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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

勇者四役!?

作者: RAIN

初ファンタジーなので慣れない描写もありますが、温かい目でお読み頂けるようにお願い致します。


-かつて、地上に存在する多くの生命が魔王の率いる魔物の軍勢に蹂躙されていた時代があった


-魔王は極めて残虐であり、魔王が率いる魔物たちはどれも強く、日を追う毎に地上の生命は減っていった


-このままでは全ての種族は滅亡するだろうと思われていた


-その最中、各種族の中から勇者と呼ばれる者たちが魔王打倒を掲げて立ち上がる


-民衆は彼らに最後の希望を託し送り出していった


-魔王と勇者たちの戦いは熾烈を極め、多くの者が道半ばで倒れていった


-苦難の果てに勇者たちは魔王の住む根城へと辿り着いた


-そして、激闘の末に魔王は去り、勇者たちが勝利を収めたのだった


-しかし、数人の勇者はそのまま自らの国に帰ることはなかったと言われている……


 # # # # # # # # # #


-魔王が去ってから時が経ち、人々にとって平和な時代が訪れる


-そんなある時、とある国に1人の勇者が現れた


-その勇者のことを国民は口々に噂する


-村娘は言う「勇者様は剣を一振りするだけで魔物を一蹴する御方でした」と


-悪徳商人は喚く「アレは勇者どころか最低最悪な悪魔の様な詐欺師だった」と


-老人は語る「目も覚めるような別嬪で、詠唱もせずに千の魔法を操っていた」と


-ドワーフは笑いながら話す「あの無口な坊主なら、沢山の土の巨人を使役していた」と


-これはエルフの少女が勇者と出会うまでの物語


-あるいは、4人の勇者による冒険譚の序章である…


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


 足取りが重く、このままでは地面に倒れてしまうのではないかと言う不安が私の心の中に渦巻いている。

 既に幾つもの山を越え、精根尽き果てそうになりながらも、私は草の1本も生えていない乾いた荒野を歩いていた。


 日差しは外を歩く者の肌を容赦なく焼き尽くそうとする程に強い。

 時折強い風が吹くため、土が巻き上げられて、砂埃が深く被っているフードの中にまで入り、口の中や服の中は常にジャリジャリとした感触が残る。

 水筒の水は既に空になっており、一刻も早く目的の場所に着かなければこのままでは干からびた死体になってしまうことは間違いなかった。


「ああ、早く水浴びがしたい…喉も乾いた…お腹も空いた…」

 憂鬱な気持ちが、私の心を支配し始める。

 本音を言えば、こんなことなどせずに森の中で静かに狩猟に勤しみながら月日を過ごしたかったのだが、今はそうも言ってられない事態にまで私の住む村は追い詰められていた…。

 

「一刻も早く噂の勇者様(・・・)を見つけないと…」

 自分に言い聞かせるかの様に私は呟いた…。


* * * * * * * * * *


 私が子供の頃、村の長老からある昔話を聞いたことがある。

 この世界には神々によって数多くの種族が作られ、世界の様々な場所で暮らしているらしい。


 代表的な種族としては、人族、エルフ族、ドワーフ族、水妖族、鳥人族、獣人族、魔族がいて、獣人族や魔族などは種族がさらに細分化されている。

 そのため、他の種族が"獣人族"や"魔族"という種族名称で呼ぶ事は失礼な行為であると、長老から口が酸っぱくなるほど注意された。

 他にも、人族の一部の者の中には他種族のことを"亜人"と呼ぶ者もおり、そのような者の大半は高位の貴族や聖職者が占めているのだと聞かされた。



 各種族の主な特徴としては、人族は寿命が短く、個体差にばらつきがあるものの、繁殖力と適応力が高く、どんな場所でも生きることの出来る種族であり、名声を得るために冒険者を目指す者が多くいるらしい。

 エルフ族は主に森で活動する種族であり、総じて視力と聴力に優れており、寿命は森の中で生活している限りは無いに等しいものの繁殖力は極めて低い種族である。


 ドワーフ族と水妖族、鳥人族は、それぞれ鉱山と海底、大空での活動に特化した種族であり、人族よりも寿命が長く頑丈な者が多いが、それぞれの生活地域からはあまり出ようとしない種族らしい。

 獣人族は、寿命が長い種族も短い種族もおり、縄張り意識と強固な仲間意識、強さによる格付けを行いたがる者が多くいる種族だと言われている。

 魔族の場合は、寿命が長く、魔法の扱いに長けた種族の者が多いために、冒険者や学者などの時間を掛けて功績を刻むことの出来る職業を選択する傾向があると言われている。


 また、世界各地には種族の数以上に数多くの宗教が存在しており、中には人間至上主義や亜人排除思想、人族を奴隷とする思想を掲げる危ない宗教組織もあるが、どのような組織でも必ず魔物を種族共通の敵に置いている。


 魔物とは、世界各地に生息しており、魔物以外のあらゆる種族を襲う害獣である。

 魔物は死ぬ際に魔石と呼ばれる魔力の結晶を残し、それは強ければ強い程高濃度の魔力を蓄積した魔石が採れると言われている。

 魔物から採れた魔石は、多くの種族が資源として活用し、魔道具と呼ばれる戦略の幅や日常生活などを支える道具の発展へと寄与してきた。


 大半の魔物に知性はなく、単独で行動するのだが、稀に群れを率いる能力と優れた知性を兼ね備えた上位腫と呼ばれる存在や、上位腫をも凌駕する圧倒的な能力を有する王種が誕生する場合がある。

 御伽噺の様な話ではあるが、かつて世界には複数の上位腫や王種を纏め上げる魔物達の王である"魔王"がおり、数多くの種族を苦しめてた時代があったそうだ。


 魔王によって全ての種族が滅ぼされるのではないかと思われたその時に、まるで魔王に対抗するかのように各種族から自らを"勇者"と名乗る者たちが現われた。


 人族の勇者は剣の腕に優れ、剣を一振りするだけで勇者に襲い掛かろうとした多数の魔物たちを屠った。


 魔族の勇者は魔法の才能に優れ、呪文を唱えることなく遠方にいる魔物を全て焼き尽くした。


 ドワーフ族の勇者は精霊に愛され、地面から千を超える巨人の軍隊を生み出した。

 

 そして、他の種族からも様々な才能に優れた勇者が現れ、勇者たちを支える者たちも現れた。

 民衆は勇者を支えた彼らのことを"従者"と呼び、彼らのことも勇者と同様に褒め称えたという。


 勇者たちはそれぞれの才能を結集し、徐々に魔物の群れによる侵攻を押し返していった。

 彼らは、魔王の配下であった上位腫や王種を次々と倒し、魔物達の群れの統率が崩れた隙を狙って魔王のいる場所を探し当てて、一気に攻め込んだそうだ。


 魔王との戦いの結末は詳しくは語られていないものの、"天をも割るような巨大な光が魔王と勇者の戦う場所で上がっていたとの目撃情報があった”との記録が当時の文献には残っている。


 その後、多くの勇者がそれぞれの故郷に帰還し、それ以降、魔物による統率のとれた侵攻は無くなったらしい。


 それからというもの、"勇者"という言葉は極めて神聖な存在として扱われる様になり、勇者を騙る者が現われた際にはどのような種族であっても極めて厳しい処罰が下されるようになった程である。


 これが、現在までに民衆の間で語り継がれている勇者に関わる伝承の全てである……。


* * * * * * * * * *

 

 そして、現在。

 私は、勇者が南にある"フロード"と呼ばれる都市に現れたことを知り、勇者に会うために村の期待を一身に背負ってここまで歩いて来たのである。


「あれは…!?」

 山を超えてからひたすら荒野を歩き、足がもう動かなくなるのでは無いかという程に疲れた頃、私は遂に目的の都市を見つけたのだった。

 


 その都市は、四方が強固で巨大な石の壁で覆われており、南側の門の近くには大きな川が流れている。

 都市の内部からでも外の様子を監視するためなのか、外からでも見える程の高さの物見台が建っていた。

 壁の下をに目を向けると、門番と思われる人族たちが都市に入ろうとしている商人や旅人を1人1人チェックしている様子が窺えた。


「ここに…勇者がいるんだ!」

 ついに勇者に会うことが出来るのだという思いが、私の疲労と喉の渇きを完全に忘れさせていた。

 私は頭に被るフードを抑え、焦る気持ちを抑えながらも、都市に入るための列に並ぶのだった。




 その後、都市に入るための門の前で多少ごたごたとしたやり取りはあったものの、無事に都市の中に入ることが出来た。

 そして、都市の中に入った私は改めて驚いた。

 

 フロードは、かつて勇者の1人が住んでいたと言われている都市で、周囲は荒野に囲まれているもの、各種族が住む国への玄関口とも言える場所に存在しており、数多くの国へと渡るための中継地点としての役割を担っている。

 そのため、わざわざここで宿屋や商店を開いている者もおり、人族や獣人族、魔族といった数多くの種族が大通りを歩いている。

 それに加えて、大通りを道なりに歩いて行けば、都市の中心とも言うべき場所に巨大な建物が鎮座していた。


 その建物の看板には、各種族が使うそれぞれの文字で「冒険者ギルド」と書いてあった。

 ギルドとは、魔物の退治や各地で起きた出来事に関わる情報の共有、その地域に住む者の安全を守ることなどを目的に設立された組織である。

 冒険者ギルドの場合は魔物の討伐による名声や住民などからのクエスト受注、各地での情報収集と共有に特化したものとなっていて、魔王がいなくなった後に勇者たちが魔物による被害を少なくすることを目的に設立した歴史のある組織だと言われている。



「ここなら、勇者様の手掛かりが何かあるはず…」

 私は勇者様がこのフロードにいるという情報までは得ていたが、勇者様が普段はどこにいるのかまでは分からなかった。

 また、不思議なことに勇者様の詳しい容姿や年齢に種族、果ては性別や名前までもはっきりとした情報が集まっていなかった。

 勇者様という名称だけが独り歩きしているだけしているようにも感じたが、勇者様はもしかしたら複数人で行動しているのではないかという疑問を私は抱いていた。

 その真偽を確かめるためにも、私は冒険者や旅人が情報を集めるために必ず寄るであろう冒険者ギルドの建物の中に入ることにした。


 本来ならば、冒険者ギルドで部外者が勇者様に関する情報開示を頼むことなど出来ず、冒険者ギルドに所属しない者が得ることが出来る情報はせいぜいが旅先の安全に関わる情報までだった。

 しかし、幸いなことに私の住む村にも小さいながらも冒険者ギルドがあったため、私はギルドカードと呼ばれる身分証を持っていた。

 そのため、多くのギルドで共有されているであろう勇者に関する基本的な情報については得ることが出来るだろうと私は考えた。 


「残念ですが、こちらのランクではアナタ様の知りたい情報をお教えすることは出来ません…」

「…何で!?」

 私は冒険者ギルドに入ると真っ先にギルド職員のいる受付へと行き、勇者様に関わる情報が知りたいと言うと女性のギルド職員は申し訳なさそうな顔をしながらもそう告げるのだった。


「はい、実はアナタ様のギルドカードにあるランクの功績では個人に関わる情報まではお教えすることが出来ないのです。昔、冒険者に成りたてのとある貴族がギルド職員を無理矢理脅して高位の冒険者の居場所を聞き出そうとした事件がありまして、その事件以降、ギルドの規約では十分に功績を積んだと認められた冒険者にしか個人に関わる情報はお教え出来ないという決まりになっておりまして、盗賊や犯罪者に関わる情報ならばともかく、個人に関する情報はお教えすることが出来ないのです…」

 女性のギルド職員は、非常に申し訳なさそうな顔で情報を付け加えた。


 考えてみれば、確かに納得出来る理由だった。

 いくら冒険者ギルドといえども、素性のはっきりしない人物や悪用する恐れのある人物に勝手に個人の情報を漏らしてしまえば、組織としての信用など簡単に無くなってしまうだろう。

 私自身、狩猟や採集などによる報酬を得るために冒険者ギルドに登録はしていたが、これまでに熱心に功績を積もうとする程の努力はしてこなかった。

 ランクが低くても別段困ることもなかったため、現在まで過ごして来てしまっていたのだ。

 このままでは、勇者様に関わる情報を得ることが出来ないと知った私はどうすれば良いのか分からずに呆然としていた。


「ぎゃはははは!あの坊主、そんな当たり前のことも知らないで冒険者ギルドに来ていたのかよ!」

「全く馬鹿なガキだぜ!初心者も良いところだな!」

「マントをしててもひょろ~りとした体格なのは丸わかりだしな!」

 私がギルド職員と話す様子に聞き耳でも立てていたのか、少し離れた場所にあった机で数人の柄の悪そうな冒険者が下品に笑っていた。

 どうやら、冒険者ギルドに併設して営業している酒場で飲んでいた男たちのようだった。

 昼間から酒を飲んでいるということは、それなりの稼ぎがある冒険者なのだと思う。


 それにしても、まさか私が坊主(・・)と馬鹿にされるとは思ってもみなかった。

 それ程にあの冒険者たちには貧相な身体に見えたのだろうか?

 それならば、私のことを初心者と馬鹿にする冒険者たちの方はさぞ凄い人物なのだろうな?

 

 私はギルド職員との話を切り上げると、彼らが私から目を離した隙を見計らって静かにその場から移動した。


 背後でギルド職員が「ギルド内でのは暴力沙汰は!?」と声を上げた様な気がしたが、生憎私の耳には尚も笑い続ける男たちの声しか聞こえなかった。

 私は獲物を狙う狩人の様に気配を消して彼らに近付く、遠くで成り行きを見守っていた数人の冒険者が私の姿が見えなくなったことに気付いたようだ。


 だが、私は既に男たちの騒いでいる場所のすぐ近くまで来ていた。

 全く落ち度がない者を傷付けたり、誤って殺してしまったり、再起不能になったりする様なケガでなければ、ガラの悪い者や血の気の多い者たちも所属している冒険者ギルドでは問題に関知しないはずだ。


 私はそう考えて、懐にある入れていた武器に手を掛ける。




「はい、お兄さんたちもそこのキミもちょっと冷静になりませんか?」

 私と男たちの間に割り込むような形で1人の男が突然現れた。

 

 その男の見た目を一言で言うならば、平凡としか言いようのない地味な顔と服装だった。

 眉はつり下がり、目は糸の様に細く、髪は手入れがされていない黒髪の優男といった様子の人族で、無理に場を和ませるためにしたかの様な笑みをしていた。

 

 私は、その男のことを警戒した。


 つい先程まで、私の視界に男たち以外には誰もいなかったはずだ。

 それがまるで、私が懐に入れてある武器に意識を向けた瞬間を狙いすましたかの様に、目の前の男は割り込んで来た。

 男たちの方はという、私の接近にすら気付いていなかったこともあってか、私が突っ込んで来ようとしたのをその男が止めようとしただけだとしか思っていない様子だった。


「あ、ああ…何だその…悪かったな坊主?」

「ま、まあ、俺たちもちょっと酒に酔ってたかもしれないしな」

「俺もちょっーーーとだけ飲みすぎたかもしれないな」

 テメエらが飲んでた量はちょっとっていうレベルじゃないだろうが、と思わず怒鳴りそうになったが、私は何とかその言葉を口に出さないようした。


 男たちの方も、見ず知らずの男に話の腰を折られたためなのか、先程までの勢いが嘘の様におとなしくなっていた。


「それでは、楽しいお酒の時間を邪魔してしまったお詫びにこちらをお渡し致しますので…どうか穏便に…」

 目の前の男は酒に酔った男たちだけにしか聞こえない様な小さい声で、数枚の銀貨を渡していた。

 少なくともそれだけの銀貨があれば、もう一度飲み直してもおつりが返って来る程の金額だった。


 男たちはその銀貨を受け取ると、足早に冒険者ギルドに併設されている酒場の方へと向かっていった。


 男たちが去った後には、私とその男だけが残っていた。

 この男からは逃げた方が良いと思った私は、フードを被ったまま脇目も振らずにその場から立ち去ろうと…。


「そういえば、アナタは勇者様に何か用事がある様で?」

 すると、男は思い出したかの様なわざとらしい言い方で私が探していた情報のことを口にした。


「それが、アンタに何の関係があるの?」

 私は精一杯の強がりを見せながら、その男の真意を探ろうとした。


「いえ、別にアナタが気にしないのならば良いのですが、勇者様がこことは別の近くの酒場に度々現れるという話を聞いたことがあるもので…」

「その話は本当!?」

 私は先程まで抱いていた男への警戒心を忘れ、事の真偽を問い質そうと身を乗り出した。

 


 するとそこへ、

「あの…すみません。出来ればこれ以上冒険者ギルドで騒ぎを起こすのはお辞め頂きたいのですが…」

 つい先程まで、私と話をしていた女性職員が申し訳なさそうな顔をしながら私に訴えかけてきた。


「あっ…!えっと…その…ゴメンナサイ…」

 これには、私も唯々謝る事しか出来なかった…。



 その後、女性職員にひたすら謝った私は冒険者ギルドを出て、その男の案内の下、勇者様が来るという酒場へと入り、席へと着いた。


「それで、今まで聞いてなかったけどアンタの名前は?」

「人に名前を聞く場合は、先に自分で名乗るものだと思いますよ?」

「うっ…」

 その正論に私は思わず口を噤んでしまった。


「私の名前はファム=ウッド。それでアンタの名前は?」

「私の名前はフラウドと申します、エルフの冒険者さん…?」

「…!?」

 フラウドと名乗った青年に私は背筋が寒くなる様な感じがした。


「どうしました?ああ、あなたの種族を言い当てた理由でしたら非常に簡単ですよ?まずは、馬鹿正直に名前を告げましたが、『ウッド』という名はエルフ族が特に好んで使う名前の1つですから。また、フードで顔を隠していますが、顔の横にあるはずの耳の辺りの生地がやや盛り上がっているので、聴力の優れるエルフ耳を隠しているのでしょう。それに、あなたの話す言葉は北部に住む種族が使う訛りが若干混じっているのもエルフであることに気付いた理由の1つですね。他にもエルフだと気付いた理由を聞きたいですか?」

 私がその男を怖く感じた理由は、私の種族を言い当てたこと無かった。


 先程までの彼は、どこにでもいるような無害なウサギの様な朗らかな雰囲気だった。

 だが、今の彼は先程までの雰囲気は完全に無くなり、目はまるで肉食獣の様に鋭く開かれ、口元は意地の悪そうな笑みを浮かべていた。

 その様子はまるで、冷酷に獲物を仕留めるために動く狩人の様だった。


「アンタは何者……何が目的なの!?」

「目的…ですか?そうですね……ただ、1つだけ申し上げることがあるとすれば、冒険者ギルドで騒ぎを起こすつもりでしたら、二度と冒険者ギルドには入れないと理解するべきかと思いますね。短慮な行動はおススメ出来ませんよ?」

 話をはぐらかされた様に感じた私は、恐怖を感じながらもフード越しに尚も彼を睨み続ける。

 私は目の前の男が私に声を掛けたのは、何か目的があったのではないかと思った。


 例えば、私のことを馬鹿にしていたあの男たちに対してこの男は何か用があったのではないかと思った。

 すると、彼は何かを察した様な表情をした後に再び口を開いた。


「そうですね、あまり口外して欲しくないのであまり詳しくは言えないのですが……実は、アナタが絡もうとしていた彼らは、裏で領主と繋がっていまして今までも強盗や殺人、誘拐といった悪事を働いているのに未だに捕まっておらず、私は彼らの悪事を人族の国王に直訴するために証拠を固めている最中なのですよ。なので、確実な証拠が集まるまで彼らを泳がせているんです…」

 彼は声を潜めながら、私に教えてきた。


 彼の話を聞いた私は瞬時に先程まで笑っていた男たちの顔が浮かんで来た。

 あの人族たちが、そんな悪事を今までしてきたことへの怒りとそれらを見逃しているこの都市の領主への怒りがふつふつ湧いてきた。




「まあ、今言ったことは全て真っ赤な嘘だがな?」




「えっ…!?」

 いきなり口調の変わった彼の言葉を聞いた私は、頭の中が一瞬真っ白になった…。


「どういうこと!?さっきの話は本当に全部嘘なの!?」

 私はテーブルから身を乗り出し、頭に被っていたフードが取れて顔が露わになったことにも構わずに、彼を問い詰めた。


「うるさい、騒ぐな。蝉だってもっと静かに鳴くものだぞ?冒険者が人の話の真偽を確かめようともせずに簡単に信じた挙句、自分勝手な正義感に振り回されて無関係な者に怒りを抱くな。それに、ここは酒場だが声がデカいにも限度があるだろうが」

 先程までの男たちに対する私の怒りは何だったのか、彼はまるで地面に這いつくばる虫でも見るかのような迷惑そうな目を私に向けてきた。

 私は周りを見回すと、彼以外にも私に対して数人が迷惑そうな目を向けていることに気付いた。



「すみませんでした…」

 本日2度目の謝罪は、私の心に大きな傷を負わせるには十分な程だった…。



「俺がお前に声を掛けた目的は非常にシンプルだ。それは、お前があまりにも馬鹿正直過ぎて、からかうと面白そうだと思ったからだ」

 先程までの冷酷な狩人といった雰囲気は無くなり、今度はまるで出来の悪い弟子を心の底から憐れむ師匠の様な雰囲気になっていた。


「余計なお世話!仮にお節介にしてもやり過ぎだし、どんな偽善者よ!」

「偽善で結構。他人の為に善い事をして、何の問題があるんだ?」

 悪びれた様子もなく、平然としたままの彼を見た私の心には再び怒りが湧いてくる感じがした。


 確かに冒険者の中には、新人冒険者やランクの低い冒険者を詐欺同然で騙しつつも、必要最低限生活出来る金銭を残す程度までならば毟りとったとしても、授業料だったと言い訳が出来る。

 もちろん殺人や強盗、違法奴隷の様な悪質なものともなれば厳罰が下されるのだが、常習的に人を騙している冒険者ともなると上手く尻尾を出さないように立ち回っている。

 フラウドと名乗った男は、容姿からして人族の20代位の若者に見えるが、もしかしたら幼い頃から日常的に人を騙していたのか、あるいは魔族の詐欺師が冒険者の姿に偽装しているのではないかという疑念を私は抱いた。


「私だってアンタに声なんか掛けられなくても、他にも勇者様を探す伝手位あったわよ!」

 自分でもそんな方法などはありはしないことは分かっていたが、思わずといった風に彼に対して私は言い返した。


「それは嘘だな。オマエは間違いなく手詰まりの様子で、心の余裕は全くない様子だったろう?それは、あの男たちに絡もうとしたことからも明らかだ。そんなオマエに勇者が来る場所を知っているという奴が目の前に現れれば、オマエは間違いなく付いて行くだろう?そんな馬鹿なエルフの末路は、悪人に騙されて死ぬだけだ、この馬鹿め」

「アンタ、いくら何でも言いすぎでしょ!?というか、あの男たちは結局何だったの!?」

 結局、私の強がりもこの男の前では全て見透かされており、更なる追い打ちを受ける結果となってしまった。


「ガラの悪いただの酔っ払いに決まっているだろうが?観察力もないのか…馬鹿(エルフ)め」

「何ですってーーー!?この大嘘吐き詐欺師ーーー!!」

「やめろ…褒めても何も出ないぞ?」

「何で照れてんのよーーー!?」

 再び酒場の中に私の絶叫が響き渡る。


 その後、続けざまに3度目の謝罪をすることになったが、アイツはひたすら面白そうに私のことを見ていたことを私は絶対に忘れない…絶対に!!


# # # # # # # # # #


 結局、私と彼は酒場を出ることになった。


 …別に私が酒場で騒いだことが原因で追い出された訳ではない。

 多分偽名なのだろうけども、"フラウド"と名乗った彼が勇者の居る場所を教える前に幾つか寄りたい場所があるからと店を出たからである。

 


「それで何処に寄るつもりなの?」

「何だ、やっと口を開いたと思ったら、そんなことを聞いてどうするつもりだ?」

 人混みが多い大通りを歩く中で、私はふと疑問に思ったことをフラウドに尋ねた。


「別に深い意味はないけど、予めどんな場所に行くか位は教えてくれても良いんじゃないの?」

「ふむ…別に教えても問題ないが、具体的には北門以外の3か所ある門の出入口辺りを見て回るつもりだが?」

「何でそんなところに行くのよ?」

 私は疑問に思ったことを口にした。

 

 私は山と荒野を超えてこの都市の北側にある門から入ったが、他の門も北と大きな違いはないはずだと思ったからだ。

 それと同時に、何故そんな場所を回ろうとしているのかという思いもあった。


「それは…まあ、秘密だな」

「どういうこと!?」

「そうだな……実は、俺はお前が探していた勇者様の仲間で魔物からこの都市を守るために動いている…なんて言って信じるか?」

「えっ…!?」

 フラウドはまたしても、周囲に聞こえない様に声を潜めながら真剣な声色で話し掛けて来た。


 もし、彼の言うことが真実ならば、彼が勇者のいる場所を知っているのも納得であり、自分がこれ以上踏み込んで騒ぎ立ててしまっては住民に余計な不安を与えてしまうということだろうか。

 だとすれば、彼は敢えて嘘くさい人物を演じて周囲を混乱させない様にする役割を担っているのではないだろうかと私は思った。



「……なんてな、勿論冗談だが?」

 私が一瞬でも抱いた尊敬を返せと思うと同時に、詐欺師(フラウド)に対して若干の殺意を抱いた瞬間だった…。


# # # # # # # # # #


 結局、私は渋々ながらもフラウドの後をついていくことにした。

 理由は勿論、勇者様についての情報を得るためだ。


 少なくとも、彼が勇者様に関して何か知っていることを私は本能的に理解した。

 彼が私を本気で騙そうとしていたならば、あんなにもあっさりと私に嘘だと自分から言わないだろうし、幾ら冒険者ギルドであろうとも彼のことをマーク位はしているだろうと思ったからだ。

 それに、あの酒場で一瞬とはいえ見せた、獲物を狩る時などに向けるような殺気からも、彼が高位の実力者であることは明らかだった。

 そんな彼ならば、勇者様の情報を得ることも出来る位のランクは有していてもおかしくはないだろうと私は考えた。


 道すがらフラウドに何度もからかわれながらも東、南、西側の門を順番に見て回ることになった。

 彼はそれぞれの門の近くに来ると、じっと門外の方に視線を向けるとすぐに次の場所へ移るという不審な行動を繰り返していた。

 一体何をしているのかと尋ねたが、決まって質問の答えの代わりに私を馬鹿にする言葉が返ってきたので、私は彼の行動に対しての答えを知ることは出来なかった。


 そして、再び都市の中央にある冒険者ギルドに戻って来た頃には、既に日が傾いており、もう少しすれば夜が訪れる、夕焼け色に空が染まる時間になっていた。


「とりあえず、大丈夫そうだったな」

「はぁ…一体何のことよ…?」

 フラウドは何やら安心したような顔でそう呟いていたので、私は若干疲れた声で聞き返した。

 

「そりゃあもちろん……おっと、何でもない」

「明らかに何か隠しているでしょアンタ!いいかげん、何をしていたのか位、話しなさいよ!」

「えっ、何言ってんだこの残念エルフは?冒険者がそう簡単にぺらぺらと情報を話すわけないだろうが、それすらも知らないのか…馬鹿め」

「何で流れる様に罵倒されなきゃいけないのよ!?」

「そりゃ勿論、お前の頭が残念だか……いや駄目だ、これ以上言ったら可哀そうだな…」

「ほぼ言ってるでしょうがぁぁ!?だ・れ・が・残念エルフよ!?」

 今度こそ、この男に一撃を入れようと思った私は拳を強く握り、今まさに飛び掛かろうとした時、冒険者ギルドの方から叫び声が聞こえて来た。



「ぼ、冒険者の皆様ーーーー!!魔物が…魔物の軍勢が、この都市に向けて迫って来ています!都市を守るために手の空いている冒険者の方は、魔物の討伐にご協力をお願いします!!東西南北の四方のいずれかの防衛にお願いします!!」

 冒険者ギルドの職員が、声を都市全体に拡散させる魔道具を使いながら叫んでいた。


 ギルド職員のその言葉を聞いた冒険者たちの多くは、すぐさま自分たちがいる場所から一番近い場所の防衛へと向かっていった。

 四方から魔物が来ているということは、何処にも逃げ場がないため否が応でも戦わなければならないからだ。

 冒険者たちが各々近くの門へと向かうと同時に、住民たちはというと、家の中に子供を避難させる者、自らも冒険者たちと共に魔物と戦おうとする者、前線に出て戦う冒険者たちのために武器や食料などを持っていく者までいた。



「不味いな思ったよりも早くに来たのか……仕方ない…たまには俺も前に出るか。ちっ、俺にしては珍しく準備不足だったか…」

 騒然とする都市の中で、フラウドが独り言の様に呟いたその言葉を私は聞き逃さなかった。

 

「ちょっと、やっぱり何か知ってるのね…「おい、エルフの小娘。とりあえずこれを肌身離さずに持っておけ」…って何よこれ?」

 フラウドが私に投げる様に渡して来たのは、ガラスの様に透き通り、片手で持てる程の大きさしかない水晶玉の様な物体だった。


「絶対に落としたり、無くしたりするなよ?一応、それは高価な通信用の魔道具なんだからな?」

 魔道具と言えば、先程ギルドの職員が使っていた様な一般的に使われているものから、王族などが祭典の時にしか使わないようなものまで多種多様に有り、便利で珍しい素材が使われているもの程、効果が高く、値段も高いものが多かった。

 少なくとも、会って間もない他人に渡すようなものではないことは確かである。


「ちょっとアンタは何処に行くつもり!?」

「それはまあ……ちょっとだけ勇者様の真似事…かな?」

「はぁ!?それってどういう…ちょっと!?」

 フラウドはそう言うと、すぐさま北門に向けて走って行ってしまった。


# # # # # # # # # #


『彼女を置いてきても大丈夫なのかい?』

 エルフの小娘を冒険者ギルド傍に置いて北へと向かう途中、若い青年の声が聞こえてきた。


「何の用だ、正義馬鹿?」

 声の人物に心当たりがある俺は、走る速度を落とすことなく短く返事をする。


『いい加減変な愛称を付ける癖は直した方が良いと僕は思うんだけれどね…。そんなだから、君はいつも他の人に誤解されるんじゃないかな?』

「俺が何時、変な誤解を受ける様な事を言ったんだ、勇者様(・・・)?」

『それを言うなら君だって…いや、この話はやめておこうか、いつも議論が平行線になってしまうからね。それにしても、君が初対面で"馬鹿"を名称に付ける様な相手に会うとはね』

「何が言いたいんだ…?」

『いや、そんなに君のかつての弟子だった彼女に雰囲気が似ているのかな、ってね?』

「はっ、あの馬鹿エルフがアイツに似ている訳無いだろうが、舐めてんのか!?」

 見当外れの推測を聞いた俺はすぐさまその言葉を否定する。


 俺があの馬鹿エルフを見つけたのは偶然だし、何よりも容姿なんて天と地の差程に違うだろうが!


『君は相変わらず口が悪いね。そんなだから、あのエルフの少年君も怒るんだよ?』

「少年、か……そんなことよりも、早めに魔物を倒さなきゃならないから"お前ら"も準備をしておけよ?」

 俺は思わずその言葉に笑いそうになったが、それを顔には出さずに他の奴らにも声を掛ける。


『勿論だとも!』

『了解…』

『……』

 1人返事が返ってこなかったが、いつものことなので俺はそのまま言葉を続ける。


「真正面から戦うのは俺の主義に反するんだが……今回は俺の見通しが甘かったのが原因だしな。仕方ない、久しぶりに正々堂々と戦ってみるかね。まあ、俺にとっての正々堂々は誰がどう見ても、王道よりも邪道だろうがな…まあ、その方が俺らしい戦い方だしな」

 北門に到着した俺は、その言葉を切っ掛けにすぐさま東と南、西に予め仕掛けておいた魔法を発動させた。


# # # # # # # # # #


 フラウドに取り残される形になった私だったが、そのまま立ち止まっている訳にはいかず、ひとまずはフラウドが向かった北側の門の応援に向かうことにした。

 幸いなことに、北側の門の近くでは多くの武器の貸し出しが行われていたので、私はすぐさま遠距離からの狙撃に適した弓矢を持って、外側の様子を見ることの出来る物見台の辺りに移動することにした。



 そこで、私は衝撃的な光景を目にした。



 それは、北側の荒野の地平線が埋まりそうな数の魔物の群れだった。

 夜が近付き、辺りは暗くなり始めていたが、群れの前方には人型の魔物と獣型の魔物が多く確認でき、後ろに行くに連れて武装をした魔物や巨大な魔物、獣の背に乗る魔物たちも多くいた。

 空を飛ぶ魔物はいなかったものの、その数は到底都市にいる冒険者の数では太刀打ちの出来ない数だった。

 もし、この魔物の群れに立ち向かおうものなら、すぐさま肉塊すら残らず荒野に散ることになる未来を予想出来る程だった。

 北側だけでもこれほどの数の魔物がいるということは、他の場所も同様の数の魔物がいることは容易に想像することが出来た。


 他の冒険者たちもこの光景を目にしたのか、皆一様に絶望的な表情をしていた。

 迫る魔物の群れを前に、私や冒険者たち、それに住民たちも誰も動けずにいた……ただ一人を除いて。


「……!?おいっ、誰か既に荒野に出てる奴がいるぞ!?」

「本当だ!?おいっ、あんな格好の冒険者この町にいたか!?」

 そんな声が門の辺りから聞こえた私は、魔物の群れが見える地平線から門の手前に視線を移した。


 そこには、人族の大人程の長さのある杖を右手に持った、一人の女性が立っていた。

 私はエルフとしての、狩人としての視力を最大限に生かし、彼女に目を向けた。

 すると、その女性は何かに気付いた様に私たちがいる門の方を向いて僅かに微笑みを返した。


 彼女は艶のある紫色の髪に、髪と同じ色をした紫色のロープを身に纏い、頭にはつばが広くて先の尖った帽子を被っていた。

 顔は非常に整っており、エルフも顔負けな美貌で、目の色は青く、右目の目尻の下には綺麗な泣きぼくろがあった。

 胸はゆったりとしたロープを押し上げる程の存在感があり、ロープから覗く肌は白く透き通っている様だった。

 また、それ以外の箇所も理想的なプロポーションであり、緊迫した空気にも関わらず男女を問わずに見惚れてしまう妖艶さと魅力を兼ね備えていた。

 そんな彼女が、1人魔物たちの群れの前に立っている光景はまるで現実味が無く、誰もが彼女に逃げる様に声を掛ける事を忘れてしまっていた。


 そんな中、私の意識は一つの声によって戻された。

『…おいっ、いつまでアイツに見惚れているんだ。いい加減に反応しろ、馬鹿エルフめ!』

「何だろう…この綺麗な川の流れを見た後に、ドブ川の流れを見なきゃいけない残念な気持ちは…」

『そういうのは、思うだけで普通は口には出さないものだろうが、この駄エルフが。それより、やっと通信に気付いたようだな』

 フラウドの声は、先程彼に渡された通信用の魔道具から聞こえて来たものだった。


「ねえ、その言い方だとあそこに立っている女性のことを何か知ってるの?」

 ふと、フラウドの言った言葉に引っ掛かりを感じた私は彼に尋ねてみた。



『そりゃまあ…知ってるな。何せアイツは、お前が探していた勇者様だしな』



 当たり前のことの様にフラウドが言った言葉は、私には衝撃的な内容だった。


「えっ…それって、どういうこと!?本当にあの女性が今まで私が探していた、正体がはっきりしなかった勇者様なの!?」

『あ~……まあ、半分は正解だな。一応、アイツ"も"勇者で間違いは無いだろうしな?』

 そう言ってフラウドは、曖昧な言葉で詳しいことは濁していた。


『そんなことよりもよく見ていた方が良いんじゃないか?アイツに遠距離戦と魔法勝負で勝てる奴なんてこの世にはいない位だしな』

 その言葉を受けて、私は再び荒野に立つ彼女に視線を戻した……。


# # # # # # # # # #


「今日も…沢山…魔物が…いるわね…」

 荒野に佇む魔法使いの格好をした彼女は、やや気怠げに呟いた。

 彼女の声もまた、聴いた者は男女を問わずにその場で魅了してしまう程に妖艶であったが、幸いなことに彼女の声を耳にしたはこの場には誰もいなかった。


「はあ…はやく…終わらせて…魔法の研究の続きをしたいわね…」

 彼女にとって目の前の魔物の群れは、自らが興味を抱く趣味(けんきゅう)以下の存在だった。


 そんな彼女は、徐々に都市に魔物が近付いてくる様子にも動揺せずに、手に持った大きな杖で虚空に文字の様なものを書き始めた。

 その作業は時間にして数秒程しか掛からずに終え、今度は杖を地面に軽く突き立てる。


「これで…終わり…」

 彼女がそう呟くと、膨大な量の魔力が彼女から湧き出し始め、周囲には目に見える程の魔力が溢れかえった。

 次の瞬間、前方にいる魔物たちの目の前に数えきれない程の火の玉と炎の、魔物の群れを分断するかのような高さの業火を纏う壁が現れた…。


# # # # # # # # # #


「…………」

 私は目の前で起きた出来事を受け入れることが出来なかった。

 

 荒野に佇んでいた女性が手に持った大きな杖を複雑に動かした直後、目に見える程の量の魔力が溢れた。

 さらに、次の瞬間には魔物たちの群れの中に巨大な炎の壁が現れ、前方にいた魔物を悉く蹂躙し、群れの中で最も数の多かったはずの人型の魔物と獣型の魔物のほとんどは業火に焼かれ、次々と魔石になっていった。


 魔法とは、通常は魔力を糧に詠唱をし、使用した魔力に応じて生物の身では起こすことの出来ない奇跡を実現する術である。

 それなのに、彼女は詠唱をする素振りすらなく、それでいて常人では行使することすら不可能な数の魔法を一度に使用し、恐らくは数百人の魔法使いが集まっても足りないであろう量の魔力を溢れさせていた。


 これが過去に勇者と呼ばれた人たちに並ぶ力なのかと、私は驚きを隠せなかった。


『そういえば、アイツのことを紹介して無かったな。アイツの名前は"リム"と言って、魔族の中でも特に容姿と魔力の扱いに優れた、とある種族に生まれた勇者だ。まあ、ちょっと変わり者なんだが、リムが言うには「魔法は詠唱なんて無くても誰でも使える」技術らしいぞ?まあ、俺みたいな常人には到底理解出来ない芸当であるのには間違いないがな?』

 さも当たり前の様にフラウドが彼女のことを紹介したが、その紹介すらも私には更なる驚きを与えるものだった。


『まあ、多分この後の方がもっと驚くだろうしな……』

 フラウドが不吉な言葉を残した直後、私は彼の言葉が正しかったことを実感することになった……。


# # # # # # # # # #


「ふう、じゃあ…後の魔物の片付けは…お願いね…?」

 群れの前方にいた魔物が概ね焼かれ、さらにその後ろにいた魔物たちに動揺が広がる様子を確認したリムは、まるで誰かに語り掛けるかの様に話す。

 

 すると次の瞬間、再び彼女を中心として周囲には眩い光が広がった。

 その光は、先程までリムが魔法を行使する際に溢れ出ていた魔力とは異なり、彼女が着ているロープさえも包む様な強い光であり、彼女の姿を見ていた者は皆、あまりの眩しさにその光を直視出来ない程のものだった。


 そんな光が彼女を覆ってから数秒すると、光は自然と収まった。


 すると、今度はそこに一人の褐色肌で背の低い少年が佇んでいた。

 

 少年はところどころ跳ねている茶色い短髪を掻きながら、幼さの残る黄色い瞳で魔物の群れを見ていた。

 彼の瞳は氷の様に鋭く研ぎ澄まされており、幼いながらも整った容姿と相まって冷酷に敵を見据えている様だった。


 彼はドワーフが好んで愛用する意匠を凝らした戦鎚を背負い、褐色の肌を包む服や靴、装飾品などはどことなく高貴な雰囲気が漂っていた。

 背が低く成人すれば多くの者が筋肉隆々の姿となるドワーフ族だが、子供の頃は肌が褐色の小人の様な者が多く、少年の容姿はドワーフの少年の特徴と合致していた。

 もし、彼の姿を一言で言い表すのならば、ドワーフの王族であると感じる様な覇気を纏っていた。

 

「…………」

 彼は魔物の群れの方に目を向けたまま一言も喋ることなく片膝をつき、右の手のひらを地面に軽くつけるように置いた。

 すると、先程までリムが簡単に魔法の行使をしていた時とは別の、何か見えない異様な力が溢れる様な雰囲気が門の傍にいた冒険者たちにまで届く。


 彼が地面に手を置いてから、すぐさま変化が現れた。

 それは、まるで最初から地中に埋まっていたかの様に異様な姿をした巨人だった。


 その巨人は大人の冒険者でも首を真上に向けなければ見れない程の高さをしており、体は鋼鉄の鎧を身に着けた騎士の様だった。

 両手にはどんなに強力な攻撃も防げそうな盾と切るのではなく叩き潰すことに特化した剣を持ち、顔に当たる部分はフルフェイスの兜を被った様な造形をしていた。

 その上、異形の巨人は1体だけではなく、次々と地面から同じ姿をした巨人が現れ、瞬く間に少年の目の前には数百を超える土の巨人が隊列を組むように魔物の群れに向き合っていた。


 次の瞬間、褐色肌の少年は背中に背負っていた戦鎚を魔物の群れに向けて振り下ろす。

 それだけで地面から生まれた巨人の群れは、隊列を崩すことなく一斉に魔物の群れに向けて走り出した。

 数では未だ劣るものの、巨大な魔物に勝るとも劣らない質量を誇る巨人たちは次々と魔物を薙ぎ払い、踏み潰して進み続ける。

 その姿はまるで、恐れを知らない精強な軍隊とそれらの采配を振るう小さな軍師の様だった…。


# # # # # # # # # #


「…………」

 私は再び開いた口が塞がらない状態で立ち尽くしていた。

 つい先程まで、美しい女性が数えきれない程の魔法を行使していたと思えば、いきなりその女性が少年に変わっていた。

 その上、その少年が地面に手を置いたと思った次の瞬間には、数百にも及ぶ巨人が生まれていたのだから、最早驚きを通り越して訳が分からなかった。


『あー…まあ、アイツに関してはあんまり深く話すつもりはないぞ…下手なことを言うと俺も後が怖いからな?とりあえず、アイツの名前は"フェース"と言って、ドワーフ族の勇者だ。それで、あの巨人についてだが、あれはフェースが土の精霊に頼んで作り上げた土の巨兵だ。一応、アイツはどんな精霊とも心を通わせることの出来るらしくて、精霊がアイツに力を貸してくれるから大抵のことは出来るらしいぞ?特に集団での戦闘や戦闘指揮でアイツに勝る奴はいないと思うぞ?』

「精霊…!?精霊って言ったの!?エルフでも精霊を視れる者はほんの僅かだって言われているのに!?しかも、精霊に力を貸して貰える人がこの世にいるの!?」

 精霊と言えば、多くの種族とってはその姿を見ることが出来ず、その上、妖精と心を通わせる者などは御伽噺にしか聞いたことがないような存在であった。


『まあ、目の前にいるから実際いるのは間違いないだろうな、鈍感(残念)エルフ』

「いい加減、呼吸をする様に私を罵倒する言葉を吐くのは止めてくれない!?」

 私がフラウドとそんなやりとりをしている間も、土の巨人たちは隊列を崩すことなく丁寧で確実に魔物を倒していく。

 

 そして、瞬く間に土の巨人たちよりも大きな魔物以外は全て倒し、辺り一面には輝く魔石が夜空の星の様に転がっていた。


『残っている魔物はただデカいだけの獣や巨人だけになった様だな。そろそろ、あの正義馬鹿が出て来るか』

「正義馬鹿って…もしかして、その人も勇者様なの!?というか、アンタ!自分の仲間にまで、そんな悪口を言っているの!?それと、さっきの光の正体は結局何なの!?」

 この男は私にだけでなく、自分の仲間にまであんな暴言を言っているのかと思うと、私も口を出さずにはいられなかった。


『とりあえず落ち着け、せっかちめ。先に言っておくが、さっきの光のことについてはノーコメントだ。それと、正義馬鹿と言ったことについてだが、そうとしか言いようがない程のお人好しなんだよ。たくっ…少し前には、村の住民を助けるためだとか言って、銅貨1枚にもならない様な面倒な依頼を受けたし、この前は飢えて死にそうな鬼人族と熊人族たちを助けるために俺たちの分の食料まで渡して危うく俺たちの方が餓死しそうになったこともある位、お人好しな奴なんだよ。それと言い忘れていたが、ソイツの名前は"フリード"と言って、1対1の勝負や大型の魔物との近接戦闘では間違いなく最強の勇者だな』


 フラウドが話した言葉に違和感を感じた私はさらに質問をしようとしたのだが、その直後、再び眩しい光が辺りを包んだ。


 すると今度はそこに、1人の白銀の鎧を着た背の高い青年が立っていた。


『ああ、それと……信じられないとは思うが……』

 フラウドは、そう前置きの言葉を言うと。





『アイツの斬撃は飛ぶらしいぞ?』

 またも衝撃的な言葉するのだった。

 

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 褐色肌の少年がいなくなったかと思えば、今度はそこに1人の白銀の鎧を着た背の高い青年が立っていた。


 フリードと呼ばれた青年は、輝くような金髪に燃える様な赤い瞳の整った顔に柔和な笑顔を浮かべていた。

 首元には長く青いマフラーをしており、彼が纏う鎧は、装着者の動きを決して阻害しない様に綿密に設計された、軽く、固く、美しい、白銀に輝く代物だった。

 

 彼の手には、武器の類は一切無かった。 


「久々の大物の魔物との戦闘だね!やっぱり勇者たるもの、正々堂々真正面から魔物を倒すことが一番だよね!」

 フリードは、透き通る様なさわやかな声でそう言った。


 そして、彼は先程のリムと呼ばれた女性と同じ様に門の方に向けて微笑むと、次の瞬間、数百の大型の魔物が残る群れに目掛けて一気に走り出した。

 その動きは、先程まで都市に向けて向かって来ていた魔物の群れよりも数段早く、残っていた魔物たちもすぐには勇者の接近に気付けない程のものだった。



 通常、人間の成人男性程の大きさの魔物を冒険者が討伐しようとする場合、安全に倒すためにはその数倍の人数が必要であり、リスクを恐れずに立ち向かうのならば、ある程度の技量のある冒険者ならば1人でも倒すことが出来る。

 また、獣の魔物の場合は、上位腫がいなくても実力のある個体が群れを率いている場合が多く、発見次第複数の冒険者が協力して挑まなければ、全滅の恐れさえある魔物である。



 そして、魔物が人よりも巨大な大型の魔物であれば話は大きく変わる。

 大型の魔物は単独で行動し、自らの縄張りから積極的に出ようとしないため、あまり深くまで探索しない新人の冒険者には知られていないが、偶に自らの腕を過信した冒険者パーティなどが彼らの縄張りに入ってしまうと、縄張りを荒された大型の魔物の多くは非常に好戦的な性格になり、周囲に存在する生物を無差別に殺して回る生物に変貌するとまで言われている。


 過去には大型の魔物が暴れ回った結果、いくつかの村が焼かれ、多くの住民と冒険者の命が失われた事例もあり、熟練の冒険者が大型の魔物を発見した場合、冒険者ギルドはすぐさま精鋭の冒険者などを投入して討伐に向かうか、解決の兆しが現れるまで決して縄張りに近付かずに刺激しない様にすると言われている程である。



 先程まで自分たちに向けられていた炎の壁や土の巨人がいなくなったことで、大型の魔物たちは落ち着きを取り戻し始めていた。

 そこで初めて、今度は自分たちよりも早く動く小さな敵の存在に気付く。

 彼ら魔物にとっては、自分よりも遥かに脆弱であるはずの存在に命を脅かされる事態は我慢出来るものではなかった。

 そのため、1体の魔物が自らに近付く獲物に目掛けて、その大きな手を無造作に振り下ろす。

 

 本来ならば、ただそれだけで地面には無残な赤い花びらが広がるだけのはずだった…。 


 だが、その未来が訪れることは無かった。


「顕現せよ…………!」

 魔物の攻撃を紙一重で躱したフリードは、荒野に吹く風の音に紛れて何かを呟いた。


 そして、次の瞬間には彼に攻撃をしようとした魔物の首は綺麗に切断され、地面に落ちていた。

 

 その異変に、魔物たちだけでなく、門の方から戦いの様子を見守っていた冒険者たちも気付いた。

 先程までは何も持っていなかったはずの彼の右手に、光の様に輝き続ける1本の白銀の剣が握られていた。

 その剣に余計な装飾は一切なく、ただひたすらに切るためだけに特化した様な作りでありながら、芸術品の様な美しさを持つ不思議な魅力を持っていた。

 不思議なことに、魔物を斬ったはずの刀身には魔物の血や脂といったものは一切付着しておらず、刃こぼれすることなく次々と大型の魔物を切り裂いていく。

 また、本来ならば魔物の返り血を浴びていてもおかしくないはずの彼の防具には何故か汚れ1つ付いていなかった。

 

 勿論、魔物たちもおめおめと何もせずにフリードにやられていた訳ではなく、ある魔物は自慢の牙で引き千切ろうとし、また他の魔物は咆哮で怯んだ隙に爪で切り裂こうとし、またある魔物は仲間の魔物諸共勇者を殺そうとした。

 だが、魔物たちのどの攻撃もフリードは最小限の動きで躱し、受け流し、一切の無駄が無い動きで次々と魔物を倒していく。

 そして、荒野に残る魔物の数が残り数体になるのには、それほど時間は掛からなかった。

 その光景を見ていた多くの冒険者は、種族を問わず口々に「ありえない…」と呟いていた。

 

 つい先程まで、誰もが絶望を前にして足を止める様な数の魔物の群れと、それらの後ろには1体だけでも危険な大型の魔物が数百体もいた。


 それが、荒野に突如現れた1人の女性によって、数百、あるいは千にも達するであろう魔法によって群れは攪乱された。

 次いで光と共に現れた少年は、地面から土の巨人による軍隊を呼び出し、小型の魔物達を次々と蹂躙していった。

 そして、残った大型の魔物たちを騎士の様な格好をした青年が、まるで宙を舞う様な動きで軽々と魔物を狩っていく。

 それは、どれをとっても常人には理解できない領域の出来事であった。

 もし、今の窮地を救うために戦っている勇気ある者たちの姿を見れば、誰しもがこう言うだろう。

 「伝説にある様な力を持った勇者様が、私たちを守るために戦ってくれた」と…。



「さてと、最後は大技で一気に決めようかな?」

 門の方から様子を見守っている者たちが、フリードたちのことを心の中で勇者であると称えている頃、当事者の1人であるフリードは暢気にそんなことを呟いていた。 

 手にした剣にも、彼が身に纏う防具にも、魔物の血や脂は一切付いておらず、息一つ乱れた様子も無かった。

 残すは、小さな山程の大きさはありそうな竜の様な魔物と3体の巨人の様な魔物たちのみとなった状況を前にして、フリードは一気に決着へと持ち込もうと考えた。


 そのためフリードは、4体の魔物を自らの技の射程内に誘き寄せるために、魔物たちから一旦距離を置くように北側の門のある方へと機敏な動きで後退した。

 その様子を見た魔物たちはと言うと、目の前の敵の行動には何か裏があるのではないかと疑いはしたものの、これまでに多くの同胞たちを倒されたことへの恨みと逃げ様としても何処にも逃げ場のない現状から、同時に襲い掛かることで勇者との戦いに決着をつけようと本能的に行動を開始した。


 そして魔物たちが、四方からフリードを取り囲むかのように向かって行く。

 前方には巨大な竜の様な魔物が大きな牙のある口を開き、左右と後方からは巨人の様な魔物たちが手にした棍棒でフリードを仕留めようとする。

 当のフリードはと言うと、先程まで手にしていた剣は消えており、左手を腰の辺りに据え、右手は左手の近くで何かを握る様な構えをしており、目を閉じたまま静かに呼吸を整えている。

 その様子はまるで、見えない武器か何かを構えている様でもあった。


 だが、魔物たちは一刻も早くフリードを始末するために、彼の様子に気付かずに近付いてくる。

 そして、魔物たちが彼の間合いに入った瞬間、彼の瞳は開かれた。


「抜刀準備、顕現せよ…妖刀、惡童(あくどう)!」

 フリードが声を上げると、彼の左手に漆黒の闇の様な靄が現れる。

 そして次の瞬間、彼の左手には細長く漆黒の鞘に仕舞われた武器が握られていた。


 その武器は、遠い東にある国で人族とドワーフの刀匠が共同で作り上げたと言われる"刀"と呼ばれる、反りがあり刀身の片側に刃がある刀剣に似た形状をしていた。

 

 そして、フリードは右手で刀の柄を握り、一気に鞘の中におさめられていた刀身を引き抜いた。

 凄まじい速さで鞘から抜かれた刀身は、不気味な雰囲気を纏いながらも烏羽の様に艶やかな黒をしており、ただの刀で無いことは明らかだった。

 そして、鞘から刀身が解放された勢いのままフリードは、独楽の様にその場を一周するかの様に刀身を振り回した。

 

 本来、東の国に伝わる抜刀術は鞘から抜き放つ勢いで敵に一撃を加えたり、相手の攻撃を受け流してニの太刀でとどめを刺すと言われる技術であり、決してフリードが行ったような奇妙な動作を行うものではない。

 何より、刀の刃が届く範囲内に魔物たちはまだ入っていなかった。

 様子を見守っていた誰もが、慌ててしまい早くに刀を抜き過ぎてしまった結果、憐れにも勇者は命を散らしてしまう未来が待ち構えていると考えた。



 だが、現実は全く違う結果となった。



 最初に気付いたのは魔物たちだった。


 フリードを殺そうと4体の魔物はそれぞれが連携し一気に畳みかけようとしていた。

 もうすぐで多くの同胞を殺した元凶に手が届きそうになった瞬間、その男の手に不気味な刀が現れた。

 魔物たちはその刀を見て、今度こそ本能的に悟ってしまった。

 自分たちは、あまりにも危険な存在に手を出そうとしており、不可能であったとしてもこの場から逃げ出さなければならなかったのだと。


 しかし、その判断は既に手遅れだった。


 鞘から刀身が凄まじい勢いで抜かれたかと思うと、その場で回転するかの様な流れで刀身を振り回す。

 魔物たちは焦りによる失敗かと思い、そのまま勢いを落とすことなく進み続けた。

 すると、すぐさま自らのが燃える様な熱さと凍える様な寒さという矛盾した感覚に襲われ、その原因を確かめるために、足元の方へと視線を向けようとする。

 だが、それを行おうとする前に、彼らの命は儚く散っていくのであった…。


# # # # # # # # # #


 物見台からフリードと呼ばれた勇者様の活躍を見ていた私は、何度か分からなくなる程の驚きに包まれていた。

 彼は最初、両手に何の武器も持たずに無手のまま大型の魔物の群れへと向かっていった。

 本来ならば、大型の魔物とは1体を倒そうとするだけでも、かなりの人数の冒険者の精鋭や凄腕の騎士たちが命懸けで戦って勝てるかどうかと言われる存在である。

 そんな魔物が数百いる群れに向けて突っ込むことは最早自殺に等しい行為である。

 

 そして案の定、1体の魔物が彼を殺そうと攻撃を仕掛けて来た。

 だが、彼は紙一重で攻撃を躱すと、何も持っていなかったはずの右手には遠くからでも分かる程の美しさの剣を持っており、そのままの勢いで攻撃を仕掛けた魔物をたった一振りで倒してみせた。

 それからは、目で追えなくなる程の速さで次々と魔物を切り倒して行き、僅かな時間で魔物は片手で数えられる程しか残っていなかった。

 

 残った魔物の中には小山程の大きさの竜の姿をした魔物もおり、魔物たちは最後のあがきなのか、勇者様を四方から囲むように襲い掛かる。

 そんな状況の中で勇者様は動じた様子もなく、ただ目を閉じて何かを構える様な仕草をしていた。

 魔物が間近まで迫ろうとした瞬間、今度は彼の左手に漆黒の様な鞘を付けた刀と呼ばれる東の国で好んで使用される武器が突然現れた。

 

 そして、勇者様が物凄い勢いで刀を抜刀したかと思うと、魔物たちが数秒の時間差を置いて、次々にバラバラになって行き、最後には大きな4つの魔石だけが残っていた。


 その光景を見て私は、先程フラウドが"斬撃が飛ぶ"と言った意味を理解した。

 斬撃が飛ぶ原理こそ分からないが、突如バラバラになった魔物たちはどれも先程まで勇者様が倒していた魔物たちと同じ様な綺麗な切り口だった。

 それはつまり、目の前でバラバラになった魔物たちは全て勇者様が抜いた刀による斬撃でやられたということを意味していた。


 そして、他に魔物がいなくなった荒野に立つ勇者様は、左手に持つ黒い鞘に刀を納めると、門の方を再び向いて何かを話すような仕草をした。

 残念なことに、勇者様のいる場所から私たちがいる門までは距離があり、その上荒野にはとめどなく風が吹いていたため、エルフの長い耳による聴力を持ってしても聞き取ることは出来なかった。


『……あの正義馬鹿が!?正気かよ!?』

 だが、通信用の魔道具越しから会話をしているフラウドには、何故か勇者様が何と言っていた分かったようで、妙に慌てた様子で声を荒げていた。


「ねえ、勇者様は何て言って…」

『通信はここまでだ、じゃあまたな!』

 私が勇者様が何を話していたのか聞こうとするのを遮って、一方的に通信を切ってしまった。


 フラウドからの通信が切れると同時に、勇者様のいる方向から眩しい光が発生した。

 その光に誰もが一瞬視界を奪われ、目を瞑る。

 皆が目を瞑っている間、誰もが光が収まった後にはまた別の人物がいるのだろうかと期待をしながら、ゆっくりと目を開いた。


 だが、彼らが次に目にした光景は、夜の空の下、誰もいない夥しい量の魔石が残る荒野が広がっているだけだった…。


# # # # # # # # # #

 

 それからすぐのこと、北門での戦いを終えた私たちは、他の門の応援に向かうことにした。

 勿論、私たち全員が実際には魔物の群れを前に戦意を喪失していたため、誰も怪我をすることも装備を消費することが無かったので、ほぼ万全の状態のまま移動することが出来た。


 それに、もしかしたら消えた勇者様たちは他の門に応援に向かうために、移動系の魔法を使っていたのかもしれないという声が何処からか上がり、それならば、自分たちも少しでも勇者様たちの助けになるために動かなければという思いが冒険者たちにはあった。

 あれだけの武勇を誇る存在は勇者様を置いて他にいない、誰もが声に出さないまでも心の中で思った。


 そして、北門にいた冒険者たちの何人かは大通りを使い、北門で起きた出来事を報告するために冒険者ギルドへと向かうことになった。

 すると、冒険者ギルドに向かった北側にいた冒険者たちは更に驚愕の事実を知ることになった。

 彼らが冒険者ギルドに着くと、そこには既に十数人の冒険者が慌てた様子で受付の職員に、北門以外の各門で起きた出来事を報告していたのである。

 

 先に冒険者ギルドに来ていた冒険者たちは口々におかしな事を話していた。

 

 東門の状況を報告した冒険者によれば、荒野の奥の方から溢れかえる程の小型の魔物が迫って来ていたのだが、魔物たちが門の近くまで来ると、前方にいた魔物たちが突然狂ったかのように味方の魔物たちを襲い始め、その混乱は徐々に後ろにまで伝染し、最終的には数匹の小型の魔物しか残らなかったらしい。


 西門の状況を報告した冒険者によれば、こちらも沢山の魔物の群れが来たのだが、門からかなり離れた場所で魔物たちを全て囲える程の魔法陣が現れたと思えば、全ての魔物たちが来た道を同じ速度で帰って行ったらしい。


 南門の状況を報告した冒険者によれば、こちらも他の門と同じく魔物の群れがいたのだが、魔物たちが門に近付くために荒野と門を分ける様に流れる川に入った途端、急に進路を変えて川の中を流れに沿って行進して行き、そのまま溺れ死ぬ魔物や延々と川の流れに沿って何処までも進んで行き、戻ってくることはなかったらしい。


 北側の門から来た冒険者たちは、皆一応に自分たちの見た出来事を正直に話すべきか迷ったものの、結局はありのまま起きたことを伝えることにした。

 結局、フロートの都市で起きた前代未聞の魔物の群れによる襲撃は、1人の死者も出すことなく、魔物たちの奇行による全滅と謎の3人による無双の様な活躍により、幕を閉じたのだった。


# # # # # # # # # #


 魔物による襲撃と言う事態が収束した中、1人のエルフがある人物を探して都市の中を彷徨っていた。


「もう…結局、フラウドのやつ何処に行っちゃったのよ…?勇者様もあの事件から、全く目撃情報がないみたいだし…」

 フラウドから貰った魔道具を懐に入れたまま、私は何度ついたか分からない深いため息をついた。


 周囲を歩く冒険者や住民は、私が落ち込む様子を気にすることなく、各々好き勝手に会話や食べ歩きを楽しんでいる。

 彼らにとって魔物の襲撃は、既に過ぎ去った出来事であり、自分たちの平和な日常を守る事が大切なのである。

 

 だが、そもそも私は勇者様を探してこの都市を訪れた。

 勇者様でなければ解決出来ないような事態が、私の住む村に間もなく起ころうとしている。

 私は、再び最初の頃の様な焦燥に駆られながら、必死に勇者様たちの行方を捜していた。

 このままでは、村の人たちに合わせる顔がないと思ったそんな時だった。


「まだこんな所にいたのか、馬鹿(エルフ)め」

 背後から聞き覚えのある男の声が聞こえて来た。


「ア、アンタ…今まで一体何処にいたのよ!?」

「仕事をする上で信用が大切な冒険者が、無闇やたらに情報を話す訳が無いだろうが。学習しないのか、馬鹿(エルフ)め」

「さっきから、明らかに私のことを馬鹿にした言い方をするのやめなさいよ!?」

「何だ、気付いていたのか?それより、準備は出来たのか?」

「な、何よ準備って…?」

 私が疑問を口にすると、彼はさも当たり前かの様な顔をしてその言葉を口にした。


「そんなこと決まっているだろうが?馬鹿(オマエ)の村(故郷)に、勇者たちの助けが必要なのだろう?」




 そして現在、私とフラウドの2人は私の村に向けて、広い荒野を急ぎ足で歩いていた。

 フラウドからの提案を受けた私は、すぐさま都市を出発し、村へと戻るために北へと向かうことにした。


 フラウドが何故私の村に危機が迫っていることを知っていたのか、その理由を明かすことはなかったが、私にとっては一刻も早く勇者様と共に村へと向かうことの方が大事であったため、深く尋ねることはしなかった。

 

「ところで…」

「ああ、何だ?トイレならもうしばらく我慢しろ。荒野を超えれば、適当な茂みで用を足せるだろうからな」

「違うわよ!?そうじゃなくて、勇者様は何処にいるの!?」

 勇者様が私の村に助けに来てくれるとこの(フラウド)は言ったが、肝心の勇者様の姿は何処にもなかった。


「あー……まあ、向こうに着けば勇者もいるだろうから、そこんとこは心配するな。詳しいことを話すつもりはない」

「ああ、もう分かったわ!それと、結局アンタって一体何者なの?普通の冒険者じゃないだろうし、詐欺師にしては不自然だし、勇者様のお供か何かなの?」

 私は思い切ってフラウドの正体について尋ねてみた。


 どうせはぐらかされるだろうとは思ったものの、他の村人に紹介する際に素性が一切分からないままでは、説明のしようが無かったためだ。

 そして、私の言葉を聞いたフラウドは少しの間考えた後、意外な言葉を言い放った。



「俺の正体……か。そうだな、過去に世界を恐怖のどん底に陥れた魔王の師匠だった、って言ったらお前は信じるか?」

「えっ……!?」


 その言葉を聞いた私は訳が分からない気持ちになった。

 そもそも過去に魔王が現れたのは、はるか昔の出来事であると言われており、目の前男の種族はどう見ても短命な人族であり、そこまで長生きをしている様子ではなかった。

 その上、そんな男が勇者と共にいることもなおさらおかしなことだった。

 

 何の冗談なのか問い詰めようと私が決意したとき、さらなる衝撃が私を襲う。


「…!?おいっ正義馬鹿、何でお前が!?『君の言い方だと余計に誤解されるから、僕に任せてくれ』だと!?お前が出てきた方が、余計にややこしくなるだろうが!!おいっ、待てっ……!!」

 突如フラウドが奇妙な独り言を口にしたと思えば、急に眩い光がフラウドを中心に広がった。


 突然の出来事に私は思わず目を閉じ、光が収まった後にフラウドの姿はなかった。

 そして、そこにはフラウドではなく、輝くような金髪の勇者様であるフリード様が立っていた。

 

 つい先程フラウドが発した光は、都市を守るために魔物の群れに立ち向かっていた勇者様たちと同じ様な光だった。

 その光景を、目にした私はあの詐欺師の様なフラウドも勇者たちと同じような存在なのかと思い、ますます混乱した。

 そんな私の様子を知ってか知らずか、フリード様は私に話し掛けて来た。


(フラウド)はああ見えて、君のことをかなり心配していたんだよ。彼の人を馬鹿にした様な言動は確か酷いし、愛情表現が不器用過ぎて必要以上に相手に干渉してしまうんだ…。根は善人だし、ちょっと精神干渉系の魔法が得意で、特に魔物には極めて強い効果があるんだけど悪用したことは一度もない位なんだ!」

 フリード様は(フラウド)のことを必死に弁護しようとしているが、私は少なくとも彼に浴びせられた数々の暴言を許すつもりはなかった。


 それと、勇者様がさらっと(フラウド)が精神干渉系の魔法が得意だと言っていたが、もしかしたら私と会話する際にもアイツは嘘を信じやすくさせるために使っていたのではないかと私は考えた。


 まあ、どちらにせよ(フラウド)が勇者様と一緒に来るといっていたことは本当であり、あの光の訳は分からず仕舞いだが、そのことは村に向かう途中で追々聞いていけば良いと私は一人で納得した。

 私が物思いにふけっている間もフリード様はフラウドを弁護する言葉を紡いでいたのだが、どうやら一段落したようで、今は清々しい程の笑顔を浮かべていた。



「何はともあれ、"僕たち"は困っている人がいれば助けるのが役目みたいなものだからね!全て任せて貰って大丈夫だよ、エルフの少年君(・・・)!」


 私はその言葉を聞いて、時間だけでなく世界が止まった様な気がした。


 エルフの…少年(・・)()ですって…?


「…は……よ!」


「うん?ああ、そういえば名前は聞いていたんだった!申し訳ないことをしたね、ファム=ウッド()

「だ・か・ら!私は男じゃなくて女って言ってるのよ、この馬鹿勇者ーーーーーーーー!!」

 そして、荒野の隅々にまで響き渡る様な大声で、私は目の前の失礼な勇者を怒鳴るのだった……。




-思わぬトラブルはあったものの、エルフの少女は無事に勇者たちと出会い


-生まれ故郷を守るために、一同はエルフの住まう村へと向かって行くのであった…


-エルフの少女と共に歩く者は1人


-時に、魔物を屠る剣技を使いこなす勇者の青年


-時に、魔王の師匠を自称する詐欺師の様な男


-時に、魔法を自由自在に扱い女性すら魅了する妖艶な美女


-時に、妖精に力を借りて最強の巨兵団を作り出す少年


-1つの身体に4つの役割


-彼ら彼女らが紡ぐ物語がここに幕を開けたのだった……

~あとがき質問役~

RAIN(以降R)「と言うわけで今回の短編は如何だったでしょうか?」

フラウド(以降詐欺師)「おい待てコラ、作者」

R「今回はゲストに作中に出ていたフラウドさんをゲストに迎えての質問コーナーに…」

詐欺師「………」

R「あの…御免なさい。とりあえず、無言で鋭利な刃物を向けるのだけは勘弁してください…」

フラウド(以降F)「で?これはどういうつもりなんだ?」

R「えーと…まあせっかくなので作中のキャラに色々と聞きたいかなと思ったりしまして…」

F「そうじゃない、何で俺を呼んだんだ? あの馬鹿(エルフ)に聞けばいいだろうが」

R「いや、まあアナタの方が色々と詳しいでしょうし、その呼び方の理由とか聞ければなあ…とか?」

(無言でその場から立ち去ろうとフラウド)


R「ちょっ!?まだ始まってすらいないんですよ!?と、とりあえずこのコーナーは不定期に色々な方(主に読者の方)からの質問に答えていくコーナー何ですから、帰らないで下さいよ!?」

F「……少しだけなら答えよう」

R「で、では…PN【猫クマ】さんからの質問なのですが『結局、フラウドさんが北門以外の魔物を倒したのですか?』」

F「おい作者……自演という言葉の意味を知っているか?…まあいい、答えは『YES』だアイツが口を滑らせていたが、北門以外の魔物は全て俺が倒した。 厳密には倒したというよりも、魔物を追い払ったり自滅をさせたりする術式を使っただけなんだがな」

R「それって、正義の側じゃなくて悪党側が使う様な技能なのでは…?」

F「ちょうどここに活きの良い実験動物(ねこ)がいるようだし実演してみるか」

R「全力で遠慮するので、その禍々しいオーラが漂う手を今すぐにおろしてくだ…ぎゃぁぁあーーー!?」


~もしかしたら続く?~

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