~小さな家〜
日記、鎖骨、暖かい日々
「よいっ・・・・・・しょっと。」
「虹海ー、荷物の積み込み終わったかー?」
「あ、はーい、これで最後です。」
「もー、まだ敬語抜けねーの?」
「こ、こればっかりはしょうがないじゃないですか・・・・・・・・・」
「しょうがなくないっ。姉妹なのに気なんか使わなくていいっ。」
「梨華姉ぇ・・・・・・そんなこと言ったって無理だよぉ・・・・・・」
「ほら今の調子。今みたいに言えばいいんだ。」
「梨華姉・・・・・・・・・」
思わず顔を近づけていた。あわよくばこのまま・・・・・・と、そんな空気をぶち壊すように下階から運送屋の声がした。
「あっ、残りの荷物運ばないと。」
(ちぇ、逃げられたか。)
「何やってるの梨華姉。行くよ。」
「はいはい。」
(ま、いっか。向こうに着いたら「2人きり」だし。)
最後の荷物をトラックに入れると、私達は車で先に新しい家に向かうことにした。
「梨華姉、いつの間に免許取ってたの?」
「免許?んなもんないよ。」
「すいませんここでおろしてくだ」
「おいおい、冗談だって。・・・・・・おまえな、あれから2年経ったんだぞ。いや、『待った』の方が正しいか・・・・・・お前の、卒業までな。」
「うっ・・・・・・・・・」
それを言われると何も言えない。梨華姉の方が年上だから「待たせる」ことになるのは分かってた。梨華姉が卒業してから、私も後を追って卒業するまで灰色の世界しか見えなかった。ひとりって、こんなに悲しいことなんだ。梨華姉の場合はもっと辛かったはず。
「・・・・・・そんな深刻に考えるな。お前も私もここにいる。それでいいじゃねぇか。」
「梨華姉・・・・・・・・・・・・・・・待たせちゃって、ごめんね。」
「・・・・・・おかえり、虹海。」
「ただいま、梨華姉。」
新居に着くと、トラックはもう着いていた。
「ここが新しい家・・・・・・」
「マンションだからな。今までより大分狭くなるけど・・・・・・・・・ま、いざとなりゃ2人でくっついて寝るか!」
「ちょ、梨華姉っ、それは。」
「冗談。・・・・・・・・・さ、荷物の運び入れだ。早くしないと今日は寝れないぜ~。」
「もう、梨華姉。」
「んと、これは私のとこで・・・・・・あれ、これ私の荷物じゃない。」
どうやら、私の荷物と梨華姉の荷物が混ざっちゃったみたい。
「ん、なんだろこれ・・・・・・・・・日記?」
「おーい虹海ー。」
「ひゃうっ!?」
とっさに日記を後ろ手に隠す。
「おー、ここにあったのか私の荷物。」
梨華姉はダンボールの中身を漁ってガサゴソやっている。
「あれ、ないな・・・・・・なぁ、赤いノート見なかったか?」
「み、見てませんよ。」
「そうか、おっかしーなー。持ってき忘れたかな?」
と、スタスタ行ってしまう。どうやら自分の荷物を片付けるみたい。私も片付けないと・・・・・・・・・あ、ノート。見た限り日記みたいだけど中身が気になる・・・・・・・・・でも人の日記を見るなんて・・・・・・でも・・・・えーい、見ちゃえ!
思い切って開けると、やっぱり日記だった。らしくない丸文字で書かれた日記は、あるページだけボロボロになってた。
「1月15日 虹海が訪ねてきた。新居どうしようっかなー。
1月18日 虹海から連絡があった。この前のとこじゃせまいっぽい。2人で入れるとこ、なかなかない・・・・・・
2月1日 もうそろそろ虹海の誕生日。かわいい妹の為に何贈ろっかな。
2月14日 今日は妹の誕生日。これで18歳―――やっと、2人で暮らせる。長かったけど、これで、2人きりで、暖かい日々を楽しめる。2人でぽかぽかできる。長年の夢が、ここに――」
「なーなーみー?」
「ひうっ!?」
「ないと思ったらやっぱりあんたが持ってたのかー・・・・・・・・・これはお仕置きが必要だねぇ・・・・・・?」
そう言いながら梨華姉の手が私の鎖骨に伸びる。緩いカーブを描く鎖骨を、スススっと梨華姉の指が撫でる。と、急にその動きが止まる。
「なーんてね。見ちゃったもんは仕方ないし、それに、さ。」
と、目線を合わせられて、
「2人きりだから、楽しいことはいつでもできるしね。」
と、梨華姉は意味ありげに微笑んだ。
「さ、残りの片付けやっちゃおっか。」
梨華姉が出ていった後で、私は大きくため息をついて、撫でられたとこをそっと撫で直した。
(気持ち、よかったな―――。)
と、うっとりしそうになるのを抑えるのが大変だった。