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仮初めの祓い屋  作者: 空木空
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たまゆらで遊ぶ2

 


 退屈な授業の終わりを告げるチャイムが響くと、生徒も教師も全員が統率の取れた軍隊みたいに一斉に帰り仕度に取り掛かる。

 皆、さっきまでは土日の余韻を引きずった様な、どんよりとした雰囲気を纏い授業を受けていたはずだが、一様に帰る時だけは顔の色を輝かせた。

 俺の方も歴舎の訪問があり、土日と名無しに危ない橋は渡るなという趣旨の話をされ(半ば説得に近かったが)散々な休日を過ごした訳だ。まあ、例えそれが無くても月曜日という日はどこか気怠い。

 しかし、改めて名無しに何故この依頼を受けなければいけないのか――――それを説明しているうちに緊張は解れ、自分自身進む方向を再確認し、何なら普段通りのインチキ除霊を行う前みたいな軽い心持ちになれているのも事実なので、そこは素直に感謝している。

 それにもう後には引けない。何故なら、今日この後、歴舎から受けた依頼に取り掛かる手筈になっているからだ。

 学校を出ると普段の帰宅路とは真反対に進み、閑静な住宅街を行く。少しすると見えてきた団地を境に、人の往来はピタッと途絶え、すれ違うのも自販機だとか道路標識ぐらいになっていた。

 その後も、まるで宛の無い旅人みたいに公道をぶらぶらと歩いて行く。

 暫くすると右手の方に目的地である山に続くわき道が現れた。その道は緩やかな傾斜になっていて、頭上には木々が生い茂り、天然のトンネルになっていた。

 幾ら日が沈み始めたとはいえ、七月午後の逢魔ヶ市(おうまがし)は茹だる程に暑い。

 日陰も無いアスファルトの上を歩いていたせいか、その青々としたトンネルがさながらオアシスの様に見え、その恩恵を受けるべく駆け足で木陰の中へと入った。

 汗が引くのを待ってから、再び歩き出す。

 いよいよ目的地が眼前に迫ると、少しの恐怖と好奇心とが胸中でせめぎ合い、遠足の前の様な気分に陥った。

 今回の依頼に於けるリスクは十分に承知している。それこそ、今日の出先にかけられた名無しの言葉を借りるのであれば、こんな事しても実は無意味なのかも知れない。確かに俺ですらそう思う時があるぐらいだ。

 しかし幾ら危険な依頼といえど、あの男――――最強の祓い屋と呼ばれた難波ノ宮(なにわのみや)(ひじり)を超える為には、必ずしも通らなければならない通過点でもあるのだ。

 俺はアイツを超える。その悲願の為だけに祓い屋の真似事を始めた。

 俺とアイツの実力差は凄まじく、簡単に超えると言っても、今の俺のやり方じゃ効率が悪い事は解っている。それこそ、こんな依頼、あの男にかかれば赤子の手をひねるよりも簡単にこなしてしまうのだろう。


 でも、それでも――――やらなければならない。


 素人相手にインチキ除霊をやるのはもう飽きていた所だ。これを切っ掛けに、俺は本格的に祓い屋として認知され、よくよくはあの男が成し遂げた様に、あの忌々しい場所へ宣戦布告するんだ。

 心の中で誓いを立てると、自然と足取りは早く、力強いモノとなる。

 代わり映えの無い景色を追い越し、ただ一つ目的地である廃神社の方角だけを見つめる。


 ――――待て、なんで代わり映えしないんだ。


 歴舎の話によると、先のトンネルを道なりに進むと、すぐに見つかるはずだ。


「……俺、迷子になってんのか」


 歩きながら考え事をするものでは無い。

 切実にそう感じた瞬間だった。



 ―――――

 ―――

 ―



 結局、右往左往と森の中を彷徨い、例の廃神社を見つけた頃にはヒグラシがカナカナと鳴き始めていた。

 自分がこんなドジっ子だったとは思わなかった。なんか――――意気揚々と聖を超える、なんて言ってた事が恥ずかしくてたまらない。どうせ帰ったら名無しから色々と尋問を受けるのだ。その時に迷子になった、なんて口が裂けても言いたくはない。そうだ。封印が解けていて、幻覚を見せられた事にすれば良い。そうした方が箔がつくし、言い訳にもなる。

 なんて、くだらない事を思案してると、廃神社の手前に建てられたボロい鳥居の前に着いた。


「なんだ、あれ」


 目的地と思しき場所を近くで見ると、妙な事に気が付いた。

 一本の大きな枯れ木が、寂れた社の中から天井を突き抜け、屋根の上まで伸びていたのだ。

 現代アートにしか見えない光景に、思わず面食らってしまう。

 だが、よくよく思えば歴舎が注連縄の巻かれているのは大きな大木で、目立つからすぐ気付くと言っていた気がする。

 確かに、よく目立つ。これが社では無く、コンビニから生えてたりしたら有名な待ち合わせ場所になっていただろう。

 鳥居を抜け、潰れた賽銭箱の前に行くと、その大木が余計に大きく見えた。


「……さっさと終わらせるか」


 予定ならとっくに帰っている時間だ。いい加減に帰らないと心配した名無しが本気で花鳥の奴らに捜索願いを出しかねない。それだけは避けなくてはならない。

 賽銭箱を横切り、半分開いていた社の扉に手を掛け、勢いよく開ける。中は案の定、外観から見て解る通り、床を破った馬鹿デカい木が我が物顔で、中央に陣取っているだけの簡素な造りだ。

 もしかすれば、この巨木の奥によく見る丸い鏡でもあるのかもしれないが、そんな事には微塵も興味が湧かない。

 何より、埃っぽ過ぎて、とてもじゃないが長居する気にはなれなかった。


「……注連縄って、これか」


 大木同様目立つ場所に巻かれた注連縄はチャンピオンベルトの様な風格でそこある。

 案外、拍子抜けだ。この依頼に於けるリスクだなんだと言っても所詮それは最悪の事態を想定した意見であって、実際にこの場所に立てば、何の危険性も感じない。

 早く、あの縄を切って帰ろう。

 学生鞄から使い慣れたカッターナイフを取り出す。そこまでしてやっと、適度な緊張を実感する。ただ、それも一過性の緊張で、この依頼が終われば、すぐにでも忘れる事なんて容易に想像出来た。

 適当な位置に刃をあてがう。すると、面白いぐらい簡単にスルスルと音を立て注連縄は床に落ちた。

 依頼完了。歴舎が切った縄は放置してくれて構わないと言っていたし、後は舞い上がった埃から逃げるだけだ。

 一応、一礼だけしてから、後ろを向き、立て付けの悪い扉を押し、外へ出た。



 ―――――

 ―――

 ―



 視界に捉えた夕焼けが余りにも真っ赤に燃えていた。

 そこで、何か妙な気配を感じた。


「御機嫌よう」


 夕焼けの向こう側にある夜に手を伸ばされた様な気分だった。


「良い場所ですね――――下町風情が残ると言っても都市化の進んでいるこの街に、まだこんな場所が残っていたなんて」


 こんな炎天下の中、燕尾服に身を包み、シルクハットを被った奇抜な男が、明らかに俺に向け話している。


「ですが、観光地としての使い道は無さそうだ。精々子供が秘密基地を作るぐらいでしょうかね?」


 よく見ると白いマスカレードで顔面が覆われていて、その表情は窺えない。

 ただ、歴舎と違い、愛想笑いすらしていない事が、その声音から伝わった。

 その見た目に気を取られてすっかり抜け落ちていたが、コイツがもし歴舎の言う封印されていた何かであれば、俺は今かなりの窮地に立たされているんじゃないだろうか。登場の仕方からも、その可能性は十分あり得る。


「意外にも人見知りなんですね、瀬戸(せと)龍也(たつや)君」


 そんな事を考えている最中に名前を呼ばれたせいで、背中からは嫌な汗が噴き出し、ゾクゾクと全身を寒気が這っていく。

 頭の中では様々な憶測が飛び交っている。が、コイツの正体を推測出来る程の冷静さなんて既に失っていた。

 取り敢えず、今出来る事といえば無視を貫き通し、この場所から早々に立ち去る事だ。


――――そうなると早めに行動に移した方が良い。


 意を決して、歩き出す。


「……そうだ、自己紹介が遅れました。と、言っても僕の呼び名なんて自分自身もよく解っていませんがね。そうですね――――僕の事は好きな風に呼んで頂いて構いませんよ。人によると怪人だとかお喋り野郎なんて呼んできます。失礼な話でしょう?」


 段々と何かが近くなるにつれ、今までに感じた事の無い恐怖が押し寄せてくる。それはどんな妖や人と対峙した時にも感じなかった、命の危機なんて言葉が似合う酷く居心地の悪い感情だ。


「ですが、一つだけ気に入った呼び名があるんですよ。怪刀二十面相かいとうにじゅうめんそう、どうですかね?中々良いとは思いませんか?」


 丁度、男の真横を通過しそうになった時、彼の腰に鞘がぶら下げられていた事に気が付いた。

 肝心の刀は視認出来なかったが、考えるよりも先に手に持っていた鞄を、男の顔目掛け振り上げる。


「――――お見事ッ!!」


 真っ二つにされた教科書が宙を舞う。

 それを見て、咄嗟の判断が無ければ、斬られていたのは俺の方だと確信させられた。

 怪刀二十面相と名乗ったこの男は、予想通り、いや予想を超える危険人物だ。

 もう、コイツの正体なんてどうでも良い。今は逃げる事に専念すべきだ。

 あの太刀捌きを見せつけられ、勝てると思える程馬鹿ではない。

 体制を立て直すと、目的地など決めず、出来るだけ遠くを目指し走った。


「賢明ですね……でも、それ故に逃げられない事も解っているでしょう?」


 ワイシャツの襟元が喉を突いた。そのままあり得ない力で、後方へと引き寄せられる。

 視界は一転し、背中を強い衝撃が襲う。肺の中の空気が一瞬にして押し出され、居場所を求め、外へと漏れ出した。

 大量の埃が舞う中でむせ返りながらも何とか立とうとは思うのだが、膝が笑って立てそうにも無い。

 視界に映った木製の扉を見る限り、社の中まで飛ばされた様だ。


――――だから、カビ臭いのか。


 なにわともあれ、この距離を軽々しく投げ飛ばせるなんて普通では無い。しかも、人間をとなれば、常識の範疇なんて既に逸脱している。


「思っていたより貧弱で残念ですよ」


 いつの間に距離を詰めたのか。怪刀二十面相が扉に手をかけていた。


「……思ってたより、規格外で困ってるよ」


 万事休す。最早、この男から逃げ果せる等と思っていた事すら間違いだった様だ。

 唯一、俺が助かる手段があるとすれば、心配した名無しの通報を受け、花鳥の連中が来てくれる事だろうが、それも望み薄だ。


「何かアクションを起こすのではと待っているんですが……」


「……抵抗する気すら起きねぇよ。あんな抜刀術と怪力見せつけられて、勝ち筋導き出せる程利口じゃねぇんだ」


「なら、遠慮無く――――殺してしまいますね」


 怪刀二十面相が左の腰にぶら下がった鞘へと手を伸ばす。よく見ると、そこには刀の柄らしきものは見当たらない。

 本当に常識外れも大概にして欲しいものだ。


「……なぁ、一つ聞いても良いかな」


「なんですか?」


「この辺りの祓い人を纏めてる花鳥って家の事、知ってるか?」


「……風の噂で少々」


「……そうか。実は、あそこの当主の善行(よしゆき)には実の孫同様に可愛がられててな……次男とも幼馴染だし」


「つまり……貴方に手を出せば花鳥が黙っていないと?」


「そういう事だな。取引しよう――――今回の事は黙っててやる。だから、俺を見逃せ」


 俺の言葉を受け、本来なら柄があるべき場所に、握り拳を置きながら、怪刀二十面相は少しばかり黙り込む。


「――――却下ですね。殺しても殺さなくても黙るのであれば、殺して確実に口を閉じる方を選びますよ」


 ごもっともな言い分だった。

 醜い命乞いさえ通用しないとなると、いよいよ死を決意しなければならない様だ。


「……では――――」


 右手を握りしめ、大きく息を吸い込んだ。人生で一番死が身近に迫った恐怖からか、体中が小刻みに震える。


「――――さようなら」


 刃が俺に向け走り出す。

 もう終わりだ。そう直感した刹那――――不意に、目の前を薄い桃色が、クルクルと旋回しながら落ちていった。


「担がれるのは好きじゃないが、その安い挑発に、今回ばかりは乗ってやろう」


 突如、鈴の音みたいな綺麗な声が、ボロい社に響いた。

 その声が耳に入った途端、辺り一面が眩い閃光に包まれる。

 そして、轟音。

 俺は本能的に、半ば反射的に目を閉じた。

 何が起きているのかなんて探る気にもならない。今はただ両手で耳を塞ぎ、時の流れに身を委ねるだけだ。


「お前がどこの誰だかは知らんし、こんな事をするのも気が引ける。だけど、これも何かの縁だ。私が助けてやる」


 瞼の向こうで炸裂する強烈な閃光が徐々に弱まっていく中、例の鈴が様な凛とした声が頭上から降り注ぐ。

 その声に目を開く。

 一体、何が起きたんだ。社の中から怪刀二十面相だけが消えている。

 その代わりに妙な光景が、目の前に広がっていた。

 社の床を――――いや、そんなレベルじゃない。この社の中全体に桜の花弁が舞っていた。


「こっちを向け、私が見えるんだろう?」


 なんて頭上からまるで危機感の無い声が届く。

 その声に合わせ、視線を上の方へと上げる。

 そこには確かに枯れていたはずの大木と、その木の太い枝に声の主と思しき女が腰を掛けていた。

 彼女の艶やかな薄い髪色は、この部屋中に散っている桜によく似ている。


「……なんで、全裸なんだよ」


 全容を把握してから、まず最初に感じた疑問をぶつける。


「こんな状況下で全裸も半裸も関係ないだろ」


「関係あんだろ。色々気になる事はあるけど、そこまで気になる事もねぇよ!」


「……お前はアホなのか?って、そんな話は出来るほどアイツは待ってくれやしないみたいだぞ」


 そう言って首の動きだけで壊れた扉の奥に視線を移す様に促す。


「外野にここまで好き勝手されて、正直かなり頭にきてますよ」


 とんでもない大きさの出刃包丁を片手に持った怪刀二十面相が、飛び掛かる勢いで此方を睨んでいる。

 そのまま先程とは打って変わって、冷静さや落ち着きの感じられない鬼気迫る勢いで此方に向け突っ込んで来る。


「おい、ガキ。助けてやる。だから――――私に名前を与えろ」


 妙に夜に映える桜を散らしながら、この状況に臆する事もせずに、女が俺の横へと飛び降りて来た。

 出刃は弧を描き、俺達を仕留めるべく、距離を一気に詰める。


――――もう、迷う猶予は残っていない。


 本来なら聞きなれない言葉の羅列に、疑問を抱いていただろう。若しくは、その正しい意味を捉えるべく、ゆっくりとそれを咀嚼し、吟味してから返答をしていたと思う。

 だけど、今の俺にそんな余裕も時間も残されてはいなかった。


「サクラ。お前の名前はサクラだ!!早く、俺を助けろ!!」


気に入って頂けたらブクマ、感想、評価お願いします。


@kqrqppo

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