[OP]
[OP]
父親は代々続く大企業の社長。母親はブランドを立ち上げ、今や人気者のデザイナー。そんな両親を持つ高松風雅は孤独な一人娘。
高校生にもなったことだし、お金さえ与えておけば大丈夫だと思っているらしい両親の元、双方から月に十数万単位のお小遣いをもらい。といっても、買い物は親から渡されているカードを使うので、外で現金を使うことはほとんどなく。更には、足りない時はここから下ろして使えと、小さなころにもらっていた、時折気づくと数百万単位のお金が振り込まれている通帳と印鑑を懐に隠し持っている、通常の家庭と形は違うが、たぶん大事にされているんだろう一人娘はというと、すくすくと立派なオタクに育っていた。
趣味はゲーム。
有名お嬢様学校に通っているため、バイトが禁止だが、お小遣いのおかげで課金するのに困ることはなく、やりたい放題。
現在は『Eterrnal Love』というゲームにはまっていて、ただひたすらにステータスや魔力上昇に関わるミニゲームを繰り返し、ミニゲームの難易度が上がりすぎて素ではクリアできなくなってしまったので、課金しまくり。男性を落とすのに必要な親密度を上げるためのプレゼント用アイテムを購入するために、課金しまくり。特殊アイテムを配布してくれるというゲームのプレイヤー全員参加のイベントを勝ち抜くために、課金しまくり。結果、課金総額は開始してほどなく最高レベルに到達していて、その温情を受けまくって、ゲームのプレイをするのに必要な行動力は∞。ステータスや魔力の上限は取り払われ、親密度の上がり方は普通の約2倍。その他いろいろな特典も加わって、快適なゲーム環境の中で、上げまくったステータスと魔力、それにイチ推しキャラとの親密度。だけでなく特殊アイテムにより上乗せされた隠しステータスに物を言わせて、平民出のヒロインが、やたらにスペックの高い公爵令嬢の悪役ライバルキャラを、それでも難なく蹴散らしてくれるのが心地よく。最初こそ意地悪口調で素っ気なく不愛想な人なのだが、ある程度話を進行させた状態で、親密度を一定以上にすると、思わず照れてしまう台詞を吐きまくってくれる美青年へと変貌する、風雅のイチ推しキャラを、ただひたすらに何度も落としまくって遊んでいる最中。
本来ならば、お相手キャラのメインとなる、悪役ライバルキャラの婚約者である、ゲームの基盤となる王国の王子様は、やさしいのだがどこか腹黒で、もちろん美形ではあるが、いまいち気に入らないため、完全放置状態。攻略サイトすら覗くのが面倒で、攻略方法をまったく見ていないので、どんなフラグが立ち、どんな台詞を言うのかまったく知らないという状況。
チャラいのと、生真面目なのと、生徒会長なのと、他にも3人ほど見目麗しいお相手キャラがいるのだが、それらは一応という感じで一度落としたことがある程度。フラグもいまいちうろ覚えで、もう一度プレイしたら、攻略サイトを見ないと落とせないだろうという感じ。
つまりは、完全一点集中状態で、日々遊んでいた。
けれども、それはあくまでも自室の中でのみのこと。背中に飼っている猫は巨大で、尚且つ強固。
学校にはちゃんと通うし、成績も上位をキープしているし、部活にも入っているし、両親がお小遣いを上げてくれることはあっても、下げることは決してないように、日々見えない努力をしているのだ。
それもこれも、唯一無二の愛しの口の悪い不愛想な美青年のためである。
そんなわけで、ゲームプレイヤー全員参加のイベントの最終日だった昨夜は課金しまくり第一位を奪取したことで、本来は青地を主とした制服なのだが、カリスマがアップするというピンク色を主とした制服を手に入れ、やたらと興奮してしまい眠れなくなってしまったため、寝不足の目をこすりながら、セーラー服に着替えると、身だしなみをチェックして、朝になると家に来るお手伝いさんに挨拶し、用意してもらった朝食を摂り、時間に余裕を持って家を出る。
いかにも良家のお嬢様を維持するのも大変なのだ。
そんな訳で、風雅はみだりに走ったりせずに、バスと電車を利用して学校へと向かう。
その途中。
登校時と下校時にはクラスメイトや部活仲間などとすれ違う際に挨拶を交わすし、必要ならば言葉をかけてもらうこともあるが、必要以上の接触は拒まれているみたいで、学校内で常に孤独を感じていた風雅に、光りを与えてくれた無二の人物。同組であり部活仲間でもある、風雅が乙女ゲームに課金しまくりやりまくっていることを唯一知っている親友が、青になった横断歩道を渡ろうとしている最中、異様な速度で横断歩道へ突っ込んで来ようとしているトラックがあることに風雅は気づいた。
「危ないッッ!」
知らず叫びながら、必死に走り。大切で貴重な親友を守るべく、横断歩道へ踏み入ったところで、風雅の記憶はプツンと途切れてしまった。
* * *
――これが転生ってやつなのね。
高熱を出して寝込んで1週間。ずっと見ていた夢は、アルサルミンの前世の記憶なのだと、なぜだか確信していた。そして、前世の記憶が途切れた瞬間、アルサルミンは目を覚ましたのである。
そのときには、医者がなにをしても。両親が嘆き悲しんでも。下がることをしなかった熱が、きれいさっぱり平熱に戻っていた。
匙を投げていた医者も、これがアルサルミンの寿命かと諦めかけていた両親も、驚くほどの回復力にて、アルサルミンの状態が平常に戻っていたことで、つい直前まで荒い息を吐き、苦し気に寝込んでいたアルサルミンの姿に、自信を持てなくなっていたほどだった。
「これでもう大丈夫です。念のため、今日はまだ横になっていてください」
医者はそう告げると、そそくさと帰宅してしまい。両親も安心したことで、こっちの方が倒れそうだと、アルサルミン専属のメイドのリテラエを残し、部屋を後にしていった。
「アルサルミン様、本当に心配したんですよ」
心底から述べているのが伝わってくる、心優しいメイドは、それまでベッドの周りを囲んでいた人々が誰もいなくなってしまったことで、その代わりにとでもいうように、アルサルミンが横になっている傍に寄ってきた。
「喉が渇いていませんか?」
そう訊ねながら、ベッドわきのサイドテーブルから吸い飲みを手にするリテラエへ、アルサルミンは慌てて訂正を入れる。
「もう起きれるから、コップで頂戴」
そう言いながら半身を起こすと、急いでサイドテーブルに吸い飲みを戻したリテラエが、アルサルミンの背中にクッションをあてがってくれた。
――あぁ、なんて気の利くメイドなんだろう。
自分には、本当に勿体ないくらいのメイドだと、アルサルミンは感動してしまう。
けれども、記憶を取り戻す前のアルサルミンにとっては、公爵の爵位を持つ忙しい父と気位が高く夜な夜なパーティに出かけていく母に育てられたこともあり、孤独な子供時代を送っていたことで、周りが甘やかし、それ故に尊大に育ってしまい、メイドが色々世話をやいてくれてもそれが当然のこととして受け止めていたので、文句を言うことはあっても、リテラエへ感謝することなど一度もなかった。
しかし、前世に目覚めた現在、そうはいかなかった。
前世となる風雅には、子供がひとりにされているからと、甘やかしてくれる大人は周囲にいなかった。それどころか、お金でなんでも済ませようとする両親を、お金を持っていたことで羨む気持ちもあったのだろう、過剰なほど見下した台詞を聞かされて育ってきた風雅は、常に孤独であった。
それは幼稚園や小学校。中学校の先生や、その保護者たちに限らず、風雅が幼いころから家に通ってきてくれていたお手伝いさんだって、同じで。本当に事務的にしか接してくれず、風雅が熱を出していようと関係なく、時間になったら帰っていってしまったのである。
両親に至っては、言わずもがな。忙しいを理由に、家に帰ってくることなんてほとんどなく、高校生に上がる頃には年に数回顔を合わせるくらいになっていた。
それから比べると。
――忙しい父も、遊び歩くのが大好きな母も、私を心配してベッドの傍で見守っていてくれたんだもの。
だけでなく、アルサルミンの体調が回復したことを確認したことで、両親は出ていってしまったのだが、側にはアルサルミンを気遣ってくれるリテラエがいてくれるのだ。
それを思うと、とても心強く、今世はなんて幸せ者なのだろう。と、アルサルミンは感動してしまう。
そして、体を起こしたアルサルミンの体制が安定していることを確認したリテラエは、いそいそとアルサルミンの希望通り、ピッチャーからコップに水を注ぎ入れると、コップの底を支えながらアルサルミンの手の中に収めてくれた。
「ありがとう。お水、とてもおいしいよ」
「アルサルミン様……」
お礼を言い、にっこり微笑むアルサルミンを、びっくりしたようにリテラエは見つめてくる。けれどもすぐに、それは無礼な行動であると思い至り、主人から視線を外すようにして、リテラエは深々とお辞儀してみせた。
「勿体ないお言葉を、ありがとうございます」
まさか、アルサルミン様からそんな言葉をいただける日がくるとはと言いたげに述べられた感謝の言葉は、残念なことに、最後の方は部屋に来訪者が訪れたことを知らせるノックの音でかき消されてしまう。
「はい。今、開けます」
この部屋に他者を迎え入れる場合、まずメイドのリテラエのチェックが入ることになっている。そのため、来訪の理由の確認をすべく目的を持って、メイドドレスの一部を軽く摘まみ取り、わずかに速足で扉の方へ向かって行く。
扉の向こうには、覗ける隙間からアルサルミンにも体の一部が見えたことで、使用人が来たのだと、報告を受ける前に分かってしまう。
けれども、なにか紙を受け渡ししているのも見え、アルサルミンの意識はそちらの方へ一気に傾いた。
「ありがとう。では……」
紙を受け取り、内容を確認し、納得したリテラエは、連絡役の使用人に感謝の意を表すと、扉を閉じる。そして、今度はゆっくりとした動作で、部屋の中に並ぶ家具をよけながらアルサルミンの元へ辿り着いた。
「アルサルミン様、これを」
「ありがとう」
なにが書かれているか気になって仕方がなかったのよね。と、心の中で思いながら、二つ折りにされた紙を開いて、中に書かれた文字を読む。
「ランビリス公爵家のご子息。サイレース様がアルサルミン様のお見舞いに訪問してまいりました……って。お見舞いに来てくれたのかぁ」
そっかそっか。と、実はアルサルミンに転生してから風邪を引いても一日寝ていれば復活していたため、お見舞いを受けるようなことは一度もなかったことで、知りえることがなかったのだが。こうして、数日間も寝込むと、わざわざお見舞いに来てくれるような人がいたのだと知り、アルサルミンは改めて感動してしまう。
そんなアルサルミンをよそに、リテラエが慌ただしく動き出していた。
「ただいま、ドレスをご用意いたします」
「えー、いいよ。今の今まで病人だったわけだし、このままで」
「アルサルミン様、本当によろしいので?」
確認するように念を押され、アルサルミンはふと思い出す。
――そういえば、現世の私って、人前では見た目が大事だと、乱れた姿では決して人前に出なかったものね。
そうだった、そうだった。と、改めるように、前世の記憶を取り戻す前のアルサルミンの言動を思い返しながら、リテラエの反応に妙に得心してしまう。
「いいの。いいの。相手だって、病人の見舞いに来たんだから、ばっちり着飾った姿で待ち構えているなんて思ってないって」
「そうですか? アルサルミン様がそこまでおっしゃられるなら……」
躊躇いながらも、あっけらかんと言い放つアルサルミンに気圧されるように、リテラエは、控室で待機している見舞客を呼びに部屋を出ていった。
それから数分。
手にしていたコップの存在を思い出し、サイドテーブルにそれを置くと、背中のクッションの位置を整え、それに寄りかかるようにしてベッドの上で上体を起こした格好を作り出す。
心構えは、『さぁ、いつでも来い!』といった感じのもの。
それに応えるように、ほどなくすると部屋の扉が開き、リテラエが先導するようにひとりの青年を引き連れてきた。
――えっ?
すごく。それも、ものすごく見覚えがあるんですけど。と、ゆっくりとアルサルミンの方へ歩いてくる青年を見つめながら、アルサルミンは記憶をフル回転させる。
記憶の根源は、思い出したばかりの前世が強く。しかもそれを後押しするかのように、毎日のように眺めてはジタバタし、必死に落としまくっていた、『Eterrnal Love』に出てくる意地悪口調のぶっきらぼうで不愛想な美青年そのものじゃないかと、改めるよう目の前に立つ青年を見つめながら、アルサルミンは呆然としてしまう。
「なんだ。元気そうじゃねぇか。同じ公爵家の者として、同組だし、見舞いにいけと父上に言われたから来てみたが」
必要なかったみたいだな。と、嫌味たらしく告げてくる美青年の、意地悪口調は、見た目同様に風雅の一押しキャラそのもの。しかも、アルサルミンの耳に流れ込んでくる、聞き心地の良い適度に低音な美声も、風雅の一押しキャラそのものであった。
――えー、うそー。
こんな幸せなことがあっていいのだろうか。と、夢心地に美青年を見つめるアルサルミンに、見かねたリテラエが耳元でそっと囁いた。
「アルサルミン様。サイレース様にお見舞いのお礼を」
「あ、そうよね。そうだった。失礼しました。サイレース様――」
本日はどうも。と言葉を続けようとして、アルサルミンはまたしてもハッとする。
――名前も一緒だ。
何故にメモを見たときに気づかなかったのか。そのことを思い出しながら、のたうち回りそうになるのを、リテラエがアルサルミンの肩を掴んでくれたことで、なんとか止められた。
そして、我に返ると、改めてお礼を口にする。
「サイレース様、本日はお見舞いありがとうございます」
「父上に言われたからだと言っただろ。ていうか、気持ち悪りぃだろ、父親が同じ公爵同士だからと、『様』は不要ねと言って、普段人のことを呼び捨てにしてるってのに」
「あっ。そうでしたね……」
内心でサイレース様を呼び捨てにするなんて、私のバカ! と自分を罵りながら、前世の記憶がよみがえる前の、自分の15年の人生を振り返る。
すると、出てくるわ出てくるわ、お嬢様ならではの我が儘勝手な振舞いの数々。
――なんか、頭が痛くなってきた。
けれども、せっかく、前世で大好きイチ推しキャラだった美青年と全く同じ顔をして、同じしゃべり方をして、同じ声をしている人物を前にしているのだから、拝んでおかない手はないと、アルサルミンは意識をサイレースの方へ向けていく。
「いくら、父親が同じ公爵の爵位に就いているからといって、サイレース様の許可も得ずに勝手に敬称を省いてしまっていた無礼、お許しください」
「は? 気味悪りぃぞ。なに、その口調。それに、お前がそれ言い出したのって、子供の頃のことだし、今さら敬称を付けて呼ばれたって、こそばゆいだけだっつーの」
あぁ、面倒臭い。と、不意に前髪を掻き上げ、サイレースは戸惑うように視線を周囲に彷徨わせる。
「ていうか、よ。かなりの高熱だったって聞いてたし。それで、どっかおかしくなっちまったんじゃねーの」
「そうかもしれない、かな」
口調が変だと言われ、必死にお嬢様を演じていたのだが、馬鹿らしくなり、アルサルミンは口調を切り替える。
――まぁ、否定はできないよねー。
実際、この1週間で、今世の記憶を覆うようにして、前世の記憶が蘇ってきたことで、まるで上書きされてしまったような感じなのである。
――消え去ってないのが、救いだな。
これで、本当に今世の記憶がなくなっていたら、大騒ぎどころではない。思い返せばだが、思い出せる程度にはきちんと記憶が残っていることで、なんとかなるだろうとアルサルミンは思っていた。
「でも。父親に言われたからかもしれないけど、お見舞いにきてくれたわけだし。やっぱり、とっても嬉しいよ!」
手を伸ばせば抱き着ける距離にいる、大好きな顔と口調と声をした美青年。
布団から飛び出すのを耐えるのに、かなりの労力を使いながら、アルサルミンは本心から喜んでいることを伝える。
そんなアルサルミンの気持ちは伝わったようで、戸惑いながらも、サイレースは小さく頷いた。
「お、おぅ。なら、よかった」
「うん!」
「ところでよ。そんな元気なら、来週には学校へ戻って来れるんだろ。噂だけど、平民の奴が試験に合格したらしくて、来週途中入学してくるらしいぜ」
「え?」
突然の話題の切り替えに、アルサルミンは慌てて今世の記憶を手繰り寄せる。
12歳から6年間、爵位持ちの家の子供と、試験に受かった平民の子供が、学ぶ全寮制の学校に、アルサルミンは入学していた。と、記憶が言っている。
今回の帰宅は、休日が続いたことによるもので。その際に、急な発熱に襲われて、休日が終わってしまった現在も家で休養していたということになるのだろう。
更には、かなり成績は優秀だったようだ。
生徒たちのリーダー的存在だったとも、記憶が言っている。
といっても、公爵令嬢という立場と、アルサルミンたちが暮らすエスクード王国の王位継承権第2位である王子の婚約者という強力な立場があってのものだということが、記憶を辿っていて分かった。
過去の自分は、そのことに気づいていないようであったのだが。
――って、ちょっと待て! 婚約者、だと?
聞いてないよと思いながら、もう一度確認するように今世の過去を振り返る。
けれども、返って来た答えは同じであった。
――そ、そんな……。
目の前に、前世で求めてやまなかった美青年と、見た目だけでなく口調も声も名前も同じという美青年がいるというのに。
――この好機をあきらめろと?
そう、神様は言う気だろうか。
否。そんなこと許されていいはずがない!
前世で、あの青年にどれだけ貢いだことか。
そんなことを考え、百面相をしていたらしいアルサルミンを見ていて、なにやら感じるものがあったらしい。
「そんじゃあ。熱は下がったとはいっても、まだ本調子じゃないようだし、長居しても悪りぃから、これで帰るな」
アルサルミンが想定外の現実に歯噛みしていると、どこか腰の引けたような様子にて、サイレースが退室を意味する台詞を口にしたことで、アルサルミンは再び我に返った。
「え? もう!」
そんな。なにも話していないのに。
――えっと。確か、『Eterrnal Love』的にも、ここは甘えるよう引き止めるのがベストだったな!
風雅の一押し愛しのキャラの攻略方法を思い浮かべながら、アルサルミンはちょっぴり甘えたような声で、残念そうに呟く。
「サイレース、もう少しいられないの? 未だ来たばかりじゃない」
「いや。もう、顔は見たし。熱も下がって、来週には学校に来られることも分かったから、これで帰るわ」
「そう? じゃあ、来週、学校でね」
親密度の低い内は、ごり押しは禁止である。ここはすぐに引くのがベストと、ゲームのプレイでもしている気分で、アルサルミンはにこりと笑うと。「リテラエ、お見送りをお願いね」と告げて、クッションから浮かしかけていた上体を元に戻すと、ほうっと息をつく。
ほどなくして、リテラエに誘導されるようにして、サイレースは部屋を後にしていった。
同時にパタン。と、閉じられた扉。それを機に、この部屋にはアルサルミン以外誰もいなくなった。
途端に、アルサルミンは勢いよく飛び起きると、頭を抱える。
――ちょっとまて!
まずは冷静になろう。と、アルサルミンは深呼吸を数回繰り返す。そして、頭の中で整理を始めた。
――妙にハイスペックな、敵ながらあっぱれと思ったライバルの名前って、確か。
『Eterrnal Love』では、アルサルミン・フレーズといったはずである。
それは、アルサルミンと同じ名前だった。
――その、婚約者の名前っていうのが、確か。
『Eterrnal Love』では、エスクード王国の第二王子にして、王位継承権第二位のクレストール・アフタマートといったか。
記憶に薄いのは、完全無視状態のキャラクターだったからである。
けれども、それも、現世の記憶に照らし合わせてみると、アルサルミンの婚約者と同じ名前であった。
――ちょっぴり口が悪くて不愛想な、最愛の一押しキャラの名前はというと。
忘れるはずもない。『Eterrnal Love』では、公爵家のご子息。サイレース・ランビリス。
これも、現世の記憶に重なるものであった。
「ってことは、よ。もしかしてここって、『Eterrnal Love』の世界ってこと?」
そう考えると、来週、途中入学してくる平民の子がいるというのも頷ける。
『Eterrnal Love』の主人公。つまりはヒロインの初期設定の名前はネーヴェ・ニクスといったのだが。彼女は15歳のときに、途中入学してくるのだ。というか、ゲームはそこから始まり、18歳で迎える卒業のパーティで幕を閉じるのだ。
――てことは。
アルサルミンは、悪役ライバルキャラということになるのだろうか。
そう思ったら、確認しないわけにはいかない気がしてきて、ベッドから飛び降りて、姿見の前に立つと、ゲームの際に度々目にした、腰まである青銀色の髪に碧眼。スタイルは良くとても美人なのだが、目がきつめの少女の顔が映し出されていた。
「うわー、こいつだよ。こいつ」
散々邪魔されて……なかったな。と、思い直してしまうのは、ヒロインのステータスや魔力。最愛なる青年との親密度を上げすぎてた上、イベントアイテムを根こそぎゲットして、隠しステータスも添付できるだけ添付したため、スペックのやたら高かった悪役ライバルキャラなのに、全然相手にならなかったのである。
そう考えると、案外、気の毒なキャラであった。
それはそうとして。
「あんな王子と結婚なんてしたくないし!」
前世となる風雅の好みだが、既に同一人物と化している現状、好みはいっしょである。
「サイレースと結ばれたいし」
最愛のイチ推しキャラなのだ。前世で落としまくったのだから、今世でも是が非でも落としたいところである。
幸いにも、お金持ちの家に生まれ。お小遣いもそれなりにもらっている。
「ゲームのように、親密度を上げられるアイテムがあればいいんだけど……」
『Eterrnal Love』のではあるが、何度もというか、彼しか狙っていなかったので、一点集中だったサイレースの好みは完全に把握している。
ただ、いくらここが『Eterrnal Love』の世界だとしても、今まで何度も買い物をしてきたが、店に親密度をアップさせるようなアイテムは売っていなかったと記憶していた。
「自力でなんとかしろってことか」
思わず舌打ちをしてしまったが、それならそれで仕方がないとアルサルミンは気持ちを切り替える。
「好みは分かっているんだし、どんな言動が親密度をあげるかも覚えてるし」
あとは、サイレースを落とすだけのこと。
そう考えると。
「問題は、婚約者のクレストールよね」
正直、どうすれば好かれるのか分からない反面、どうすれば嫌われるかも分からない相手である。
クレストールの細かな反応までもを伺い見ながら、慎重に言動を取るべきだろう。
そして。
「目指すは、婚約破棄だよね。となると、ヒロインのネーヴェに略奪してもらわないといけないんだよなー」
ふむ。と、アルサルミンは軽く握り込んだ右手の拳の左指の部分を、唇に押し当てる。
「仕方ない。クレストールとネーヴェがくっつくよう陰になり日向になり応援しつつ、並行してサイレースを我が手にするまでのことよね!」
ようし、話は決まった。と、これで自分の未来は安泰だと、アルサルミンは姿見を正面に、腰を手に当てのけぞる様にして大笑いしてみせた。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。