たまゆらで遊ぶ
「『たまゆらで遊ぶ』には、面白い祓い屋が居るらしい――」
上品な質感を漂わせるシャツには、こんな猛暑だというのに汗のシミ一つ浮かんでいない。
「――と、いう噂を耳にしまして」
その事実が、本来なら清潔感を感じるであろう老人の見た目に、人形を見ている様な気味の悪さを抱かせた。
人間味の無い空虚な声も、笑っている様で輝いてない瞳の奥も、何よりその青白い肌がこの老人の人間らしさを欠落させている様に思えた。
「……つまり、依頼って事ですか」
こんな得体の知れない人間が訪ねて来る理由は一つしか無い。いや、得体の知れてる奴も大抵面倒ごとを押し付けに来るだけか。
「そういう事になります。しかし、いざ来てみれば随分と幼い祓い屋さんだ」
こちらが無駄な雑談を避け、話の本題に入ろうとすると、この老人はそれを察したのか、意地悪く話を脇道へと逸らす。
「……はは」
返事をするとこの人のペースに飲まれそうな気がした。それこそ、この探偵のアジトっぽい喫茶店の事を、普段耳にしない単語で誉めちぎりそうだったし、エッグベネディクトを美味しく作るコツなんかを教えてきそうな雰囲気だった。そんな昼下がりの主婦みたいな会話をするのはごめんだ。
コイツが仮に、ヨーロッパ気触れのジィさんでは無く、タンクトップを着た可愛い女の子であれば、人生で幾度となく投げ掛けられた面白味のない質問にも付き合ってやっただろうが、生憎気味の悪いジィさんと戯れる趣味は無い。
「……おっと、これは失礼――無駄話が過ぎましたか。では、早速ですが本題に入らせて頂きます」
言い終わると、俺の前に置かれたアイスティーの氷がカランと音を立てた。その音を聞き、改めて無駄な時間を過ごした事実を痛感させられた気になって、アイスティーのグラスに浮かぶ水滴みたいに、俺の額から嫌な汗が一筋伝った。
―――――
―――
―
「……何ですか、その依頼は」
目の前の老人の依頼を聞いて、一番に口をついたのは単純な疑問だった。
別に依頼内容が理解出来なかった訳でも無い。
寧ろ、最近受けた依頼の中では単純で、俺の素人目から見ても容易な内容だと踏める程に解り易いモノだった。
しかし、逆を言えば、そんな簡単そうな依頼にも関わらず報酬金が異様なまでに高額だったのだ。その内容と報酬との差こそが、最大の疑問となって、消化不良を引き起こしていた。
本来、俺は依頼者からの相談を受けると、そいつが解決して欲しい――祓って欲しい対象が実在するのかを見極めてから、依頼を受けるかを決めている。
俺は正確には祓い人では無いから、謂わば、視えるだけのド素人だから、それ故に不測の事態に対処する術など持ち合わせていない。だからこそ、依頼を受ける前段階での審査は自分の身を守る為にも重要視している。
ヤバい案件には首は突っ込まない。それが俺が唯一掲げる祓い屋としてのルールだ。
「説明した通り簡単な仕事内容です。引き受けて頂けますか?」
「1つだけ質問させて下さい。……あの、なんて言うか、単に紐を切るだけで、三十万も報酬が支払われる理由が知りたいんですけど……」
「……ふむ。そこは企業秘密という事で」
そして再び不気味に笑ってみせる。
危険な匂いは質問をする前より一層濃くなった。正直、この段階で依頼を受ける気など消え失せていたのだが、新たに気になる点が浮上した。それは何故こんな無茶苦茶な依頼を、たかが噂で有名な祓い屋の元へ持ってくるのか、という事だ。仮にその依頼が彼にとって重要な意味を孕むモノなら、もっと信用出来る祓い屋を尋ねる方が合理的であると言える。単に冷やかしに来たというのも、彼の身なりから考えれば考え辛い。つまり、何か意図があって、俺の前に現れているのは明白だ。しかし、その理由が解らない。と、なれば、それを突き止めるまではこの話を無下にする訳にはいかない。
依頼して来た理由が解らないのなら、次はこの老人の正体を考えよう。そう思い立つが、全く見当がつかない。基本的に俺の元を訪れる依頼者は、例の噂を聞いてきたと言うが、このジィさんに関しては違う気がする。
彼と対峙していると、何か試されている様な、そんな居心地の悪さが押し寄せて来るのだ。
頭の中では色んな推測が咲いては萎む。
遂に花鳥のジィさんが俺を潰しに来たのかも知れない。もしくは、嵐山の差し向けた刺客か。なんて陰 謀めいた考察まで飛び出す次第だ。
他人から恨まれているであろう理由を探せばキリが無い。キリが無いからこそ怖いし、勘繰ってしまう。
「……冗談ですよ」
そんな疑心暗鬼から抜け出す道を示したのは、タイミングを見計らった様に呟いたジィさんの一言だった。
「歴舎。それが私の名前です。実は先代の聖さんにお世話になっていた者なんですが――そうですねぇ……どこから話せば良いやら」
なんて前置きをして、改めて先程の依頼と、その背景を語り始める。
「実は市内にある廃れた神社を管理しているんですが、そこには『曰く付き』が封印されていましてね」
予想だにしなかった聖という単語に面食らったのも束の間、歴舎は俺の都合など知ったこっちゃないと言わんばかりに言葉を続ける。
「その縄を二年に一度交換しているんです。……何か強い妖か、取り敢えず良くないモノを閉じ込めているらしく、きっちり二年おきに新たな注連縄を用意して、その何かが悪さしない様に、厳重に保管しています」
「……つまり、二年前までは聖がそいつの封印に関わっていたという事ですか?」
「正確には封印には関与していません。聖さんにお願いしていたのは、あなたに伝えた事と同じ、注連縄を切る作業だけです」
そこまで言うと頼んでいた珈琲を一口飲む。
「……詳細は伏せさせて頂きますが、数年前注連縄を交換する際にある事故が起きました」
「……事故、ですか」
「はい。その事故は封印が弱まり、再び封印を施すのを待って飛び出して来た何かによるモノです。多くの人間が犠牲になりました。それ以来、封印を施すのをお願いしている祓い屋達が、注連縄を切る事を拒む様になって」
「……つまり、危険な作業だから、そこだけ別の祓い屋に依頼しているということなんですね」
全ての辻褄が合った気がした。
思いもよらぬ所で、聖の痕跡と再会した事に戸惑いは残るものの、単に汚れ仕事だから簡単な作業の割に報酬が弾むだけらしい。
俺の元に来たのも、聖の弟子という推測からだろう。少なくとも彼の口振りからは、違和感の様なものは感じない。
「実際に、何かが飛び出して来たのはその一件きりです。それからも……それ以前にも封印を破ったなんて事は有りませんでした。それでも、危険な事をお願いしているのは承知しているつもりです。だから、報酬の方はせめてもの誠意として出せるだけ用意しています。どうか……助けるつもりで、依頼を受けて頂けないでしょうか?」
「……良いですよ――報酬と依頼内容も問題無いです。後は、その廃神社の場所と縄を切って欲しい日時だけ教えて下さい……あ、それと現金のみの先払いなんですけど」
「……解りました。本当に有難う御座います」
その後、簡単な注意点と決行日時だけ聞くと、約束の報酬を受け取り、歴舎を店から追い出した。
例に習えば、幾ら金を積まれたって、本気の案件には手を付けない事が信条ではあるけれど、聖絡みの依頼となると話は別だ。
外を見れば太陽は傾き、店内に届く光も段々と赤みを帯びてきている。
結局手を付けなかったアイスティーは氷が溶け、少しだけその色を薄くし、触れば溢れてしまいそうな程にかさが増していた。
しかし、それを見ても、先ほどの様な無駄な時間を過ごしたという気など一切無く、寧ろ歴舎は良い依頼を持って来てくれたと感謝さえしているぐらいだ。
――この依頼を無事終えれば、俺はまた聖に一歩近付けると思うと、自然と胸が高鳴る。
「……本当に、大丈夫なんですか? 流石にマズいんじゃないですかね……」
改めて今後の手はずを頭の中で反芻していると、飲み物を持って来たきり黙って話を聴いていた名無しちゃんが、カウンターの奥から心配そうに顔を覗かせた。
「大丈夫かなんて解らねぇ……けど、一つだけ言えるのは、俺はこういった依頼をこなす為に祓い屋の真似事を始めたって事だけだ」
仮初めの祓い屋を読んで頂き有り難う御座います。
文章力、構成力など未熟な点が多々現れた作品になっているとは思いますが、これからも投稿を続けていきたいと思っています。
もし気に入って頂けたら評価などよろしくお願いします。
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