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大嫌いな貴方、大好きな貴方  作者: 風織 アオ
第1章
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これは、過去のお話










一人の美しい女性の話と、その娘の話をしよう。




彼女は優しい男性と出会い、恋に落ち、結婚し、一人目の子供を産んだ。彼女そっくりの、子供ながらに美しい女の子だった。

その子を大切に大切に育てていた二年後、彼女はもう一人、子供を身籠った。

今度はどちらに似るんだろうか、そんなことを話し合いながら笑う日々。そんな中に一点の曇りが落とされた。


彼女は一人の男に出会う。暗く嗤う、異形の男だった。男は彼女に言った。

『もう、それでいい…………』

譫言のように男は繰り返す。暗く、深い、金の瞳に歪み、沈んだ、目眩がしそうな狂気を浮かべて。


男は指差した。何を?彼女のお腹を、だ。いや、その中にある彼女の赤ん坊を。



『それを、俺に寄越せ。なぁ、拒否はしないだろう?』



彼女は答えられなかった。恐怖で。ただただ頭を横に振った。その時の彼女に、それができるはずがなかった。


『もう一度言うぞ、女。それを俺に寄越せ。…あぁ、こう言えばいいか?それを寄越せばお前の命だけを助けてやろう。それを寄越さなせれば今すぐお前を殺してやる。2つに1つ。どちらがいい?』


どちらなど選べるわけもなかった。死の恐怖が目の前にあることに、息さえできなかった。男の手が、冷たい手が、撫でるように彼女の首に回るまでは。

彼女は叫んだ。それまで固まっていたのが嘘のように。



『この子をあげる!あげるからっ!私を助けて!』



彼女は子供を見捨てた。自分の命の方が大事だった。一刻でも早くこの男の前から走り去りたかった。

男の顔が歪む。その気配を感じ取って吐き気がした。

『契約成立だ』

男が彼女のお腹を触った。





ーーーー怖い。




怖い、怖い、怖い恐いこわい怖い怖い怖い怖い怖いこわいコワイ怖い怖いコワイ恐い怖い怖い怖いこわい怖い恐い怖い怖いーーーーーー!!!!!



それから数分のことを彼女は覚えてない。ただふらふらと帰った彼女を心配そうに夫が抱きしめていた。

その日以来、彼女があの男に会うことはなかった。彼女は安堵した。あれは悪い夢だったのだ。悪い夢。そう彼女は考えていたーー。男が指差した第二子を産むまでは。





彼女は。

その子供を見た瞬間、手の中の赤子を取り落としかけた。それは瞬時に気づいた看護師により食い止められたが、彼女はその時、確かに意識的にか無意識的にか、その子供を目の前から速やかに消してしまいたかった。


赤ん坊の胸には印があった。気味が悪い程赤い痣が。


日に日に濃く、何かを形作る痣を前に、彼女は子供への愛情を喪っていった。更に言えばその子供は彼女に似ていなかった。鮮烈な美貌をそのままに受け取った第一子と違い、印象で言えば彼女が愛した夫に似ていたが、酷く薄まったように平凡だった。一点の墨が落ちたように、その子供は家族の中で異質だった。異物であった。


彼女は子供を嫌った。恨んだ。こんなもののせいで自分はあの恐怖を味わったのだ。


一人目の娘は、母親に倣うように二番目の娘を嫌った。家族の中でただ弱い妹は、守られることのない妹は、格好の悪意を向ける対象だった。


純真な悪意はいつしか悦楽になった。泣く妹を見るのが酷く楽しくて、鬱陶しくて、一人目の娘にとって妹を虐めることは躊躇いを覚えることではなくなった。

そうしてたった一人、家族と似なかった少女は瞬く間に家の中で孤立した。



孤立した少女に守り手はいなかった。

そのくせ様々なトラブルに見舞われた。平凡な少女であるにも関わらず、誘拐された事は未然に防がれたことも合わせれば数知れず、家族の迷惑そうなきつい視線は増した。姉の美しさに近づき、恋人になった男達は、ただ一度少女を目にするだけで姉に別れを切り出した。自分よりも劣る妹に自分が負けるなんて認めることが出来ようはずもない。姉は年々ヒステリックになり、妹は卑屈になった。


妹はこの生活がいつか変わるのだと信じていた。母によって聞かされた、いつか自分を連れて行くだろう化け物によって。きっとこんな生活よりはマシになるだろうと信じていた。



いつか、いつか、幸せになれるのだと、そう思っていた。



彼女が16になったその時に、ようやっとその迎えは来た。


母は最後まで疎ましそうで、何も言わなかった。

父は最後まで、彼女に無関心で、その日も仕事に行った。

姉は迎えに来た男が意外なまでに良い男で、色目を使い、振りほどかれて癇癪を起こしていた。


最後の最後まで、変わることのなかった家族達。


それでも良いと思っていた。迎えに来た男の態度は優しくて、きっと自分は望まれていたのだと思った。


迎えに来た男は、従者であったらしい。

中流家庭よりも上質な家に通され、その男と目があった。

男は彼女のことを、品定めをするかのようにとっくりと眺めた。眺め、皺を寄せる。

グラリ、と彼女の中の根底がガラガラと崩れるのを感じた。感じるまま、彼女はその言葉を待ってしまった。


『なんだ、この出来損ないは』


私を眺めた男は一瞬にして、私をいらないと結論付けた。流石にそれは、と従者が私の腕を取りながら男に声を上げる。


その瞬間、私の中での“何か”が切れた。

ふざけるな。今迄、散々こけにされた事が、今迄我慢してきた事が、出来損ないの一言で片付けられては堪らない。

だと言うのに。

それなのに。

私の口からは震えたような吐息しか出なかった。





その日から私は男が用意した家でたった一人になった。男は消えた。私一人が暮らせるお金、家具類、様々な物は従者の青年によって準備された。気を使うようにそれ以上の世話を焼こうとする青年は数日後に自ら追い出した。同情の視線を感じる事が、憐憫が、酷く気に障って、惨めで堪らなくて、泣いてしまいそうだったから。


青年は最後に自分達のことを語った。


彼らの正体は“吸血鬼”。人の生き血を啜るという彼らが、人間に、私が持つような痣を刻むのには訳がある。

お腹が空けば確かに他者の血を飲めば良いが、自分に馴染むかどうかは別である。誰の血でも美味しいと感じることはなく、怪我を負った時には自然に治すより、適当な誰かの血などより、自分に馴染む血を飲む方が治りが早い。だがそんなものは簡単には見つからないのが常だ。


ならば、と考えたものがいた。

自分に馴染む血を持つものを、自分で作れば良いのだ、と。幾度目かの“実験”の後、生まれていない赤ん坊と呼ぶことさえ躊躇われるような胎児に自分の魔力を刻むことで、自分に馴染む血を持つものを創る事が出来た。


最初は自分に馴染む血を、とそれだけだった。だが、一つ叶えば、次は次はと望むのは彼らも同じ。次々に湧き上がる要望の中には美貌と言うものまであった。

自分の好みの妊婦を見つけ、その子供に印を刻む。あの男がやったのはそう言う事で。

望みの容姿にならなかった私は出来損ないで、失敗作で、それ故に見捨てた。あの男にとってはただそれだけの事象に過ぎないのだ。














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