辺りがいいでしょうか?」

「あそこのパン屋さんは、まだ買ってきてなかったよね?」

「では、今日はあそこのパンを大量に購入していきましょうか。男の方って存外食べられるんですね。クレストールも他の男性と変わらず食べられてて、びっくりしてしまいました」

「王子様だからって、少食な訳じゃないからね。他のみんなと同じくらい食べるよ」

「えぇ、私も最初は驚きましたけど。よくよく考えたら、同じ人間なのですから。同年代の年頃の男性と同じくらい食べて不思議はないんですよね。そう思ったら、納得できました」

「みんな、そんな風にクレストールを最初見るんだ?」

「アルサルミンは、思ったりしなかったのですか?」

「うーん。そうだね。婚約の話しが上がる前に一回。それと、婚約が決まるまでに何度か食事会が行われたりしたし。そのとき、普通に食べてたからそんなもんだと。それどころか、私の食欲の方が驚かれたかも。女性って、食事会とかだと少食を演じるから、クレストールは女性ってすごく少食だと思っていたらしいんだよね。だから、普通に食べてた私の方が異常に思われたみたい。両親も、子供だからと思って、そこまで準備が回らなくてマナーを守って食べなさいってくらいしか言わなかったから」

「それは災難でしたね。食事会で笑われたりしませんでしたか?」

「うん。そこはさすがお兄ちゃんだよね。デルモベート様がクレストールに、女性が少食なのは演技で、本当は普通に食べるんだって。母親だって一緒に食事を摂るときは普通に食べているだろうって言ってくれて」

「そうですか。デルモベート様が……」

 乙女モードに突入したネーヴェに、アルサルミンは内心で黙っておくことにした。

 追加して言うと、その説明をする際に、実名を挙げて、『あんな少食であの体系を維持するなんて無理に決まってんだろ。お前騙されやすいんだな』とクレストールにふんぞり返りながらデルモベートが言っていたのだ。そのことの方が、食事会では微妙な空気を流したのだ。

 結局、デルモベートに助けられたことには違いはないのだが。あれは気まずい食事会となったのを思い出す。

 しかし、ネーヴェは夢を見続けているので、そっとしておくことにして、3人でパン屋に入ると、色々な菓子パンや総菜パンが並んでいることで盛り上がり、余ったら男性陣に持ち帰らせようということで、思う存分購入することにする。そしてパンには飲み物も欠かせないだろうと色々と買ったために、昼食はパンのはずがとても重たい荷物となり、3人は荷物を分担して学園へと戻って行った。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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