ライツ、只今社会勉強中③ ライツ、地雷を踏み抜く
「要するに、暴力的なのをライツちゃんに見せたくないっていうこと?」
ここまで洋介の話を静かに聞いていた優香。口を開いて、淡々とした調子で彼の思いをまとめあげた。
そこまで、はっきりと断定されるとと洋介は口ごもってしまう。汚いものは見せるな、は彼だって前時代的に思う。それでも両手を挙げて歓迎できるかというと、そうではない。そうではないけれども、見せたくないのかと言われると……。
「そういうわけじゃないんだけど」
洋介が反論しようとすると、優香の目つきが鋭くなった。だったら何だとでも言いたげである。
真剣に聞いてくれているからこその反応ではある。それは洋介にも分かっているが、優香の眼差しの強さは半端なものではない。
優香の心根が名前の通り優しいものであることを知っている洋介も臆しそうになる。しかし、しっかりと考えてくれている相手に対して、そんな行動をしてしまうのは失礼だ。洋介は耐え、咳払い一つで仕切り直そうとする。
「いや、いいんだよ。楽しそうだし、邪魔をする気もないし。もし、本当に気に入ってるのなら同じ作者の本を探してあげようと思ってるくらいなんだから」
でも、と洋介は口を尖らせる。
「せっかく読むことを覚えたのに、似たようなのばかりだともったいないなと思って。僕の部屋にあるのは小さな時に買ったのばかりだからさ。けっこう、偏ってて」
しばらく、洋介は無趣味な時代が続いていた。最近になって色々なことに興味を持ち始めたが、ちょっと前までは娯楽に時間を使うことすら億劫でしょうがなかった。今でもその時に染み付いてしまった癖で、能動的に楽しむことを洋介は苦手にしている。
そんな彼から見ればライツの貪欲さは羨ましい。今は何にだって興味を持っている時期だ。どうせなら、この機会を利用して、ライツにはもっと広い世界を知っておいてほしいのだ。
「だから、今まで僕が手にしたことのない本で、ライツが読めるのって無いのかなと思って」
「そっか、それで本屋に」
「行ったは良いけど、最初に手にとったのが……その、何か未知の領域過ぎて。他のを確認したかったのに、変なところで立ち往生しちゃったよ」
あれは思い返せば恥ずかしいことをしてしまっていた、と洋介は顔を赤らめる。
その洋介が最初に手にとった本は、一体どんな内容だったのだろう。気になった優香だったが、何か地雷を踏みそうな気がして黙っていた。
「だけど、よく考えたら一冊二冊買い足しても意味がないような気がしてきたよ。色々と浅はかだった」
洋介が大きく息を吐く。そんな彼の悩む姿を見て、優香は左人差し指でこめかみをトントンと叩き出した。何か良い案が出ないものか考えているのだ。
(漫画って、そもそもどういうのだったかな)
とはいえ、優香も娯楽方面に関しては非常に疎い。洋介と同じアプローチでは自分も交通事故を起こすだろうと優香は悟っている。
さて、妙案はないものか。
「あっ」
一つ良いアイデアが優香の頭に浮かんできた。妙案、とまではいかなくても洋介が本を買い足すのよりは良い方法なはずだ。
「澤田くん、市立図書館って行ったことある?」
「図書館?」
図書館を全く利用したことのない洋介には選択肢すらなかった。漫画しか考えていなかったし、図書館の蔵書を頼るという考えは確かに盲点だ。しかし、どちらにせよ何を選んだらいいのか分からないという問題点は残っている。
ところが優香の案は、その問題も解決してくれるものであった。
「ライツちゃんと一緒に行ってきたらどうかな?」
「一緒に?」
それはそれで別の問題が発生しそうな気がした洋介。しかし、優香の主張を聞いてみると、彼もなるほどと納得できるものであった。
そして、数日後。洋介は優香に勧められた通り、ライツを連れて図書館へとやってきた。日付も優香の提案した時期に訪れることができた。
児童書のコーナーに一歩、足を踏み入れた直後。
「ほぉ」
優香に対して感嘆の意を込めた息を吐いた。
(いや、本当に誰もいないんだな)
周囲を見渡してみる。奥の方に見える幼児向けの場所は親子連れの姿が見えるものの、こちらに人影は全くない。
それもそのはず。今日は平日の午前中だ。洋介は自分が休みだから失念していたが、子どもはまだ学校に行っている時間である。
注意事項のポスターが目に入る。
(「閲覧席での自習を禁止します」か。最近厳しくなったって井上さん言ってたな)
加えて目立った催事もなければ、休館日と休館日のちょうど合間であるから駆け込み需要もない。受付の人数も少ないし、司書達はここぞとばかりに裏方業務に没頭しているらしく時々奥の書庫からチラホラと出てくる様子が見える。
結果、いつも静かである館内から人気すらなくなってしまっているのだ。
「ねぇ、ねぇ、本がたくさんあるよ。誰か集めてるのかな? ヨースケ、ライツにあの本読めるかな?」
ライツは初めて見る光景に興味津々である。視界いっぱいに本棚が並んでいる。ライツは洋介の頭の上にのったまま、周囲をきょろきょろと見渡しては、何度も洋介に話しかけてくる。
静かな館内に響くほどの大声量であったが、誰もこちらを確認しようとはしない。
洋介はにっこりと笑うも返事はしない。ライツには洋介の表情は見えないものの、彼の穏やかな感情は伝わってきた。それなのに答えてくれないということは、洋介は黙っていなければいけないということ。
「……」
ライツは色々と察して、ようやく黙り込んだ。彼女も地上に慣れてきたのか、時と場所と場面に応じた対応を彼女なりに考えて実行している。ずいぶんと成長したものだ、と洋介は感心した。
本棚と本棚の間で洋介はしゃがみ込む。ここには小学校の教科書に載るぐらいの文章量、そして全面に挿絵のついた、ジャンルとしては絵本と呼ぶべき本が多数並んでいた。大人が子どもに、絵を見せながら読み聞かせさせる為にうってつけのものである。
意外と台詞の多い漫画が読めるのであれば、十分ライツの知識量でも読み取ることは可能だろう。優香の想像ではあるが、洋介も大丈夫だろうと判断した。
「ほら、この辺ので気になるの探しなよ。僕も読みたい本探してくるから、好きなの読んでていいよ」
洋介が小声で話しかけると、ライツの表情がパッと明るくなった。
「どれにしようかな~」
ライツが頭の上から飛び立ったのを確認して、洋介は立ち上がる。そのまま移動しようと思った時に大事なことを思い出した。
「あ、でも僕が戻るまで勝手に動かすなよ。選んでおいてくれたら、僕が持ってくから」
ライツは洋介の忠告を聞いているのか聞いていないのか、ふわふわと洋介の近くから遠ざかっていく。表紙だけで選んでいるようだったが、もし、開いて中身を確認しだしたらどうなるだろうか。
洋介は頭をかいて背中を向けた。
浮いていたり、動いている本を見た人が、いつかの優香のように驚かれたら対処しきれる自信はない。ポルターガイスト現象、などとゴシップが流れでもしたら、とんだ風評被害だ。
(あれ、あの時の井上さんは結局ライツに驚いてたんだったけ)
おそらく大丈夫ではあろうが、万が一のことも考えて、できる限り早く戻るとしよう。洋介の足の動きは自ずと早歩きになっていた。
その後、閲覧席を一つ借りて洋介とライツは同じ机で本を読んでいた。ライツは次のページをめくるまでにかなりの時間を要するから、傍目から見ていると洋介が二冊本を広げているようにしか見えない。これなら安心だ。
(戻ってきたとき、ライツが本を積み上げていたのには驚いたけど)
十冊ほどのタワーができあがっていた時には洋介も肝を冷やした。人目につかなかったのは幸いである。
先程からライツは大人しい。集中力が途切れることなく、ずっと本を注視し続けている。今、声をかけたところでライツは反応すらしないだろう。
(邪魔しないように僕も僕で読書しとくか。ちょうど、読みたかったのあるし)
洋介は意識を自分が持ってきた本の内容に移した。それは世界中の伝承についてまとめたものだ。イラストが多く図鑑のようになっているから、普段読書をしない洋介にも読みやすかった。
洋介は、時間のある限り、かつて妖精達が存在した痕跡を探すようになっていた。
(普段はあざらしの皮を被って生活するも、人間に皮を隠されて結婚する……天女の羽衣みたいだな、これ)
こういった伝承話も、もしかしたら桔梗のように、かつて地上で生活していた妖精達のことが口伝されているのかもしれない。洋介はライツの存在を忘れて、様々な話に没頭していた。
しかし、「うっ、うっ」というライツのうめき声が洋介を現実に引き戻す。
「どうしたの、ライツ」
さすがに気になって洋介は声をかける。ライツの背中は丸まっていて、時折上下している。彼女が振り返ると、その瞳からは大粒の涙が零れ落ちた。
洋介が言葉を失っていると、ライツは洋介に駆け寄って彼の腕にぎゅっと抱きついた。その間も喉から声が漏れ出している。
「ライツ」
洋介がもう一度声をかけると、ライツは顔だけ彼の方に向けた。
「ねぇ、ごんは何で撃たれたの?」
「ごん?」
洋介はすぐに意味が分からなかったが、視線をライツが読んでいた本に向けると即座に理解した。
(あー、あれ、混ざってたか)
銃で撃たれて力尽きる狐の絵は、洋介もよく知っている。小学校教科書の定番だ。内容も覚えている。すぐに、ライツが泣いている理由を洋介は察した。
そういえば、動物系の本ばかりライツは選んでいたように思う。間に挟まれた本は何か洋介は確認していなかった。さすがに、ライツの感受性であの話を読むのは辛すぎたか。
その後、どうしても泣き止まないライツをなだめるのに洋介の時間は費やされた。そして、ライツが帰る頃。彼女が思い出し泣きをするものだから、お迎えの星妖精の中で色々と誤解が生まれてしまう。
その結果、洋介が斬り捨てられそうになったのは余談である。




