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MONEY MAGAZINE  作者: 哲太
17/21

第四章 超一流カジノディーラーと私     PART1


夏の思い出は何だったかと聞かれた場合、

一般的な答えはなんだろうか?


海水浴?花火?夏祭り?それともバーベキュー?


何れにしても、

大方の人が楽しいイベントの名前を答えることが予想されるなか、

さくらにはネガティブな答えしか思い浮かんでこない。


さくらにとっての夏とは、あるものとの戦いを意味していた。


もちろん年中戦っている仕事のことをわざわざ言っているのではなく、

あの暑い季節に活発な活動を開始する小さな生き物……


そう、あるものとは「虫」のことを意味しているのであった。


その中でも蚊に対するさくらの敵対心は並々ならぬものである。


彼等が好む血がさくらには流れているからなのか、

夏の始まりを体の痒みで感じるほどに、毎年夏恒例の悩みとなっていたのだ。


市場で売られている虫刺され用のムヒはもちろんのこと、

大人になってからは皮膚科に行って薬を貰うなどの

対策を毎年講じているのだが、一向に状況は改善されないのである。


痒みに我慢できずにいつも掻いてしまうので、

途中から刺された部分が痒いのか、肌が荒れて痛いのか、

それさせも分からなくなってくるほどだった。


そしてこの悩みのタチの悪いところは、

夏が終わりを迎え、虫が少なくなったとしても消えないことであり、

九月に差し掛かった今日も、

さくらは社の自分のデスクで脇腹を

ポリポリ掻きつつ次の取材相手の資料に目を通していたのだ。


今回取材をお願いしているのは「香月直正かつきなおまさ」という、

カジノディーラーだった。


カジノといえば、

ラスベガスやマカオなどの海外市場が主流であるイメージがあり、

当の香月も元々は中国のマカオで活躍していたディーラーだった。


まだ法的には認められていないものの、

ここ日本でもカジノの設立を推進する声が近年上がっており、

実際にカジノを取り入れた経営プランを練っている企業も出てきているのだが、香月は現在そういった企業にアドバイザーとして迎え入れられている。


さくら達の会社が今回の取材に踏み切った経緯としては、

彼が海外で稼いであろう富も然ることながら、

新しい日本に時代に先駆けようとする目論見があったのだ。


しかし、さくらはギャンブル自体をほとんど経験したことがなかった。


過去に一度だけ男友達に連れられてパチンコ店に入ったことはあったのだが、

あの爆音が鳴り響く空間居ることに五分と我慢することは

出来なかったのである。


また、ギャンブルと聞かされると射幸心の煽りであるとか

何かと良いイメージを持てないために、

今まで関わりを持とうとしてこなかったのだ。


とは言っても、

今までだって触れてみて始めて気付かされる魅力が

多々あったことも事実であるし、

パチンコと違いカジノと聞くとどこか身だしなみが

キチンとされている印象もあり、

まるっきり楽しみが無いわけでは無かった。


ふぅ、もう少し頑張りますか!


さくらは誰に向けて言うわけでもなく、静かに心の中で気合を入れなおした。


と同時に、

いつの間にか脇腹を掻いていた手を止めていたことに気付いてびっくりした。


集中さえ出来ていれば、

案外この痒みとも上手くやっていけるのかもしれないな、と思ったのだが、

そうこうしている内にまた痒くなってきても困るので、

早く仕事に戻ったほうが良さそうことはとりあえず確かなようである。


ただ、手元の資料の内容には大体目を通してしまっているので、

さくらはここで一旦視点を変えてみようと思い、

他社の雑誌で香月を取り上げているものを探すべく資料室へ向かうおうと

席を立った。


「ちょっと待って。私も行く」


腰を上げたさくらに話しかけてきたのは、向かいの席に座っていた天野だった。


「天野さん、私は煙草に行くわけじゃありませんよ?」


「え?そうなの?まぁいいじゃん。付き合ってよ」


天野はさくらと目を合わせずにキーボードを叩きながら言った。


器用なことに彼女は作業を続けつつ徐々に腰を上げていき、

しまいには完全に立ち上がった状態で手を動かしていた。


やがて彼女は、ターンという軽快なタイプ音を一つ響かせ、

「お待た。行こっか」と机の引き出しから煙草とライターを取り出しつつ

言った。


喫煙室に行く前に、二人は先に自販機で飲み物を買いに行くことにした。


フロアの外の廊下には、窓から夕日が差し掛かっていた。


まだ十八時過ぎではあったが、

こうやって太陽が出ている時間が短くなっていることは、

夏の終わりを迎えていることの一つの証明になのかもしれない。


窓を見るさくらの視線に吊られるように外の景色を見ていた天野から

小さな声が漏れたのは、自販機を目前にしたところだった。


「そういえばさ」


「はい?」


「あんた禁煙してるの?」


「え?何でですか?」


というか、そう思うのなら、なんで煙草に誘ったんですか?

という言葉を喉まででかかったのを堪えて、さくらは聞き返した。


既に自販機の目の前まで来ていたので、

天野はポケットから財布を取り出しながら言葉を続けた。


「やー、別に何でってこともないんだけどさぁ。

 最近喫煙室で見かけることが少なくなった気がしていたし、

 控えてんのかなって思って」


天野は「と思いつつ誘ったんだけどね」と小さく笑いながら言葉を付け足した。


「うーん、特に減らしているつもりは無いんですけど……」


さくらも天野の隣の自販機の前で財布を取り出しつつ言った。


そういえば、最近は煙草一箱で何日ももっている気がするな、

とさくらは思った。


元々煙を口で吸って吐く程度ではあったのだが、

それでも二日に一回は新しい煙草を買いに行っていたはずだったのだ。


さくらにとって煙草を吸うタイミングといえば、

おおよそ仕事が煮詰まってきていたり、

椅子に座って仕事をしているのがだるかったりする時なので、

それが減ってきたということは、

つまり仕事に対する不満が無くなってきたってことなのだろうか。


確かに今やっている企画を任されて良かったとは思っているが、

別に現状に満足しているつもりは無かったし、

正直辛い気持ちになることも多かった。


だから、自分の仕事に対する向き合い方が変ったとは思えなかったのだ。


仕事への気持ちが変ったわけではないとしたら、

プライベートの面で何か変ったことはあるだろうか。


真っ先に思いつくのは野呂に出会えたことだった。


彼のおかげで、色々と物事の捉え方を改めることが出来たし、

何より人によってそれぞれ違う思考を持っていることを知れたのは、

人間として大きな一歩を歩めた気がしていた。


そういう意味ではさくら自身の内面にも変化があったのかもしれないが、

それと減煙が結びついているとは思えない。


では、結局さくらの何が変わったのか。


結局今はその答えを出せないまま、

さくらは自販機を前にしてカルピスソーダのボタンを押していた。




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