第12話 恋を育めば 憎悪が育つ
あっという間に終わりを告げる愛しい人とのつかの間の逢瀬、オーバーな言い回しだが遠距離恋愛には欠かせないアイテム携帯電話での長話のことである。ルディは梨里杏が後で困らないように細かい配慮をしていた。魔道具に変化した鏡の代わりそっくりのものをちゃんと用意し、携帯電話風魔道具には隠蔽魔法をかけ、着信音は魔法バイブ設定、梨里杏だけが気が付く優れものだった。
「不思議ね。ここにあるのに誰にも見えない、通話が始まれば時が止まるなんてまるで魔法ね。あら?ルディさんの世界は魔法の国でしたわ。ふふふ、ルディさんのお側に早く行きたいですわ」
「梨里杏様、何かございましたか?」
「いいえ、ちょっと思い出した事があっただけですわ。すみませんが一度鏡を片づけて下さいね」
「自画像は中止ですか?」
「いいえ、先にこちらの絵を仕上げてしまいますわ。お兄さまにもお約束しましたもの」
「はい、承知いたしました。でも自画像が延期になると知れれば章時様が残念がるかも知れませんね」
「えっ、そうかしら?わたしの自画像などお兄さまは喜ばないのではないかしら、ふふふ」
『絶対そんなことはあり得ないよ、僕は可愛い梨里杏を見ているのが好きだからね』
「まあ、お兄さま、お帰りなさいませ。いつからそこに?びっくりしましたわ」
『ああすまない、ちょうど今帰ったところだよ。お土産も買って来たからね。梨里杏美味しいお菓子もあるからお茶にしよう』
「まあ、お兄さまったらまた食べ物で釣ろうとしてますわね。仕方ありませんわ。お茶に付き合って差し上げますわ」
『うん、嬉しいねありがとう。それで夢の人は出来たのかい?』
「あと少しで完成します。でもお兄さまこの絵は手元に置きますわ。」
『ん、それは何故だい?いつもなら仕上がると直ぐに僕に連絡くれるのにな、それだけその絵は特別なのかい?なんだか可愛い妹をその絵に取られるようで妬けるな』
「お兄さまったら何をおっしゃるのやら。特別な意味は有りませんが、初めて描いた人物画ですからしばらくは手元に置いておきたいのです。次は自画像の予定ですからそれはお兄さまが嫌がってもお渡し致しますわよ?ふふふ」
『ははは、可愛い妹の自画像を嫌がる兄貴なんていないよ?本家の兄さんたちも梨里杏の自画像があるって聞いたら喜んで飛びつくとおもうよ』
笑いながら冗談に紛れるように話す章時は目が笑っていなかった、その様子を配下の二人は緊張を持って見つめていた。
う~ん、やっぱり何かおかしいな。この違和感はなんだろうね。アトリエ内に変化は見当たらないけど、ああそう言えば兄さんの所の目黒が辞めたみたいだね。何か知って辞めたなんて事はないよね?ちょっと挨拶にいこうかな。イタリアにいた間の報告は逐一聞いていたけれど何となく納得がいかないのはどうしてだろうね。この二人に限って異変を見逃すなんて失態はありえないだろうしね。
章時は自分の配下の二人を品定めするように見回す。僕は何かを見落としているのだろうか。この愛らしい妹が自分に嘘をつくとは思っていなが、本気で夢の人に恋をしたのだろうか?事実ならその夢の記憶を消すことも必要かな。ともかく帰ったら初めからカメラチェックかな。この違和感の正体を見極めたいね。
ああ、違和感で思い出した、アイツは今頃どうしているんだろうか?唯一僕に盾突いて来た幼馴染、確か外資系の商社に入って20歳離れた女とデキ婚したとアイツの母親に聞いたときは笑えたね。でもその時感じた違和感、あれは結局なんでだったか思い出せないな。
どうも変だね。狐やタヌキに化かされるとかってこんな感じかな。なんで妹に感じた違和感でしばらく会っていない幼馴染のロリコンに感じた違和感が思い出されるのかね。少し疲れているかもしれないな。まぁ時間はあるのだからゆっくり原因究明しますか。本当に僕の大事な可愛い妹に害虫が近づかないように監視を強化しないとダメだね。そうだ、今度二人でヨーロッパを巡る旅をするのもいいね。芸術のモチーフが不足しているからあんな夢の奇人に入れ込んだりするし、日本国内で燻るのも悪影響かも知れないね。拭い切れない不快な違和感にあれこれ思考していると梨里杏に問いかけられ、その一瞬で全ての感情が梨里杏に向かう。
「ああそうでした、お兄さま。ここに来る時にトラ猫さんを見かけませんでしたか?ここ数日見かけなくて心配なんですの。わたしがこの屋敷に来てからの付き合いですから気になって、あまり懐いてはくれませんがそこにいるだけで安心出来るオーラを持っている猫さんだと思いますの、見かけたら教えてくださいね。わたしの自画像にトラ猫さんとポポを一緒に描きたいんですの」
『見てはいないが、これは最重要案件だね?絵画のモチーフ君が不明なのは大変だ、僕が捜索隊を結成して探し出すよ』
「お兄さまありがとうございます。でもお忙しいのに無理はなさらないで下さいね。トラ猫さんはそのうちふらっと現れるでしょうけれど、出張から戻ったばかりのお兄さまが過労で倒れられたらわたしが困りますわ。それに何となくですけどお兄さま近頃働きすぎだと思います。わたし心配ですわ」
梨里杏が呟いたその一言がダークな思考の迷宮へ入り込んでいた章時を呼び戻す。
『ああ、そうだね。梨里杏心配かけてごめんね。確かに少し疲れているかな。今日はビジネスランチの予定だったけれど辞めて梨里杏の傍で寛ごうかな』
「ええ、そうなさったらよろしいわ。アトリエが落ち着かないなら客間を用意しますわ」
『大丈夫だよ、ここで梨里杏の絵を描いてる姿を見るのが落ち着くし好きなんだ』
梨里杏の言葉が闇思考に揺蕩っていた章時を強引に引き戻し、兄妹だけのゆっくりした時間が流れ始める。この時間が永遠に続く、そんなあり得ないことを一切疑わず至福の時を甘受する章時は後に知ることになる。この時間が幻だったことに。




