重なる赤の狂愛
ーーーー自分の美しさで手に入らないものはない。
それは自分の中で当然と言っていい事実だった。今までの人生からくる実績が自信を形作っていた。
緩く揺らめく淡い金色の髪。そこにはほんのりとピンク色の輝きがひとしずく落とされ、神秘的な透明感と存在感を示していた。
瞳の色は青。海が光に当てられて煌めいているよう。すっと通った二重とアーモンド型によって、卵型の輪郭の中に大きく見えた。
薄紅色の唇も、白粉を塗ったように白い肌も、完成された人目をひく容姿は、目を合わせればぞっとするほど逸らせなくなる。
ーーーー手に入らないものはないと思っていた。地位も、名誉も、愛情でさえ、それは変わらない。美しさでしか、それは手に入れられないものだと思っていた。美しくなければ手に入らないものだと思っていた。
ーーーーたった一つの例外は、あの方だけ。
ーーーー美しい、わたくしの吸血鬼。
出会ったあの瞬間から、アレはわたくしのものだと叫んでる。
ミリア・アモネスは途切れてしまった声を聞いたのを最後に、能面のような顔をして黙った。一切の感情を喪失した、完璧な無表情。色白な肌をした掌が、握りしめ、爪を立てたことで更に白くなっていた。
ーーーーぽた、と雫が彼女の腕を伝い、絨毯の上に落ちた。
「……っ、ミリアっ」
ぎくりとそばに立つカルラの肩が震えた。落ちた雫。それが決して涙などと言う可愛らしいものでないと分かっているからだ。
それは、血だった。
ウィラードの声を聞き、部屋に入ってきた瞬間に、会話を邪魔されないようにと左手に持った果物用のナイフで自ら切りつけた、右腕から溢れて止まるところを知らない、彼女の血だった。
強い吸血鬼が作った異香のその血は、甘いものであると同時に、理性を溶かす毒と同義だった。
その特性を知り、手で触れられ止められることがないよう、会話を邪魔させない為だけに切りつけた。いつも通りに。
カルラは鼻と口を耐えきれないと言う風に抑えた。余りにも強く香る血臭に、これ以上近づけば、またはその血の一滴が触れてしまえば、理性など消えてしまうだろうことが予想できていた。
ミリアは今はカルラの“異香”と言うことになっている。その通り彼女の胸元にはカルラの印を刻んだ。
だがしかし、彼女の中にある血は、ウィラードの印が刻まれたものだ。自分の耐性などより強い香り。
カルラのつけた胸元の印は、ウィラードのつけた印の上にぽつりとあるだけで、覆い隠すことなど出来なかった。それが吸血鬼としての位の差。
その様子を見て、ミリアは漸くその無表情を消しーーーーついで、自分の血で濡れたナイフをカルラの眼前に突きつけた。
「ねぇ……、カルラ」
ひたり。闇を落とした双眸が、カルラを見た。深い翳りを落としたそれは伽藍堂のようだった。声に出せない感情。痛み、悲鳴ーーーーそして憎悪。
「ねぇ、カルラ」
もう一度自身を呼ぶ声に喉を鳴らす。眼前の血臭に息を乱した。
「答えて」
ナイフに裂かれ、未だ血を流した軌跡を描く指先がカルラの顎を掴んだ。
「ヴィラード様の近くにいたあの女は、、何?」
ミリアは少しだけ首を傾げた。
「し、知らない。俺は、何も……っ!」
異香に臆するなんて無様だ。そう思いながらも体の震えを止められない。そうしてその血の恋しさに、その手を跳ね除ける事さえ叶わない。
「そう、使えないわね」
ミリアは眉一つ動かさず、両目を細める。一瞬、表情が曇った気がした。けれどすぐに消え失せて、瞳に奇妙なほど透き通った光を宿した。
「カルラ、喪失の苦痛を知っている?」
静かな声。ミリアの瞳の中に小さな自分が映っているのを見て硬直した。
「わたくしは、気づいたわ。そうしてわたくしからヴィラード様のことを奪った全員のことを恨んだ」
狂おしい程だった思慕の情。無くさないように丁寧に丁寧に、周りを狂わせていった。だから二人を引き離すことが決まったのだ。“あの時”のことを思ってカルラは呻いた。
「だからと言って、あんなことはーーーー」
間違っている。犯してはいけなかった。
だが声に出せない苦痛が、自分とも繋がる印によってどうしようもなく伝わってきて、頭でそうとは分かっていてもそれより先を声に出せなかった。
そして。
「貴方が、それを言うの?」
ごく静かに水面を打つような声で。
「犠牲を払ってでも、自分自身の愛しい方を呼び戻せる為の術があるとしたら、それが自分に出来ることであるとしたら。……カルラ、貴方はそれを試さずにいられると言うの?」
言葉を失う問いかけだった。心ごと射抜かれて、彼女を見つめる。
「ねぇカルラ、だって貴方はーーーー」
ひそり、吐息の声。耳を打つそれに心が震えた。
「なん、で……それを」
嗤う彼女。
ーーーーねぇ、分かるでしょう?
甘く甘く、渡したくないと強い感情を抱きながら。
一途に、純粋に、ミリアは言った。
「もう二度と喪わない。もう、二度と。貴方の傍に居られないなら、全て壊して退ける」
弧を描く瞳で、そっとカルラの唇に血の紅を引いた。
ーーーーーーーー
「ねぇ、貴方が絶対にわたくしの方に来てくれる方法、知っているのよ」
貴方の異香。貴方の香り。
わたくしの血が流れた時には、貴方はいつだって駆けつけてくれたでしょう?
「ミリア」と名前を呼んで。慌てたように。
数年かけて幾重にも重ねたナイフの白い傷跡を見て、愛おしげに微笑んだ。
書き始めていくうちに、ミリアが余り怖くなくなりました。もっともっと、毒々しい感じにしたかったのにっ、、と思わなくもありません。
いつも思いますが文章がごちゃごちゃして申し訳ないです。読んでくださってありがとうございます。




