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第08話 妹の変化に異常に敏感な兄

中編終了予定ですが、見通しが立ちませんね。やばいやばい。

  ルディが異世界に戻った翌日、梨里杏は会えない寂しさとは別に優しい感情を抱いていた。生まれて初めての恋を思うだけで幸せな気持ちになる、たとえそれが数時間の逢瀬だったとしても永遠にも負けないくらいの運命に導かれた出会いだと信じられるから。



 ルディが消える間際に伝えた『満月の時に必ず鏡を手元に置いて下さい』の言葉が梨里杏の心を大きく占めていた。調べたところ満月はひと月に一度、今度の満月は6月28日で10日ほど先の事だった。



「ふぅ、ルディさんが言い残した満月と鏡との関係って何かしら?どんな事が起きるのか楽しみでもあるしほんの少し心配。でも早く会いたいな、いつ会えるのかしら、色々話したいわ」



 いつものようにアトリエで絵を描く時間だったが、梨里杏が向かっていたのはキャンバスではなく、アンティークな鏡の前だった。先ほどから鏡の前で独り言を話している梨里杏がいつもと違うと感じた通いのお手伝いさんは、本来の主人である梨里杏の兄へ緊急報告を入れるべきかどうかを悩んでいたが、その間にいつも通りキャンバスに向かって絵を描き始めたことで、きっと次回作の構想が鏡と関係があったのだろうと納得し通常業務に戻って行った。



 実はこのお手伝いさん、久城家調査部で調査のスペシャリストと呼ばれた女性で格闘技にも精通している。梨里杏を陰ながら守る護衛の役目もしていた。見た目は老女に見えるのだが本来の年齢は意外にも梨里杏と年齢差がほとんどない女性でいわゆる変装のスペシャリストでもあった。


 彼女は久城家本家当主『久城宗時(くじょうむねとき)』の直属の部下であり暗部要員でもある。久城家は代々手広く不動産業とアンティーク商品中心の貿易業を営む家柄で梨里杏が知らないところで、かなりあくどい事を平然としていた。その中心人物が梨里杏の兄で長男の久城建設社長『久城宗時(くじょうむねとき)』56歳と双子の次男で久城建設副社長『久城実時(くじょうさねとき)』56歳の二人であった。


 二人とも昔から歳の離れた妹が可愛くて、実の子供は息子しかいないことが余計に拍車をかけているのか、梨里杏を息子以上に大事にし、嫁には絶対やらないと常に梨里杏の身辺を気にかけていた。36歳の妹に対する兄の態度では絶対ないだろう。



 もう一人の兄はある意味一番梨里杏と付き合いが深い。それは三男の『久城章時(くじょうあきとき)』が梨里杏の作品を一手に手掛ける久城画廊オーナーその人だったからだ、年齢も43歳と上の兄二人よりは梨里杏に歳が近い為、歳の離れた長兄次兄の二人には言いにくいことも気楽に話せる優しい兄だと梨里杏は思っていた。


 しかし、それはあくまで梨里杏視点であり第三者から見れば三兄弟の中でも一番たちが悪いのが三男だろう。梨里杏が美大に入るまでは兄達同様稼業の輸入業部門に在籍し兄達を差し置いて業績を伸ばしていたが梨里杏が本格的に画家として独り立ちする段になって本当は美術に興味があったと嘯き画廊を立ち上げ梨里杏の作品を外部の画廊や美術商が手に入れることが出来ないように画策していた。


 梨里杏の本物の作品は全て三男の元にあり、世間に出回っている作品はリトグラフやレプリカだがそれでも人気があった。友人の為にわざわざ描いた小品でも友人の手元に渡る時はもれなく複製画にすり替わる徹底ぶりで梨里杏の作品は長男次男の双子コンビでさえ本物は持っていなかった。愛する妹の作品は全て俺のものだという三男章時の独占欲の賜物であった。


 学生時代、特に大学時代は梨里杏に近づく人間は男女善悪問わず排除し、梨里杏は男性にモテないよりも同性の友人が出来ない事にかなり焦りと寂しさを感じ、その寂しさを兄である章時に話しては慰められるを繰り返す日々だったが、独り立ちして祖父母の住んでいたこの洋館に暮らすようになり絵画に没頭している間に寂しさが薄れ、全ての感情を作品に投影するようになり、それが功を奏し、素晴らしい作品が生まれたのは皮肉な事だった。



 その章時(あきとき)は、毎週末に梨里杏への差し入れと作品の進捗状況の確認と称して洋館に通っていた。知らない人が見たら毎週末愛人宅に手土産持参で通う男に見えるがれっきとした兄である。


 梨里杏の最近のお気に入りがフランス産チョコでパ〇リックロジェのカラーシリーズ、緑色の半球形が特徴のチョコにエスプレッソを飲むのがマイブームのようで章時は可愛い妹の為にフランスから毎週空輸で手に入れていた。一般家庭ではめったに出来ない贅沢品の類だったが、可愛い妹が欲しがるものはどんなものでも小さい頃から必ず手に入れていた。


 もっとも梨里杏は両親や兄達のうっとおしいまでの愛情を一心に受けて育ち、何か欲しがる前に目の前に品物が溢れていたせいか、物欲がほとんどなく、子供の頃の口癖は『何もいらないわ、一緒に遊んでね』で幼い頃から同世代の友人を如何に欲していたかが伺えるエピソードでいじらしいとは、梨里杏の乳母の談だ。



「梨里杏ー、いるかい?お兄ちゃんが遊びに来たよ~~~」


「…… 章時様、いらっしゃいませ。梨里杏様はアトリエでございます」


「ああ、目黒か。今日もその恰好?いつも思うけど笑えないよ。まあどうでもいいけどね。()()()()()()()()()()()()。ね? ああ、アトリエにエスプレッソを二つ、それとこれをいつものように持ってきてくれ」


「は、い… かしこまりました」


 目黒はこの変装はお前たち兄弟の指示だろうがと怒鳴りたい気持ちをグッと堪えたが、章時の強烈に背筋を凍らせる程の視線に怯え、無難な返事をするのがやっとだった。章時様は絶対普通じゃない。あんな人に魅入られた梨里杏様はお気の毒だね。



「トントン、梨里杏ー入ってもいいかい? 」


「あら、章時お兄さま、いらっしゃいませ。ノックはドアを開ける前でお願いしますわ。お口でトントンと言われても困ります、ふふっ」


「そうかい?せっかく梨里杏の好きなチョコレート持参で来たのにな」


「まぁ、食べ物で釣るなんてお兄さまったら!でも美味しいですよね」


「うんそうだね。今、目黒に飲み物を頼んだから休憩にしよう」


「はい、そうしますわ。ちょうどデッサンが終わったところでしたの」

 

「見ていいかな、今回のモチーフはポポかい? 」


 章時は、梨里杏が描いているデッサンに目を向けると笑顔が一瞬で凍り付いた。梨里杏に背を向けていなければ兄のその表情の変容ぶりにさぞ驚いたことだろう。ただし、運悪くその禍々しい表情を垣間見てしまった『ポポ』は完全なる置物と化していた。フクロウすら怯える殺気を放った章時が見つめる先にはあろうことか、笑顔全開でこちらを見つめるルディの姿が描かれていた。


「梨里杏が人物、それも男性を描くなんて初めてじゃないかい?これは友人? 」


 梨里杏は兄に問いかけられ、どう言ったら良いのか悩んでしまう。本当の事を話しても信じてくれるか分からなかったのもあるが何故か兄には話してはいけないと本能が知らせていた。


「友人ではありません。だってこの世界に存在していない方ですもの。昨日の夢に出てきた人なんですの。印象深いお顔でしたし夢の世界ですから本人に許可は必要ないと勝手にモデルにしましたわ」


 章時は、梨里杏の話を信じる事が直ぐには出来なかった。何故か、嘘ではないが本当でもない、そんな風に感じてしまっていた。それにデッサンを見る梨里杏から感じるオーラがいつもと違って恋い慕う乙女のように見え、そんな梨里杏を見ているとデッサンの男に奥歯を噛みしめる程の怒りが沸いてくる。昨日の出来事か、監視カメラの確認が必要だな、それに警備の話もな・・・手落ちなら処分だ。誰に聞こえるともない声で呟くと、梨里杏には満面の笑顔で振り返った。


「うーん夢の住人、さすがに夢ではモデルの許可を貰えませんね。梨里杏の初めての男性人物画、楽しみにしていますよ」


「ふふ、お任せください。最高傑作をお兄さまにお見せしますわね」


 梨里杏は恋する乙女心で愛しい人のデッサン画を見つめ、その兄は害虫でも見る眼差しをひっそりと向けていた。その様子を飲み物を運んできた家政婦目黒が怯えた様子で章時を伺っていた。




鏡を使った通信、現代で言えばFaceTimeやLINEカメラかな。一番近いのはやっぱりSkypeだな。昔お世話になったよ。

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