第01話 久城 梨里杏
中編くらいの長さを予定してます。よろしくお願いします。
『それはまさに運命の出会いだった。言い尽くされた感が半端ない、陳腐な言い回しだとしても、二人、目と目が合った瞬間に恋に落ちた。どんな困難が待ち構えていたとしても、今この瞬間二人を引き離す事など誰も出来はしない』
幾千幾万と恋に至る出会いは、永遠のテーマの様に繰り返され、今日も今日とて恋に落ちていく者達は、皆自分たちこそが、運命の出会い永遠の恋の相手を、手に入れたと微笑むのだ。
まるで神様の気まぐれか、天使のイタズラなのか、アドレナリンが一気に吹き出し理性が崩壊、微熱で火照る身体と頭で、これが運命の出会いだと信じ込む。しかし悲しいかな、その多くの出会いは、アドレナリン放出終了と共に、儚く恋は終わりを告げる。そしてまた、運命の出会いを求め、今度こそはと恋を繰り返す。
出会いと恋がひしめく現代社会において、悲しくも一切の出会い、運命の出会いどころか合コン的な出会いすら皆無の女性が一人、小学生の時に微かな恋心を抱いた思い出の初恋相手は二次元の世界の住人で黒のタキシードに赤い薔薇を常に一輪持つ仮面の男。それも既にウサギの様に可愛く髪を結んだ彼女在りの人だった。
いつか自分の前に素敵な人が現れる、一目で運命の相手だと思える人が必ず現れる、信じて、信じて、信じすぎて……いつしか月日は残酷に流れ去り、明日は三十路突入から既に五年が過ぎ去り後半戦の歳になる日、行き遅れ気味…あくまで気味の36歳独身、彼氏なし歴も同じく36年恋に焦がれる乙女が一人、錆びついた歯車が間も無く動き出し彼女の運命が激変する。
日本の都市伝説で男性は30歳童貞だと魔法使いになれるとか、では36歳独身処女は何になれるのかしら?巷では女性も三十路で同じく魔法使い説もあったみたいだけど30歳になった私に魔法使いへの予兆なんて全然なかったわ。
もしかして女性は35歳で妖精になれるのかしら?なんてメルヘンを夢見た時もあったような、なかったような。自分で言っていてかなり痛いけど、独身も長くなると独り言が多くなっているわ。
もっとも金銭的には優遇されていて、亡き両親が残してくれた会社は歳の離れた兄達が切り盛りしているし私が相続した土地にはマンションが数件建っている。不動産経営も全て優秀な兄達に任せて気ままな一人暮らし。
一番上の兄も次兄も同居を持ちかけてくれるけれど、四捨五入して四十路になりそうな妹が、ハイそうですかって同居できるはずもなく、その優しさに感謝しながらも曖昧な微笑みで躱す日々。
現在は既に鬼籍に入った祖父母が住んでいた高台にあるアンティークでこじんまりした一軒家に小さな同居人のフクロウのポポちゃんとたまにフラリとやってくるトラ猫さんと静かに暮らしているわ。
でも引きこもりの無職じゃないですよ。これでも一応少しは売れる絵を描いて生計を営んでいたりします。もっとも絵を売らないでも兄達のおかげで十分生活に困らないのですが……。
最近はこのまま独身で終わるのだろうなと諦めに似た感情を持ちますが、救いは身内、特に兄達が私に結婚をしろと絶対言わない事でしょうね。
ちょっと情けなくも寂しい事ですが、友人も少なかったりします。男性の友人は皆無で、同性の友人も幼馴染くらいですね。
新しく出来た友人達は何故か皆、兄達が苦手らしく段々疎遠になってしまいましたね。そんな中で容赦なくやってくるのが明日に控えた私の三六回目の誕生日、兄達が盛大なお祝いをしてくれると言っていたのですが、今回の誕生日は何故か一人で過ごしたいと思っているのです。
兄達がかなり騒がしく言っていましたが今回は何が何でも一人で過ごすと宣言したのです。強がりじゃないですよ?何故か分からないのですが、そうしなければいけない気がして仕方ないのです。本当に何故でしょうね?
延々と一人語りをしているのが「久城梨里杏」明日で36歳になるアニマリエ画家で梨里杏の描く作品はまるで生きていて直ぐにでも絵から抜け出て動き回るみたいだと絶賛されていた。
売り出されている作品の一番人気は梨里杏の相棒、メガネフクロウのポポが題材になっているフクロウシリーズで巷でのフクロウ人気に一役買っていた。更に彼女の素性は一切が秘匿とされペンネームの『RIRI』以外全てが不明で秘密のベールで包まれ、それがまた人気に一役かってもいる。
実際の梨里杏は亡くなった両親やその意思を大きく、時に曲解し引き継いだ兄達によって大事に抱え込まれ温室育ちのように世間知らずで儚い美貌を持ち、他人の害意や思惑を一ミリも疑うことを知らない稀有で浮世離れした存在になっていた。
いつものように梨里杏はアトリエでポポの姿を描きながらいつのまにか辺りが闇色に変化し、雲の隙間から月が見え隠れしていることに気がつく。集中しすぎて昼食も夕食の時刻もとうに過ぎてしまっていたようだ。これだからいつまで経っても兄達に心配されるのだろうと小さな溜息をついてしまう。
そんな溜息をつく姿が天使もかくやというくらいに儚く美しく見えていると、本人はまったく気がついていない。梨里杏の美貌は一般的男性がおいそれと声をかけることが躊躇われるほどの美しさだった。それに輪をかけて歳の離れた兄達が番犬よろしく梨里杏に近づく者達を36年もの長きに渡り密かに排除していた。
その結果、梨里杏の周りに残ったのは通いの年老いたお手伝いさんと真性シスコンの兄達3人組だけという悲しいものだったが、信頼し大好きな兄達が梨里杏に隠れてそんなふざけたことを長年してきたなどと疑うこともなく、毎日好きな絵を自由気ままに描けるのも優しい兄達のおかげだと感謝し微笑む始末だった。
間も無く日付が変わるという時間になって梨里杏は違和感に気づいた。閑静な住宅街の高台に位置する梨里杏の家の庭に突如現れた闇が歪んだような空間。アトリエの開け放たれた窓から見えるその空間に先に気がついていたポポやトラ猫が激しく旋回し威嚇の声を上げる。でも何かおかしいと梨里杏はその現象をぼんやり見ていた。
歪んだ空間の存在も怪奇だが、それ以前に高台から見える世界が時を止めてしまったように静かだと気がつく。兄達によって家の周り、正確には自宅を中心に1キロ先を囲むように厳重な塀が作られ二十四時間体制の警備員が常に配置されていた。創作の妨げにならないように取られた警備体制だが、いつもは警備犬の微かな鳴き声が聞こえることがあったそれすら聞こえない。まるでこの世界に自分とポポ達だけしか存在していないみたいな錯覚を覚え、ブルっと我知らず身震いする。
そして唐突にその歪んだ空間が裂け光と爆音が辺りにこだますると同時にその中から銀髪で深い紫紺色のまるで御伽噺の魔法使いのようなローブ姿の青年が現れた。梨里杏は現実からかけ離れた現象と、その青年の姿から一切目が離せなくなってしまう。怪奇現象に危機感を持つ前にその姿を見てしまったから。キラキラと煌めく瑠璃色の瞳、月明かりを眩く弾く流れる銀髪に白い肌。その姿は梨里杏が子供の頃に憧れた王子様そのものだった。
「痛っ、最後の最後でドジりましたか、魔王め、消滅の間際に闇魔法を放つとは執念深いですね。ところで皆は大丈夫でしょうか?かなりの爆風に飛ばされたようですが、まあ心配せずとも脳筋勇者ですから平気でしょうね。さて、皆のところへ戻りますか、ん?」
「「…………」」
この出会いが冒頭のセリフにつながっていく。現代地球日本国在住、久城梨里杏36歳独身処女、彼氏無しの画家と異世界魔王討伐勇者パーティーの賢者ルディ・S・ブロワ、異世界年齢36歳で偶然にも梨里杏と同い年のはずが、何故か今は見た目10代に見える姿での初邂逅となる。
『それはまさに運命の出会いだった。言い尽くされた感が半端ない陳腐な言い回しだとしても、二人、目と目が合った瞬間に恋に落ちた。どんな困難が待ち構えていたとしても今この瞬間二人を引き離す事など誰も出来はしない』
遠距離恋愛も相手が魔法を使えるなら遠距離にならない気がしてきたぞ。




