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MONEY MAGAZINE  作者: 哲太
14/21

第三章 超一流芸術家と私     PART2


明日は仕事があるということもあり、

帰りがあまり遅くならないようにと二人は手早く食事を済ませた。


肝心の料理の味はと言うと、

思った以上に大きなパンでたくさんの具材を挟む

ボリューム感のあるサンドウィッチであったし、

味も充分美味しかったので満足出来る内容だった。


敢えて苦言を呈すとしたら、

店外以上にクーラーが利き過ぎていたためか、

最後のデザートで体冷えてしまったことだろうか。


二人が店の外へと出ると、フロア内は予想以上の人で溢れていた。


ちょうど昼時だったためなのだろうが、

やはり早めに昼食を済ませておいて正解だったようだ。


「ほんじゃまぁ、そろそろ行きますか?」


「はい」


さくらは天野に言葉を返した後、ゴクッと唾を飲んだ。


充分な覚悟を持ってここに来たはずだったが、

いざとなると改めて背筋に冷たい汗が流れるのをさくらは感じていた。


これからお世話になろうとしている人の作品に対して

本当に失礼な態度ではあることは重々承知していたのだが、

李の殺伐とした芸術を今から直にお目にかかれるとならば、

悪寒を感じずにはいられなかったのだ。


二人はここまで上がってきた時と同じように、

エスカレーターで九階まで上がることにした。


すると九階に着いて直ぐのところに、

入り口を隠すように大きな赤いカーテンを垂れ下げた空間が

二人の目の前に広がった。


そのすぐ傍の壁に「李浩然展覧会」と書かれたポスターが貼られていたので、

どうやらここが例の展示場で間違いないらしい。


それを見た天野が


「なんだかお化け屋敷みたい。

 それか、ここからは十八禁のエリアですよって警告している感じ」


と苦笑いを浮かべながら言った。


実はさくらも彼女と同じような事を考えていた。

そして、どちらかと言えば後者の方に賛成したい気持ちが強かった。


「ですね。何だかここだけ異質に感じるのは私だけでしょうか?」


「安心しな。わたしもだよ」


今度はさくらが天野から賛同して貰ったのだが、

それでも彼女の不安が払拭されることは無かった。


だが、ここまで来て引き下がる訳にはいかない。

二人とも若干引きつった笑いを浮かべつつ、その足を踏み出した。


カーテンを捲り中に入ると、

そこには小さめのテーブルの内側で椅子に座っている若い女性がいた。


受付の人かな、とさくらが思っていると、

その女性は椅子に座ったまま

「いらっしゃいませ。二名様でよろしかったでしょうか?」と声を掛けてきた。


「はい」


さくらはもう三歩ほど近付きながら答えた。


「ありがとうございます。大人二名で三〇〇〇円頂戴致します」


そう言われてさくらが財布を取り出そうとすると、

天野がすっと前に出てきた。


「ここはあたしが出すよ」


「え、いえ、そんな。私がお願いして来て頂いているのに申し訳ないですよ」


実を言うとさっきの昼食代もさくらは天野にご馳走になっていたので、

流石にここでも甘える訳にはいかない気持ちが強かったのだ。


「さくらって、学生の時部活してなかったよね?」


天野はさくらの言葉を意に返さず、財布取り出しながら言った。


「え、ええ。帰宅部でした」


「先輩ってのは、後輩の前では格好をつけたがるもんなのよ。

 恩に感じるなら、今度その気持ちをあんたの後輩に分けてやんな」


結局支払い終わるまでこっちを見ない天野の横顔に見惚れて、

さくらは危うく惚れそうになってしまっていた。


それは本当に周りの男達は何処を見ているのだと、

憤慨したくなるほどであった。


こんな良い女がこの年まで放っておかれるぐらいなら、

自分なんて恋人が居なくて当然だな、と

いつの間にか天野を尊敬する気持ちが

自分に対する慰めになっていたことにさくらは気付いていなかったのだが……。

(そもそも天野の正確な年齢をさくらが知っているわけではない)


しかし、そんなさくらのほんわかした気持ちが打ち消されるまで、

そう時間はかからなかった。


それは、

改めて天野に礼を言って体を前に向けたさくらの目に飛び込んできたのが、

全裸の女性が口から涎を垂らしながら首を吊っている絵だったからだ。


さくらが絶句した状態のままその場で動けないでいると、

次第にあるべき場所にあるべきものが無いことが分かった。


あるべきものとは、その女性の腕と足である。


その両方が無いわけではなく、

それぞれ片方ずつが胴体から千切れられたかのように

彼女の足元に転がっていたのだ。


恐怖感を通り越し、返って冷静さを取り戻しつつあるさくらは、

きっと外のカーテンは来場者以外がこの「ハングマン」と題された絵を

見えないようにするために設けられたものだったのだろう、

とこのフロアに入って来た時のことを思い出していた。


依然として動けずに立ち竦んでいたさくらの肩に、

ポンッと小さな手が置かれた。


「ねぇ、この人は手と足が片方無いのにどうやって首を吊れたのかな?」


さくらが顔を横に向けると、悩ましげな表情で天野が顎を摩っていた。


「れ、冷静ですね」


天野はさらに絵の傍へと一歩近付いて食い入るように

その絵をじっくり見た後、もう一度首を捻ってから先に進み出そうとした。


と、その時、天野の背後から「待ってください!」という叫び声が響いた。


急な大声に天野が何事かと思い振り返ると、

そこには今にも泣きそうな表情をしているさくらがこちらを見つめていたのだ。


その直ぐ後ろでは、先ほどの受付の女性も心配そうな表情で

こちらを見ていたので、天野は慌ててさくらの元へと駆け寄った。


「ちょっと、急に大きな声を出してどうしたのよ」


「だ、だって……」


さくらはとてもじゃないがこんな場所に一人で居たくないという思いから、

思わずと叫んでしまったのだ。


しかし、サバサバ系女子の天野にその気持ちが伝わる筈もなく、

呆れた表情で一言「しっかりしてよね」と言って再び歩き出したのだった。


自分のことを無感情で割り切るタイプの人間と思っているさくらではあるが、

どうやらそれは改め直す必要があるようだった。


さくらはどうにか置いていかれないようにしようと、

固まった体を何とか動かしてピッタリと彼女の後ろにつくことにした。


しかし、さくらのこの選択は結果的に間違いだったのかもしれない。


天野は延々と描かれていく李の過激な描写の作品一つ一つの前に止まっては

「この人は男と女どっちなのかな」とか

「この絵って何時の時代に書かれたものなのよ」などと、

いちいち疑問や突っ込みを入れていき、

挙句の果てには「なんだか裸ばっかりだね」と笑いながら

子供のようなことを言いだしたのだった。


さくらはその度に「どうなのですかねぇ……」と曖昧な返事を返していたが、

途中からはあまりの恐怖に意識が飛びそうになっていたので、

何を言われても聞き流すことしか出来なくなっていた。


お化け屋敷なんかで、

「あんな怖いものを見るためだけにお金を払って入る人の気が知れない」と

言う人がいるが、

今のさくらは「もうお金を払うから早くここから出して欲しい」と

こちらからお願いしたいくらいであった。


ようやく見えた出口の傍に、

なにやら売店らしきものがあるのが二人の目に入った。


「なんかおもしろいものあるかな」


天野はそう言いながら迷うことなく売店へと足を向けた。


そこへ辿り着くまでの間に心身共に疲弊しきっており、

一刻も早く帰りたいと言うさくらの思いは、

もちろん天野に届くことは無いのである。


その売店では、主に李の画集を取り扱っていた。


どうやらかなりの種類のものが定期的に販売されているらしく、

それは李のキャリアの長さの割には中々のハイペースと思える量ではあった。


「ね、これなんか比呂木さん喜ぶんじゃない?」


天野の声のする方へとさくらが顔を向けると、

彼女はニタニタ笑いながら骸骨が血の涙を流しているイラストが

プリントされたマグカップをこちらに向けていた。


どうやらそのイラストは、

さっき二人が見てきた李の作品の一つを貼り付けたものらしかった。


「どうでしょう?そんなイラストを見たら、

比呂木さん発狂しちゃうんじゃないですか?」


さくらの言葉を聞いて、天野はもう一度まじまじとマグカップを見た。


そんな天野の姿を見ていると、

だからあなたはどうしてそこまで曇りなき眼で

その絵を見ることが出来るんですか、とさくらは改めて問い質しそうになる。


「確かに。あの人ビビリだからなぁ~」


そう言って天野はそっとマグカップを元の場所に戻した。


さくらは比呂木を心配している感じでさっきの言葉を言ったのだが、

実のところ、

そんなマグカップが置かれた机の近くで仕事をしたくないというのが

本心だった。


結局、二人は何も買うことはなく展示会を出た。


さくらも一冊くらいは李の画集を買ってみようかと一応は考えたのだが、

彼の取材が終わった後は確実にその置き場所が困ることになるのが

明らかだったために、買うのを止めたのだった。


「正直あんま期待してなかったけど、結構楽しかったね」


天野は、ん~っと伸びをしながら笑顔で言った。


体力がある天野だが、

流石にあれだけの数の作品をじっくり見て周ったら、

疲れが出てきたのかもしれない。


そして、さくらも同じく疲れてはいたのだが、

一言天野に感謝を伝える必要があったので、

出来るだけ疲れを表に出さないようにした。


「今日は、付き合って頂いてありがとうございました」


そう言ってさくらは頭を下げた。


入った瞬間から大声を出したことからも分かるように、

もしさくらが一人でここに来ていたら、

最後まで中を見て回れなかったことは明白だった。


天野がここまで肝の据わっていたことは

さくらにとっても予想外ではあったのだが、心強かったことに変わりは無い。


「ん?ああ、いいよ。暇だったしね」


「じゃあ帰ろっか」と言って

帰路につこうとする我が先輩の背中に心強さを感じるさくらではあったが、

その反面今回の取材に少なからず不安も抱えていたのだった。



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