名前は大切に。
赤い髪の女は満腹そうにお腹をさすり、ちいさく「けふっ」とゲップをした。
「こんなに柔らかくて、そしておいしいなんてびっくりしたわ。でも、どうにも魔法っぽいから私には無理ね。残念だわ」
「俺は料理できないから魔法で調理したけど、料理が上手な人なら自力でできると思うよ。ところで、なんか食べ物に夢中で自己紹介がまだだったけど。俺はトトナという。そしてこいつは豆狸ぽんた。君は?」
足下でぽんたが前足をあげて「オラさ、ぽんただぁ」と挨拶をしている。うれしくて目をキラキラさせて尻尾を振っているのをみるとやはり犬である。狼には見えない。
赤い髪の女は困ったような顔をして、ちょっと視線を俺から外してあさっての方向を見る。
「えっと。名前・・・うぅ~ん。神様から名前を授かれるほど上等な家柄じゃないから、名前はないの、ごめんね」
・・・え?
思考がすっとんだ。
普通に名前があるものだと思って自己紹介をしたのだが、相手には名前がないとは予想外である。
しかも名前を付けるのが親ではなくて、神様。ということはあのじいさまのことである。
俺は眉間のしわを人差し指でぐいぐいとのばして、すこしばかり唸る。
こんな適当な世界でいいのだろうか?
「おいっ!神様ならもっとちゃんと仕事しろよ」
「そんなこといったってしょうがないじゃないか。神と言ったって全部見ていたら切りが無いしのぉ」
あまりの適当さにアテのない怒りを叫んだつもりが返事が返ってきて、声の聞こえる方をみてぎょっとなる。
そこにはだれもいなかったはずだったのだが、いつのまにか先ほど消えたはずのじいさまが再び現れて横になっていた。しかもその手には蛇の白焼きが握りしめられていた。
「あっさりした味だが、なかなかうまいもんじゃのぉ。これは成果として給料に反映してふりこんでおくわい。それで、名前の件じゃが、わしも最初は真面目に名前を付けていたんじゃが、途中からネタが尽きて、莫大な人数に全部名前を付けることができなくて、まぁ誰かがつけるだろうと思っていたんじゃが、誰も名前を付けないままで皆過ごしておる。なので、おぬしが付けてやるといい。ほれ、命名の羽ペンじゃ」
じいさまが指で空中に文字を書くようにうごかすと、きれいな薄いピンク色に赤い宝石がついた羽ペンが現れて俺の手元まで飛んできた。俺はそれを受け取り、じっくりと観察をする。きれいな以外はどう見ても普通の羽ペンである。
「召喚獣にはゲーム同様に名前を付けられただろうが、すでにこの世界の住人として生きているものにはその羽ペンを使う必要があるのじゃ。羽ペンで体のどこでもいい、名前を書いてやればよいぞ。そして名前を付けたら、この部屋にある鏡にうつしてやるとよいぞ」
「そんなに簡単なら、やってあげればいいじゃんか。名前ないの不便だろうし」
「わし、すでにクレジットからっぽで暫く命名すらできんのじゃわ。あと、わしの姿はおぬししか見えてないから、今すごくあやしいとおもうぞい」
さらっと俺の人間性を疑われそうな重要事項を言い放った。
だれもいないところに話しかけるやばいやつだと思われるじゃないか。
この無責任なじいさまのいうことを素直に聞くのはなんとなく嫌だが、とりあえず言われたとおりにしてみよう。名前がないというのは不便だと思うしね。
「トトナ。一体誰と話しているの?」
「信じられないだろうけど、そこに神と名のるじいさまが寝転がっていて、君の名前をつけろってさ」
「え?まさか、そんな・・・え?」
俺は赤髪の女の手をつかむと、書きやすそうな白い腕に羽ペンで彼女の名前となる文字を書いた。
「君の名前は、今日からレアだよ」
「え?なんか素敵な名前でうれしいけどさ。名前がそんなに簡単に付けられるはずがないよ」
俺はテーブルの上に置いてあった手鏡を彼女に渡した。
ここの鏡はステータスをのぞけるような仕様らしいのできっとこれでも見えるだろう。
「嘘!本当に名前がついている」
ちゃんと名前が反映されたようで、彼女を写した鏡にはレアと名前が入っていた。
レアはうれしそうに、何度も手鏡の角度を変えて確かめるようにのぞき込んだ。
名前があるって当たり前のようだけどうれしいよね。
学芸会で名前のある役がもらえたときとか、すげーうれしかったもんな。
その他大勢じゃない、特別な何かになれた気分になるしね。
ただ、彼女は素敵な名前だと喜んでくれたけど・・・
出会いが生肉系女子過ぎたので「レア」にしたのは内緒にしておこう。
万が一怒らせて、あの腕力で握りつぶされたら痛そうだし。