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星使い ティンクル・ライツ ~願いは流星とともに~  作者: 想兼 ヒロ
想いは氷雪のはてに

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第9話 ただ不器用なだけ

「やった、終わったっ!」


 洋介は感激のあまり、勢いよく両手を挙げた。その瞬間、握っていたペンが手から離れてしまう。それは、宙に弧を描いた。

「あ、あぶな……くないか。よかった」

 慌てて後ろを振り返るも、そこには誰もいない。ペンは固い音を残して床に転がっていった。


 ペンの行き先を見届けて、洋介は安堵の息をついた。椅子から立ち上がると、ペンを拾いに机から離れる。


「まぁ、出来はよくないけど、今度は終わらせたんだから文句はないよな」

 前に宿題を忘れた時の教師の顔を思い出して、洋介は得意げな顔をする。入学したばかりだから釘を刺しておこうとでも思ったのか、今思い出しても結構傷つくことを言われた気が洋介はしている。

「高一が大事なのは分かってるさ。僕だって大学行きたくて高校選んだんだから」

 確かに普通に忘れてしまった自分が悪いので洋介に文句はない。文句はないのだが、あそこまで理由も聞かずに怒るのでは、もしや正当な理由がある人にも同じ態度をしているのではなかろうか。そんな疑問が頭に浮かんで、素直に忠告を受け入れることは洋介にはできなかった。


 洋介は鬱々(うつうつ)となりそうな気分を放り投げるように、上半身を伸ばした。

「よーし、これで何の(うれ)いもなく遊べるぞ!」

 洋介は誰とも話すわけでもないのに、大きな声で一人言を続けている。それだけ気分は上々だった。遊ぶ、とは言ってみたものの何の予定もない。ただ言ってみたかっただけである。


 なにせ、連休中に、と学校から出された課題がようやく終わったのだ。今年は五連休、そして今日は三日目だ。休みを残して終わらせることができたのは洋介にとって快挙であった。


 ようやく、せっかく遊びに来てくれたのに洋介が相手をできずに退屈している客をもてなすことができる。


 ふと、頭によぎった疑問が洋介の気分に水を差した。

「でもなぁ」

 思い出すのは級友達。洋介の目から見て、どこか軽薄な印象を受ける者も課題提出を遅らせたことはない。しっかり者だって、学校以外に予備校に通っているはずなのに、どうやって時間を作っているのだろう。


 洋介は常にギリギリだ。何か秘策があれば教えてほしいと彼は思っていた。思っているだけで聞けるような友人はクラスにはいないのだが。

「角田に聞いてもなぁ。たぶん、何にも考えてないし」

 唯一、話しかけられそうな人物を思い浮かべたが彼は天才型だ。何も考えずに、ことをうまく運んでしまう。参考にはならないだろう。


 結論を言えば、洋介が疑問に思うほど秘密があるわけではない。皆、要領よく力を抜く箇所を見抜いているだけなのだ。この高校に入る前の経験、もともとの勉強の習慣が身についているかという違いはそこまで大きくない。

 洋介は洋介で、徐々に弱点は克服してきた。


「井上さんみたいに強気でいられるほど、僕は自信ないしさ」

 かの優香だって、例外ではない。彼女は基本大人が出す宿題というものを信頼していない。自分に必要がない、と判断したものは容赦なく切り捨てている。それでも、十二分な結果を出すものだから反省するのは教師側、という有様だ。


 彼女らに比べて洋介は全て肩に力が入った状態で取り組むものだから、常に時間が足りない。そして、身についた学力は、かけた時間や努力に比例することがなく停滞する。そして、そんな状態では課題を確認する授業やテストで失敗をする。そうなると、教師側は洋介には演習が足りないからだと不調の原因を判断される。さらに次は課題が増える……という、分かりやすい悪循環だ。


 つまり、単純に洋介は不器用なのである。


 窓を見ると、すっかり日が落ちて空が暗くなっていた。ぽつぽつと、星が輝きだしている。一番星を競って、一番先に光ったのはどれなのだろうか。

「……あいつ、どこ行ったんだ?」

 その明かりを見て、いつの間にか部屋から姿を消していた客のことを思う。


 彼女が来てくれたから、洋介には自分のどこかにあるスイッチ押された状態になった。課題を終わらせることができたのは、間接的に彼女のおかげだ。

 待たせた分のお詫びと、なにか礼をしてあげなければいけないだろう、と洋介は思った。


 そんな彼の耳に、ヴーンヴーンと滅多に聞かない音が聞こえる。


「あれ、スマホが鳴ってる」

 高校入学を祝って親に買ってもらったはいいが、なかなか出番のない携帯電話が彼を呼んでいる。働くとしたら、クラスの男子に無理やり入れられたグループメッセージが届けられる時くらいだろう。これだけ長い時間、呼び出しを続ける機会は今までない。


 なんだ、なんだと携帯電話の画面を覗き込んだ洋介の表情が瞬時に固まる。

「え、井上さんっ」

 その画面に出ている井上優香の名前に驚愕(きょうがく)する洋介。


 思い返せば、確かに連絡先を交換した。相手はとても事務的に話を切り出してきたから、当時は何にも思わずに話に応じることができた。あとから、「あれ、なんか凄いことしたんじゃなかろうか」と洋介は思ったものだ。

 事実、近くにいた男に「何で、彼女とそんな簡単に連絡先交換できるんだ」と羨ましがられた。洋介の中にも少しだけ優越感が生まれたのは事実である。


 しかし、それ以降はろくに活用していなかったから洋介は忘れていた。


「えっと、どうしよう」

 なぜか次の行動をとれない洋介は、ただじっと手の中で震える携帯電話を見つめていた。背中に汗をかいてきたことを洋介は感じる。


(いやいや、僕は何を緊張してるんだ。普段会話してるのと変わらないだろう? 何か、最近、僕と話す時の井上さん妙に遠慮してるし、それは気になってるけど。だから、井上さん、前みたいに特に用事がない時は話しかけてくれなくなったんだよなぁ……。うん、だったら、わざわざ通話でかけてきてるんだから、今は急ぎの用事があるんだって)


 色々と自分に言い聞かせて、洋介は指を伸ばす。その指が震えているのを見て、洋介は眉根を寄せた。

「よしっ」

 ようやく呼び出しに応じることができて、洋介は耳に携帯電話を持っていく。


「はい、澤田ですっ」

 自分の声が耳に届いた時、洋介の顔からサッと血の気が引いた。


(しまった、声が変になった!)

 ただ自分の名前を言うだけなのに、洋介の(のど)からはうまく空気が出てくれなかった。


『澤田くん、急にごめんね。忙しかった?』

 洋介は自分の失態で焦っていたが、彼女はそれを気にすることなく、むしろなかなか電話に出られなかった洋介のことを案じていた。


「いや、そんなことないけど。どうしたの?」

 平静をとりつくろうとするが、洋介の緊張感はどんどん増していた。経験したことのないものに対して、洋介はとても臆病(おくびょう)だ。

 なにか変なことを口走らないか、常に力が入っている。


『うん、ちょっと聞いてもらいたいことがあって』

 しかし、優香の話を聞いている間に、緊張している自分を忘れてしまった。話の内容にのめり込んでしまったから。

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