食べ物は大切に。
確かに見た目は美女であるが・・・
あるが・・・
俺は目をこすった。
何かがおかしい。
そうだ、彼女が担いでいるものがおかしい。
どう考えても体積的には担ぐことが困難なサイズの、彼女の2倍はあろうかという角の生えた熊を右肩に担ぎ、左手にはアナコンダサイズの蛇を引きずっていた。
細腕であるが、そのくせにどうみても豪腕、というのがふさわしい。
その彼女がその巨大生物を下ろすことなく、泣きながらこちらに向かって走ってきた。
「コロコロちゃんっ!なんでこんなかわいそうな姿に!」
髪の色と同じく、赤い瞳を涙で潤ませて彼女はコロコロ虫に抱きついた。
ここでようやく放り投げられる形で下ろされた熊がずしん、という重みのある音を立てて落下した。
熊が想像を超えて軽かったという事はなさそうである。
これだけ悲しむとなると、彼女のペットだったのだろう。
悪いことをしたなぁっと思い、俺はすぐに謝罪をしようとした。
「ちょっと、貴方。食べ物をなんだと思っているんですか。こんなにおいしいコロコロちゃんを焼いちゃうなんて!」
予測に反した彼女の言葉に俺はギャク漫画よろしく、ずっこけそうになったが、ギリギリのところでこらえた。
とりあえず、ペットでは無かったにしろ、どうやら彼女の獲物を横取りした形になっていたようなので俺は謝罪することにした。
「すまない。この虫がこっちにきたのでつい。君の獲物だったのか、悪いことをした」
「私が取り逃がしたのは悪かったけど、食べ物を粗末にしては怒られちゃうんですよー。こんがり焼けちゃっているけど、なんとか食べられないかなぁ?」
彼女はきれいに焼けたコロコロ虫のまわりをくるくると回って、ぺしぺしと音を立てて叩いた。
そして臭いを嗅いだ後、腰に下げていたナイフを取り出すと、コロコロ虫の体に突き立てて裂いた。
表面はパリパリと焼けているが中はとろりとジューシーに蒸し焼きのようになっている。
コロコロ蒸しという感じかもしれない。
とはいえ、俺自身は現代の食事になれた現代っ子だからして、そんな虫は実にグロ注意。
食欲はわかない。
なのだが、彼女は俺の取り分と言わんばかりにとろっとした虫肉を俺の前に差し出した。
「命を奪ったら、責任を持って食べないといけないんだからねっ!」
できれば、全力で遠慮したい。
だが、彼女の強引で強力な腕力は虫肉を躊躇して手を伸ばさない俺の手を引っ張り、そのまま前屈みになった俺の口へと虫肉をねじ込んだ。
ここでファンタジーなグルメ漫画だと、美味いとなるんだろうが、現実はやはり甘くない。
口いっぱいになんだか、ねっとりとろりとしたやや粘り気のある薄いコーンポタージュのような味が広がっていった。
昔、絶食入院の食事解禁の時に出された重湯を思いだしたよ。
妙にとろみがあるから、口の中に残って泣きそうだ。
吐き出したら、食べ物を粗末にしたと怒られそうなので、泣く泣く飲み込んだ。
すると、彼女はおかわりと言わんばかりに次を差し出してきた。
「・・・すまない。あまりお腹減ってないのでもうごちそうさまです」
口元を押さえてとりあえず、吐き出さないようにこらえつつ、おかわりがねじ込まれるのをガードした。
「小食なのね。そんなんじゃ生きていけないわよ。あ、でも貴方のおかげでちょっと発見だわ。焼くとコロコロ虫っておいしいのね。味が濃くなっていいわ」
冗談だろ?っと思ったが、その言葉に嘘はないようで、彼女はおいしそうに虫肉をほおばっていた。
結局、残りは彼女がきれいに完食して、残ったのは硬いと言っていた頭と、やや焦げていた薄皮だけだった。