第15話 賢者ルディ日本に降臨
勇者カイトが無事に日本へ帰還し、王国ではお祝いムードが流れていた。魔王を討伐し異世界から来た英雄は役目を終えて無事に祖国へ帰ったと聞き及んだ王国民は寂しさも当然あるが家族の元へ帰ることが出来た勇者を素直に喜んだ。今までの勇者は異世界から召喚され、その後は祖国へ帰ることも叶わず少なからず望郷の思いを抱きつつ皆没した。
それ故、勇者帰還を実現させた功労者が勇者に負けず劣らない自国の老賢者と若き賢者二人となればお祭りムードが上昇するのもやむなしだった。賢者マーロンとその師が創り上げた大魔法陣を若き賢者が起動を成功させ勇者を国に帰すことが出来たことは、この王国が全世界の頂点にあると皆自負し自国の賢者を自慢していた。そしてそれは王国内外問わず高貴な身分の女性から娼館の色っぽいお嬢様方までが未だ独身の若き賢者ルディの寵愛を受けんと皆躍起になってアピールし始めることになった。
当のルディーはそんな周りの思惑も秋波にも気が付くことなく、頭の中は梨里杏一色で、カイトの準備が整うのを首を長くして待っていた。それと同時進行で二人の新居を念入りに選定していたが、それが世の女性たちにさらなる勘違いを与え、ルディの奥方選びが始まるとささやかれ、女性陣の奥方立候補熱が過熱する。その最中待ちに待ったカイトから準備が出来たと連絡が入った。
ルディは自室から宮殿地下に広がる大魔法陣を収めた空間に飛ぶように駆けつけ、そこには既に先に聞き及んでいたマーロンが弟子の到着をまっていた。
「あれ?マーロン師匠、いつの間に」
「ほほほ、そろそろ準備が整うと思っておった、こちらも用意万端じゃぞ」
「師匠ありがとうございます。あっ忘れるところでした、これは師匠の魔道携帯です。私とカイトに繋がります」
異世界に旅立つにあたり、念には念を入れて師匠にはさらなるバックアップを任せる気満々でルディ特性魔道携帯を笑顔で差し出す。そのルディの見慣れない満面の笑顔に引き気味になりながらも可愛い弟子の一世一代の嫁取りを応援するマーロンだった。
「どれ、異世界で何があるか分からんからの、行くときは水晶の魔力でいいかの、では起動するぞ」
「はい、師匠お願いします」
大魔法陣にマーロンの魔力と水晶の魔力が注ぎ込まれると同時に魔法陣が輝き始めその中央にいたルディの姿が一瞬で消え去る。どうやら無事に成功したようだとこっそり安堵するマーロンだった。後はルディが無事に嫁を連れ帰ることが出来たら万々歳だと思いつつ実はマーロンの予感はそう簡単には行かないと告げていた。
「異世界に思わぬ敵がいるような気がするの、ルディ無事に帰ってこい…」
幼いころから我が子同然で育てた弟子の未来を案じながら、なにかルディに役立つことでも無かったかと自身の研究部屋へ消え去るマーロンだった。
◇◇◇◇◇
東京湾岸エリアの一角にある物流倉庫の一つから一瞬光が漏れ出て直ぐに収束し、そこに現れたのは満面の笑みを湛えたルディだった。そのルディをやはり笑顔で出迎えているのは『梨里杏』ではなく、元勇者で現在も勇者の力を持っている現代日本人42歳外資系商社マンの新界海渡だった。
「よっ!ルディ3日ぶりだな、元気か?」
「はあー、カイト何を能天気なことを言っているのです。3日で元気かと尋ねる程耄碌しましたか?ああ、そう言えば何やら見た目はオヤジになっていますね。それがカイトの本来の姿ですか、確かにお疲れのような顔してますね。」
「いやいや、別に疲れてねーし、昨日夜更かしして寝不足なだけだしな、その理由だって」
「ああー、それ以上は結構ですよ。何を言うかも見当が付きますからね。それよりここは何処ですか?かなり広い建物のようですが・・・無理をさせてしまいましたね。」
ルディはこの世界の話をカイトや梨里杏に聞いていたからこれだけ広い建物を個人で所有するのは大変なことだと知っていた。借りるにしても個人だとかなりの出費になると予想されて、この世界の金銭を持っていないルディは珍しくカイトにすまないと詫びた。
「ここか?ここは俺の秘密基地だな、俺の実家の持ち物で現在は空き倉庫だから自由に使えるぞ。ルディには言ってなかったが俺の実家って梨里杏譲の実家と同じような商売してるから結構儲かってるんだ、俺は次男で兄貴が家を継いでいるけど俺も以外に小金持ちなんだぜ」
ほぉー、人は見かけによりませんね、この建物が全てカイトの自由に出来るとのことですから、これからの魔法陣の展開先を心配せずに済みます。それにやはり私の推察が当たりましたか、魔法陣を通してやってくると次元に排除されずに留まれるし、こちらの時間も止まっていないですね。
「カイト、これからしばらくご面倒をかけますがよろしくお願いしますね」
「水臭い事言うなよ!いつでもどんなことでも協力するからよ。それからこの倉庫の上が事務所と仮住まいが出来る程度の部屋があるから拠点に使ってくれ。梨里杏譲の場所も分かってるから直ぐに向かうか?」
ルディは今すぐにでも駆けつけたい気持ちをグッと堪え、日本のさらなる情報と梨里杏を取り巻く環境を精査することに時間を割かねばならないと気を引き締めた。勇者召喚とは違い魔法陣を通して人を連れ帰るのは時間停止を伴わない故に、家族や周りの人間からすれば忽然と梨里杏が消えてしまう現象に見える。日本風の言い回しなら神隠しとカイトがいっていたな。
「カイト、梨里杏さんの所へ行くのはしばらく見合わせます」
「なんでまた?」
「カイトが神隠しなどと言うからです」
「ああーたしかに言ったな、で、どうする?」
ルディは眉間に皺を寄せながら考える。直ぐに梨里杏を連れ帰りたい気持ちはあるが、家族と別れる時間も必要だろうと、それに自身の鍛錬次第では次元転移もいずれ可能になれば里帰りも頻繁に出来るようにしてあげられる。だがそこで思い出すのもやはりカイトの話で、梨里杏の家が悪魔一族だとのセリフだった。
「カイト、梨里杏さんの一族が悪魔だと言うのは比喩ですよね?」
「ん?う~ん、普通ならそうだと言いたいところだが、俺の勇者の能力が消えなかったことで今まで見えなかったことやモノが見えるんだが…」
「ええ、それで?」
「最近、梨里杏譲の兄貴の一人で次男の『実時』さんに会う機会があってな、頭に角が見えたよ。普通の人間には見えないようだから俺の能力だろうな」
「・・・それは、困りました。やはり外堀を綺麗にして梨里杏さんが憂いなく旅立てるようにしてからですね」
「カイト、私がこの世界に違和感なく溶け込んで梨里杏さんの側近くに潜入出来る方法があるでしょうか?」
「梨里杏譲の住まいは無理だが、兄貴たちの会社に潜り込むことはルディなら出来るだろう。身元なんかは俺が手配出来るし、俺の実家経由ならあっちも信用するくらいの付き合いは古くからあるしな」
「カイト、貴方のご実家も特殊な家系なのでしょうか?」
ふと、ルディは今まで文献に残っていた勇者の家系に思いを馳せた。分かっている数人だけだが皆確か日本、この国の出身者ばかりだった。それに何故か皆『海』と言う字が名前に入っていた事を思い出した。
「特殊ってことはない、昔から船で貨物を運ぶのが生業の一族だな。今はここみたいな倉庫の貸し出しや海運業がメインの会社経営を実家が代々してる。次男の俺は外資系商社で色々修行中ってところで、もうすぐ実家の会社に戻る予定だ。」
成程、やはり『海』に係る仕事ですか、それがどうして勇者召喚に繋がるのか研究材料にしてみたいです。面白そうですが、まずは梨里杏さんが先ですね。
「ルディ、お前この世界で普通に魔法は使えるか?」
ルディはカイトに言われ、そうだったと確認の意味で光魔法で倉庫に明かりを付け、夏の澱んで蒸し暑い空気を風魔法と水魔法を使った簡易冷房で高原の避暑地のような涼しさを一瞬で再現した。そこまでしても魔力量に目立った変化もなく、この世界でも問題なく魔法を使えることを確認した。
「問題なく使えます。これなら小細工なしで隠蔽魔法で簡単に入り込めますね。本当はカイトのように商社?でしたか、働いてみたいと思ったのですが、フフフッ」
「おまえなーまあ、ルディなら意外と日本のサラリーマンも似合うかもな。それとこの世界の服を用意しといた、サイズは大丈夫だろ」
「ありがとございます・・・あっピッタリです」
「おお、似合うじゃん。ちょっと出かけようぜ、俺の世界も見てみろよ。意外に面白いぞ」
「そうですね、折角ですからご一緒しますか、案内よろしく、試したいこともありますからね」
こうしてルディはカイトの案内で魔法を使わない世界と言うものをつかの間体験するのであった。




